多くのアジア諸国が、科学技術によるイノベーション(革新)を国づくりの根幹に据(す)え、国際連携により研究力の強化を図っている。
科学技術イノベーションは、経済力の源泉になるとともに、環境、エネルギー、食糧、水、防災、感染症などアジアをはじめ世界共通の課題解決に貢献することが期待されている。
アジアにおける科学技術イノベーションにおいて、理研が中核的な役割を果たし、自らの研究力を強化するには何が必要か。国際連携を担当する大江田憲治 理事に、理研が事務所を構える中国とシンガポールでの取り組みを中心に聞いた。

中国科学院との覚書締結30周年、連携を点から面へ
―理研と中国との連携の現状は。

図1 地域別の海外からの研究スタッフ受け入れ人数
大江田:理研は中国を代表する研究機関である中国科学院や北京大学、浙江(せっこう)大学などと連携して、共同研究や人材交流を積極的に進めてきました。2010年10月1日現在、理研で働く海外からの研究スタッフ568名のうち、中国からが135名と国別で最多(図1)。そのうちPI(研究室主宰者)が6名います。これも外国籍のPIとしては最多で、世界的に活躍されています。また、理研の多くの研究室が中国との研究交流を進めています。
このように中国との連携には、すでに多くの蓄積があります。ただし、中国をはじめとするアジア諸国との連携は、研究者同士の“点と点のつながり”で維持されているケースが多く、力強さや継続性に欠ける面がありました。組織同士の“面と面とのつながり”をしっかりと築く必要があります。
そこで2007年、北京事務所設立を中国政府に対して申請しました。3年後の2010年に許可を得ることができ、昨年6月に開所式を開催しました。
また、昨年末には野依良治 理事長が中国科学院の外国籍院士に内定されました。中国において院士に選ばれることは最高の栄誉であり、日本からの外国籍院士の選出は、今回同時に内定された名城(めいじょう)大学の飯島澄男(すみお) 教授とともに12年ぶりです。そして今年は、中国科学院との包括的研究交流覚書締結から30周年に当たり、5月に東京で記念式典を開催するよう準備を進めています。これらを契機に、中国との連携をさらに深めていきたいと考えています。
―連携を深めるための具体策は。

