プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
敗血症の本質にせまる「新規治療法開発」大きく前進
- 制御性樹状細胞を用い、敗血症の治療に世界で初めて成功 -
平成18年4月21日
◇ポイント◇
  • 細菌感染による炎症反応の抑制に樹状細胞が関与していることを解明
  • 制御性樹状細胞を用い敗血症のマウスを完治
  • 敗血症等の重篤な炎症性疾患に新たな治療法を提示
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、白血球の一種である樹状細胞*1の機能を制御する手法を確立、マウスの敗血症の治療に世界で初めて成功しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)樹状細胞機能研究チームの佐藤克明チームリーダーらの研究チームによる研究成果です。
 敗血症は、細菌や真菌などの微生物に感染した際、局所で感染を抑えることができず、感染が全身に波及し、体内のあらゆるところでマクロファージ*2などの白血球が過剰に活性化し、多量の炎症性因子を放出して、急激に炎症反応を引き起こす病態です。重篤な場合には多臓器不全に至り、集中治療室(ICU)や新生児ICUでの主要な死亡原因となっています。この敗血症の治療法は、抗生物質やステロイド製剤投与などの対症療法であり、今なお効果的な治療法がありません。
 今回の研究は、細菌感染による炎症反応の抑制に樹状細胞が関わっていることを初めて明らかにしました。この知見を踏まえ、佐藤チームリーダーらは、免疫機能を修飾した樹状細胞(制御性樹状細胞)を開発し、細菌感染を起こしたマウスにこの細胞を用いた実験を行いました。この実験で、マクロファージの活性化が阻止され、敗血症が完治するという結果を得ました。
 この実験で用いた制御性樹状細胞はマウスのものですが、ヒト制御性樹状細胞でも試験管内で免疫調節機能が確認されていることから、敗血症等の重篤な炎症性疾患の画期的な治療法につながる可能性があります。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Blood』(5月1日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(現地時間:4月20日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 マクロファージや樹状細胞などの白血球は、体に侵入した細菌や真菌などの微生物を認識し、炎症性因子や抗菌性因子を産生する等して感染を防ぐ働きをしています。しかし敗血症では、微生物の感染を局所で抑えることができず、感染が全身におよんだ場合に、体内のあらゆるところで微生物自体や抗生物質投与によって破壊された微生物の構成成分が、白血球を過剰に活性化し、多量の炎症性因子を放出させ、急激な炎症反応を引き起こします。重篤な場合では、腎不全、呼吸器不全や循環器不全などの多臓器不全を起こし、死に至ることもあります。特に、敗血症は免疫力の低下している新生児・老人、悪性腫瘍・免疫不全症・自己免疫病・膠原病・糖尿病・肝硬変・腎不全などの疾患や外科手術・抗腫瘍剤・免疫抑制剤・副腎皮質ホルモン投与・放射線治療などの治療により免疫力が低下している患者では、罹患率が非常に高くなっています。発症は人口10,000人当たりに2人の割合で、集中治療室(ICU)や新生児ICUにおける主要な死亡原因となっています。現在、敗血症の治療法は、外科的処置、抗生物質投与、ステロイド製剤投与などの対症療法にとどまり、本質に迫る治療はなく、十分な治療効果が得られていません。


2. 研究手法と成果
 マウスでは、ヒトと同様に、細菌に感染すると多くのマクロファージや樹状細胞が活性化し、炎症性サイトカイン*3などの炎症性因子を多量に産生します。しかし一方で、マウスには、脾臓中に免疫抑制に働くサイトカインのインターロイキン10*4を特異的に産生する樹状細胞の存在が明らかにされていました。
 研究グループは、「フローサイトメトリー法*5」、「磁気細胞分離装置*6」を用い、このインターロイキン10を選択的に生産する樹状細胞を、マウス脾臓から分離することに成功しました。
 この結果得られた樹状細胞と2003年に佐藤チームリーダーらが開発した抗炎症作用を増強した制御性樹状細胞*7を、マウスに用いて抗炎症作用を調べました。その結果、今回のマウス脾臓から得られた樹状細胞を腹腔内投与したマウスでは、細菌構成成分を投与しても、炎症性サイトカインの産生が阻害され、死亡率が低下しました。さらに、制御性樹状細胞では、試験管内で細菌構成成分によるマクロファージからの炎症性サイトカインの産生を約80%阻害しました(図1)。これらのことから、マウスの脾臓から分離した樹状細胞の集団が、炎症反応に対して抑制能を持つことがわかりました。
 また、細菌構成成分の投与や盲腸結紮(けっさつ)穿刺(せんし)*8により細菌性腹膜炎を作りだす等して敗血症を発症させたマウスに、この制御性樹状細胞を用いた治療を行いました。その結果、敗血症マウスは発病後、1〜2日目以内に全て死亡しましたが、発病後にマウス1匹当たり100万個の制御性樹状細胞を腹腔内や静脈内投与すると血中炎症性サイトカインの産生を約90%阻害し(図2A)、敗血症の発症をほぼ完全に抑制しました(図2B)。


