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[理研ニュース 2009年11月号]

研究最前線

究極の原子核理論をつくる

物質の起源を解明し、資源・エネルギー問題の解決に貢献する
「あらゆる原子核を理論計算で解析し、物質・元素の起原を解明する。未利用の原子核からエネルギーを生み出す。そして高レベル放射性廃棄物を放射線の発生しない安定な原子核に変換、さらにはレアメタル(希少金属)の原子核を生み出す……。10年後には、そんな夢の技術の可能性を、原子核理論を使って具体的に検討できるようになるかもしれません」。
こう展望する仁科加速器研究センター 中務原子核理論研究室の中務 孝 准主任研究員は、究極の原子核理論をつくろうとしている。

中務 孝

質量数10程度までの原子核しか計算できない

原子核
 「原子核(図1)を構成するプラスの電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子は“中間子”を交換し合うことで“核力”という力が生じて結び付いている、という“中間子理論”を湯川秀樹 博士が発表したのは1935年です。原子核が何から構成されていて、原子核の中でどんな力が働いているか、その基本原理は70年以上前から分かっているのです。しかし、すべての原子核の性質を核力などの基本原理に基づいて厳密に計算し導き出すことは、いまだにできていません」と中務 孝 准主任研究員。
 原子核を構成する陽子と中性子の数の合計を質量数という。陽子と中性子が1個ずつ結び付いた質量数2の重水素の原子核ならば、寿命や質量、形、硬さ、融合や分裂の仕方などさまざまな性質を、核力などの基本原理に基づいて厳密に計算し導き出すことができる。「しかし質量数が3になると、その計算は格段に難しくなります。質量数が一つ増えるごとに計算量がとてつもなく増えてしまうからです」
 なぜ原子核の計算はそれほど複雑なのか。「原子核は、ミクロの世界を記述する量子力学に基づいて計算しなければならないこと。しかも陽子と中性子は“フェルミ粒子”というタイプなので、その特性から“波動関数の反対称化”と呼ばれる作業を行う必要があること。また、プラスの電荷を持つ陽子には長距離のクーロン力が働く一方、核力は粒子間の距離が1兆分の1mmまで近づかないと引力として働かず、さらに近づくと逆に斥力(せきりょく)(反発力)として働くこと、つまり長距離力と短距離力、引力と斥力が混在していること。これらのことが、計算を非常に複雑にしています」
 現在、米国の研究グループがスーパーコンピュータを駆使して、質量数10程度までの数十種類の原子核について、核力などの基本原理に基づいた計算でその性質を導き出すことに成功している(図2)。「ただし、理論的には原子核は1万種類近く存在すると考えられています。そのような計算ができる原子核の数は、全体の1%にも満たないのです」。理研では2012年の完成を目指して次世代スーパーコンピュータの開発を進めている。「その次世代スーパーコンピュータの計算性能10ペタフロップス(1秒間に1京[1016]回の演算を行う)をもってしても、新たに計算できる原子核はごくわずかでしょう」

RIBFで生成可能な原子核と理論で予測した原子核の形

あらゆる原子核を説明できる方程式を探す


 核力などの基本原理に基づく計算法によってあらゆる原子核の性質を導き出すことは、現在は不可能だ。「それを可能にするには、別の計算方法が必要です。私たちは“密度汎関数”に基づく計算法に取り組んでいます。陽子と中性子の密度分布の汎関数によって、原子核のすべての性質を正確に計算できます(図3)。この密度汎関数が存在することは数学的に証明されていますが、十分な精度を持つ密度汎関数の方程式が未完成なのです。今、世界中の原子核の理論研究者が、その方程式を探し求めています」
 現在の方程式でも、ある程度の性質を導き出すことはできる。「その方程式を使うと、原子核の質量を0.1%の誤差で予測することができます。しかし、その精度を1桁向上させないと、原子核の構造や反応などを正確に予測することはできません」
 では、中務准主任研究員たちは、どのようにして予測精度の高い方程式を見つけ出そうとしているのか。「実験データを利用して方程式を探す以外に、純理論的なアプローチが考えられます。質量数10程度までの原子核の性質は核力などの基本原理に基づいて計算できることを利用するのです。スーパーコンピュータ上で仮想的に原子核に外から力をかけて変形させ、さまざまな密度分布の原子核をつくり、その性質を計算します。そして、密度分布と性質の関係を完全に記述できる密度汎関数の方程式を探し出そうとしているのです」

