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パン酵母のmhr1変異体(右)と正常体におけるmtDNAの娘細胞への分配
パン酵母のmhr1変異体(右)と正常体におけるmtDNAの娘細胞への分配
光学顕微鏡で見ると、正常体も変異体も娘細胞が出芽している(下)。複製したてのmtDNAを蛍光色素で標識すると、変異体ではmtDNAが娘細胞に分配されないことが分かる(上)。「ミトコンドリアDNAの謎に迫る発見」より


ミトコンドリアDNAの
謎に迫る発見

柴田武彦 中央研究所 柴田遺伝生化学研究室 主任研究員
凌 楓 中央研究所 柴田遺伝生化学研究室 先任研究員



柴田遺伝生化学研究室の研究テーマを一言でいえば「DNAの相同組換え」である。「相同組換えという現象が見つかったのは20世紀初頭で、高校の教科書にも“乗換え”や“交叉(こうさ)”として出ている遺伝学のイロハです。しかし、何が起きているのかが分子レベルで分かってきたのは、この10年ほどです」と柴田武彦主任研究員は語る。そして今、相同組換えの研究が新しい展開を迎えようとしている。「これまで相同組換えの研究は、核のDNAが中心でした。私たちは、ほとんど注目されていなかったミトコンドリアDNA(mtDNA)の相同組換えの研究に取り組み、つい最近、思いもかけなかった発見をしたのです」。mtDNAの異常は、ミトコンドリア症や老化とも深くかかわっている。研究の進展によって、それらの原因を解明し、対策が可能になることも期待される。

柴田武彦主任研究員
凌楓先任研究員

相同組換えの2つの機能
図1 相同組換え相同組換えとは何か。そこから話を始めよう。相同組換えが生物にとっていかに不可欠な現象であり、この研究がいかに重要かが見えてくるだろう。
 ヒトの体細胞の核には、23個の染色体が2セットある。父親と母親から1セットずつ伝えられたものだ。塩基配列がほぼ同じで対になる染色体を「相同染色体」という。生殖細胞を作るとき、減数分裂によって染色体は1セットずつに分けられる。「正確に1セットずつ分配するために、相同染色体同士をいったんつなぎ留めます。このときDNAの二本鎖が切断され、つなぎ変わる(交叉)必要があります。同時に、切れ目の周辺は相手のDNAを鋳型にしたコピーによって置き換えられます(ジーンコンバージョン)。これが相同組換えです(図1)」と柴田武彦主任研究員は解説する。
 相同組換えの結果、新しい遺伝子の組み合わせができ、それが子孫に伝わる。「相同組換えは、遺伝情報を多様化させるという生物の環境変動への適応と進化にとって重要な機能を持っているのです。さらに相同組換えには、もう一つ別の重要な機能があります」
 核DNAの相同組換えの研究に大きなインパクトを与えたのが、RecA遺伝子の発見である。1965年、米国のA. J. Clark(クラーク)は、核DNAの相同組換えができない大腸菌の突然変異体を見つけた。その原因遺伝子がRecAだ。「相同組換えにかかわる遺伝子の最初の発見です。RecA遺伝子に異常がある突然変異体は、DNA修復もできないことが分かりました。相同組換えはDNA修復にもかかわっているのです」
 生殖細胞の減数分裂に伴う相同組換えは、自らが積極的にDNA二本鎖を切断している。一方、体細胞では活性酸素や紫外線などによってDNAが切断されたりしてしまう。DNAは二本鎖なので、一本が傷ついても、もう一本(「相補鎖」という)を鋳型にして修復ができる。しかし、二本とも切断されると、修復ができずに細胞は死んでしまうと考えられてきた。「実はそうではなく、体細胞ではしばしば二本鎖切断が起こり、それを効果的に修復する機構がある。それが相同組換えだったのです」と柴田主任研究員は解説する。「体細胞には2セットの相同染色体があり、姉妹染色体もあります。二本鎖切断が起きたら、いずれかの染色体の対応するDNAを鋳型にして修復するのです」
 DNA修復に伴う相同組換えには、遺伝情報を維持するという重要な機能があるのだ。「遺伝情報の多様化と維持。相同組換えは一見、相反する2つの機能を持っていますが、進化と遺伝にとても深くかかわっている現象です」


二本鎖切断酵素を追って
RecA遺伝子が作るタンパク質が、相同組換えにおいてどのような機能を担っているかを明らかにしたのは、柴田主任研究員である。「RecAは、DNAの切断端で一方のDNA鎖が削られてできた一本鎖が、傷のない二本鎖の相同な部分に潜り込んで相補鎖と二本鎖を作る“相同DNA対合”という重要なプロセスを担うタンパク質だったのです(図1)。論文発表は1979年です。この発見が与えたインパクトは大きく、相同組換えについて、遺伝学に代わって生化学的な研究が盛んになるきっかけとなりました」
 遺伝学ではかつて、相同組換えは染色体のどこでも同じ頻度で起きると考えられていた。ところが1960年代末、相同組換えは決まった場所から始まるという仮説が、英国のH. Whitehouse(ホワイトハウス)によって出された。この仮説は、さまざまな解析結果をうまく説明できる。しかし、相同組換えを開始する場所を制御している機構は、なかなか解明されなかった。
 「相同組換えが決まった場所から始まるのであれば、特定の塩基配列を認識して、二本鎖を切断する酵素があるはずだ。私は、それを探そうと思ったのです」
 そして柴田主任研究員は1983年、特定の塩基配列でDNAを二本鎖切断する酵素エンドヌクレアーゼSceIをパン酵母で見つけた。「エンドヌクレアーゼSceIが核DNAの相同組換えの開始を制御しているのではないかと考え、研究を進めました。しかし、これは核DNAではなく、mtDNAの相同組換えに働く酵素だったのです」。この発見をきっかけに、柴田主任研究員はmtDNAの相同組換えの研究を始めた。