図2 理研−XJTU連携研究チームを率いる川端邦明チームリーダー
大江田:2010年5月、西安(せいあん)交通大学(XJTU)との間に包括協力協定および国際連携大学院協定を締結し、2011年、理研−XJTU連携研究チームを設立しました。そのPIとして、川端邦明チームリーダーが西安交通大学に常駐して、中国の研究者たちと無人走行車両のための環境認識および誘導制御などの研究を進めています(図2)。
これを連携の新しいモデルにしたいと考えています。これまでの人材交流では、学生や研究者に日本へ来てもらい研究を進めるスタイルがほとんどでした。ところが近年、中国では海外の中国人研究者を母国に呼び戻す政策、「海亀政策」を推進しています。さらに数年前から、世界から優秀な外国人研究者を呼び寄せる「千人計画」も始めています。そして韓国など、ほかのアジア諸国も同様の政策を進めています。
このような中、理研の研究力はアジア諸国も含めて海外から高く評価され、さまざまな大学や研究機関から連携を呼び掛けられています。しかし、以前のように理研に研究者が来るのを待っているだけでは、国際連携は進まない状況です。
今後、特にアジア諸国との連携において、理研−XJTU連携研究チームのように、理研の研究者がアジア諸国に常駐して現地の研究者と連携研究を進めるスタイルも拡大していきたいと考えています。
─そのためには何が必要ですか。
大江田:西安交通大学の鄭南寧(ていなんねい) 学長は慶應義塾大学で博士号を取得されました。日本、特に理研出身の研究者の方々は、国際連携を進める上での貴重な人脈です。そのネットワークづくりをしっかりと進めていきたいと思います。まずは連絡先のリストを整備して、英文広報誌『RIKEN RESEARCH』を送るなど理研の情報を定期的にお伝えして、関係が途絶えないようにすること。そして、帰国後も理研との関係を研究にうまく活用していただく仕組みをつくる必要があります。
一方、理研の各研究センターに、どのような国際連携の芽があるか調査を進め、情報を集約しているところです。その中で優先順位を決めて、連携の促進を各研究センターに働き掛けていく予定です。例えば、理研の研究センターの特定研究部門と海外の大学の特定学科との間で人材や情報の交流を組織的に進めていく、といった取り組みを考えています。また、これまで続けてきた連携が、特定の研究者の引退などによって途切れてしまうことのないように、連携の継続を図っていきます。
オールジャパンによる科学技術イノベーション
―科学技術イノベーションを進めるには、産業界との連携も不可欠ですね。
大江田:その通りです。北京で、ぜひ進めたいことがあります。北京には、理研以外にも日本の大学や(独)科学技術振興機構(JST)、(独)日本貿易振興機構(JETRO)などの事務所があります。また、多くの民間企業も進出しています。北京におけるそれら日本の産官学のネットワークを築いていきたいのです。
欧米は、中国における産官学の連携をうまく進めています。例えばドイツは10年ほど前から、ドイツ連邦銀行系の非営利組織が1棟のビルを丸ごと借りて「ドイツセンター北京」をつくり、100社余りの中小企業に事務所のスペースを提供しています。産官学の人や情報を物理的に集約させて、中国へ進出するドイツの中小企業を支援しているのです。ドイツは中国だけでなく、シンガポールやインド、ロシアなどにも同様のセンターをつくり、新興国における連携を推進しています。
北京における日本の産官学の事務所を1棟のビルに集約することはすぐには無理ですが、ネットワークづくりは可能です。まずは、産官学が参加する合同シンポジウムを定期的に開催することを、関係法人で相談しているところです。理研が中国におけるオールジャパンによる科学技術イノベーションの推進役となり、さまざまな提言をしていきたいと考えています。
情報の要衝(ようしょう)、シンガポール
―シンガポールには、2006年に理研の事務所が設立されました。

図3 理研と南洋理工大学の包括的協力協定に調印したBertil Andersson学長(左)と野依理事長
大江田:シンガポールの公用語は英語で、東京23区ほどの面積に約500万人の人口を抱えており、その約75%が中華系の人々です。20年ほど前から、世界の著名な外国人研究者を呼び寄せて国際的な研究拠点を整備することで、国づくりを進めてきました。シンガポール国立大学(NUS)は、さまざまな調査機関が発表する世界大学ランキングにおいて、東京大学や京都大学などと上位を争う存在です。
近年、シンガポールはバイオ医学産業の育成に力を入れており、科学技術研究庁(A*STAR)が、生命科学の研究機関を集約させた研究都市「バイオポリス」を築いています。そのバイオポリスやバイオメディカルパークには世界の主要な製薬企業が進出しています。
シンガポールの優れたところは、世界有数の大学や研究機関をいち早く招致し、それらを呼び水にして世界から優秀な研究者などトップレベルの人材を次々と引き寄せている点です。
このような中、理研は2005年にA*STARと生命科学・生物工学分野における研究協力覚書に調印し、2006年にバイオポリスに事務所を設立しました。さらに2011年には、南洋理工大学(NTU)との間に包括的協力協定を結びました(図3)。
英語が公用語となるシンガポールには、世界から人と情報が集まってきます。特に、シンガポールと歴史的に深い関係を有する英国をはじめとする欧米諸国との関係が密接です。そして都市国家であるシンガポールは、人のネットワークが築きやすいという地理的な特性があります。私たちはシンガポール事務所を拠点に、世界の研究動向やバイオ産業に関する情報を収集していきたいと考えています。そして理研の強みがどこにあるのか、世界的な視点で把握した上で、経営を進めます。また、シンガポールは情報を発信する場としても機能しています。シンガポールにおいて理研が活動することにより、理研の存在を世界へ向けて示すことができるのです。シンガポール事務所は、東南アジアにおける国際連携の拠点としても位置付けています。
アジア固有の天然資源を活用する
―シンガポール以外の東南アジア諸国との連携の現状は。

