◇ポイント◇
- 物質の境界を越えて、光を自由に透過させる光学素子を実現
- 金属ナノ構造体「メタマテリアル」が光の伝搬を支援
- 光の伝播ロスが無い光学部品、光ファイバーなどの開発を可能に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、物質の境界面で生じる光の反射を除去する新しい光学素子を開発しました。この素子は、「メタマテリアル」と呼ばれる金属のナノ構造体を用い、物質の透磁率を人工的に制御して実現しました。理研中央研究所河田ナノフォトニクス研究室の河田聡主任研究員と田中拓男先任研究員の研究成果です。
物質は、それぞれ固有の屈折率を持ち、二つの物質が接すると、その境界は屈折率の境界ともなります。屈折率の境界は光にとっての障壁であり、この境界に光が入射すると光の一部は障壁に反射されてしまいます。今回の成果では、この障壁を完全に取り除き、物質の境界を越えて光を伝播させる全く新しい光学素子を提案しました。具体的には、メタマテリアルと呼ばれるナノサイズの金属構造体を用いて、光の反射を除去する「ブリュースター」という現象を、あらゆる状態の光に対して実現する手法の提案とその原理を用いた光学素子を提示しました。メタマテリアルでできたプリズム素子とその原理は、これまでの光学分野における常識を覆す、全く新しい原理に基づく光技術の提案であり、金属のナノ構造体が、これまでの光学の概念を越えた「新奇な光学素子」へ応用できることを示したもので、ナノテク材料の一つとして金属(メタル)が有効であることを期待させるものです。
同研究グループは、可視光域で「負の屈折率」を持つ機能材料や、金属ナノ構造をもった光ナノイメージングを世界で初めて開発するなど、金属のナノ構造に関する研究成果をあげています※が、今回の成果はそれらと関連する一連の研究成果です。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review B』Volume 73, No. 12に掲載されます。
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背 景 |
空気や水、クリスタルガラス、ダイヤモンドといった物質は、全く透明で色が付いていません。そのため本来は、水もガラスもダイヤモンドも私たちの目には見えません。しかし私たちは、それらの存在を目で知ることが出来ます。それは、光がそれらによって反射、屈折されるからです。水が存在していることを目で知ることができるのは、水面で反射される光のきらめきが見えるからです。
光の反射や屈折が起こるのは、物質がそれぞれ独自の屈折率を持つからです。二つの物質の屈折率の差が大きいほど、物質境界面での反射は大きくなります。ダイヤモンドのキラキラした輝きは、空気の屈折率が1.003であるのに対して、ダイヤモンドの屈折率が2.417という大きな値を持っているためです。ダイヤモンドの場合は、この境界面で生じる光の反射をうまく使うことで、人を魅了する輝きを作り出しています。
しかし、この物質境界面で生じる光の反射はいつも歓迎されるものではありません。物質境界面で光が反射することは、光の伝搬が阻害されていることになります。これは、光通信などのように「効率良く光を伝搬させたい」という目的には大問題です。ガラス性の光ファイバーに光を入れて導こうとしても、空気とガラスの境界面で光の反射が生じ、光ファイバーに入らない光ができます。光通信にとって、この反射は単なる光のロスであり、デメリット以外の何ものでもありません。
物質の屈折率は、物質の種類によって決まっているので、屈折率の違いをなくすことはできません。そこで、この光の反射を防止する目的で、「ブリュースター(Brewster)」という現象を利用することが考え出されています。ブリュースターとは、屈折率の異なる物質の境界面に光が入射する際に、その入射角と光の偏光がある特殊な条件を満たすと、境界面で生じる光の反射がゼロになるという現象です。その条件とは、図1に示すように、(1)光の偏光が入射光線、反射光線、屈折光線を含む平面(紙面と同じ)に平行であることと(これをp偏光と呼びます)、(2)反射光線と屈折光線がなす角が90度となるように光を入射させるという二つです。つまり、ブリュースターを利用できるのは、ある特定の方向に偏光している光だけで、紙面と垂直な偏光成分を持つ光(これをs偏光と呼びます)では、ブリュースターは使えません。
今回、このブリュースターをp偏光の光だけでなく、s偏光の光でも同時に発現させ、光の偏光状態にかかわらず光をある物質から別の物質へ反射光を発生させること無く透過させる全く新しい光学素子の開発に取り組みました。
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研究手法と成果 |
今回の成果の鍵となるのは、メタマテリアルと呼ばれる金属ナノ構造体を用いて物質がもつ物理量を人工的に制御した点にあります。