ミトコンドリアDNAとは
ミトコンドリアは動物や植物など真核生物の細胞の中にある小器官で、酸素呼吸により細胞の活動に必要なエネルギーを生産している。ミトコンドリアの起源は、真核生物の祖先の細胞に寄生した原核生物だと考えられている。その痕跡として、ミトコンドリアは核のDNAとは独立したDNAを持っている。しかし、mtDNAにある遺伝子は、酸素呼吸にかかわるものがほとんどで、mtDNAの組換えや複製にかかわる遺伝子は核DNAにある。
 「私たちが見つけたエンドヌクレアーゼSceIが、mtDNAで働くものだと分かったとき、ちょっとがっかりしたんです」と柴田主任研究員は笑う。
 子供のmtDNAは100%母親由来である。父親由来のmtDNAは精子にはあるが、受精したときに分解されてしまう。ヒトではmtDNAの相同組換えは知られておらず、注目されていなかった。一方、パン酵母ではmtDNAの相同組換えが知られており、1970年代にはフランスで盛んに研究されていた。しかし、それもストップしていた。「当時、mtDNAの相同組換えにはたいした役割はないと考えられていたのです」
 さらに、mtDNAはそれぞれの細胞に、数百から数千個もある。そのうちのいくつかが損傷しても支障はないだろうから、修復機構は必要ないとも考えられていたのだ。現在では、mtDNAにも修復機構があることが、多くの生物で明らかになっている。


ミトコンドリアDNAの
相同組換えができない突然変異体
柴田遺伝生化学研究室では、mtDNAの相同組換え機構をより詳しく研究するため、パン酵母を使ってmtDNAの相同組換えができない突然変異体の作製を始めた。1993年のことだ。「突然変異体が絶対必要なことは、広く認識されていたのです」と柴田主任研究員は語る。突然変異体があれば、原因遺伝子を特定し、その遺伝子が作るタンパク質の機能を解析するなど、遺伝子レベルでの解明が大きく前進する。「しかし、多くの研究者の努力にもかかわらず、mtDNAの相同組換えができない突然変異体はどうしてもとれない。壁にぶつかってしまっていたのです」
 突破口を開いたのが、中国江蘇(チアンスー)省出身の凌楓(リンフェン)先任研究員である。「とにかく難しかった」と当時を語る凌先任研究員は、有核と無核の細胞を融合させる技術を使ったmtDNAの相同組換えができない突然変異体を検出するシステムを開発した。「このシステムがうまく機能して、1995年に突然変異体をやっと1個とることができました」
 mtDNAの相同組換えができない突然変異体の分離はこれが初めてで、世界中から注目を集めた。この突然変異体は、mhr1と名付けられた遺伝子が1塩基だけ変異していた。また、DNA修復もできないことが分かった。「核DNAの場合と同じですから、予想通りの結果です。でも、それだけでは終わらなかったのです」と柴田主任研究員は語る。



ホモプラスミー成立のメカニズム
図2 ヘテロプラスミー細胞からのホモプラスミー細胞の分離 それぞれの細胞には、数百から数千個のmtDNAがある。しかもmtDNAは、核DNAの10倍以上の頻度で突然変異が起きる。その結果、それぞれの細胞のmtDNAは、いろいろな突然変異体を含んで不均一になる。ところが実際は、細胞のmtDNAの塩基配列は均一の状態が基本である。「細胞が何度か分裂するうちに、細胞内のmtDNAの塩基配列は均一になるのです(図2)。これが“ホモプラスミー”と呼ばれるmtDNAに特徴的な現象ですが、不均一化(ヘテロプラスミー)したmtDNAを均一な状態に戻すメカニズムはまったく分かっていませんでした」と柴田主任研究員は解説する。
 そういう中、Mhr1タンパク質の働きを調べていた凌先任研究員らは、Mhr1を過剰に働かせるとホモプラスミーになる速度が速くなり、働かなくすると遅くなることを発見したのだ。「相同組換えで働くMhr1タンパク質が、ホモプラスミーの成立でも重要な働きをしていることが分かってきました。ホモプラスミーの成立に働くタンパク質が明らかになったのも、これが世界で初めてです」と、柴田主任研究員は語る。
 酵母は、母細胞から出芽した娘細胞が分裂することで増殖する。このときmtDNAも複製され、娘細胞に分配される。しかし、mhr1変異体では、mtDNAが娘細胞に分配されないことも分かった(表紙)。この原因を探っていた凌先任研究員は、正常な酵母では母細胞のmtDNAは直線状で分子量がとても大きく、娘細胞のmtDNAは分子量が小さく1個分の環状であることを発見した。さらに、Mhr1タンパク質が核DNAのRecAタンパク質と同じ機能を持つこと、つまり相同組換えの初期に相同DNA対合を行っていることも分かった(図1参照)。
 「ここまで来てようやく、mtDNAの複製と娘細胞への分配機構が分かってきました。ヒントになったのは、大腸菌に感染するラムダファージというウイルスの増殖機構です」と語る柴田主任研究員らが明らかにした、mtDNAの複製と娘細胞への分配機構は次の通りだ(図3)。
 複製はMhr1タンパク質によって始まる。環状mtDNAがあたかも何周も回転しながら鋳型になり、合成されたDNAの尾が伸びるような形で、複製されていく(ローリングサークル型DNA複製)。その結果、何個分ものmtDNAが直列につながった「コンカテマー(直鎖状多量体)」が作られる。娘細胞に送り込まれるためにはコンカテマーが必要で、娘細胞に入ると1個分ずつに切り分けられ、環状のmtDNAになる。mhr1変異体では複製が始まらず、mtDNAが娘細胞へ分配されない。
 「私たちが明らかにしたmtDNAの複製と娘細胞への分配機構は、ホモプラスミーが成立するメカニズムも説明できてしまうのです」と柴田主任研究員は解説する。「不均一になったmtDNAのうち、一つまたはほんの数個を鋳型にしたローリングサークル型複製によってできたコンカテマーだけが選択され分配されれば、多数の同じ塩基配列を持つmtDNAだけが娘細胞に入ります。こうして細胞分裂が何世代か繰り返されれば、ホモプラスミーが成立します。もちろん、ほかにもいろいろな仮説がありましたが、mhr1変異体を組み合わせた検証実験で、私たちの説明だけが支持されました」
 この発見は、ホモプラスミーの成立機構というmtDNAの大きな謎を解いたという点で、高く評価されている。一連の成果の前半は『The EMBO Journal』2002年9月号に、そして後半の部分は『Molecular Biology of the Cell』2004年1月号に掲載された。

