プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人 科学技術振興機構
遺伝情報を編集する「スプライシング」を阻害する物質を発見
- 遺伝子の中に存在するイントロン(介在配列)の謎解明に新たな糸口 -
平成19年7月23日
◇ポイント◇
  • 抗がん活性物質「スプライソスタチンA」がスプライシングタンパク質と結合、
    機能を阻害
  • スプライシング阻害でイントロン配列が異常タンパク質に変換(翻訳)
  • イントロンの機能や起源の解明に貢献、新たな疾患治療法の開発にも貢献
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(以下JST、沖村憲樹理事長)は、抗がん活性物質「スプライソスタチンA※1」が、DNAから転写されたmRNA(メッセンジャーRNA)を必要な情報だけに編集する「スプライシング」という機能を阻害することを明らかにしました。これは、理研中央研究所(茅幸二所長)吉田化学遺伝学研究室の吉田稔主任研究員、甲斐田大輔協力研究員らと、国立大学法人東京大学、東京医科歯科大学、熊本大学およびアステラス製薬株式会社と共同で得られた研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御基盤技術」研究領域(研究総括:鈴木紘一東レ(株)先端融合研究所所長・専任理事)の一環として行われたものです。
 人類を含めた真核生物では、DNAから転写したmRNA前駆体に、「イントロン」と呼ぶタンパク質のアミノ酸配列の遺伝情報を持たない部分が存在します。遺伝子がタンパク質に翻訳されて細胞内で正常に機能するためには、このイントロンを取り除き必要な部分のみを正確につなぎ合わせる「スプライシング」という遺伝情報をもとにした選択反応が必要です。研究グループは、抗がん剤候補化合物として発見されていた「FR901464※1」を改変したスプライソスタチンAという物質が、細胞内でスプライシングに必須なタンパク質に結合し、スプライシングができないようにすることを突き止めました。また、通常はタンパク質にならないはずのイントロン配列が、タンパク質に翻訳され、異常なタンパク質ができることも明らかにしました。
 これまでに、スプライシングを阻害するような抗がん活性物質は知られておらず、今回の研究をもとに、いままでとは全く違った抗がん剤の開発が期待できます。また、スプライシングは、人類のような高等真核生物と酵母のような単細胞生物の「複雑さ」の違いを生み出す一因となっており、「ヒト」はなぜ「ヒト」であり得るのかという疑問の解明にもつながることが期待できます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Chemical Biology』のオンライン版(7月22日付け:日本時間7月23日)に掲載されます。


1. 背 景
 mRNAスプライシングは、酒やパンを作るのに欠かせない酵母などの単細胞生物から、ヒト、マウスなどのほ乳類までの幅広い生物種に存在し、DNAの持つ遺伝情報を正確に生体内で機能させるために必要不可欠なシステムです。このシステムでは、まず、DNAの持つ遺伝情報がmRNAへと変換されます。この時のmRNAは、未成熟な前駆体mRNAで、タンパク質を作るのに必要な情報を持つ「エキソン」という部分と、その情報を持たない「イントロン」という部分からできています。その後、「スプライシング」によって、イントロンが切り取られ、タンパク質を作るのに必要なエキソンだけがつなぎ合わせられ、タンパク質へと翻訳されていきます(図1)。スプライシングがうまくいかないと、異常なタンパク質を作ることになり、生体にとって非常に危険な状況となるため、異常なタンパク質ができないように様々なセーフティネットが張り巡らされています。しかし、その監視機構はまだ完全には解明されていません。
 研究では、大腸がんや、肺がんなどの細胞に対する抗がん活性を持つ化合物「FR901464」がどのようにがん細胞を殺すのかという疑問に答えるため、FR901464を改良した化合物「スプライソスタチンA」を使った解析を行う過程で、イントロンに由来するアミノ酸配列を持つ異常なタンパク質を作り出すことを発見しました。そこで、スプライソスタチンAの標的分子を特定し、その作用メカニズムについて解析を行いました。


2. 研究手法と成果
(1) スプライソスタチンAの細胞内標的分子探索
 スプライソスタチンAと結合するタンパク質を特定するため、ケミカルバイオロジー的手法※2を用いました。まず、スプライソスタチンAにビオチン※3(ビタミンの一種)を有機合成的に結合させました。ビオチンを結合したスプライソスタチンAを動物細胞(培養モデル細胞であるHeLa細胞)の抽出液と混ぜ、細胞内でスプライソスタチンAと結合するタンパク質をビオチン結合型のスプライソスタチンAでトラップしました。その後、ビオチンと非常に強く結合するストレプトアビジン※4というタンパク質を用いてスプライソスタチンAと結合しているタンパク質を釣り上げ、回収しました(図2)。
 その後、釣り上げたタンパク質を分析したところ、スプライソスタチンAはスプライシングに必要なタンパク質複合体であるSF3b複合体に結合していることがわかりました。
(2) スプライソスタチンAが異常なタンパク質を作らせるメカニズム
 スプライソスタチンAを細胞内に取り込ませると、実際にスプライシングを阻害します。この阻害を追跡していくと、イントロンを含んだ異常なmRNAの大部分が主に核内にたまっていることを、遺伝子解析技術であるノーザンブロット解析※5FISH法※6を使って、明らかにしました。また、そのイントロンを持つmRNAをもとに翻訳が起こり、異常なタンパク質ができることも確認しました。これまで、このような効果を持つ化合物は知られておらず、新たな発見となりました。
 また、スプライソスタチンAが結合するSF3b複合体をsiRNA※7を用いて働けなくすると、スプライソスタチンAを取り込ませた場合と同じように異常なタンパク質が生まれるという結果が得られました。