まず、物質の屈折率(n)は、誘電率(ε)と透磁率(μ)という二つの物理量によって決定されます。誘電率は電界に関係する物理量で、透磁率は磁界に関係する物理量です。“光”は、電界の波と磁界の波が交互に振動しながら伝播する電磁波の一種なので、光が物質の中を進む場合は、誘電率と透磁率の両方の作用を考える必要があります。しかし、自然界に存在する物質は、光の磁界成分とほとんど相互作用しないので物質の透磁率はどの物質でも1.0となり、しばしば無視されています。
屈折率の異なる物質の境界面に、光が入射した時に生じる光の反射の例を図2に示します。図2(a)は、真空中からガラスに光が入射したときに、その境界面で生じる反射率を示したものです。境界面に垂直に光が入射している状態が、入射角ゼロに対応しています。この図からわかるように、s偏光は反射率が単調に増加するのに対して、p偏光の場合は一旦ゼロになった後再び増加していきます。p偏光において,この反射率がゼロになった状態がブリュースターで、その時の光の入射角を「ブリュースター角」と呼びます。このブリュースター状態では、光は屈折率の異なる物質の境界面で邪魔されることなく、100%の効率で進むことが出来ます。重要なのは、先にも述べたように、ブリュースターがp偏光だけで発生することです。このことは,間接的には、真空とガラスの透磁率が共に1.0であることが原因となっています。
そこで次に、透磁率の異なる物質の境界でどのような現象が起こるかを計算してみました。図2(b)は、(a)のガラスのεとμの値を入れ替えたものです。すると、今度はp偏光でのブリュースターが消失し、s偏光にブリュースターが発現します。つまり、透磁率が1.0以外の物質があれば、これまでは不可能とされていたs偏光のブリュースターが実現できることとなります。
しかし、自然界に存在する物質の透磁率は、全て1.0に固定されているので、そのままではs偏光のブリュースターは発現しません。物質の透磁率を人工的に変化させることが必要となり、その技術が「メタマテリアル」です。具体的には、図3に示すように、ガラスのような透明な固体材料中に、金や銀などの貴金属をナノサイズのコイル状に加工して集積させます。このコイルに光を入射させると、コイルは光の磁界成分を打ち消すように電磁誘導の原理で磁界を作り出します。すると今まで磁界に対して反応しなかった物質が、光の磁界に反応する材料に変化します。その結果、物質の透磁率も1.0から変わります。つまり自然界に存在しない1.0以外の透磁率をもつ物質を人工的に作り出したことになります。今回の成果のポイントの一つは、この技術を使ってs偏光のブリュースターを実現したことです。
ただしこれで全ての問題が解決したわけではありません。図2に示したように、ブリュースターが発現するのは、いつも片方の偏光についてのみで、両方の偏光に対して同時にブリュースターを発現されるためには、もう一工夫必要になります。そのための工夫が、図4に示すように、透磁率を制御するための金属構造体を一つの平面にだけ並べて、それを規則正しく積み上げることです。
金属のナノコイルが光の磁界に対して応答するのは、磁界がコイルを含む平面に対して垂直な場合だけです。つまりコイルが規則正しく並んでいると、コイルを貫く方向の磁界成分を持つs偏光の光に対しては、コイルの作用によって物資の透磁率が変化しますが、コイルと平行な磁界成分を持つp偏光の光に対しては、透磁率は変化しません。つまり、このような物質は、光の偏光方向に応じて異なる透磁率を持つ異方性媒質として振る舞います。すなわち、物質の各偏光に対する誘電率、透磁率ならびに物質全体の形状をうまく設計すると、p偏光にもs偏光の光にも同時にブリュースターを実現することができるようになります。この状態では、光は物質の境界面を認識せずに反射率ゼロで通過することになります。
図5は、上記のアイデアを元に設計した新しいブリュースター素子の一例です。モデルとしては、空気からガラスへの光の伝搬を仮定して設計しています。空気からガラスへ光が進む場合、境界面に垂直に光が入射すると約4%の光の反射が起こります。しかし、空気とガラスとの間に、図5に示すように、s偏光に対して透磁率が3.29というメタマテリアルでできたプリズムを挿入すると、光はあたかも境界がなかったかのように、空気からガラスへ反射光を発生させずに伝播することができるようになりました。
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今後の期待 |
今回の成果では、メタマテリアルと呼ばれる物質の誘電率や透磁率を自在に制御する技術の一つの応用を開発しました。新しく考案した光学素子は、屈折率の異なる物質の境界面で生じる光の反射を取り除く一種の緩衝素子と機能します。このような素子は、光通信で用いられる光ファイバーなどの部品やレーザー共振器内の光学部品など、無用な光の反射を嫌う場所に設置することで、従来とは比較できないほど、光のロスを低減できるという夢の接合が可能となります。
