プレスリリース 独立行政法人理化学研究所
ドイツ マックスプランク研究所
抗生物質カスガマイシンのタンパク質合成阻害機構を解明
- 超分子複合体のX線結晶構造解析 -
平成18年9月25日
◇本研究成果のポイント◇
  • タンパク質合成装置「リボソーム」と抗生物質「カスガマイシン」の複合体の立体構造を決定
  • タンパク質への「翻訳」の開始過程を阻害する新たな機構を発見
  • リボソームへの新たな結合様式の発見により農薬・医薬などへの応用研究に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ドイツのマックスプランク研究所(President Dr. Peter Gruss)との共同研究で、農業分野で広く使われている抗生物質※1「カスガマイシン」と原核生物※2リボソーム※3の構成成分である30Sサブユニットとが結合した状態を捉えることに成功し、これまでの予想とは異なるカスガマイシンの結合様式を解明しました。これは理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、竹本千重上級研究員、上西達也リサーチアソシエイトとマックスプランク研究所のDr. Paola Fucini(パオラフッチーニ)のグループ(ベルリン)による研究成果です。
 カスガマイシンは、奈良市の春日大社で発見・単離された放線菌※4が産生する抗生物質で、カビや微生物には効力がありながら、動植物や人体には毒性が低く、農業分野で広く利用されています。これまで、カスガマイシンは、タンパク質合成装置「リボソーム」でのタンパク質合成の際にはたらく開始用tRNAの結合位置に作用し、遺伝子からタンパク質への「翻訳」の開始過程を阻害すると考えられていました。
 今回、リボソーム30Sサブユニットにカスガマイシンが結合した複合体の結晶構造を高分解能※5で決定したところ、従来予想されていた結合様式とは異なっていることが判明しました。すなわち、2分子のカスガマイシンが30Sサブユニット上のmRNAが結合する部位を占有しており、生化学的な実験の結果とあわせて、カスガマイシンは、tRNAではなく、mRNAと30Sサブユニットの相互作用を妨げることにより「翻訳」の開始過程を阻害することを初めて明らかにしました。
 この作用機序は、これまで明らかにされてきた抗生物質のリボソームでのはたらきとは異なる新規なメカニズムであり、複合体のX線結晶構造解析によって初めて発見できたものです。この立体構造解析に基づいた新規薬剤開発が進むと、抗がん剤などの医療用抗生物質創製や農業などの産業応用に結びつくことが期待されます。さらに、さまざまな生物のリボソームの構造機能解析を進めることにより、生物種を問わず保存されている部位に結合するカスガマイシンが、動植物に対して毒性が低く、カビや微生物にのみ有効である理由を解明できる可能性が示唆されました。
 本研究成果は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたものです。本研究成果の詳細は、米国の学術雑誌『Nature Structural & Molecular Biology』9月号に掲載されます。


1. 背 景
 カスガマイシン(図1)は、1960年代に梅澤濱夫博士らにより奈良市の春日大社で発見・単離された放線菌が産生する抗生物質で、カビや微生物には効力がありながら、動植物や人体には毒性が低く、特にイネのいもち病に効果があり、40年前に農薬登録されて以来、農業分野で広く利用されています。また、発見直後から、タンパク質合成系に作用していることが調べられていました。
  細胞内の生命現象は、遺伝情報を元に作られるタンパク質によって行われています。そして驚くべきことに、あらゆる生物が共通のタンパク質合成装置を持っています。それが、リボソームです。DNAに格納されている遺伝情報は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)に転写されます。リボソームでは、このmRNA上の遺伝情報を解読し、トランスファーRNA(tRNA)を用いてアミノ酸に置換・連結することでタンパク質を合成します。これを「翻訳」と呼びます(図2)。
 リボソームは約50種類以上のタンパク質と4500残基にも及ぶRNAが複雑に組み合わさってできている超分子複合体で、サブユニットと呼ばれる大小2つの大きな塊に分けることができます。その存在は、約50年前から電子顕微鏡下で確認されていましたが、当時の技術では分子レベルで構造を可視化するのは非常に困難でした。1980年代以降に、電子顕微鏡を中心として、サブユニット毎の、あるいは全体の構造が報告され始め、21世紀を迎え、複数のグループが結晶構造解析に成功するに至りました。しかし、リボソーム上で、どのように正確かつ効率良くタンパク質合成反応が進むのか、その全容を解明するには至っていません。
 リボソームを構成する大小2つのサブユニットのうち、小(30S)サブユニットは1500残基以上のRNA分子と約20種類以上のタンパク質から構成されており、「翻訳」が始まる際には、mRNAと開始用の特別なtRNAが、この30Sサブユニット上で正しく結合する必要があります(図3A)。これまで、カスガマイシンは、開始用tRNAが30Sサブユニットへ結合することを妨げることによって、「翻訳」の開始を阻害すると考えられていました(図3B)。抗生物質は、リボソームの大事な機能を働かなくすることで効果を発揮します。すなわち、抗生物質が、リボソーム上で行われる翻訳(タンパク質合成)のどの段階に、どの分子(場所)に作用するのかという、詳細な作用機序を調べることは、未だに明らかにされていないリボソーム全体の詳細なメカニズムを明らかにすることに他なりません。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、カスガマイシンがリボソームの30Sサブユニットに作用している瞬間を捉えるために、X線結晶構造解析の手法を用いて、カスガマイシンとリボソーム30Sサブユニットの複合体の立体構造を決定しました。具体的には、高度好熱菌Thermus thermophilus HB8(サーマス サーモフィラス エイチビーエイト)のリボソーム30Sサブユニットを精製して、カスガマイシンとの複合体を結晶化しました。得られた結晶を用いて3.3Å(オングストローム)の分解能で立体構造を決定しました(図4)。
 リボソーム30Sサブユニットにカスガマイシンが結合した高分解能の結晶構造により、従来予想されていた結合様式とは異なっていることが判明しました。すなわち、2分子のカスガマイシンが30Sサブユニット上のmRNAが結合する部位を占有して、mRNAが30Sサブユニットに結合することを妨げていました(図5)。
 さらに、同研究グループは生化学的な実験も行いました。翻訳(タンパク質合成)では、まず(1)30SサブユニットとmRNAが結合し、そのmRNAの開始コドンの位置に、(2)開始用tRNAが結合することで、反応が始まります。そこで、カスガマイシンが、mRNAとtRNAの30Sサブユニットへの結合を(1)と(2)のどちらの段階で作用するのかを検討しました。その結果、これまで予測されていた(2)の前に起こっている(1)の反応を阻害していることが判明しました。つまり、カスガマイシンは、tRNAではなく、mRNAと30Sサブユニットの相互作用を妨げているのであり、これまで観察されてきたtRNAと30Sサブユニットの結合の阻害は、その間接的な効果であったわけです(図3C)。このような「翻訳」の開始過程の阻害機構は、これまで報告されていない新規のメカニズムです。