図3 出芽酵母でのmtDNAの複製と娘細胞への分配機構

そしてヒトへ
mtDNAの不均一化と深くかかわっている病気に、神経や筋肉が侵される「ミトコンドリア症」がある。研究が進めば、ミトコンドリア症の治療や予防の手掛かりがつかめると期待されている。
 「もう一つ私たちが注目しているのは、老化現象とのかかわりです」と柴田主任研究員は語る。細胞の老化については、核の染色体の両端にある「テロメア」が複製のたびに短くなるためという説がある。しかし、神経や筋肉など分裂をしない細胞の老化は、テロメアでは説明ができない。「活性酸素によるmtDNAの損傷や、修復能力の低下によるmtDNAの不均一化が原因になっている可能性もあります。mtDNAと老化のかかわりを明らかにしていきたいですね」
 凌先任研究員は「今後は、ヒトへつなげていきたい。これは私自身がやらなければならない仕事の一つです」と熱く語る。「mtDNAの相同組換えで働くMHR1以外の遺伝子を見つけることも必要です。ヒトで対応する遺伝子が見つかれば、ヒトへの応用が一気に進むでしょう」
 核DNAの相同組換えで働く遺伝子は、酵母からヒトまで、多くの生物種でほぼ共通している。柴田主任研究員も「mtDNAの相同組換えについて、酵母からヒトへ発展させることができるでしょう」と展望している。さらに「mtDNAの研究は、これからますます面白くなるという予感がしています。この分野の研究者はまだ少ない。世界をリードしていくのが彼です」と、凌先任研究員に大きな期待を寄せる。
 凌先任研究員は「ヒトのmtDNAの研究は核DNAと比べてかなり遅れています。難しいのです。でも大丈夫。私たちの研究室には知識と技術の蓄積がありますから」と自信を見せる。mtDNAの研究は、柴田遺伝生化学研究室によって大きな発展を見せるに違いない。



監修 
中央研究所
柴田遺伝生化学研究室
主任研究員 柴田武彦
先任研究員 凌 楓

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SPOT NEWS
トレハロースを用いた新しい
神経変性疾患発症予防法の可能性

2004年1月19日、文部科学省においてプレスリリース



当研究所は、糖類の一種であるトレハロースを用いた神経変性疾患の新しい発症抑制法の開発に成功した。理研脳科学総合研究センター(BSI)構造神経病理研究チームの貫名(ぬきな)信行チームリーダーらによる研究成果。遺伝性の病気で不随意運動や痴呆(ちほう)などの症状を引き起こすハンチントン病などでは、その原因遺伝子のCAG塩基配列の繰り返しが異常に伸長し、遺伝子産物(ポリグルタミン)が凝集して神経細胞に異常蓄積することが原因と考えられている。研究チームでは、ポリグルタミン分子が伸長することにより不安定化し、凝集体を作りやすいことを見いだし、この凝集を防止する可能性のある化合物を探索した。その結果、トレハロースがポリグルタミン分子を最も安定化させることを突き止めた。これは、病気の新しい予防法の可能性を示すものである。この成果について、貫名チームリーダーに聞いた。

――ポリグルタミン病とは、どんな病気ですか。
貫名:DNAの中には、シトシン(C)、アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)という4つの塩基があります。この4種の塩基の並ぶ順番が遺伝情報をつかさどっており、まずこれらの配列の組み合わせによってアミノ酸が作られ、さらにそのアミノ酸の組み合わせによってどのようなタンパク質が作られるかが決まっていきます。その中でCAGという塩基の組み合わせの繰り返しを「CAGリピート」と呼びますが、この繰り返しが異常に長いと、異常に伸びたグルタミンを含む遺伝子産物「ポリグルタミン」が作られ、それが神経細胞に異常蓄積して神経細胞死や機能異常を引き起こすと考えられています。ポリグルタミン病とは、こうしたポリグルタミンの異常蓄積によって引き起こされるハンチントン病(不随意運動や痴呆を引き起こす)や遺伝性脊髄小脳変性症(歩行障害などを引き起こす)などの神経変性疾患の総称です。
――どのようにしてトレハロースがポリグルタミン病の進行を抑えるのですか。
貫名:異常に伸長したポリグルタミンを挿入したタンパク質のモデル分子を作製して解析を進めたところ、この分子は伸長するとより不安定化して凝集しやすくなることを突き止めました。この凝集を防止すれば、ポリグルタミン病を予防する手掛かりになると考えました。実験の結果、糖質の中でも二糖類に凝集を予防する効果があることを発見し、中でもトレハロースがモデル分子を安定化させて、凝集を抑えることを突き止めました。その効果を確かめるため、ハンチントン病のモデルマウスにトレハロースを含む飲料水を与えたところ、マウスの寿命が10%延びました(図1)。さらに回転棒に乗っていられる時間を測定する行動実験では、その時間が延びました(図2)。なぜトレハロースがこうした症状を改善するのかは解明中ですが、これらの実験結果から、伸長したポリグルタミンの凝集をトレハロースが抑制し、ポリグルタミン病の発症を遅らせることができると考えられます。今後、ヒトでも同じような効果が見られるか、安全性と効果をきちんと確認していく必要があります。さらに、ポリグルタミン病以外にも特定の分子が不安定化して凝集体を形成する神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病など)で、分子の安定化によって発症を予防する方法の研究開発が期待されます。

図1 トレハロースがモデルマウスの寿命を延ばした。
図2 行動実験(ロタロッドテスト)で、回転棒に乗っている時間がトレハロースを投与したマウスでは延びている。トレハロースの分解産物であるグルコースを投与したマウスと比べても効果が上がっている。

――この成果を得るに至った研究のポイントは何ですか。
貫名:この研究を主に進めた田中元雅研究員(現:カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員)は生物・医学分野ではなく、工学の分野で博士号を取得し、NMR(核磁気共鳴装置)のような工学的な手法を用いて異常なタンパク質の構造解析を行い、ポリグルタミン病の解明を進めていこうと考えていました。しかし、BSIでは幅広い分野の研究者が集い、いろいろな手法で研究を行っています。その中で彼も、生物実験を試しながら今回の成果につなげていくことができました。私の研究チームを含め、こうした幅広い分野から人材が集まり、いろいろなアプローチができる研究環境があるのが、BSIの強みだと思います。





プレスリリースは下記URLを参照ください。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2004/040119/index.html
本研究の成果は米国の科学雑誌『Nature Medicine』2月号に発表された。


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SPOT NEWS
グリア細胞の接着によって
完成する神経細胞の成熟

