刊行物

[理研ニュース 2009年10月号]

研究最前線

植物以外にも作用する新しい植物ホルモンを発見

高校の生物の教科書には植物ホルモンとして、オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレンなどが載っている。この植物ホルモンの仲間に新しいメンバーが加わることになった。“ストリゴラクトン”である。ストリゴラクトンは、根に寄生する植物の発芽を促す物質として40年も前に発見されていた。2008年8月、理研植物科学研究センター促進制御研究チームの山口信次郎チームリーダーは、このストリゴラクトンが枝分かれを抑制する新しい植物ホルモンであることを明らかにした。ストリゴラクトンには、菌根菌を引き寄せる働きがあることも分かっている。植物以外の生物にも作用する植物ホルモンの発見は初めてだ。この成果は、アフリカで農作物に大きな被害をもたらしている根寄生植物の防除法開発や、農作物の品質や収穫量を上げることにつながると期待されている。

山口信次郎

植物ホルモンとは

 “枝分かれを抑える植物ホルモン発見”という見出しが、2008年8月、新聞各紙の紙面を飾った。「教科書に新しい記述を加える重要な発見です」と、山口信次郎チームリーダー(TL)。
 植物ホルモンとは何か。「植物自身がつくり出す低分子化合物です。ごく微量で、発芽や生長、環境への応答などを制御しています。いろいろな植物に共通して存在することも、植物ホルモンの特徴です」と山口TL。動物のホルモンは決まった時期・場所で特定の働きをするが、植物ホルモンはさまざまな時期・場所で多様な働きをする。
 山口TLは大学のときから植物ホルモン、特にジベレリンの研究を続けてきた。ジベレリンは、1926年に黒沢英一博士によって発見され、その後、理研の藪田貞治郎博士などにより研究が進展した。現在では、種子の発芽誘導、草丈(くさたけ)の生長促進などにかかわることが知られている。ジベレリンをつくる酵素の遺伝子発見、ジベレリンによる種子の発芽調節機構の解明、ジベレリンを不活性化する新しい分子メカニズムの発見……。山口TLは、ジベレリンについて多くの成果を挙げてきたが、ずっと抱いていた疑問がある。「植物ホルモンは、現在知られているものですべてなのか。まだ知られていないものがあるのではないか」。そして「新しい植物ホルモンを見つけたい」という思いを募らせていた。

枝分かれ過剰な変異体に注目


 山口TLには、気になる変異体植物があった。それは、1990年代半ばにオーストラリアの研究グループが発見した、枝分かれが過剰に起きているエンドウの変異体だ。
 「枝は、葉の付け根にできる腋芽(えきが)(脇芽(わきめ))が生長したものです。しかし、形成された腋芽がすべて生長して枝になるわけではありません。植物には、茎の最先端にある芽(頂芽(ちょうが))が伸びているときは腋芽の生長を止める、“頂芽優勢”という仕組みがあります。それを制御しているのが、植物ホルモンのサイトカイニンとオーキシンです。サイトカイニンは腋芽の生長を促進させ、オーキシンは抑制します。腋芽の生長、枝分かれはサイトカイニンとオーキシンのバランスによって決まる、と考えられてきました」
 休眠状態にあるはずの腋芽が生長して枝分かれが多くなっているのだから、腋芽の生長を促進するサイトカイニンが過剰に蓄積しているに違いない。オーストラリアの研究グループはそう考え、枝分かれ過剰変異体のサイトカイニンとオーキシンの量を調べた。「結果は逆でした」と山口TL。サイトカイニンが少なく、オーキシンが多かったのだ。「この変異体の過剰な枝分かれは、オーキシンとサイトカイニンだけでは説明がつきません。また、変異体を正常なエンドウに接(つ)ぎ木すると、枝分かれが正常になることも分かりました。これらの事実から、オーキシンとは別の枝分かれを抑制する植物ホルモン(枝分かれ抑制ホルモン)があり、それが機能しないために枝分かれが過剰に起きているのではないか、と考えられるようになりました」
 その後、園芸植物として人気の高いペチュニアや実験モデル植物として知られるシロイヌナズナ、さらにはイネでも、枝分かれ過剰変異体が発見された。「いろいろな植物で同じような変異体が現れるということは、植物ホルモンがかかわっている可能性が高い。この変異体を調べれば新しい植物ホルモンの発見につながる、と確信しました」

