プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
躁(そう)うつ病(双極性障害)にミトコンドリア機能障害が関連
- 躁うつ病の発症メカニズム解明につながる初めてのモデル動物の可能性 -
平成18年4月18日
◇ポイント◇
  • 躁うつ病によく似た行動異常を引き起こすモデル動物の開発に成功
  • ミトコンドリア機能障害が躁うつ病の原因の一つであることを示唆
  • 躁うつ病の発症メカニズムの解明や新薬の開発に寄与することも期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、躁うつ病(双極性障害)※1によく似た行動異常を引き起こすモデル動物を作り、ミトコンドリア機能障害※2が躁うつ病に関係していることを明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)精神疾患動態研究チームの笠原和起研究員、加藤忠史チームリーダーらと名古屋大学との共同研究による成果です。
 躁うつ病は、二大精神疾患の一つで、躁状態とうつ状態を繰り返す病気です。躁うつ病の発症の主たる原因は、遺伝的な体質のためにセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質のやり取りが不安定になるためだと考えられていますが、はっきりとしたメカニズムはわかっていません。また、リチウムやバルプロ酸などの気分安定薬※3と呼ばれる予防薬があるものの、副作用があり、効果も十分でないため、発症メカニズムに基づいた新薬の開発が望まれています。
 これまでの研究から、「躁うつ病の患者ではミトコンドリア機能障害が見られること」、「ミトコンドリア病には躁うつ病を伴うことがあること」が知られています。研究チームではこれらの点に着目し、異常なミトコンドリアDNA※4を合成する酵素の遺伝子を導入し、脳にミトコンドリア機能障害を誘発するモデルマウスを作製しました。
 行動を詳細に解析した結果、このマウスはいくつかの異常行動を示すことが明らかになりました。例えば、マウスは夜行性の動物ですが、このモデルマウスは、明るくなってもしばらく動き続け、暗くなる前に動き始めるという行動異常を示しました。これは躁うつ病患者に見られる不眠の症状とよく似ています。また、普通のマウスでは見られない、性周期に伴った顕著な行動量の変化も見られました。これは躁うつ病患者に見られる“躁”状態および“うつ”状態といった気分の波の変化によく似ています。これらの行動異常は、リチウムの投与により改善し、また躁うつ病患者に投薬すると症状が悪化する三環系抗うつ薬※5によってより顕著になりました。
 これらの研究成果は、ミトコンドリア機能障害と躁うつ病が関連していることを強く示唆するものです。また、このマウスは躁うつ病のモデル動物となる可能性があり、躁うつ病の原因究明につながるばかりではなく、躁うつ病の新薬開発に寄与することも期待されます。
 本研究成果は、米国の学術雑誌『Molecular Psychiatry』(4月18日付オンライン)で発表されます。


1. 背 景
 躁うつ病(双極性障害)は、躁状態とうつ状態という、2種類の「病相」を繰り返す病気です。これらの病相が治った後は、精神的な症状は全くなくなりますが、再発することが少なくないため、多くの場合、長期の予防療法が必要になります。これまで治療薬として、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンなどの気分安定薬が使われてきましたが、特にリチウムは副作用が強いため、副作用の少ない、新しい薬の開発が望まれています。
 一方、躁うつ病の発症の原因としては、今までの研究から、“セロトニン、ドーパミンなどのモノアミンと呼ばれる神経伝達物質が関係している”という説、“細胞内の信号のやりとりにかかわる「イノシトールリン脂質系」の異常”という説、“小胞体ストレス障害が関係している”という説などたくさんの仮説があります。しかしながら、リチウムなどの気分安定薬が、なぜ躁うつ病に効くのか、躁うつ病はどのようなメカニズムで発症するかは十分に分かっていないのが現状です。
 加藤チームリーダーらは、躁うつ病患者の脳を調べることにより、「脳のエネルギー代謝が変化していたこと」、「躁うつ病患の脳に異常なミトコンドリアDNAが見出された」、および「ミトコンドリアDNAの異常が見られる病気で躁うつ病を伴うことがあること」などから、ミトコンドリア機能障害説※6を提唱しています。最近では、海外でもこの仮説が認められ始めており、米国・ハーバード大学や米国立保健研究所(NIH)などで、ミトコンドリアと精神疾患の関わりについての研究が行われています。


