プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
結核菌ワクチン「BCG」がアレルギーを抑制する機構を解明
- 衛生仮説によるアレルギー増加を実験的に証明 -
平成18年12月18日
◇ポイント◇
  • 細菌成分が「ナチュラルキラーT細胞」を活性化し、アレルギー反応を制御
  • アレルギーの原因「Ig E」を産生するBリンパ球の細胞死を選択的に誘導
  • 遺伝的背景といった衛生仮説以外の要因も存在
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、結核予防として利用されてきたBCGがアレルギー反応を抑制する仕組みを初めて明らかにしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長、免疫制御グループ グループディレクター)、千葉大学大学院医学研究院(岡本美孝教授、中山俊憲教授)による共同研究の成果です。
 アレルギー疾患は、この20年間で先進国を中心に急激に増加し、今や国民の30%が罹患していると言われています。アレルギー増加を説明する仮説の一つとして、衛生環境の向上により、幼少時に感染性病原体に暴露する機会が減ったことが、アレルギー疾患の増加と関係しているという「衛生仮説」が提唱されてきました。結核予防のため接種してきたBCGは、結核菌を弱毒化したワクチンですが、BCGワクチンの接種を受けるとアレルギーの発症率が下がることが報告され、アレルギー疾患の治療に役立つのではないかと期待されています。しかし、BCGがどうしてアレルギーに効果的なのか、といった具体的なメカニズムは不明なままでした。
 花粉症、アトピー性皮膚炎、喘息といったアレルギーは、「免疫グロブリンE (IgE) 」という抗体をBリンパ球が産生することで生じます。今回、BCGが、自然免疫受容体※1を介して、「ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)※2」と呼ばれるリンパ球を活性化し、IgEを産生するBリンパ球を細胞死へ導くという機構を発見しました。その結果、アレルギーの原因であるIgEが劇的に減少することがわかりました。また、NKT細胞がIgE抗体産生を抑制する仕組みは、ヒトにも存在するだけでなく、この仕組みの異常でIgEが減少しない個体が存在し、遺伝的背景といった衛生仮説以外の要因が存在する事もあることが解りました。
 アレルギーを制御する新しい仕組みを発見した本研究の成果は、今後、BCGや細菌構成成分などを用いたアレルギー治療法を開発する上で、また、アレルギー発症のメカニズムを研究する上で重要です。
 本研究の成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』12月25日号に掲載されます。