密度汎関数

理論で予測しRIBFで検証する

 「そもそも私たちの身の回りにある物質をつくる原子の原子核は、安定な原子核(安定核)です。安定核は、ほぼ同数の陽子と中性子からなり、約300種類が知られています。従来の原子核の理論は、主に安定核の実験データをもとに築かれました。一方、理論的には1万種類近くの原子核が存在するといわれており、そのほとんどは、陽子と中性子の数がどちらかに偏り、放射線を放出してすぐに崩壊してしまう不安定な原子核(不安定核)です」
 1980年代、加速器を使って不安定核のビームをつくり、その性質を調べる実験ができるようになった。そして従来の理論では説明できない、さまざまな現象が見つかり始めた。例えば、従来の理論では球形だと考えられてきた原子核が実はラグビーボール状に変形していたり、陽子と中性子の密度分布がまったく異なったもの、複数粒子を放出する新種の放射能などが発見された。
 現在までに加速器でつくられた原子核は約3000種類。2007年、理研で稼働を始めたRIビームファクトリー(RIBF)ならば、水素からウランまでの全元素、約4000種類の不安定核を、世界最大強度のビームとして発生させることができる(図2)。従来の施設では生成できる数が少なく、性質を詳しく調べることができなかったものも多いが、RIBFではそのような原子核をたくさん生成して性質を詳しく調べることが可能である。欧米でも新世代加速器の計画が進んでいるが、RIBFと同じような実験ができるようになるのは、早くても7〜8年後だ。
 「世界トップを独走するRIBFの実験グループと連携しながら研究ができることは、極めて有利です。最新の実験データをいち早く入手して理論研究に生かしたり、逆に理論面から実験の提案を行うこともできます。密度汎関数の方程式を使って、今後RIBFで生成される未知の1000種類の原子核について、あらかじめ性質を予測したいと思います。“こんな面白い性質の原子核がありそうだ”と実験グループに示したいのです」
 すでに中務准主任研究員は、密度汎関数の方程式を使って、陽子66個、中性子94個からなるジスプロシウム160とその周辺の原子核は、高速回転させるとマンゴー形になると予言している。また、陽子40個、中性子40個のジルコニウム80の原子核は、おむすび形をした準安定な状態があることを、日本の別の理論グループが予言している(図2)。これらの理論予測が正しいかどうか実験では未確認だが、RIBFならば確かめることができるだろう。

超新星爆発と元素の起源に迫る

超新星1987A
 RIBFの大きな目標の一つが、物質・元素の起源を探ることだ。原子番号26の鉄から原子番号92のウランまでの元素の多くは、星の一生の最後に起きる超新星爆発で、重い不安定核がたくさんできて、それらが崩壊することで誕生したと考えられている(図2:ウラン合成仮説、図4)。RIBFでは、そのような重い不安定核を地球上で初めて生成してその性質を調べることが計画されている。「一方、私たちは原子核の性質を理論で精度よく予測して、超新星爆発と元素誕生の過程を次世代スーパーコンピュータで再現する研究を、宇宙物理の研究者と共同で計画しています」
 超新星爆発の仕組みはまだよく分かっていないが、原子核や宇宙物理の理論研究と天文学、そしてRIBFによる実験によって、その仕組みと元素の起源が解明されようとしている。そしてこのような研究により、理論を実験データや天体観測データによって検証し、密度汎関数の方程式の予測精度をさらに向上させていくことができる。
 「私たちの最終目標は、あらゆる原子核の性質を予測すること。陽子が何個、中性子が何個の原子核といわれれば、そのすべての性質を正確に計算できるようにすることです」