3. 今後の期待
 ヒト制御性樹状細胞でも試験管内でマウス制御性樹状細胞と同じ免疫調節機能を示すことが確認されています。こうしたことから本研究成果は敗血症等の重篤な炎症性疾患の画期的な治療法につながる可能性が期待されます。今後は制御性樹状細胞の免疫疾患への臨床開発をすすめるとともに制御性樹状細胞に存在する免疫調節分子をターゲットとした分子標的治療の開発を進める予定です。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  樹状細胞機能研究チーム
  チームリーダー  佐藤 克明

Tel: 045-503-7013 / Fax: 045-503-7012
 横浜研究所 研究推進部溝部 鈴

Tel: 045-503-9113 / Fax: 045-503-9117

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 樹状細胞
樹状突起をもつ白血球で、多くの亜集団がある。微生物の排除やTリンパ球に異物の情報を伝える細胞(抗原提示細胞)としてはたらき、免疫反応の本質的な司令塔としての役割を担っている。
※2 マクロファージ
微生物の貪食作用や様々な炎症性因子産生能を示す白血球。
※3 サイトカイン
細胞同士の情報伝達に関わる様々な生理活性をもつタンパク質の総称。炎症性サイトカインとは、体内への異物の侵入を受け産生されるサイトカインで、生体防御に関与する多種類の細胞に働き、炎症反応を惹起する。インターロイキンもサイトカインの一種。
※4 インターロイキン10
白血球から産生されるサイトカインの一つで、免疫抑制作用をもつ。
※5 フローサイトメトリー法
個々の細胞の解析、分離を行う方法。免疫研究では、目的とする細胞表面や細胞内の抗原に対する蛍光色素標識抗体により染色された個々の細胞を水流にのせて検出器に流すことにより細胞の大きさ、細胞内の顆粒、蛍光強度(目的抗原の発現強度・発現率)を測定する。
※6 磁気細胞分離装置
個々の細胞を磁力により分離する装置。免疫研究では、目的とする細胞表面の抗原に対する磁気ビーズ標識抗体と結合した個々の細胞を磁石により分離する。
※7 制御性樹状細胞
強力な免疫抑制能を示す樹状細胞。佐藤克明チームリーダーらが2003年に開発した。ヒトやマウスの造血幹細胞・末梢血単球をもとに骨髄球系細胞増殖因子と複数の免疫抑制性サイトカインを用いた培養により試験管内で作製される。マウスではT細胞機能を調節して自己免疫病や移植拒絶反応を阻止する効果が示されている。
※8 盲腸結紮穿刺(けっさつせんし)
開腹したマウスの腹腔内より盲腸を取り出してその先端部分を縫合糸により縛り(結紮(けっさつ))、注射針を刺して数平方ミリメートルの穴を開ける(穿刺(せんし))手法。結紮穿刺した盲腸を再び腹腔内に戻して開腹部を縫合したマウスでは、結紮穿刺した盲腸内より腸内細菌が流出して、細菌性腹膜炎が誘発され敗血症が発病する。盲腸結紮穿刺による敗血症は最も臨床に類似した状態を示す。


(図1)細菌内毒素による活性化マクロファージからの炎症性サイトカイン(腫瘍壊死因子)の産生に対する制御性樹状細胞の効果


(図2)A: 細菌内毒素の投与による敗血症発病マウスの炎症性サイトカイン(腫瘍壊死因子)の産生に対する制御性樹状細胞の効果
B: 盲腸結紮穿刺による細菌性腹膜炎に起因する敗血症発病マウスに対する制御性樹状細胞の延命効果

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