   これらのことから、スプライソスタチンAは、スプライシングに必要なSF3b複合体に結合し、働けなくすることで、前駆体mRNAやスプライシングが完了していない異常なmRNAの蓄積を引き起こすことがわかりました。また、異常なmRNAが蓄積するだけでは、生体が持っている前述の監視システムが働き、異常なタンパク質はできないはずですが、SF3bの機能を阻害すると、この異常なタンパク質の合成反応を止めることができないことも判明しました。このため、SF3b複合体は、スプライシングだけでなく、翻訳異常の監視機構そのものにも関わっていると考えられます(図3)。


3. 今後の期待
 この研究から、抗がん活性を持つスプライソスタチンAという化合物が、スプライシングを阻害することがわかりました。スプライシングは、細胞が正常に機能していく上で必要不可欠な機能であるとともに、スプライシングによって切り出されるイントロンは、ただ無駄な配列というわけではなく、別の働きを持っていることが最近わかってきているので、この化合物スプライソスタチンAを使って細胞内の様々な機能が明らかになると期待できます。
 また、スプライシングは、高等生物ほど複雑で、様々なバリエーションもあることから、生物の複雑さを生み出す一因であると考えられています。生命の進化の過程を明らかにするという意味でも、この化合物は非常に有用だと考えられます。
 さらに、この化合物が強い抗がん活性を持つことや、ウィルスの増殖にはスプライシングが非常に深く関わっていることから、様々ながんやAIDS(後天性免疫不全症候群)、インフルエンザなどの疾患の治療薬の開発という面でも貴重な化合物であると考えられます。今後、この化合物を用いた研究により、基礎的な生物学の分野、医療の分野の双方での発展が期待されます。


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<補足説明>
※1 スプライソスタチンA とFR901464
FR901464は、微生物が作り出す抗がん剤候補化合物として発見されていた化合物で、その一部を改変した化合物がスプライソスタチンA。スプライソスタチンAはFR901464と比べ安定性が高いため、実験上使いやすい。
※2 ケミカルバイオロジー的手法
有機化学的手法により生命現象を明らかにしようとする手法。例えば、今回の発表のように優れた活性を示す小分子化合物を有機合成により改変し、それを利用して標的分子の同定や機能解明を目指すもの。有機化学を出発点とする点で、通常の生化学的手法とは区別する。
※3 ビオチン
ビタミンB群に分類されるビタミンの一種。ストレプトアビジンとの結合性を利用し、生化学的実験でよく用いられる。また、昔から皮膚病の治療薬としても用いられており、レバーや大豆などに多く含まれる。
※4 ストレプトアビジン
Streptomyces avidini という放線菌の一種である微生物から取られたタンパク質。非常に強くビオチンと結合するため生化学的実験でよく用いられる。その類似体であるアビジンは卵白に多く含まれる。
※5 ノーザンブロット解析
RNAを検出する手法。RNAの量や大きさを調べるために行う。細胞からRNAを抽出し、ふるいの原理でアガロース(寒天)ゲルにより大きさで分け、その後、メンブレン(薄い膜)へと写し取る。その後、目的のRNAと結合するRNAもしくはDNAを、放射線などで印を付け(プローブと呼ぶ)、そのプローブと結合するRNAを検出する。DNAを検出する方法は発明者の名前からサザン法と言われており、それをもじって名前がつけられた。
※6 FISH法
xFluorescence in situ hybridization法の略。目的のDNAやRNAの細胞内での位置を観察する方法。目的のDNAやRNAに相補的に結合する核酸を蛍光で印をつけ(プローブと呼ぶ)、そのプローブと結合するDNAやRNAの細胞内の位置を光学顕微鏡で観察する。
※7 siRNA
あるmRNAと相補的に結合するRNAを導入し、そのmRNAを分解することにより、その働きを阻害する「RNA干渉法」に用いられる短いRNA。動物細胞でよく用いられているのは、働きを阻害したい遺伝子と結合する21〜23塩基の二本鎖RNAを細胞内に取り込ませて、分解を促進するものである。この機構は分裂酵母からヒトまで幅広い生物に保存されている。


図1 DNAの遺伝情報をもとにタンパク質が合成される仕組み
DNAから転写されたばかりのRNAは、この段階ではまだ前駆体であり、タンパク質に翻訳される情報を持つエキソンと、情報を持たないイントロンからできている。その後、スプライシングによりイントロンが切り取られ、成熟したRNAとなり、核外に輸送されタンパク質へと翻訳される。


図2 スプライソスタチンA結合タンパク質の単離法
モデル培養細胞(がん細胞の子孫)のHeLa細胞からタンパク質を抽出し、そこにビオチンを付けたスプライソスタチンA(SSA)を加える。これを釣り針として用い、ビオチンと強く結合するストレプトアビジンによってスプライソスタチンAと結合するタンパク質を釣り上げる。


図3 スプライソスタチンAの標的であるスプライシング因子SF3bの機能
スプライソスタチンAは、スプライシングに必要なSF3b複合体と結合し、スプライシングを阻害し、前駆体mRNAの蓄積を引き起こす。さらに、前駆体mRNAやスプライシング途中のmRNAをもとに翻訳が始まり、イントロン由来のアミノ酸配列を持つ異常タンパク質が作り出される。この結果は、SF3bが前駆体mRNAを核内につなぎ止めておく監視機構にも関わっていることを示している。

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