1. 背 景
 喘息、花粉症、アトピー性皮膚炎といったアレルギー疾患は、この20年間で先進国を中心に急激に増加しました。例えば日本や米国では1980年と比べ、喘息の発症率は二倍近く増加しています。その原因を説明する仮説の一つとして、「衛生仮説」が考えられてきました。衛生環境が向上し、また、抗生物質が多用されるようになり、幼少時に感染性病原体に暴露される機会が減ったことが、アレルギー疾患の増加と関係しているという考えです。例えば結核菌を弱毒化したBCGワクチンは、結核予防のために広く用いられていますが、この弱毒化した結核菌(BCGワクチン)の接種によってアレルギー症状が緩和することが報告され、アレルギー疾患の治療に役立つのではないかと期待されています。しかし、これまで、衛生仮説を証明するメカニズムははっきりせず、BCGがどうしてアレルギーに効果的なのか、といった具体的な仕組みは分からないままでした。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、BCGをマウスに接種し、NKT細胞と呼ばれるリンパ球が25%以上増加し、抗原特異的なIgEの濃度が低下することを見いだしました。NKT細胞は、免疫系をコントロールするために重要と考えられている免疫担当細胞です。そこで、NKT細胞がアレルギー発症に関係するIgEの減少を制御するのかどうか確認するため、遺伝的にNKT細胞を欠損したマウスにBCGを接種したところ、IgE濃度は低下しませんでした。このことから、BCGによるアレルギー反応の抑制には、NKT細胞が重要であることがわかりました。
 次に、BCGによって活性化したNKT細胞がどのようにしてアレルギー反応を抑制するかを調べるために、近年新しく発見されたサイトカインの一つ「インターロイキン21(IL-21)」に着目しました。IL-21は、マウスやヒトにおいて、IgE の産生を抑制することが報告されています。実際にBCGをマウスに接種すると、IL-21がNKT細胞の作用で増加しました。一方、NKT細胞欠損マウスでは、IL-21の増加が認められなかったことから、BCGによって活性化したNKT細胞は、IL-21の産生を促進することがわかりました。
 そこで、BCGによって活性化したNKT細胞が本当にIL-21を介してIgEの産生を減少させるかどうか確かめるため、IgEを産生するBリンパ球(Bε細胞)を培養し、そこにBCGによって活性化したNKT細胞を加えました。すると、IgEの産生が90%以上も減少しました。また、IL-21に対する抗体で中和するとIgEの産生は低下しませんでした。これらの実験から、NKT細胞はIL-21を介してIgEを低下させることが明らかになりました(図1左)。一方、BCGによって活性化したNKT細胞は、Bε細胞に「Bmf」と呼ばれる、細胞死を促進する分子を活性化する現象を見つけました。Bmfは、細胞死を阻害する分子(Bcl-2)の作用を抑制することで、結果的に細胞死を促進することが報告されています。実際に、Bε細胞にIL-21を加えるとBmfはBcl-2と結合し、Bmf によってBリンパ球の細胞死が誘導されました(図1右、図2)。このようにして、IgEを産生するBリンパ球の細胞死が、IgEの劇的な減少をもたらすことが明らかになりました。
 続いて、このようなメカニズムはマウスだけでなくヒトにも存在するかどうかを調べました。BCG接種を受けたヒトの血液を調べたところ、IL-21が増加し、IgEが低下しており、ヒトにも同様のアレルギー制御のメカニズムがあることがわかりました。また、6人中1人ではIL-21の増加が認められませんでした。こうした反応性の違いは、マウスの遺伝系統によっても認められており、このアレルギー反応には、遺伝的背景など、衛生仮説以外の要因も影響することが示唆されました。


3. 今後の展開
 本研究では、細菌成分がアレルギーを制御する仕組みを明らかにし、衛生仮説の概念を実験的に検証しました。現在、日本の人口の三人に一人は何らかのアレルギーを持つと言われています。本研究をベースに、さらに、BCGや細菌の成分などを用いた新しいアレルギーワクチン、安全で効果的な治療の開発を目指しています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 免疫アレルギー科学総合研究センター センター長
  免疫制御研究グループ グループディレクター
   谷口 克(たにぐち まさる)

Tel: 045-503-9273 / Fax: 045-503-7003
 横浜研究推進部 溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 自然免疫受容体
自然免疫系における受容体のこと。生体を外敵から防御する役割を果たす免疫系は、大きく自然免疫と獲得免疫に分けられる。自然免疫は、病原微生物等の外来抗原に存在する特有の分子構造を識別して、生体防御反応を誘起する。
※2 ナチュラルキラーT細胞 (NKT細胞)
NK細胞、B細胞、T細胞に加えて、第4の新しいリンパ球系列の細胞と呼ばれる。アレルギー疾患、がん転移、自己免疫疾患を制御する機能を持つ中核的な免疫制御細胞。


図1 細菌感染がアレルギー増加を防ぐ機序
樹状細胞(DC)上の自然免疫受容体にBCGが結合すると、樹状細胞はインターロイキン-12(IL-12)を介してNKT細胞を活性化する。活性化したNKT細胞はIL-21を産生し、IgE産生B細胞 (Bε細胞)の細胞死を誘導する(左図)。IL-21によってBmfは活性化し、細胞死抑制因子(Bcl-2)と結合してその作用を阻害することで細胞死を誘導する(右図)。この結果、アレルギーの原因となるIgE産生が低下する。


図2 BmfによるBε細胞の細胞死
IL-21 によって活性化したBmfはBε細胞の細胞死を誘導する。
(A) Bmfを緑色蛍光色素(GFP)で標識し、Bリンパ球の細胞株(Ba/F3細胞)に遺伝子導入した。16時間後、Bmfを発現した細胞(右)において細胞死が認められた(上段:透過光 下段:蛍光)。
(B) 死細胞をプロピジウムアイオダイド(PI)で染色したところ、Bmf を発現した細胞(右)では死細胞が2倍に増加していた。

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