3. 今後の展開
 X線結晶構造解析と生化学的解析によって、生物の生存に必須なリボソームにおける、新規の阻害機構を詳細に解明したことは、薬剤設計に新たなアプローチを提案したことにもなります。具体的には、SBDD(Structure Based Drug Design)の手法を用いてmRNAの結合を阻害する化合物を探索することにより、カビや病原菌の細胞増殖に対する新たな阻害剤の開発や農業などの産業応用が期待されます。また、リボソームは、細胞内のすべてのタンパク質を合成しているため、その機能停止や低下を引き起こす抗生物質は、細胞増殖を抑制するがん治療薬としての可能性もあります。
 一方で、本研究成果を出発点として、さまざまな生物のリボソームの構造機能解析を進めることによって、生物種を問わず保存されている部位に結合するカスガマイシンが、動植物に対して毒性が低く、カビや微生物にのみ有効である理由を解明できる可能性があります。それは、生命現象において、リボソームによるタンパク質合成反応の果たす役割を理解することに繋がると考えられ、さらに精緻な薬剤のデザインなど産業応用においても極めて有用な知見をもたらすことが期待されます。


<報道担当・問い合わせ先>
(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 ゲノム科学総合研究センター
  タンパク質構造・機能研究グループ
   プロジェクトディレクター     横山 茂之

Tel : 045-503-9196 / Fax : 045-503-9195
タンパク質構造・機能研究グループ
          上級研究員     竹本 千重

Tel : 045-503-9196 / Fax : 045-503-9195
横浜研究所 研究推進部         溝部 鈴

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<補足説明>
※1 抗生物質
「微生物によって作られる化学物質で、他の微生物の発育または代謝を阻止する物質」として定義された物質のこと。現在では、抗生物質の探索研究が進んだ結果、抗腫瘍性物質等も含め、「微生物の産生物に由来した、微生物その他の生活細胞の発育やその他の機能を阻害する物質」のことを抗生物質という。
※2 原核生物
生物の分類のひとつであり、細胞に核を持たない原核細胞からなる生物を指す。
※3 リボソーム
すべての生物の細胞内に存在するタンパク質合成を担う超分子複合体で、リボソームタンパク質とリボソームRNAからなる。
※4 放線菌
グラム陽性を示す細菌の中で、細胞が放射状に菌糸を形成するもの。
※5 高分解能
Å(オングストローム:1×10-10メートル(=0.1ナノメートル))の単位を用いて表し、この数字が小さいほど分解能が高く、より精度の高い高解像度であることを示す。


図1 カスガマイシンの化学構造


図2 「DNA→RNA→タンパク質」という遺伝情報の流れ(セントラルドグマ)





図4 30Sサブユニットに結合した2分子のカスガマイシン


図5 カスガマイシンはtRNAではなくmRNAの結合を阻害する
図は、mRNAとtRNAが結合するリボソーム上の3つの部位(A、P、E)とカスガマイシンの結合部位を重ね合わせたモデル図。P部位は、開始用tRNAが結合する位置である。カスガマイシンは、mRNAの位置に重なっていることが分かる。

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