2004年2月5日、文部科学省においてプレスリリース



当研究所は、グリア細胞の接着によって神経細胞の成熟が著しく促進されることを明らかにした。理研脳科学総合研究センター(BSI)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、濱 裕(ひろし)研究員らの研究グループによる成果。神経細胞は、他の神経細胞とシナプス※1を形成して回路網を作り、情報伝達を行って初めて成熟したとされる。この神経細胞の成熟におけるグリア細胞の役割が議論されている。大半の研究では、グリア細胞の分泌するコレステロールなど(液性因子)に注目してきた。研究グループでは、グリア細胞と神経細胞の接触(接着因子)に注目した。その結果、グリア細胞が神経細胞に局所的に接着して、神経細胞内の情報伝達を担うタンパク質、プロテインキナーゼC※2の活性化が伝播し、液性因子のみの場合と比較して5〜6倍程度、神経細胞全体でシナプス形成が促進された。今後、幹細胞から生まれてきた神経細胞を効率よく成熟させる新技術の開発につながるものと期待される。この成果について、宮脇チームリーダーと濱研究員に聞いた。

――グリア細胞とはどんな細胞なのでしょうか。
宮脇:脳を構成している細胞は、神経細胞(ニューロン)とグリア細胞に大きく分けられます。グリア細胞は、神経細胞ではない細胞の総称です。グリア細胞が神経細胞に栄養を与え、神経細胞を取り巻く環境の整備をすることが知られています。また、神経細胞の活躍を助け、神経の再生に重要な役割を果たすと考えられるようになっています。
――「液性因子」と「接着因子」について詳しく教えてください。
濱:神経細胞が未熟な状態から分化・成熟し、神経細胞同士が結合する(シナプス形成)過程において、グリア細胞の一種である「アストロサイト」の関与が指摘されています。神経細胞のみを培養する場合より、アストロサイトを混ぜた場合の方が、シナプス形成が効率的に起こります。そのため、アストロサイトから神経細胞に向かう因子、つまりアストロサイトが神経細胞に働き掛けてシナプス形成を指令するものが何なのかが問題になっています。従来は、アストロサイトの培養液中から見つかったシナプス形成を促す「液性因子」、すなわちアストロサイトが分泌するコレステロールなどが注目されてきました。一方、アストロサイトが神経細胞の細胞膜上に接着してシナプス形成を進める「接着因子」については、あまり踏み込んだ研究が行われていない状況でした(図1)。

図1 アストロサイトが神経細胞に働き掛ける方法

――なぜ、接着因子は研究されなかったのでしょうか?
濱:液性因子の探索は、培養した神経細胞に因子となる物質を混ぜるいわゆる「振り掛け実験」で行うことができますが、接着因子の研究は、神経細胞にアストロサイトが絡んでいくさまを何時間にもわたって根気よく観察する実験が要求されます。私たちは、細胞の形態や機能を可視化する技術を開発しており、それらを駆使して神経細胞−アストロサイトの相互作用(接着)を解析する研究プロジェクトを立ち上げることができたのです。解析の結果、接着因子が加わることで、液性因子のみのときと比較して5〜6倍、神経細胞の成熟が促進されるのを確認することができました。その接着には、神経細胞の側のインテグリンと呼ばれるタンパク質が関与することが分かりました。さらに、接着するとグリア細胞から不飽和脂肪酸が神経細胞全体に放出され、タンパク質をリン酸化する酵素であるプロテインキナーゼCが活性化し、さまざまなタンパク質をリン酸化してシナプスが形成されていくことが分かりました。

――将来への期待をお聞かせください。
宮脇:再生医療の分野では、神経幹細胞を移植して失われた脳の機能を回復させる試みが進められています。しかし、神経細胞が成熟してほかの神経細胞とシナプスを形成することによって、失われた機能の回復が達成されます。今回の成果は、移植した幹細胞を成熟まで導く基礎的な知見を見いだした点で意義深いものがあります。また、今回の研究が進んで、脳の成熟を導く仕組みをより詳しく解明できれば、「頭が良くなる」方法の確立につながることも夢の話でなくなるかもしれません。



プレスリリースは下記URLを参照ください。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2004/040205/index.html
本研究の成果は米国の科学雑誌『Neuron』2月5日号に発表された。


※1:シナプス
神経細胞同士がつながるタイプの回路、あるいは神経細胞が自分自身に対して閉じた回路を作るときの結合ポイント。このポイントを境に情報を伝える側(情報の流れの上流)を神経前終末部といい、ここから神経伝達物質が出る。また、情報を受け取る側(情報の流れの下流)をシナプス後膜部といい、この部分で神経伝達物質をキャッチする。


※2:プロテインキナーゼC
タンパク質をリン酸化する酵素の一つで、いろいろな細胞に存在している。外界からの刺激が細胞の中に伝わってこの酵素が働く(活性化する)とき、細胞の中のいろいろなタンパク質が連鎖的にリン酸化される。これによって細胞内に情報が伝わる。



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構造プロテオミクスが
果たす役割

小川智也 推進本部長
横山茂之 副推進本部長に聞く



構造プロテオミクスとは、タンパク質全体を対象に立体構造と機能の解明を目指すものである。その研究成果は生命への理解を深め、医療や創薬、産業利用へ直結する。理研では構造プロテオミクスのプロジェクトを、世界に先駆けて1997年に開始した。2001年には横浜研究所ゲノム科学総合研究センター、播磨研究所、和光研究所を横断的に連携させる形で構造プロテオミクス研究推進本部(RSGI)を設置し、網羅的解析の研究拠点として国家プロジェクト「タンパク3000」に参加している。RSGIの今後の展望を、小川智也推進本部長、横山茂之副推進本部長に聞いた。

