広報活動

Print

2013年8月2日

独立行政法人理化学研究所
ユーリッヒ研究所
学校法人沖縄科学技術大学院大学

「京(けい)」を使い10兆個の結合の神経回路のシミュレーションに成功

-世界最大の脳神経シミュレーション-

ポイント

  • ドイツと日本の共同チームによる「京」の全システムを使ったシミュレーション
  • 従来のシミュレーションを神経細胞数で 6%、シナプス数で16%上回る
  • ヒトの脳全体の本格的なシミュレーションに向けたハードとソフトの開発に貢献

理化学研究所(理研、野依良治理事長)、ユーリッヒ研究所[1](アヒム・バッケム所長)、沖縄科学技術大学院大学[2](OIST、ジョナサン・ドーファン学長)は、2013年7月にスーパーコンピュータ「京(けい)」[3]の全計算ノード82,944個(約70万個のCPUコア)を使用した、17億3,000万個の神経細胞が10兆4,000億個のシナプスで結合された神経回路のシミュレーションに成功し、ヒト脳の神経回路の全容解明に向けた第一歩を踏みだしました。これは、理研が代表機関となっている「HPCI戦略プログラム 戦略分野1:予測する生命科学・医療および創薬基盤」を中心とした合同チーム[4]とドイツ・ユーリッヒ研究所の神経科学・医学研究所(マーカス・ディースマン所長)と、理研脳科学総合研究センター(BSI、利根川進センター長)、OISTとの共同研究グループの成果です。

「京」による今回のシミュレーションは、脳の神経回路のシミュレーションとしては世界最大で、従来の記録を神経細胞数で 6%、シナプス数で16%上回りました。この成功は、ヒトの脳の学習機能などを精密かつ自在に表現するシミュレーションの開発につながるものです。また、色々なモデル化ができ、パソコンからスパコンまで利用可能な汎用な脳神経回路シミュレータ「NEST[5]」を用いて行ったことにも大きな意味があります(図1)。NESTはオープンソースソフトとして公開され、世界中の神経科学者が使用することが可能なため、この分野の国際標準になることが期待できます。

また、今回のシミュレーションは、これまで開発されたシミュレーション技術と「京」の生物学応用の限界を確認する意味もありました。結果として、生物学的には1秒間に相当することを「京」では計算に40分かかかりました。この1秒間に各神経細胞は平均して4.4回発火[6]しており、これはモデル化した大脳皮質の神経細胞の実際の発火頻度とほぼ一致しています。

今回シミュレーションに成功した神経回路は、脳科学における実験動物として注目されているマーモセットなどの、小型霊長類のサルの全脳の規模に達しています。共同研究グループが長期的にモデル化を目指しているヒト脳の神経回路は巨大であり、今回の回路はその1%程度の規模に過ぎませんが、動物を用いた実験的基礎研究と、このようなシミュレーションの積み重ねを通して、最終的には人間の脳の仕組みを解明していくことが期待できます。また、今回の成功で、ヒトの脳全体のシミュレーションに必要なメモリー量と計算速度の比率が分かり、今後のスパコンの設計に役立つ指針が得られました。

「京」は、演算処理速度の面では2012年以降スパコンランキング[7]のランクを落としていますが、メモリー量という点では「京」は現在でも最高水準で(表1)、脳の神経回路のシミュレーションなどに適しており、今後も「京」の活用の期待が高まります。

経緯

「京」の演算処理速度と優れた汎用性を示す「生命科学分野のグランドチャレンジ」である、脳神経回路シミュレータ「NEST」を「京」向けに最適化する作業は、文部科学省の委託事業の「次世代生命体統合シミュレーション・ソフトウェアの研究開発」(略称:ISLiM[8])の中で行われました。 ISLiMではタンパク質や細胞、心臓など、さまざまな生命科学に関係したシミュレーションのソフトウェアの開発と「京」への最適化・高速化を行いました。