新しい植物ホルモンを発見

枝分かれ抑制ホルモンの推定生合成経路
 山口TLは2005年から、イネの枝分かれ過剰変異体を使い、枝分かれ抑制ホルモンの正体を突き止める研究を始めた。イネの枝分かれ過剰変異体は3種類知られており、それぞれ遺伝子D17D10D3が欠損していることが分かっていた。D17D10は“カロテノイド”という物質を切断する酵素“カロテノイド酸化開裂酵素(CCD)”をつくる遺伝子でした(図1)。このことから、枝分かれ抑制ホルモンは、カロテノイドがCCDによって切断されてできると考えられます。D17D10を欠損している変異体では枝分かれ抑制ホルモンがつくられないため、枝分かれが過剰になるのです。またD3は、枝分かれ抑制ホルモンの受容体、またはその情報を伝達するタンパク質をつくる遺伝子と考えられていました。D3が欠損した変異体では、枝分かれ抑制ホルモンはつくられるものの、それに反応できません。その結果、枝分かれが過剰になるのです」
 枝分かれ抑制ホルモンの正体を突き止めるため、山口TLはまずバイオアッセイ法を用いて分析した。バイオアッセイとは、物質を投与して生物の応答を調べる手法だ。「枝分かれ抑制ホルモンをつくれないD17欠損変異体とD10欠損変異体に投与すると正常になり、情報を伝えることができないD3欠損変異体に投与しても変化しない。そういう物質が見つかれば、それが枝分かれ抑制ホルモンの正体です」。まず、このホルモンがつくられていると予想される植物組織の抽出液を変異体に投与する。期待通りの応答があれば、その中に枝分かれ抑制ホルモンが含まれていると考えられるので、抽出液の一部を分離して変異体に投与し、応答を見る。分離と投与、観察を繰り返して、次第に目的の物質を絞り込んでいく。
 バイオアッセイは物質の正体を突き止めるには正攻法だが、植物がつくり出す物質は非常に多いため、絞り込みに苦戦していた。その状況を打破したのが、2005年10月に発表された論文である。
 その論文とは、アフリカやインド、ネパールなど南アジアの乾燥地帯に分布する“ストライガ”という根寄生植物に関するものだ。ストライガは、トウモロコシやソルガムなど単子葉植物の根に自分の根をつなぎ、宿主から栄養や水分を奪って育つ。ストライガに寄生された作物の生長が妨げられ、収穫量が激減することから、大きな問題になっている。ストライガの種子は、植物の根から分泌される“ストリゴラクトン”という物質を認識したときだけ発芽する。それは約40年前から知られているが、ストリゴラクトンがどのようにつくられるのかは不明のままだった。論文では、ストリゴラクトンはカロテノイドからつくられることが示されていた。
 山口TLが探している枝分かれ抑制ホルモンも、カロテノイドがCCDによって切断されてつくられる。「CCDにはいろいろな種類がありますが、調べてみると、機能が分かっていないCCDは限られていました。ストリゴラクトンこそ、私たちが探している枝分かれ抑制ホルモンではないか。そういう仮説を立てたのです」
 そして、仮説を確かめていく実験が始まった。まず、D17欠損変異体とD10欠損変異体を調べると、ストリゴラクトンがほとんどつくられていないことが分かった。一方、D3欠損変異体ではストリゴラクトンが大量につくられていた。「仮説は間違っていないと確信しました。私たちはこれまでの研究から、ジベレリンに反応できない変異体では、通常の100倍ものジベレリンがつくられていることを知っていました。D3欠損変異体はストリゴラクトンに反応できない変異体と考えると、その現象が説明できます」
 次にストリゴラクトンを変異体に投与した。すると、D17欠損変異体とD10欠損変異体は枝分かれが正常になり、D3欠損変異体は変化しなかった(図2)。「ストリゴラクトンが枝分かれ抑制ホルモンであることは、もう疑う余地がありません」。こうしてストリゴラクトンが枝分かれを抑制する新しい植物ホルモンであることが明らかになった。
 教科書に新たな記述を加える大発見を可能にしたポイントは何か。「まず、ジベレリンの研究で培ってきた豊富なノウハウが私たちにあったことが一番のポイントです。また、理研植物科学研究センター(PSC)が所有する超高感度の質量分析計もその威力を発揮しました。1gの植物組織に含まれる植物ホルモンはわずか1ng、つまり10億分の1gです。微量で壊れやすいストリゴラクトンの解析は、この質量分析計がなければ不可能でした」