2. 研究手法と成果
(1) ミトコンドリア仮説の立証
 研究チームは、ミトコンドリア機能障害説を立証するため、躁うつ病を伴うことがある遺伝性のミトコンドリア病、慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)の原因遺伝子であるDNAポリメラーゼγに着目し、脳内にミトコンドリアDNAの異常が生じるマウスを作製しました。
 このマウスの自発的な活動を調べるため、ケージに「輪回し」装置を設置して(図1)輪回し量を調べると、輪回し量が性周期にともなって顕著な変化を示すことが分かりました(図2)。また、普通のマウスは暗い時に活動し、明るくなると動きをやめるのに対し、このマウスは明るくなってもしばらく動き続け、暗くなる前に動き始めるという異常行動が見られました。マウスはヒトと違って夜行性なので、単純にヒトの症状と結びつけることはできませんが、これは躁うつ病患者に見られる不眠の症状によく似ています(図3)。さらに、これらの行動異常は、躁うつ病の治療薬であるリチウムの投与によって改善しました(図4)。
 一方、躁うつ病患者では、三環系抗うつ薬と呼ばれる薬により、再発の頻度が増えることや躁状態が誘発されるなどの問題が起きることが分かっています。このマウスに三環系抗うつ薬を投与すると、輪回し量の日内変化の異常が悪化し、一部のマウスでは、投薬後、行動量が顕著に増える変化を示し、躁うつ病患者に見られる「躁転(うつから急に躁に変わること)」と言われる現象に似ていました(図5)。その他にも、特に誘因なく数週間動かなくなるなど、異常な長期的行動リズムを示すマウスも見られました。
 これらの行動学的特徴は、躁うつ病の症状によく似ており、ミトコンドリア機能障害が躁うつ病の原因の一つになりうることを強く示唆するものです。
(2) 初めての躁うつ病モデル動物
 躁うつ病のモデル動物として確立している動物が一つもないことは、専門家の間でも一致した見解となっていました。そのような状況の中、以下のような条件を満たせば躁うつ病モデルマウスと呼べるのではないかと提案されています。

1) 表面的妥当性 動物の行動が躁うつ病患者の症状と似ていること
2) 予測妥当性 躁うつ病患者に効く薬が動物の行動異常を改善すること
3) 構成的妥当性 その動物が躁うつ病における異常を導入したものであること

 今回のマウスでは、躁状態らしい症状は自然には見られず、三環系抗うつ薬の投与時のみに躁状態のような行動がみられたという点から、完全な躁うつ病とはいえないかも知れません。しかしながら、3つの基準を多くの点で満たしており、初めての躁うつ病モデル動物となる可能性があります。


3. 今後の期待
 今回の結果から、これまでの長い研究の歴史の中で示唆されてきた、躁うつ病のミトコンドリア仮説が強く支持されたといえます。躁うつ病の原因としてミトコンドリアDNAの異常は必須なものではありませんが、今回の結果が多くの研究者に認められれば、このマウスは、初めての躁うつ病のモデル動物となり、躁うつ病の発症メカニズムの解明や治療薬の開発に寄与すると考えられます。
 今回作製したマウスは、躁うつ病モデルマウスとして特許を申請中ですが、学術研究目的で利用を希望する研究者には、理研筑波研究所バイオリソースセンター(http://www.brc.riken.jp/)を通じて配布していきます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 精神疾患動態研究チーム
  チームリーダー  加藤 忠史