ISLiM中の「脳神経系チーム」(石井信チームリーダー)は、2009年度から2012年度まで脳神経回路などのソフトウェア開発を行いました。理研BSIでは同チームのマーカス・ディースマン(Markus Diesmann)とアビゲール・モリソン(Abigail Morrison)が主導してNESTの開発を行い、同チームの深井朋樹と半田高志らはNESTによる大脳皮質神経回路のシミュレーションと実験による検証を行なってきました。「京」への最適化や高速化には、ISLiMの中の「高度化チーム」(泰地真弘人チームリーダー)が協力しています。ISLiMプロジェクトの終了後は、理研・計算科学研究機構(AICS)の佐藤三久チームリーダーらにより継続されました。

そして、2013年7月、「京」の全計算ノード(82,944)を使用した、17億3,000万個の神経細胞が10兆4,000億個のシナプスで結合された脳の神経回路のシミュレーションに成功しました。神経回路のシミュレーションとしては世界最大で、ヒトの脳の学習機能などを精密かつ自在に表現するシミュレーション技術の進展につながります。

今回の「京」によるシミュレーションの成果は、ドイツと日本の脳科学研究におけるスパコン利用技術の高い水準を内外に示しただけではありません。EUで2013年10月にスタートする「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト(HBP)」  にとっても、脳神経回路のシミュレーションに適したスパコンを使うことで、生物学的にどんな意味のある結果が出てくるかを見極めることができるという点で、重要な意義があります。今後、日本とドイツの研究者は、今回の成果を足がかりに、共同研究を将来のエクサスケールシステムの時代に向けて継続していくことを計画しています。

発表者

独立行政法人理化学研究所
情報基盤センター
センター長 姫野 龍太郎 (ひめの りゅうたろう)
(元 社会知創成事業次世代計算科学研究開発プログラム・プログラム・副ディレクター、
次世代生命体統合シミュレーション・ソフトウェア研究開発グループ・グループディレクター)

技師 舛本 現 (ますもと げん)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

OISTに関すること

学校法人沖縄科学技術大学院大学 コミュニケーション・広報部 メディアセクション
名取 薫 (なとり かおる)
Tel: 098-966-8711(代表) / Tel: 098-966-2389(直通)

補足説明

  1. ユーリッヒ研究所

    1956年に設立されたドイツのユーリッヒにある研究所で、現在では3000人を越える研究者・技術スタッフが所属している。ヨーロッパ有数の学際的な研究所であり、エネルギー、環境、情報技術、生命科学などの分野で研究活動を行っている。スパコンに関連した分野での研究も盛んで、2013年6月のスパコンランキング世界7位でヨーロッパ最高速のスパコンJUQUEEN(ユークイーン)を保有している。

  2. 沖縄科学技術大学院大学

    沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、2011年11月に設置された新しい大学院大学で、沖縄において世界最高水準の科学技術に関する教育研究を行い、沖縄の自立的発展と世界の科学技術の向上に寄与することを目的としている。2012年9月には、5年一貫制の博士課程が開設され、18の国と地域から34名の第一期生が入学した。2013年7月までに、45の研究ユニット(研究員約350名、内、外国人約150名)が発足し、神経科学、分子・細胞・発生生物学、数学・計算科学、環境・生態学、物理学・化学の5分野において、学際的な研究活動を展開している。また、国際ワークショップやコースの開催など、学生や若手研究者の育成にも力を入れており、これらの取組は国際的にも認知されている。

  3. スーパーコンピュータ「京(けい)」

    文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。

  4. 合同チーム

    「HPCI戦略プログラム1:予測する生命科学・医療および創薬基盤」を中心にしたチームとは、銅谷賢治(OIST)、五十嵐潤(OIST)、高木周(東京大学)と、舛本現(理研・情報基盤センター)、佐藤三久(理研・AICS)。
    また、今回の成功に最も貢献したのは次の4人の若手研究者である。
    五十嵐潤(元 理研社会知創成事業ISLiM、現 OIST)
    舛本 現(元 理研社会知創成事業ISLiM、 現 理研・情報基盤センター)
    Susanne Kunkel(元 理研BSI、 現 ユーリッヒ研究所)
    Moritz Helias(元 理研BSI、 現 ユーリッヒ研究所)