小川智也 推進本部長
横山茂之 副推進本部長

タンパク質の機能ネットワークを解明する
――構造プロテオミクスとは、どのような研究ですか。
横山:ゲノムがある生物の遺伝情報全体を指すのに対し、“プロテオーム”はタンパク質全体を指します。プロテオームを対象にした研究が“プロテオミクス”です。“構造”が付くのは立体構造と機能の解明を行うからです。すなわち、構造プロテオミクスとは、タンパク質全体を対象に、構造と機能の解明を行うことです。
――今、なぜ構造プロテオミクスが必要なのですか。
横山:さまざまな生物のゲノム解読が完了しました。さらに、タンパク質を作るためのすべての情報が含まれた完全長cDNA(mRNAの全塩基配列をDNAに人工的に写し取ったもの)の取得も、マウスやヒトでほぼ完了しています。完全長cDNAライブラリーからタンパク質を作れば、タンパク質全体を対象とする構造プロテオミクスが可能です。機は熟しています。今こそ、やるべき時です。
――構造プロテオミクスにはどのような意義があるのですか。
横山:ゲノムの情報は、DNAにある塩基の並び方で書かれています。そのゲノムの一部に、タンパク質の設計図である遺伝子があります。タンパク質が作られるとき、遺伝子領域のDNAの塩基配列がRNAに読み取られ、不要な部分が除かれてmRNAが作られます。mRNAの塩基配列がアミノ酸の1次元的な連なりに翻訳され、それが折り畳まれて3次元の立体構造を持つタンパク質ができます。タンパク質は、構造を持つことで機能を発揮するのです。
 ゲノム解読によって、塩基配列という暗号の文字の並び方が分かったわけですが、それだけでは意味は分かりません。ゲノムの“情報”に基づき、タンパク質という“実体”が作られ機能します。暗号で書かれたゲノム情報の意味を、タンパク質という実体の機能を通じて理解することが、構造プロテオミクスなのです。
 ゲノムにあるたくさんの遺伝子が作り出すタンパク質がネットワークとして機能することで、生命現象が実現しています。例えば、細胞が外から情報を受け取ると、たくさんのタンパク質が他のタンパク質や脂質、糖などの生体分子と相互作用して情報を受け渡していきます。そして核の中の特定の遺伝子に働き掛けて新たなタンパク質が作られたりします。生命を理解するには、この機能ネットワークの解明が必要です。それにはタンパク質全体を一つのセットとしてとらえ、それぞれのタンパク質が他の生体分子とどのように相互作用するかを調べなければなりません。相互作用する場所は鍵と鍵穴に例えられ、「活性部位」と呼ばれます。活性部位の構造が適合するもの同士しか相互作用しないので、その構造が分かれば、どれとどれが相互作用するのかを調べ、機能ネットワークを解明していくことができます。
 私は学生のころから、生体分子の構造が機能に結び付くことに興味を持ち、研究を続けてきました。活性部位で互いの分子同士が化学的に結合して相互作用が起きるわけです。相互作用を本当に理解するには化学的なレベルで調べなくてはいけないのです。それには構造を知ることが絶対に必要なのです。
小川:構造プロテオミクスは、医療や創薬にも貢献すると期待されています。タンパク質の異常が、病気の原因となる場合があるからです。その病気の原因となっているタンパク質の活性部位の構造が分かれば、そこに直接働く薬をデザインすることも可能となります。構造プロテオミクスは、生命への理解とともに、よく効き副作用の少ない創薬など産業利用に直結することから、その重要性が認知され、日本ではRSGIが参加する「タンパク3000」プロジェクト(2002〜2007年度)が行われています。欧米・アジア諸国でも研究をスタートさせ、われわれを追いかけています。


世界に先駆けた大型プロジェクト
――どのような経緯で、世界に先駆けて構造プロテオミクスを提唱し、プロジェクトを開始したのですか。
横山:1990年代前半、タンパク質構造解析の強力な手段となる大型放射光施設SPring-8の建設計画が、理研の加速器グループと日本原子力研究所によりスタートしていました。ヒトゲノム解読計画も始まりました。SPring-8ができるなら、もう一つの強力な構造解析の手段としてNMR(核磁気共鳴装置)の大規模施設を作れば、両者の相乗効果で、ポストゲノム時代の新しい生命科学を切り拓ける。そのように考え、タンパク質全体を対象とした構造プロテオミクスのプロジェクトを1995年に提案しました。この提案を理研の多くの人が真剣に検討してくれました。
小川:サイエンスには先行投資が大事なんです。誰も考えないような新しいことを始める。その引き金になるのは、研究者の独創的なアイデアと行動力です。
横山:正直に言いますと、構造プロテオミクスのような大型プロジェクトは理研でなければ絶対に始められませんでした。ビッグサイエンスを行うには“文化”が必要なのです。理研には生物や化学、物理など異分野の研究者がチームを組んで、一緒にサイエンスを進める文化があります。実際にビッグサイエンスをどう進めるか、理研の加速器チームに貴重なアドバイスをいただきました。
小川:理研はわが国唯一の総合的な自然科学の研究機関です。その伝統があって初めて、いろいろな分野の協力が必要なビッグサイエンスが実現できるのです。構造プロテオミクスも、さまざまな分野の技術を統合することで、国際的な研究競争が始まる前の1997年に、世界に先駆けてプロジェクトを開始することができました。


重要なタンパク質をもらさず大量・迅速に解析
――現在、RSGIではどのように研究を進めているのですか。
横山:RSGIでは2つのタイプのプロジェクトを柱としています。1つは、高度好熱菌と古細菌をターゲットとするものです。RSGIの倉光成紀グループディレクターらは、生命にとって必要最小限の情報が凝縮された細菌のタンパク質をすべて解析して、生命を丸ごと理解しようとしています。細菌の研究は病原菌のモデルともなり、感染症対策にも貢献します。もう1つは、医学的・生物学的に重要なヒトとマウス、そして食糧・環境問題の解決などに重要な高等植物のモデルであるシロイヌナズナがターゲットです。これらの研究は、その膨大な種類のタンパク質から、研究の対象としてどのタンパク質を優先するかがキーポイントです。
 解析にはタンパク質を効率よく大量調製する必要があります。しかし従来の大腸菌などを用いる方法では作れない重要なタンパク質があります。それを作るのが、実は大変なんです。私たちは無細胞タンパク質合成システムを独自に開発して、今までは作れなかったタンパク質も大量調製しています(図1)。それを精製してSPring-8やNMRで構造と機能を解析します。
――SPring-8ではどのようなタンパク質を解析しているのですか。
横山:高度好熱菌や古細菌のタンパク質など、比較的大きなタンパク質を結晶化して、X線回折によって構造解析しています。どうしても結晶化がうまくいかないタンパク質がたくさんあります。そのようなタンパク質の結晶も効率よく作るため、結晶化の観察データを蓄積し、最適な条件を予測する自動結晶化・観察ロボットシステム「TERA」を開発しました(図2)。SPring-8の放射光は世界最高輝度を誇るとともに、レーザーのように位相(波の山や谷の位置)が大変よくそろった平行な光です。これまで大きな結晶が作りにくく、構造解析できなかったタンパク質も、この質の高い放射光で計測できるようになりました(図3)。
――世界に先駆けてNMR施設を本格的に導入していますね。
横山:横浜研究所のNMR施設は、NMRが約40台という世界最大の集積規模を誇ります(図4)。ここでは主に、ヒトやマウス、シロイヌナズナの機能ドメインなど、比較的小さなタンパク質の解析を行っています。NMRは、試料を結晶化することなく、細胞内の状態と似た溶液の状態で解析できます。RSGIでは、独立行政法人 物質・材料研究機構の協力を得て、世界最強磁場920MHzのNMRによる解析も進めています。磁場を強くすることで感度が良くなり、従来のNMRでは測定できなかった大きなタンパク質も解析できます。
 私たちは解析の大量・高速化を図るだけでなく、今まで計測をあきらめていた重要なタンパク質の解析も目指しています。
――得られた構造や機能のデータをどのように分析するのですか。
横山:データベースとして蓄積して、生命情報科学(バイオインフォマティクス)を駆使して分析することで、ゲノム情報からタンパク質の構造や機能を予測したり、タンパク質の機能ネットワークの詳細を解明します。病気の原因となるタンパク質に結合する化合物を探し出し、創薬へつなげることも行っています(図5)。