Tel: 048-467-6949 / Fax: 048-467-6947
 脳科学研究推進部嶋田 庸嗣

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 躁うつ病(双極性障害)
躁うつ病(双極性障害)は、躁状態とうつ状態という、二つの精神状態を特徴とし、再発を繰り返すため、長期の治療を必要とする病気。一方、「うつ病」は、うつ状態のみを特徴とする病気で、これはおよそ15%の人が一生に一度はかかる、更に身近なもの。2つの病気のうつ状態の症状に大きな違いはないが、異なる疾患と考えられており、2つを合わせて「気分障害」と呼ぶ。
※2 ミトコンドリア機能障害
ミトコンドリアは、細胞の中にあるエネルギー代謝に関わる細胞内小器官。最近の研究では、細胞の生死の決定や細胞内のカルシウム濃度の調節など生命にとって極めて重要な役割を果たしており、その機能が阻害されると細胞や個体にさまざまな影響を及ぼすことがわかってきている。
※3 気分安定薬
躁うつ病(双極性障害)の治療薬で、躁状態、うつ状態を予防するとともに、これらの状態を改善させる作用がある。リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンの3種類が日本では用いられている。なお、欧米やアジア各地では、新規の気分安定薬としてラモトリジンが広く使われ、うつ状態の再発予防に有効な気分安定薬としての地位を確立しつつあるが、日本では未だに承認されていない。
※4 ミトコンドリアDNA
遺伝子のほとんどは、細胞の核にあり両親から受け継ぐ染色体のDNAに記されている。しかし、細胞の中にある、細胞内小器官の一つであるミトコンドリアは、ミトコンドリアDNAと呼ばれる独自のDNAを持っており、ミトコンドリアのタンパク質をコードする遺伝子の一部は、このミトコンドリアDNAに記されている。これは、太古の昔に、細胞の中に細菌が共生したことの名残と考えられている。このミトコンドリアDNAは、染色体DNAと異なり、すべて母親から受け継ぐ。一つの細胞に多数のミトコンドリアDNA分子が存在するが、その一部に異常があると、ミトコンドリア病と呼ばれる病気が引き起こされる。
※5 三環系抗うつ薬
古いタイプのうつ病の治療薬(抗うつ薬)で、うつ病におけるうつ状態を改善する作用がある。イミプラミン、アミトリプチリンなどが主なもの。副作用が強いため、最近はセロトニン選択的取り込み阻害薬と呼ばれる別の種類の抗うつ薬がより多く使われている。双極性障害のうつ状態の患者が三環系抗うつ薬を服用すると、躁転(急激な躁状態への移行)や、急速交代化(躁状態とうつ状態を年に4回以上繰り返す状態)を招くとされており、双極性障害では極力使用を避けるべきだとされている。
※6 躁うつ病のミトコンドリア仮説の歩み
(*印は加藤チームリーダーらによる研究報告)
1992年 うつ状態で脳内エネルギー物質(クレアチンリン酸)が低下していることを報告(*)
1993年 躁うつ病患者の寛解期に、脳内のpHが酸性に傾いていることを報告(*)
1994年 「ミトコンドリアうつ病」の存在を提唱(*)
1995年 躁うつ病の遺伝様式がミトコンドリア遺伝に似ているとの報告(McMahonら[ジョンス・ホプキンス大学])
1996年 躁うつ病患者の血液でミトコンドリアDNA(mtDNA)欠失の増加を報告(*)
1999年 躁うつ病の治療薬であるリチウムとバルプロ酸がともにミトコンドリア外膜の蛋白質Bcl-2を増加させるとの報告(Chenら[米国立保健研究所])
2000年 躁うつ病のミトコンドリア機能障害仮説を提唱(*)
2001年 4月 本マウス(POLG変異マウス)作製に着手(*)
7月 POLGが(うつ病を伴う)慢性進行性外眼筋麻痺家系の原因遺伝子であるとの報告(Van Goethemら[アントワープ大学])
2003年 躁うつ病と慢性進行性外眼筋麻痺が連鎖する家系の報告(Sicilianoら[ピサ大学])
2004年 3月 3月 躁うつ病患者の死後脳でミトコンドリア関連遺伝子が大きく変化しており、ミトコンドリア機能障害仮説に合致すると主張(Konradiら[ハーバード大学])
5月 躁うつ病患者の脳内で乳酸が蓄積しており、Katoのミトコンドリア機能障害仮説に合致するとの報告(Dagerら[ワシントン大学])
5月 The Scientist誌が、「躁うつ病の原因はミトコンドリアだと判明」と報道
6月 米国の製薬会社RepliGen社が、ミトコンドリア病の治療薬RG2417が躁うつ病に有効であったとプレス発表
12月 mtDNA 3644変異と躁うつ病の関連を報告(*)
2005年 1月 Konradiらの死後脳における所見はサンプルpHの影響であることが判明(*)
3月 躁うつ病患者の死後脳でmtDNA 3243変異の蓄積を報告(*)
10月 ミトコンドリア機能障害仮説の総説が発表される(Stork & Renshaw[ハーバード大学])
2006年 4月 mtDNAに異常を持つマウスが躁うつ病類似の行動を示すことを報告(*)
5月 米国の生物学的精神医学会(トロント)で、「躁うつ病におけるミトコンドリア・小胞体機能障害」のシンポジウム開催(予定)
6月 国際神経精神薬理学会(シカゴ)で「精神疾患におけるミトコンドリア機能障害」


図1 輪回しをする躁うつ病モデルマウス


図2 躁うつ病モデルマウス(メス)の行動パターン
横軸は時間(24時間)、縦軸が輪回し行動量を示す。
周期的に行動量が多くなっている様子がわかる。


図3 躁うつ病モデルマウス(オス)における日内リズムの変化


図4 リチウムの効果
縦軸は行動量、横軸は日数を示す。リチウム治療により、行動量の波が消失している。
図2と同様、横軸は時間(24時間)、縦軸が輪回し行動量を示す。周期的に行動量が多くなっていたマウスにリチウムを投与したところ、行動量の波が収まった。


図5 躁うつ病モデルマウス(オス)における三環系抗うつ薬による躁転様の行動変化

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