広報活動

2016年5月24日

理研の歴史講演会 第1回「理化学研究所の設立と大河内正敏の経営」

キーワード

櫻井錠二、高峰譲吉、澁澤栄一、東京帝国大学工科大学造兵学科、旧大多喜藩、貴族院議員、新興コンツェルン理研、理化学興業、安田善五郎、芋づる式経営法、理研式マグネサイト工業法、ピストンリング、山本五十六、河内桃子、土光敏光、田中角栄

概要

研究の意味が理解されておらず、大学に研究費も満足にない時代に国から将来を託されて、1917年3月20日理化学研究所は設立された。しかし、慢性的な資金不足、物理部と化学部の対立から研究所の存続が危うくなった時に、白羽の矢があたったのが大河内正敏であった。大河内は、部制を廃止、研究室制度を発足させた。さらに、財政を立て直すために、国から補助金の継続的支出を約束させ、財界からは寄附金を集め、企業化を促進し、63社からなる理研コンツェルンに発展させるなど、今日の理研の礎を築きあげ、理研の中興の祖として、研究所の発展に寄与した。25年間の長きにわたり、研究所のトップを務め、世界に伍す日本であるためには、あらゆる分野の研究の成果を糾合していく必要があるとの信念に基づき、研究所を運営していった。

※大河内正敏 (1878-1952)
財団法人理化学研究所 第3代所長。
主任研究員が裁量権をもって研究室を主宰する制度を創設。
63社121工場からなる理研コンツェエルンを組織し、研究成果の事業化を進めた。

講演者

齋藤 憲 (専修大学大学院経営学研究科教授)
経営(学)から見た大河内正敏研究の第一人者
著書に「新興コンツェルン理研」、「大河内正敏-化学・技術に生涯をかけた男」
組織、経営学の視点から現在の理研についても研究

再生時間

1時間18分38秒