図4 マレーシア科学大学の研究棟の前に立つ理研-USM連携研究チームおよびUSM-RIKEN連携研究室の主要メンバー
左から、斎藤臣雄 チームヘッド(支援促進チーム)、長田裕之 領域長、Lai Ngit Shin博士、Eugene Boon Beng Ong博士。大江田:最近の取り組みとしては昨年、理研基幹研究所(ASI)とマレーシア科学大学(USM)が研究協力に関する覚書を締結し、ASIケミカルバイオロジー研究領域に理研-USM連携研究チームを、USMにUSM-RIKEN連携研究室を設置しました(図4)。
約10年前、理研社会知創成事業の土肥義治 事業本部長が当時、主任研究員として高分子化学研究室を主宰していたときからUSMとの関係が始まり、以降USMから多くの学生・研究者を受け入れてきました。また、ケミカルバイオロジー研究領域の長田裕之 領域長もUSMとの人材交流を強く進めている研究者の一人です。現在、USM-RIKEN連携研究室の中心メンバーとして長田研究室出身の研究者が活躍されています。
―どのような研究を行っているのですか。
大江田:マレーシアには豊富な熱帯植物資源がありますが、それらを国外に持ち出すことは禁じられています。理研の優れた分析技術を駆使してマレーシア特有の熱帯植物資源から有用な物質を探索し、マラリアやデング熱など東南アジア諸国で発症する感染症対策に活用しようと、理研-USM連携研究チームとUSM-RIKEN連携研究室が協力して研究を進めています。
日中でアジア共通の課題を解決する
―今後、アジアにおける国際連携で、何を目指しますか。
大江田:昨年の北京事務所の開所式の折に、中国の科学技術政策を統括する中国科学技術部の国際合作司(がっさくし)(国際協力局)と、シンポジウム開催や人材交流、重点研究協力分野の設定など広範な研究協力を行うための協力覚書を交わしました。
中国科学技術部は、スーパーコンピュータ「天河1A」の開発や、米国とのクリーンエネルギー共同研究の推進など、国家規模の研究プロジェクトを主導している部署です。中国科学技術部とそのような長期的展望に立った研究プロジェクトを立ち上げていきたいと思います。
―どのような研究テーマが考えられますか。
大江田:理研の経営方針の一つは「世の中に役立つ理研」です。国際連携においてもその理念をしっかりと持ち、アジアや世界が共通に抱える環境、エネルギー、食糧、水、防災、感染症などの課題解決に貢献する研究プロジェクトを立ち上げたいと考えています。
特に、私はアジアの食糧問題に大きな危機感を抱いています。昨年、世界人口は70億人を超え、さらに急増しています。そのような中、アジア諸国は経済成長に伴い食糧需要が増加し、13億以上の人口を抱える中国でも多くの食糧を輸入するようになっています。食糧自給率の低い日本にとって、アジアの食糧問題は国の安全保障にも直結します。
理研には植物科学研究センターをはじめライフサイエンス関連の研究センターが多数あります。理研以外の日本の研究機関とも連携して、アジアの食糧問題解決に貢献する国際共同研究プロジェクトなどを進めることができれば、理想的だと思います。
混じり合うことで強くなる
―大江田理事は、企業の研究者として植物科学の研究にも取り組まれたそうですね。
大江田:私は大学で生物学を学び、住友化学(株)に入社して医農薬開発や植物工学などの研究に携わりました。
生物の世界では、遺伝的に均一な純系になるほど、環境の変化に対応する力を失い、脆弱(ぜいじゃく)になっていきます。異なる遺伝子が混ざり合い多様性を持たなければ、生物は強くならないのです。研究の世界も同様です。国際連携を進め、異なる文化や考え方を混ぜ合わせることで、人を育て、研究力を強化することができます。
理研はアジアにおける科学技術イノベーションの中で中核的な役割を果たすことが期待されています。その期待にしっかりと応え、自らの研究力を強化するために、長期的な視点に立って国際連携を推進していきたいと思います。
(取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト)

