プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
自然免疫と獲得免疫に共通の活性化分子を発見
- 自然免疫分子が獲得免疫の主役「T細胞」機能を制御 -
平成18年3月31日
◇ポイント◇
  • 自然免疫系に必須のリン酸化酵素「IRAK-4」が獲得免疫系でも活躍
  • 獲得免疫系が免疫活性化因子「NF-κB」を活性化させる機構を発見
  • 自然免疫と獲得免疫の両者を制御する新しい免疫治療薬の開発に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、自然免疫反応に必須であるリン酸化酵素「IRAK-4※1(アイラックフォー)」が、T細胞※2の獲得免疫も制御していることを発見しました。すなわち、自然免疫反応と獲得免疫反応において共通である活性化分子を世界で初めて見いだしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター(兼・副センター長)、鈴木信孝研究員らの研究成果です。
 免疫系は自然免疫と獲得免疫に大別されます。自然免疫反応は、主にマクロファージ・樹状細胞が、ウイルス・バクテリアなどの病原体をToll(トール)様受容体※3というセンサーで識別して、リン酸化酵素IRAK-4を介する信号を伝達して起こります。これに対し獲得免疫は、異物である花粉などの外来抗原が、抗原提示細胞※4によって取り込まれ処理され、さらにT細胞がその処理された外来抗原をT細胞抗原受容体※5によって識別して信号を発します。その抗原を察知した信号によってT細胞が活性化し、免疫の指令塔としていろいろな機能を発揮しています。これまでの研究で、IRAK-4はほとんどの自然免疫反応に必須であるということはわかっていました。しかし、今回、獲得免疫反応であるT細胞の活性化でも、IRAK-4が必要であることを初めて明らかにしました。
 これまで自然免疫と獲得免疫の信号伝達は全く異なった経路によって機能していると考えられていましたが、今回の研究により少なくともその一部は、共通の分子IRAK-4を介して制御されていることが明らかになりました。このことは、自然免疫系が基本的なシステムではあるものの、その後高度に発達した獲得免疫系が、進化の過程で、自然免疫の活性化に使われていた有用な分子をそのまま獲得免疫を活性化するためにも利用するようになったことを示唆しています。
 IRAK-4は自然免疫と獲得免疫を制御していることから、この分子の機能を制御することにより、両者のシステムを増強・制御できる新たな免疫治療薬の開発に繋がる可能性があります。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『サイエンス』(3月31日オンライン)に掲載されます。


1. 背 景
 生体を外敵から防御する役割を果たす免疫系は、大きく自然免疫と獲得免疫に分けられます。自然免疫は、病原微生物等の外来抗原に存在する特有の分子構造を識別して、生体防御反応を誘起します。この特有の分子構造を識別するセンサーが「Toll様受容体」であり、その信号伝達には、「IRAK-4」というリン酸化酵素が必要不可欠であることが、すでにIRAK-4欠損マウスを用いた研究で、Toll様受容体を介した自然免疫応答が、ほぼ完全に抑えられたということから分かっていました。一方、獲得免疫は、抗原提示細胞によって処理された外来抗原を、T細胞が認識することにより発生します。その際には、T細胞抗原受容体を介した信号伝達が必須です。
 このような自然免疫系と獲得免疫系における信号伝達の機構は、お互いに干渉し合うことなく、全く独立していると考えられていました。研究グループは、この二つの信号伝達が全く独立していることが、進化論的にも機能的にも合理的でないと考え、自然免疫において必須因子である「IRAK-4」がT細胞抗原受容体を介した獲得免疫の信号伝達へ関与しているのかを詳細に検討しました。


