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●発明者
抗生物質研究室
主任研究員 長田裕之

 

土壌1グラム中には1億個の微生物がいるといわれ、さまざまな物質を合成し分解もしている。その中には、抗生物質や抗がん物質など、私たちの健康にとって不可欠な生理活性物質が数多く含まれている。
抗生物質研究室の長田裕之主任研究員たちが、群馬県倉淵村の土壌から採った放線菌の代謝物「リベロマイシンA」には、抗がん性や抗真菌性が認められて研究が進められていたが、骨を溶かす破骨細胞を低濃度でも殺す働きのあることがわかり、骨粗鬆症の治療薬として注目を浴びている。(表紙はリベロマイシンAの化学構造式とその分子モデル)


がん増殖因子を抑える

──リベロマイシンAの発見の経緯はどのようなものですか。

長田主任研究員

 長田:私たち抗生物質研究室では、微生物の代謝産物から人間にとって有用な物質を探したり、それらの物質を使って細胞の機能を探る研究を行っています。ですから、とにかく方々の土を採ってきて、含まれる菌を培養し、その中から顔つきが今までとは違う菌を選びます(図1)。それらをフラスコで1本1本液体培養し、培養液に目的とする生理活性物質があるかどうかを調べるわけです。
 リベロマイシンAを見つけた1990年当時は、がんの増殖因子の働きを阻害するような物質を探していました。従来、皆、がん細胞そのものを殺す物質を探していたのですが、がんだけを殺し正常な細胞は傷つけない、という理想的な物質にはなかなか行き当たりません。そこで、がん細胞を殺すのではなく、その増殖を抑えるものを見つけようとしたのです。米国で研究していた86年に、新しい細胞増殖因子を発見したという個人的な経緯も影響していますね。
 シャーレで培養したがん細胞に増殖因子をかけるとワーッと増えます。しかし、増殖因子と同時にリベロマイシンAを入れると、がん細胞は死滅はしませんが増えません。我々の研究室ではマウスを飼っているわけではないので、動物実験は当時、共同研究をしていた会社に依頼しました。ところが、がん細胞自体は死なないので、どれくらいの量を使ったら良いのか予想がつきません。こういう抗がん剤は試験のしようがないと、なかなか動物実験を引き受けてくれないのです。
 それで、抗がん剤としての開発はある時期でストップしてしまったのです。でも、違った分野の人たちが興味をもってくれて面白い展開になりました。

 

リベロマイシンAの化学合成

――どんな分野の人たちが興味をもったのですか。

 長田:有機合成化学の研究者たちです。実をいうと、微生物から有用な生理活性物質を見つけても、そのうち微生物は、その化合物をほとんどつくらなくなってしまいます。土壌中では生存競争が激しいので、いろいろな物質をつくるのでしょうが、試験管に大事に保存されるとつくらなくなるのです。倉淵村の放線菌もリベロマイシンAをつくらなくなってしまいました。同じ場所でもう一度土壌を採取しても、同じ菌を得ることはできません。そこで、培養液をいろいろ工夫したりして、もう一度つくらせることに成功しました。

図1: 国内のさまざまな土壌から分離された放線菌。
1本1本試験管ごとに違った種類の菌。

 一方、リベロマイシンAの構造式を決定して論文に載せたところ、多くの有機合成の専門家から合成したいという申し込みが来ました。ノーベル化学賞筆頭候補の米国人研究者からも連絡がありました。理研では有機合成化学研究室(中田忠主任研究員)の清水猛副主任研究員たちが合成に取り組みました。
 私たちが土を採っては何かないかと探しているように、有機合成の研究者も面白いネタはないかとアンテナを張っています。リベロマイシンAにはスピロ結合があり、ちょっとした違いで立体構造が大きく変わるという不斉性を示します。その合成は非常に難しく、チャレンジングです。
 リベロマイシンにはAからDの4種類(図2)があり、Aが最も活性が高く、Bには活性がありません。まず、比較的容易なリベロマイシンBの合成が進められました。最初に成功したのは前述の米国人とは違う米国人グループで、2番目が中田グループでした。そして難題のリベロマイシンAの合成に最初に成功したのが中田グループで、特許を取得しました。

 

リベロマイシンAは何に作用するのか

――化学合成に成功し、リベロマイシンAの取得が安定したと思いますが、研究をどの方向に進めたのですか。

 長田:リベロマイシンAが、がんの増殖をどうして抑えるのか、そのメカニズムを探りました。酵母を研究している広島大学の宮川都吉教授のグループと組んで行いました。酵母の遺伝学は非常に進んでいるので、実験系として優れているのです。
 酵母にリベロマイシンAを入れると、酵母はすぐに排出ポンプを使ってリベロマイシンAを外に出します。排出ポンプというのはタンパクなのですが、これをつくる遺伝子を壊すと、リベロマイシンAが排出されなくなり、低濃度でも酵母は死んでしまいます。
 さらに、いろいろなタンパクの遺伝子に突然変異を導入してみたところ、リベロマイシンAがいくら入っても酵母が死ななくなる突然変異があったのです。なぜリベロマイシンA耐性になったか調べていくと、ある遺伝子のアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わっていました。その遺伝子は、イソロイシンt-RNA合成酵素の生成に対応します。つまり、リベロマイシンAが細胞の中で標的にしていたのはイソロイシンt-RNA合成酵素だったのです。この酵素は、必須アミノ酸のイソロイシンをタンパクに取り込ませるのに必要なものです。