図1 無細胞タンパク質合成システム
図3 SPring-8の理研構造生物学ビームライン
図2 自動結晶化・観察ロボットシステム「TERA」
図4 横浜研究所のNMR施設の一部
図5 薬の候補となる化合物のデザイン


世界の先頭を走りきる
――現在までに、どのような研究成果が得られましたか。
横山:タンパク質の構造の解析数は、2002年が約150個、2003年が300個以上で、1つのプロジェクトとしては世界最多です。この中には、神経系疾患の原因や、感染症治療薬、がん治療のターゲットとなるものなど、重要なタンパク質がたくさん含まれています(図6)。2004年は約600個の構造解析ができる予定です。
小川:海外では、治療や創薬に直結するマウスやヒトを対象とした構造プロテオミクスの研究はまだ少ないのです。
横山:米国は、今まで技術開発や体制作りを優先し、2005年から、治療や創薬に役立つ重要なタンパク質の解析を始めると言っています。私たちは、最初からヒトやマウスもターゲットとして、この研究が社会に役立つことを実証してきました。
――米国との研究競争で、リードを保てそうですか。
横山:RSGIで現在のような大きなシステムを築いてきたからこそ、米国とも勝負ができます。しかし米国のライフサイエンス関連の予算は大きく、物量作戦を始められたらかなわないですね。ただし、タンパク質の設計図である遺伝子は有限です。完全長cDNAライブラリーにすべてのタンパク質の設計図があるわけです。有限な世界では、早く先に進めばそれだけ有利であり、スタートダッシュする意味があるのです。先に走っている有利な状況を生かして、このままリードを保って走りきりたいと思っています。

図6 RSGIで解析されたタンパク質の一例

研究成果をいち早く創薬に結び付ける
――RSGIではどのように社会貢献を果たしていきますか。
小川:例えば、横浜研究所の遺伝子多型研究センターでは、遺伝子の個人差から生活習慣病の原因を探っています。最近、あるタンパク質の機能が変わると、心筋梗塞(こうそく)になりやすいことなどが分かってきました。病気のなりやすさに関係するタンパク質の構造と機能をRSGIで解析すれば、予防や治療、創薬に結び付けることができます。今後、理研の各センター・研究室、大学などと一層の連携を図り、社会に貢献する具体的な成果を上げていきたいですね。
横山:RSGIでの成果を、いち早く創薬に結び付けるには、創薬のプロである製薬企業との連携が不可欠です。どのタンパク質を解析のターゲットにするか、という段階から企業と共同研究を行い、薬の候補となる化合物の関連特許については、特許を受ける権利を有償で提供する「新規プロテオーム創薬共同研究制度(パートナー制度)」を創設しました。RSGIでは現在、約20社と契約交渉しているところです。日本中の製薬企業を相手に契約交渉ができるのも、理研の研究推進体制ならではだと思います。
小川:パートナー制度は、理研だけでなく日本における産学連携の新しい試みであり、産業界からの評判も上々です。
横山:今、創薬を目指して外部機関と共同研究しているものに、新型肺炎SARSがあります。2003年春にSARSウイルスのゲノム解読が完了し、ウイルスの増殖を抑える薬の開発が世界中で進められています。RSGIでも有望な化合物が見つかってきました。RSGIのような大きなシステムを組むことの意義の一つは、新たな感染症への対応など、緊急のニーズにも迅速に解決策を提示できることです。


さらなる社会貢献を目指して
――RSGIの成果をさらにどのように生かしていきますか。
小川:理研全体の運営から言うと、RSGIのような現行の大型プロジェクトで、国民に納得していただける十分な社会貢献を果たし、次の時代に必要な新たな大型プロジェクトの支持へつなげるという“正の循環”を築く必要があります。特に大型プロジェクトは、予期しない分野へもブレークスルーをもたらします。RSGIでも、従来のシナリオにはないような分野へも派生技術を大きく発展させて、さらなる社会貢献を図っていきたいと考えています。
横山:例えば、920MHzのNMRなども、私たちのような具体的ニーズがあって初めて開発が行われるわけです。そこで開発された超伝導磁石は、さまざまな分野で応用されてブレークスルーをもたらすはずです。解析の大量・高速化を目指すことにより、新たなニーズと、それに応えるための新技術がたくさん生まれています。
小川:理研の成果を外部から見えやすくして、企業のアイデアでその成果を理研と共同で発展させてもらう。理研では今年から、そのような新たな試み「融合的連携研究制度」を創設します。
横山:RSGIの成果を直接一般の人に伝える形の社会貢献も行っていきたいですね。研究をしていると、タンパク質が形を変えながら機能を発揮している様子が、頭の中で“見える”瞬間があります。その瞬間が研究をしていて最も感動しますね。私は、サイエンスは芸術だと思っています。研究者がどれだけ感動したかで、研究成果の大きさも決まるのだと思います。研究者自身が感動できる成果をRSGIで生み出したい。さらに研究者の頭の中で“見えた”タンパク質の動きを、理研が誇るシミュレーション技術で可視化して、私たちの感動を一般の人に伝えたいですね。
小川:私たちの世代は子供のころに食糧難を経験しました。現在、アフリカなどで貧困に苦しむ多くの子供たちと同じように、私たちはみんな栄養失調でした。私自身はそのような経験から食糧増産に貢献したいと思い、農学部で化学を専攻し、理研の研究者になりました。理研には化学と生物の境界領域の研究者がたくさんいます。その研究者たちともRSGIは連携を図り、創薬や食糧問題の解決に結び付く成果を生み出し、人類社会に貢献したいですね。




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記念史料室から

理研の創設に尽力した桜井錠二



明治維新から半世紀、第一次世界大戦中の1917(大正6)年、財団法人理化学研究所は創設された。その創設に高峰譲吉、渋沢栄一らとともに多大な貢献を果たしたのが、日本近代化学の礎を築いた桜井錠二である。桜井はどのような想いで、理研の創設に奔走したのか。(敬称略)