ブリュースターがp偏光の光だけで発現するという事は、1815年のブリュースターの発見以来、半ば光学分野の常識でした。今回の成果は、この常識を覆す新しい光学素子の提案でもあります。
さらに、メタマテリアルという物資の物理量を人工的に操作する技術は、学術的には興味深いものですが、未だ具体的な技術的応用例の提案が少なく、基礎的な研究しかされていませんでした。今回の成果は、このメタマテリアル技術が、これまでにない全く新しい光学素子の実現へ繋がることを示しました。
また、これまでに具体的に実用化されたナノテク技術は、カーボンナノチューブに代表されるカーボン素材や、半導体材料、DNAなどの生体分子材料に限定されていました。今回の成果は、金属のナノ構造体が、これまでの常識を覆す新奇な光学素子へ応用できることを示したもので、ナノテク材料としての金属(メタル)の有効性を示すことにもなりました。
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 河田ナノフォトニクス研究室 |
| 先任研究員 田中 拓男 |
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| Tel | : |
048-467-9341 |
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Fax | : |
048-467-9170 |
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| 河田ナノフォトニクス研究室 |
| 主任研究員 河田 聡 |
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| Tel | : |
048-467-9340 |
/ |
Fax | : |
048-467-9170 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
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| 図1 ブリュースター |
| 光は電界と磁界の波が共に振動しながら進む電磁波の一種。電界と磁界の振動方向は、光の振動方向と垂直であるという条件がある。光の偏光は、電界の振動方向に応じて区別する習慣があり、図のように電界の振動方向が入射光線、屈折光線、反射光線を含む平面と平行な場合をp偏光と呼ぶ。このp偏光において、もし屈折光と反射光のなす角が90度となるような状態になると、電界の振動方向と反射光の進む方向がぴったり一致することになる。このような光は存在し得ないため、この場合は反射光が発生しなくなり、全ての光が境界面を越えて屈折光になる。これがブリュースターと呼ぶ現象。 |
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| 図2 p偏光のブリュースターとs偏光のブリュースター |
| 赤実線がp偏光、青破線がs偏光を表す。(b)は(a)の誘電率εと透磁率μを入れ替えた計算結果。 |
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| 図3 メタマテリアル |
| ガラスやプラスチックなどの中にナノサイズの金属コイルを多数作り込む。このコイルを含む平面に磁界が垂直に振動する光が入射すると、電磁誘導の原理で電流が流れ、コイルは入射してきた磁界を打ち消すような磁界を自ら作り出す。すると、全体としてこの物質は元のガラスやプラスチックとは全く異なる、磁界に反抗する物質として振る舞うようになり、透磁率も1.0から変化する。 |
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| 図4 異方性メタマテリアル |
| 透磁率を制御するための金属構造体を一つの平面にだけ並べて、それを規則正しく積み上げることで、p偏光にもs偏光の光にも同時にブリュースターを実現することができるようになる。この状態では、光は物質の境界面を認識せずに反射率ゼロで通過する。 |
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| 図5 新しいブリュースター素子 |
| 空気からガラスへの光の伝搬を仮定して設計した例。空気からガラスへ光が進む場合、境界面に垂直に光が入射すると約4%の光の反射が起こるが、空気とガラスとの間に、s偏光に対して透磁率μが3.29というメタマテリアルでできたプリズムを挿入すると、光はあたかも境界がなかったかのように、空気からガラスへ反射光を発生させずに伝播することができるようになる。 |
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