図2 リベロマイシンA、Bの化学構造式

 私たちがこうした基礎研究を行っている一方で、リベロマイシンの発見当初からこの研究に関わっていた高橋英俊博士(当時は雪印生物科学研究所から研究生として来ていました)は会社に戻った後も、抗がん性をずっと追いかけていました。そして、あることに気づきました。
 がんができると、血中のカルシウム濃度が上がって血液の状態が悪くなり(悪液質)、それでショック死する場合が多いのです。しかし、リベロマイシンAをマウスに投与すると、がんの増殖が抑えられて治る場合もそうでない場合もありますが、いずれにしろ血中のカルシウム濃度は必ず下がることがわかったのです。

――リベロマイシンAには、何か特別な働きがあったのですか。

 長田:そうです。後になって、中部大学の永井和夫教授、禹済泰助教授との共同研究でわかったことですが、リベロマイシンAは、低濃度でも破骨細胞を殺してしまうのです(図3)。骨というのはカルシウムのいわば貯蔵庫になっています。血中カルシウムが不足するとイライラする症状が出ますが、こういうときは破骨細胞が骨を溶かして、血中にカルシウムを放出させます。しかしながら、破骨細胞が働き過ぎると、骨粗鬆症になります。骨をつくる骨芽細胞と骨を溶かす破骨細胞とのバランスがうまく取れないと健康が保たれません。

 

リベロマイシンAを修飾して、破骨細胞を狙い撃ちにする

――リベロマイシンAの破骨細胞を殺すという働きに関して、どのような特許を出願していますか。

図3 骨芽細胞と破骨細胞の働き。リベロマイシンAは、破骨細胞を狙い打ちする。

 長田:がんの薬に関しては、90年に特許を出願しています。先日出願したのは、リベロマイシンAに化学的な修飾を施し、破骨細胞をより選択的に殺し、かつ血中で安定して存在するようにしたものです。効き目の強い骨粗鬆症薬として期待できます。
 破骨細胞が骨を溶かすときには、骨と接触する側にいろいろな酸を出し、pH3というような酸性環境で働く酵素を使って骨を溶かしていきます。一方、リベロマイシンAはカルボキシル基が3つもついている酸性物質なので、中性では細胞膜を透過しづらいのですが、酸性になると通りやすくなります。これを利用して、中性状態では働かず酸性状態になったとき、つまり破骨細胞という標的に到達したときにだけ働くようにリベロマイシンAを改良し、プロドラッグをつくりました。マウスを使った実験では、よく効くことが証明されています。

――今後はリベロマイシンAの研究を、どのように展開しようと考えているのですか。

 長田:がん増殖因子を抑える生理活性物質という発想から始まったリベロマイシンAですが、そもそも卵巣がんや乳がん、前立腺がんといったホルモン依存性のがんの増殖をよく抑えるものだったのです。これに関しては97年に論文を出して、特許も取得しました。
 一方、ホルモン依存性のがんは、骨へ転移しやすい。がん細胞はそれだけでは骨につくことはできず、破骨細胞がその場をつくってやらねばなりません。破骨細胞が骨を溶かすと、その溶けたところにがん細胞がつくことができるのです。そこで、リベロマイシンAをホルモン依存のがんの骨転移を抑える薬にできないか、と考えています。骨への転移は痛みを生じるので、転移阻止薬の開発は大変意味のある仕事です。一緒に組んでくれる製薬会社があれば、と思っています。
 実をいうと、どのようにして骨粗鬆症が起きるのか、破骨細胞がなぜ増えるのかについては、まだ完全には解明されていません。女性の場合は閉経後のホルモンバランスの変化によるといわれているので、ノックアウトマウスや卵巣摘出マウスを使って実験を行っています。これは昭和大学医学部の新木敏正先生との共同研究です。
 また、これとはまったく別の研究も行っています。がんが増殖すると、栄養補給のために血管を増殖させる因子が出されます。これを阻害する生理活性物質を探し、抗がん剤として血管新生阻害剤をつくりたいとも思っています。増殖因子の阻害という考えは、私の抗がん剤研究の一つの基盤になっていますね。

 

●主な関連特許
・特許第1905330号「リベロマイシンA、その製造法並びに抗腫瘍剤及び抗真菌剤」
・特願2002-217714「リベロマイシンA誘導体、その製造方法及び蛋白質合成阻害剤」
・特願2003-197229「高カルシウム血症および骨疾患治療剤」

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