桜井錠二
(1858〜1939) 1858(安政5)年、桜井錠二は加賀藩士 桜井甚太郎と八百(やお)の六男として生まれた。5歳になる年に父を亡くしたが、母の支えによって七尾語学所で英語を学んだ後、1871(明治4)年に大学南校(東京大学の前身)に入学した。さらに1876〜81(明治9〜14)年にはロンドン大学へ国費留学し、有機化学の大家であるAlexander(アレキサンダー) W. Williamson(ウィリアムソン)(1824〜1904)に師事した。ちなみに桜井の本名は“錠五郎”であるが、ロンドン大学留学の際、欧米人向けに“ジョージ(錠二)”と改名した。
 Williamsonは、1863(文久3)年に伊藤博文、井上馨(かおる)ら長州藩士が密航しロンドン大学で学んだときに、彼らの世話をした人物でもある。また明治の初めには、Williamsonが推薦に関与した多くの科学者が教師として来日した。このことは、「わが国学界のためには非常なる幸せであったのであります」と桜井は述べている。彼らが「いずれも新進有為の学者ぞろい」で、熱心に指導にあたったからである。桜井自身も留学前に、Williamson門下のRobert(ロバート) W. Atkinson(アトキンソン)に基礎化学を学んでいる。彼らによって「独創的研究の種子はすでにわが国土にまかれていた」と桜井は指摘している。
 彼ら外国人教師たちの後を受け継ぎ、後進の指導にあたったのが、桜井らである。桜井は、英国から帰国した翌年、1882(明治15)年に24歳で東京大学教授に就任。以後、日本の化学界をリードし、池田菊苗ら多くの門下生を輩出した。
 明治後期になると、日本で2番目の大学として1897(明治30)年に京都帝国大学が誕生したのを皮切りに、各帝国大学や私立大学などが設立されていった。しかし、これら高等教育機関の貢献が「ほとんど全部欧米諸国における発見・発明の移植・模倣にかかる貢献にすぎないことを自覚せざるを得ないのであります」と無念の想いを桜井は述べている。そもそも独創的研究をしようにも、日本を代表する東京帝国大学の物理学教室や化学教室においてすら、「研究費は皆無であると言ってよろしい」状況だったという。明治の初め、外国人教師らによってまかれた独創的研究の種子は、「模倣万能の時勢に抑圧せられて明治時代にはその種子はほとんど発芽するに至らずしてやんだのであります」と桜井は断じている。

1913(大正2)年、転機が訪れた。この年、高峰譲吉が米国から一時帰国した。高峰は米国において消化酵素「タカヂアスターゼ」の開発や、アドレナリンの分離・精製に成功し、世界的に知られていた化学者である。高峰は桜井と同じ加賀藩出身、七尾語学所の同窓でもあり、以前からの友人であった。高峰は築地(つきじ)精養軒において、農商務省の大臣ら政官財の要人約150名の前で、産業に結び付く独創的研究を推進するための「国民科学研究所」設立の必要性について演説した。
 この提案にいち早く賛同したのが、財界の重鎮である渋沢栄一と、桜井であった。二人は米国へもどった高峰の後を受け継ぎ、理研創設へ向けた動きを一貫してリードした。「資金の調達は故渋沢子爵(ししゃく)主としてこれに当たり、また事業の計画は不肖主としてこれに当たることとなりまして」と後年、桜井は振り返っている。この間、1914(大正3)年に第一次世界大戦が勃発し、欧州からの医薬品や工業原料の輸入が途絶えた。このことが、独創的研究に基づく自立的な産業発展の必要性を広く認識させ、理研の創設を後押しした。1917(大正6)年に創設された理研において、渋沢は副総裁、桜井は副所長に就任した。やがて桜井らの志を受け継ぎ、第3代所長に就任した大河内正敏によって、理研は大きく発展していく。

1927(昭和2)年には、桜井錠二の五男、桜井季雄が、理研の研究員として紫紺色の陽画感光紙を発明した。この発明は、現在の株式会社リコーの前身である理研感光紙株式会社の設立につながった。
 1937(昭和12)年、創設から20年の理研の歩みを桜井錠二は次のように述べている。
 「同研究所が学術上・産業上いかに大なる貢献をなしつつあるかは私より申し上げるまでもないところでありますが、一つ申し上げたいのは理化学研究所の設立により、有為有能なる幾多の新進学者が初めて一意専心独創的研究に没頭することができるようになったことでありまして、同所の設立はわが国における学術の発達に重大なる意義を有するものと考えられるのであります」


出典・参考資料
桜井錠二「日本に於ける学術の発達」(昭和12年10月30日の講演録、財団法人啓明会第78回講演集に収録)※引用にあたり、仮名遣い等を改めた。
http://www.j-sakura.ne.nu/「日本近代化学の礎を築いた一人の化学者 桜井錠二」(桜井錠二の孫、山本和子氏のWebサイト)




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TOPICS
産業界との「融合的連携研究制度」の運用開始


当研究所は、本年4月1日より産業界との「融合的連携研究制度」をスタートさせ、新しい産官連携を試みます。同時に、研究課題の提案受け付け(締め切り:2004年6月30日(水)当日消印有効)を開始しました。この制度は企業のイニシアティブを重視した新しい共同研究の仕組みとして、1. 企業に理研の研究人材にかかわる情報データベース(研究者データベース)を提供し、2. 企業がそれらの情報を踏まえ、理研に提案する研究開発課題を検討・評価し、3. 企業と共同で、本制度の下での実施が適当な課題の研究計画を作成し、4. フロンティア研究システム(システム長:丸山瑛一)に、企業からの研究者などの参加も得た時限的な研究チームを編成し、研究を実施します。運用開始に伴い、事前相談窓口(基礎基盤・フロンティア研究推進課、電話:048-467-7892)を開設し、研究人材の情報提供として研究者データベースを公開しました。