  5. NEST

    マーカス・ディースマン(Markus Diesmann)とアビゲール・モリソン(Abigail Morrison)の主導の下に開発された神経細胞と神経細胞間をつなぐシナプスからなる神経回路をシミュレーションするソフトウェア。パソコンからスパコンまでさまざまなコンピュータで利用可能。オープンソースとして公開されている。さまざまな神経細胞とシナプスのモデルを使う事ができ、脳神経系のような大規模な神経回路の様子をシミュレーションすることができる。大脳皮質の層構造やカラム構造をモデル化したシミュレーションも可能。

  6. 発火

    神経細胞は、シナプスを介して結合している他の神経細胞から刺激を受けると、一過的に興奮し、その興奮を他の神経細胞に伝える。この興奮現象を発火(スパイク)という。発火の頻度は数秒に1回~1秒10回程度である。

  7. スパコンランキング

    毎年6月と11月に公表されるスパコンの速度のランキングで、LINPACKというプログラムを用いて速度を測り、順位をつけ、500位までを公表している。
    http://www.top500.org/

  8. ISLiM

    理研は2006年10月、文部科学省の委託事業の「次世代生命体統合シミュレーション・ソフトウェアの研究開発」を受け、社会知創成事業の元に次世代計算科学研究開発プログラム(茅幸二プログラムディレクター)を作り、次世代生命体統合シミュレーション研究開発グループ(姫野龍太郎グループリーダ)を設置した。当初は分子・細胞・臓器・全身・データ解析のそれぞれの研究開発にあたる4つの研究開発チームで構成していた。その後、2006年度中に高度化チーム、2009年に脳神経系チームを加え、6チームとなり、「京」で高性能を発揮する生命科学分野のシミュレーションや大規模データ処理のためのソフトウェア34本を開発した。今回の脳神経回路シミュレーションソフトNESTの他に、血流解析用ソフトZZ-EFSIでは「京」全ノードを使って理論ピーク性能の43%、分子動力学シミュレーションソフトcppmdでは同38%、マルチスケール心臓シミュレーションソフトUT-Heartでは同28%を達成している。http://www.csrp.riken.jp/

JUQUEEN によるNESTと「京」によるNESTのシミュレーション結果の比較図

図1 JUQUEEN によるNESTと「京」によるNESTのシミュレーション結果の比較

ユーリッヒ研究所が保有するスパコン「JUGENE」(前システム)、「JUQUEEN」(現システム)と理研が保有するスパコン「京」それぞれによるNESTのシミュレーション結果の比較。青がJUGENE、水色がJUQUEEN、赤が「京」による計算を示す。「京」の方がコアあたりのメモリー量が多いため、大規模なシミュレーションが可能となった。


順位 名前 速度(Gflops) 全メモリー量(GB) コア数 コアあたりのメモリー量
(GB)
1 Tianhe-2 China 33862700 1,024,000 3120000 0.33
2 Titan United States 17590000 710,144 560640 1.27
3 Sequoia United States 17173224 1,572,864 1572864 1.00
4 日本 10510000 1,410,048 705024 2.00
5 Mira United States 8586612 786432
6 Stampede United States 5168110 192,192 462462 0.42
7 JUQUEEN Germany 5008857 458,752 458752 1.00
8 Vulcan United States 4293306 393,216 393216 1.00
9 SuperMUC Germany 2897000 147456
10 Tianhe-1A China 2566000 229,376 186368 1.23

表1 世界ランク10位までのスパコンのメモリー量の比較

2013年6月のスパコンランキングで10位以内のスパコンのメモリー量を比較した表。これから分かるように「京」はメモリー量で僅差の2位、コアあたりのメモリー量ではこの中では最大である。