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[理研ニュース 2009年10月号]

特集

RIBFで原子核物理学を完成させる

ネオン-32の大変形を世界で初めて観測


「私たちは今、とても興奮しています」。
理研仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室の櫻井博儀(ひろよし) 主任研究員は、
2009年7月15日にプレスリリースした研究成果について熱く語り始めた。
2007年に稼働を始めた「RIビームファクトリー(RIBF)」を使って、
今まで詳細解析のできなかったネオン-32(32Ne)の原子核を生成し、
それがラグビーボール形に大きく変形していることを世界で初めて明らかにしたのだ。
RIBFは、水素からウランまでの全元素、約4000種類の不安定な原子核を
世界最大強度のビームとして発生させることができる新世代加速器施設だ。
今回の研究成果への反響は大きく、RIBFのけた違いの性能は、原子核物理の世界に衝撃を与えた。
その研究成果と今後の展望を、櫻井主任研究員、Heiko Scheit(ハイコ シャイト)専任研究員
(櫻井RI物理研究室)、青井 考(のり) 先任研究員(本林重イオン核物理研究室)に聞いた。


消えた「魔法数」の謎

原子核
──32Neの原子核とは、どのようなものですか。
Scheit:そもそも原子核は陽子と中性子で構成されています(図1)。32Neの原子核は陽子数10、中性子数が22で、中性子数が12個も多く、すぐに壊れてしまう不安定核です。一方、私たちの身の回りにある物質をつくる原子核は、陽子と中性子の数がほぼ同数の安定核です。縦軸を陽子数、横軸を中性子数にして原子核を分類した図を核図表(図2)といいます。安定核は約300種類が知られていて、図2では右上に伸びる黒いラインが安定核です。従来の原子核の理論は、その安定核の研究をもとに築かれています。ただし、理論的には1万種類もの原子核が存在し得ると考えられていて、そのほとんどが不安定核です。不安定核では、これまでの理論では説明できない不思議な現象がたくさん見つかり始めています。例えば今回、32Neがラグビーボール形に大きく変形していることが分かりましたが、なぜそのように変形するかは従来の理論では説明できません。
──従来の理論では、ほぼ球形と考えられていたのですか。
Scheit:そうです。従来の理論では、陽子や中性子の数が、2、8、20、28、50、82、126の原子核は安定で球形なはずです。この数を「魔法数」といいます。32Neは中性子数が22と魔法数の20に近いので、ほぼ球形に近いと思われていたのですが、大きく変形していました。
──なぜ魔法数では原子核が安定するのですか。
Scheit:原子では、原子核の周りのいくつかの軌道を電子が回っています。同じように、原子核を構成する陽子や中性子もいくつかの軌道を回っています。一つの軌道を回ることができる中性子や陽子の数は決まっています。軌道ごとに決められた数を満たしたときの陽子や中性子の数が魔法数です。軌道が満たされていると、原子核はぎゅっと固まって安定な球形になるのです。
青井:周期表によって元素の理解が進んだように、安定核の研究で発見された魔法数によって原子核の理解が大きく進み、原子核理論が築かれました。ところがその魔法数が不安定核では消えてしまうということが分かり始め、従来の理論が大きく揺らいでいるのです。陽子と中性子がほぼ同数という特殊な条件を満たすわずか300種類ほどの安定核と、核図表上でそのごく近くに位置する原子核の研究から築かれたのが、従来の理論です。不安定核の性質を説明できないのは当然かもしれません。RIBFではこうした既存の理論の枠を超えた構造や性質が次々に見つかり、原子核の理解が大きく広がると期待しています。
──不安定核ではなぜ魔法数が消えて変形するのですか。
櫻井:陽子あるいは中性子が過剰な不安定核では、陽子や中性子の軌道が変わり形が変形するという説など、理論家がいろいろなアイデアを出していますが、詳細は謎のままです。不安定核の実験データが不足しているので、さらに実験を重ねて検証する必要があります。