詳しくは、http://www.riken.jp/lab-www/icr/yugorenkei/html/index.htmlをご覧ください。


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「新コンピュータシステム」運用開始


「新コンピュータシステム」運用開始 当研究所は、総演算性能:12.4TFLOPS(テラフロップス)を誇る国内最大のLinux(リナックス)クラスタを中核としたスーパーコンピュータシステムを和光本所の情報基盤センターに導入し、3月1日に披露式を行いました。同日運用を開始したこのシステムの総演算性能は、国内では「地球シミュレータ」に次いで第2位、世界的に見ても10位以内にランクされます。これまでLinuxクラスタを利用するには高度な技術が必要であったため、部門単位やプロジェクト単位の利用に限定されていましたが、このシステムは、Grid(グリッド)技術やWeb(ウェブ)技術を駆使して構築され、ウェブブラウザから容易に利用可能となっています。そのため国内初の大規模Linuxクラスタを採用した大型計算機センターのモデルケースとして、国内外から大きな注目を集めています。主要な用途として、遺伝子やタンパク質の構造・機能解析などのバイオインフォマティックス分野での飛躍的な利用促進が期待されています。


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「ナショナルバイオリソースプロジェクト 
マウス・シンポジウム」を開催


当研究所は3月19日、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)実験動物(マウス)の収集・保存・提供における中核機関として、バイオリソースの理解増進および成果普及促進のため「NBRP マウス・シンポジウム」を東京国際交流館(お台場)で開催しました。森脇和郎バイオリソースセンター長、戸谷一夫 文部科学省研究振興局ライフサイエンス課長のあいさつの後、関連機関の研究代表者が開発状況の報告のほか、知的所有権関連の問題など、実験モデルマウスを取り巻く国際状況などについて講演しました。来場者数、約160名。


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「受賞者懇談会」を開催


「平成15年度受賞者懇談会」が3月11日、広沢クラブ(和光本所)で開催されました。本懇談会は外部機関から表彰を受けた職員を理事長が招待し、その顕著な業績を称えるとともに、今後の理研の在り方などについて意見を交換することを目的としています。当日は役員、各所長・センター長も出席し、参加者は約70名に上りました。野依良治理事長はノーベル賞受賞に至るまでの自身の体験を披露し、参加者一同、表彰を受けることの意義を再確認しました。理事長は「理研からより多くの各賞受賞者が生まれることを期待しています」と結びました。


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平成16年度の組織改編


本年4月より、科学技術の動向、研究の先見性、成果の期待度などを調査分析する「研究プライオリティ会議」が独立した常設組織となりました。また、理事長室と企画部を統合し新たに経営企画部として再編し、政策立案機能、企画調整機能を強化しました。さらに、ものつくり情報技術統合化研究プログラムおよびナノサイエンス研究プログラムを統合し、フロンティア研究システム内に位置付け、一層の効率的な研究の推進を図ります。


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原酒
囲碁よろしく


岡本隆之
OKAMOTO Takayuki
河田ナノフォトニクス研究室 先任研究員


2001年、囲碁部合宿において(右端が筆者)
ペア碁大会にて
「碁は宇宙だ」とか、「碁は人生だ」とか、囲碁を形而上学的に語る人たちもいるが、囲碁の現世利益について述べたい。昨年、日本の囲碁界の総本山である日本棋院がその設立80周年を記念して、アマチュア八段を新設した。先日、その八段を初めて取得された方にお会いした。その方の年齢は94歳。囲碁の素晴らしいところは、そのような年齢になっても、なお一線で活躍し、楽しめるということである。もちろん年をとらないと楽しめないというものでもない。座ったままでは碁盤の向こう側まで手が届かないような小さな子供も、もちろん楽しんでいる。

そういうことで、碁には年齢による差別が存在しない。私の知っている女性で、80歳をすぎて囲碁を始めた方がいるが、90歳をすぎて初段をとり、いまだに上達しておられる。このような年配者と、小学生や幼稚園児が対局しても、まったく対等に勝負ができる点が素晴らしい。年齢差が90歳にもなる者たちが対等に戦える競技は、ほかには見あたらない。しかも、勝敗がつく。必ず、勝った者と負けた者が存在する。「おれの方が強い」、「いやおれの方が強い」と言い争っていても、実際に対局すれば、どちらが強いかは一目瞭然(いちもくりょうぜん)である。ただし、負けても、「たまたま、調子が悪かった」とか「あそこのポカがなければ勝っていたのに」と言う輩(やから)もいるが。

将棋も似たような特徴を持っている。しかし、囲碁が将棋と大きく異なる点は、碁盤と将棋盤とのサイズの差に起因する。碁盤は19×19路から成り、将棋盤には9×9の升目がある。チェス盤はもう一回り小さく、8×8升から成る。何年か前に、コンピュータがチェスの世界チャンピオンを破ったことがニュースになっていたが、この盤の小ささによるものが大きい。盤が小さいと、どちらが深い読みができるかが勝負を決める。囲碁でも当然同じ部分を有するが、碁盤の広さは読みだけでは勝たせてくれない。特に序盤では、打つところが広過ぎて、読みはまったく役に立たない。感性と経験がものをいう世界である。この部分は頭ではなく身体が覚えており、年をとってじっくりと読むことができなくなっても、そう簡単に弱くならない。そういう意味では、碁はスポーツと似たようなところがある。お隣の中国ではスポーツに分類されている。

さらに昨年、新しい楽しみを発見した。ペア碁である。これは、男女一人ずつが組になって対局するものである。着手は男女が交互に行う。助言はできない。ペア碁では、自分の構想はいとも簡単に崩れ去る。自分が最善手と思って打った石の意味をパートナーが理解してくれず、意図していなかったところに打たれると、最善手はたちまちにして悪手となる。しかし、その手をいかに働かそうか考えるのも、また面白いものである。このように苦労して勝ったときの喜びを、パートナーと分かち合えたときは最高である。パートナーがすてきな方であればなおさらである。

囲碁では、すべてがオープンである。隠されているのは対局者の頭の中だけである。従って、相手の手が隠されている麻雀(マージャン)やブリッジなどと違って、不正を働く余地がまったくない。このことはインターネット対局に適している。今や世界各国に、多くのインターネット碁サーバーが設置され、海を隔てて実時間で対局ができる。生で碁を打ったことなく、有段者になっている人も数多い。

上にいろいろと効能を書き連ねたが、私が碁を打つ最大の理由は、結局、囲碁を打っていて楽しいから、というそれだけです。効能がないと碁が打てないようにはなりたくありません。理研にも囲碁部があり、活動しています。皆さんも碁を打ちませんか?





理研ニュース 

5
No.275
May 2004

理研ロゴ
発行日
平成16年5月6日
編集発行
独立行政法人
理化学研究所 広報室
〒351-0198
埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン]
fax: 048-462-4715
Email: koho@riken.jp
http://www.riken.jp
デザイン
株式会社デザインコンビビア
制作協力
有限会社フォトンクリエイト