ストリゴラクトンの投与による枝分かれの抑制

枝分かれと菌根菌の意外な関係

 しかし、山口TLには腑(ふ)に落ちないことがあった。「植物が自分の根に寄生する敵の発芽を誘導する物質を出すというのは、自然の摂理からしておかしいですよね」
 最近、大阪府立大学の研究チームによってストリゴラクトンには菌根菌を引き寄せる働きがあることが明らかになり、その謎が解けた。ストライガは宿主植物から栄養を奪うだけで、宿主に利益はない。一方、菌根菌は植物の根の細胞に入り込んだ後、地中に菌糸を伸ばしてリンなどの養分や水分を吸収し、宿主に渡す。菌根菌は宿主が光合成でつくった糖をもらう。菌根菌と宿主は共生関係にあるのだ。「植物は栄養吸収を助けてくれる菌根菌を引き寄せるために、ストリゴラクトンを分泌しているのです。ストライガはそれを悪用しているのです(図3)」
 しかし、まだ疑問が残る。一つの植物ホルモンがなぜ、枝分かれの抑制と菌根菌の誘因にかかわっているのだろうか。「栄養不足に対する植物の生存戦略だと考えています」と山口TL。「栄養が乏しい環境では、菌根菌を呼んで栄養の吸収を助けてもらう必要があります。一方で、栄養が少ないことを茎に伝え、無駄な枝分かれを止めなければいけません。それには、別々のシグナル物質を使うより、一つの植物ホルモンで済ませた方が効率的なのでしょう」

ストリゴラクトンの働きと根寄生植物、菌根菌との関係

根寄生植物から作物を守る

 今回の発見は、ストライガの防除法の開発につながると期待されている。「多くの研究者が、D10欠損変異体のようにストリゴラクトンをつくらない植物を探していたのです。ストリゴラクトンを分泌しなければ、ストライガに寄生されにくくなると考えられるからです」
 山口TLは、PSC植物免疫研究グループ 白須 賢グループディレクターの協力を得て、D10欠損変異体がストライガに本当に寄生されにくいかを調べた。正常なイネの根の周りにストライガの種子を置くと、20%が発芽し、10%が寄生した。一方D10欠損変異体では、種子はほとんど発芽せず、寄生も見られなかった。「狙い通りの結果でしたが、問題があります」と山口TL。「ストリゴラクトンをつくらないと、枝分かれが多くなる上に、菌根菌を引き寄せることもできません。それでは、植物の生長に影響が出ます。根寄生植物には働かず、菌根菌だけに働くようにできないか。今、その研究を進めています。アフリカの研究者とも協力し、根寄生植物の被害を食い止め、アフリカの食糧問題の解決につなげていきたいですね」
 さらには、枝分かれを制御できるようになれば、農業や園芸にも大きく貢献するだろう。枝の数は最終的に花、果実、種子の数と質に影響する。例えばトマトは、枝分かれを止めることで、実の数は減るが品質のよいものを収穫できる。ほかにも、タバコやキクなど、枝分かれの制御が品質や収穫量、観賞価値を左右する品種は多い。
 今回の成果を農業や園芸に活かすために、今後しなければならないことは何か。「ストリゴラクトンは機能するとき、活性型に変換されている可能性があります。植物ホルモンとして働く本体を明らかにする必要があります。また、ストリゴラクトンの受容体を明らかにすることも重要です。植物、菌根菌、そして根寄生植物の受容体に違いがあれば、菌根菌にだけ働いて根寄生植物には働かないようにできるかもしれません」と山口TL。
 「ストリゴラクトンは、植物以外の生物にも作用します。このような機能を持つ植物ホルモンは、ストリゴラクトン以外に見つかっていません。植物ホルモンの研究の歴史は長いですが、まだ私たちが知らないことがたくさんあるのです」。そして、今後の目標をこう語った。「新しい植物ホルモンがまだあると思います。ぜひ見つけたいですね」
関連情報