核図表と異常変形領域


RIBFが実現したけた違いのビーム強度

──消えた魔法数の謎を解くには、どんな実験が必要ですか。
Scheit:理研の旧施設で中性子数が20という魔法数を持つ不安定核の30Neを生成して形を調べたところ、球形ではなく長細く変形していることが分かりました(図2)。消えた魔法数の謎を解くにはまず、核図表上で30Neの周りに位置する原子核がどのように変形しているのか、“異常変形領域”はどこまで広がっているのかを調べる必要があります。しかし従来の加速器では、30Neの周りに位置するほとんどの原子核は、生成してその存在を確かめることはできても、形などの性質を詳しく調べることはできませんでした。生成できる数が少な過ぎたのです。
櫻井:その実現できなかった実験が、ようやくRIBFで可能になりました。Scheit研究員は2007年、RIBFで異常変形領域を調べるために、ドイツのマックス・プランク研究所から来日しました。そしてRIBFで原子核の形や種類を調べるゼロ度スペクトロメータという装置を使う実験のコーディネートを行っているのが、青井研究員です。
──今回の実験方法について教えてください。
青井:まずRIBFの心臓部、超伝導リングサイクロトロン(SRC)でカルシウム−48(48Ca)を光速の70%に加速して標的原子核のベリリウム(Be)に当てます。すると48Caの陽子や中性子がはぎ取られて、いろいろな種類の原子核ができます。その中から32Neを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS(ビッグリップス))で分離・識別します。次に、分離した32Neビームを、炭素(C)の標的原子核に当てます。するとさまざまな核反応が起きますが、その中で32Neが壊れずに回転するケースがあります。その回転が止まるとともにガンマ線を放出します。そのガンマ線のエネルギーを高効率の検出器(DALI2)で測定すると、原子核の形が分かるのです(図3)。ゼロ度スペクトロメータは、ガンマ線を放出した粒子が目的の原子核であることを確認するために使用します。
──ガンマ線の観測で、なぜ原子核の形が分かるのですか。
Scheit:原子核がどんな形をしていても、標的に衝突したときの回転の勢い(角運動量)は変わりません。回転速度は、球形と比べると変形した原子核の方が遅いことが分かっています。そして回転速度が遅いほどエネルギーの低いガンマ線を放出します。そのガンマ線のエネルギーから原子核の形が分かるのです(図4)。
青井:アイススケートのスピンに例えるとイメージしやすいと思います。両手を広げると回転が遅く、縮めると速くなりますね。同じように、ラグビーボールの形に変形した原子核は回転が遅く、コンパクトに固まった球形では回転が速くなるのです。
Scheit:32Neにもう一つ中性子が加わった33Neは、原子核として存在できません。存在限界に近い32Neの形がどうなっているのか、世界中が注目していました。今回の実験により、32Neはネオンの同位体の中で最も大きく変形していることが分かりました。中性子数が増えるほど変形が大きくなること、原子核の存在限界に近い32Neまで異常変形領域が広がっていることが明らかになったのです。
──実験で苦労した点は。
Scheit:SRCで48Caを加速すること、生成した不安定核をさらに別の原子核に当てて形を調べること、すべて初めての実験なので、何が起きるか分からない。そこが最も苦労したと同時に最も興奮した点です。
青井:モニターに32Neのビーム強度が表示された瞬間、“こんなに強いはずがない!”と思いました。旧施設で1日かかって4個しか生成できなかった32Neを、たった1秒間で生成できたのですから。予想外のビーム強度にとても興奮し、驚きました。目的の原子核をたくさんつくることができるのは、実験では圧倒的に有利です。これまで世界のどの施設でも半年以上かかる実験を、わずか8時間で終えることができました。

装置の配置と実験データ
原子核の形を調べる実験の原理



RIBFにより原子核物理の新時代を独走する

──今回の実験に対する反響は?
青井:海外の学会で実験データを示すと、みんなの態度が計画段階のときとはがらりと変わり、RIBFで実験したいという人が急に増えました(笑)。強力なビーム強度が得られた上に、形などの性質まで分かったということで、ビームの製造能力に加えて測定機能も優れているということが認められたのです。
櫻井:RIBFによって原子核物理の新時代が始まったのです。私たちのライバルは、ドイツの重イオン加速器研究所(GSI)や米国のミシガン州立大学です。RIBFが完成したら魔法数28の中性子数を持つマグネシウム−40(40Mg)を世界で初めて生成し、その存在を証明したいと私は考えていました。ところがミシガン州立大学に先を越されてしまい、とても悔しい思いをしました。そのようなしのぎを削る状態がずっと続いていたのです。それが、けた違いの性能を持つRIBFの登場で、私たちは独走状態に入りました。
 2009年6月、ミシガン州立大学は10年後に新しい施設を完成させる計画を正式決定しました。GSIでは2014年に新しい施設を完成させる計画が進行中です。RIBFは少なくとも今後7〜8年、世界を独走できると思います。これまでの日本の大型加速器施設のほとんどは、欧米に追随するために建設されてきました。しかし今回は逆です。日本のRIBFを追随するために、欧米が新しい施設の計画を進めているのです。

原子核物理学を完成させる

左から、櫻井博儀主任研究員、Heiko Scheit専任研究員、青井 考 先任研究員
──今後、RIBFでどのような実験を行う予定ですか。
Scheit:異常変形領域でまだ形の分かっていない原子核を次々と調べ、20の次の魔法数、28近くまで観測範囲を広げていきたいですね。さらに今後は、中性子や陽子の軌道を詳しく調べたいと思います。建設予定の多種粒子測定装置(SAMURAI)でその実験が可能になります。とても楽しみです。
青井:まったく研究されていない未知の領域をRIBFで探索したいですね。重い星の一生の最後に起きる超新星爆発の中で重い不安定核がたくさんできて、鉄よりも重い元素が誕生します。そのような地球上でまだ存在したことのない重い不安定核を初めて生成してその性質を調べ、元素誕生の謎に迫ってみたいのです。
櫻井:研究者ごとに関心のある領域があるのですが、まずRIBFで核図表の広い範囲をくまなく探索して、どこで面白い現象が起きているのか調べていく必要があります。世界中の研究者たちに、ここが異常な領域だと示したいのです。そのような研究を今後5年くらいで達成できなければ、RIBFを建設した意味がありません。
──RIBFの最終目標は。
櫻井:私たちはRIBFによって、新しい原子核理論を完成させるために必要な実験データを提供することを目指しています。そして消えた魔法数や元素誕生の謎を解く。つまり、原子核物理学を早く終わらせようとしているのです。今回の32Neの実験も、国内外の研究グループとの国際共同研究による成果です。RIBFには世界中の研究者が集まり、人類の共通財産となる実験データを生み出しています。
 原子核の研究は、すぐに実生活に役立つものではありません。私たちが今、なぜこれほど興奮しているのか、皆さんには伝わりにくいかもしれませんね。今後、RIBFで次々に生まれる研究成果をできるだけ分かりやすく皆さんに伝えていくつもりです。そして多くの皆さんに、RIBFの成果を一緒に楽しみ、応援していただきたいと思います。