未利用の原子核からエネルギーを生み出す


 「10年後には、あらゆる原子核の性質を現在よりも1桁高い精度で予測できる密度汎関数の方程式を発見できるでしょう。核分裂の仕方などを精度よく予測できれば、エネルギー・資源問題などの解決に大きく貢献できます」
 現在の原子力発電の燃料には、核分裂しやすいウラン235が使われている。ウランも限りある資源だが、天然に存在するウランのうちウラン235はわずか約0.7%、残りの大部分はウラン235より中性子の数が三つ多いウラン238だ。「ウラン238や元素周期表でウランの周りにある重い元素の原子核も核分裂します。しかし私たちはまだ、それらの原子核を燃料として効率よく利用する方法を知りません」
 現在の原子力発電は、ウラン235に低エネルギーの中性子を衝突させて核分裂を引き起こしているが、高エネルギーの中性子を衝突させれば、ウラン238など燃料として利用されていない重い原子核も核分裂を起こす。例えば、加速器を使って高エネルギーの中性子を衝突させ、核分裂を引き起こす新しい原理の原子炉が提案されている。それは未利用の原子核を燃料にできるだけでなく、加速器を止めれば核分裂が止まるため安全性にも優れると大きく期待されているが、まだ実現には至っていない。
 「燃料をどのような条件にして、どのくらいのエネルギーの中性子を衝突させると効率よく核分裂するのか。ウラン238ではさまざまな実験が行われており、理論から新しい情報を示すことは難しいかもしれません。しかし、原子炉内でつくられるネプツニウム、アメリシウム、キュリウムなどの原子核や、これまで見向きもされてこなかった原子核について、核分裂の仕方などを原子核理論で精度よく検討することで、新しい原子炉を提案できる可能性があります」

高レベル放射性廃棄物を安定核に変換して、レアメタルを生み出す?


 原子力発電でウラン235が核分裂してできた原子核の中には、放射能の強さが半減するまでの時間“半減期”が極めて長いものがあり、この原子核を含む高レベル放射性廃棄物の処理が課題となっている。「このような半減期の長い原子核に、特定のエネルギーの中性子や陽子、あるいは光(光子)を衝突させて、半減期の短い原子核や、放射線を発生しない安定核に分裂させることができる可能性があります」
 現在でも、半減期が短い原子核に変換する反応が知られている。「しかし、その反応が起きる確率が極めて低いので、高レベル放射性廃棄物をすべて処理するには、ばく大なコストと時間がかかり現実的ではありません。また、高い確率の反応を見つけ出す実験にも、ばく大なコストと時間がかかってしまいます。近い将来、高い確率の反応を原子核理論で探し出すことができるようになると思います。もしかしたら、高レベル放射性廃棄物の原子核を核分裂させて安定核にするだけではなく、希少価値の高いレアメタルを生成できる反応が見つかるかもしれません」。レアメタルは発光ダイオード(LED)や燃料電池、ハイテク電子機器などに欠かせない材料だ。もしレアメタルの生成が実現できれば、資源の乏しい日本をはじめ世界全体にとって大きな朗報となる。

RIBFで原子核物理が飛躍する

 10年後には、予測精度の高い原子核理論が完成して、さまざまな技術開発に貢献できるはずだと展望する中務准主任研究員だが、まったく異なる展開もあり得ると語る。「RIBFの実験で、最新の原子核理論の予測とはまったく異なる実験データが得られる可能性があります。それは私たち理論家にとっても大変うれしいことです。それまでの理論で説明できない現象が見つかることで理論がつくり直され、そのたびに物理学は飛躍的な進歩を遂げてきたからです。理論をつくり直すこと、それこそが、私たち理論家が中心的にやるべき仕事です。原子核理論の基礎にある量子力学は、1920年代に確立されて以来、80年以上にわたりその誤りを示すデータが何一つ発見されていません。RIBFでそのようなデータがもし見つかれば、物理学の大革命が始まります」
 いずれの展開にせよ、これからの10年、RIBFを擁する理研が世界的拠点となり、原子核物理学が大きく進展することは間違いない。