2. 研究手法と成果
 研究では、自然免疫の必須因子IRAK-4が獲得免疫系においても重要な役割を担っていることを発見するとともに、そのメカニズムを明らかにしました。まず、研究グループは、既に作製しているIRAK-4欠損マウスを用いて、そのマウスから採取したIRAK-4欠損T細胞が、野生型のT細胞に比べて、ウイルスや外来抗原に対する反応性が顕著に低下していることを見いだしました。次に、この反応性低下の原因がT細胞自体の機能低下によるものか、T細胞の分化異常によるものか、それとも抗原提示細胞の抗原提示能力の低下によるものかを詳しく調べました。その結果、IRAK-4欠損T細胞の分化は正常でしたが、IRAK-4欠損T細胞をT細胞欠損マウスに移植すると、野生型の移植にくらべ、抗原応答が1/10程度に低下し、移植片拒絶、遅延型過敏症なども低下していました。このことから、T細胞自体の機能が低下していることが判明しました。
 これらを踏まえ研究グループは、IRAK-4がT細胞抗原受容体からの信号伝達経路のどの部分に関与しているのかを解析しました。これまでに、T細胞抗原受容体を介した刺激は、様々な分子の発現を誘導する「NF-κB※6」(エヌエフ・カッパービー)と「NF-AT※7」(エヌエフ・エイティー)の二つの転写因子を主に活性化することが解っています。また、自然免疫系のToll様受容体を介した刺激は、NF-κBのみを活性化されることが知られています。今回の研究グループの解析により、IRAK-4は、T細胞抗原受容体からの信号伝達に不可欠な分子(ZAP-70)と会合して、NF-κBへの経路のみを活性化させ、NF-AT活性化への経路には関っていない事が明らかとなりました。このことから、IRAK-4はNF-κBの活性化をONにするスイッチ分子である事が解りました。
 以上の結果から、獲得免疫系のT細胞応答においても、自然免疫系で用いられているNF-κB活性化因子IRAK-4を使って、NF-κBを活性化し、外来抗原に対する免疫応答を担っている事が判明しました。


3. 今後の期待
 IRAK-4というリン酸化酵素が、自然免疫だけでなく獲得免疫にも関与するという事実は、IRAK-4の機能を促進させると自然免疫と獲得免疫の両方を活性化してがんや感染などに対抗する治療の可能性が示唆されるとともに、他方でIRAK-4の機能阻害させるとこれまでになかった獲得免疫系の抑制剤の開発に繋がり、アレルギー疾患や移植医療などへの応用の可能性が示唆されます。また、IRAK-4のみでなく、自然免疫における分子で、獲得免疫の制御に関わっている他の分子も探索することによってこうした薬剤開発をより広めていくことも可能になると思われます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
免疫アレルギー科学総合研究センター
免疫シグナル研究グループ
  グループディレクター  斉藤 隆
  研究員  鈴木 信孝

Tel: 045-503-7038 / Fax: 045-503-7036
横浜研究推進部 溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 IRAK-4
自然免疫の信号伝達に必要不可欠なセリン・スレオニンリン酸化酵素。ヒトにおいて、IRAK-4の欠損により重篤な感染症を引き起こし、死に至る場合があることが報告されている。欠損マウスでは、ほとんどの自然免疫応答がおこらなくなる。
※2 T細胞
免疫制御の中心的役割を果たすリンパ球。胸腺(Thymus)で形成されるのでT細胞と呼ばれる。各細胞(クローン)が異なる抗原特異的な受容体(T細胞抗原受容体:TCR)を発現し、抗原を認識する。機能により、種々のサイトカインを産生したり、B細胞からの抗体産生の調節をしたりするもの(ヘルパーT細胞)や、標的細胞の傷害を担うもの(キラーT細胞)などがある。
※3 Toll様受容体
自然免疫応答における主要なセンサー。病原体等の抗原が共通して持つ多くの異物パターンを認識する。現在11種類以上見つかっている。
※4 抗原提示細胞
抗原を細胞内に取り込み、処理して、T細胞を活性化させる機能を持つ細胞群で、樹状細胞やマクロファージなどが含まれる。抗原を取り込んだ後、アミノ酸数10程度の抗原ペプチドに分解し、T細胞が認識できるような形で自己MHCとの複合体として細胞の表面に発現して、提示する。
※5 T細胞抗原受容体
T細胞の表面に発現している抗原を認識する受容体。αβの2本鎖から構成されており、各々のT細胞が、1つの抗原に特異的なTCRを発現する。膨大なTCRの多様性は、遺伝子の再構成によって作られる。
※6 NF-κB
nuclear factor kappa B:免疫グロブリンκ鎖
遺伝子発現のエンハンサーのB断片NF-κBは核内転写因子。活性化されると核内に移行し、染色体上の特異的なDNAモチーフに結合し、様々な遺伝子の転写を開始する。NF-κBは、免疫及び炎症反応、あるいは腫瘍形成の制御に重要な役割を果たす。
※7 NF-AT
nuclear factor of activated T cells:活性化T細胞の核内転写因子
活性化されると核内に移行し、染色体上の特異的なDNAモチーフに結合し、様々な遺伝子の転写を開始する。NF-AT は、T細胞が産生するサイトカイン等の制御に重要な役割を果たす。活性化は脱リン酸化酵素カルシニューリンによって誘導され、移植医療を支える免疫阻害剤サイクロスポリンはカルシニューリンを阻害して、NF-ATの活性化を抑制する。




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