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研究手法と研究成果 |
システムバイオロジー研究チームの鵜飼 英樹研究員、小林 徹也研究員らは、もし試験管の中で体内時計を一時的に停止させることができれば、個々の時計細胞の状態が詳細にわかり、ひいてはこの難問を解決できると考えました。
シンギュラリティ現象を引き起こす刺激条件は非常に限局されているため、この現象を試験管の中の細胞で再現するには、厳密に制御可能な外的刺激を高精度に与える実験システムを確立することが必要不可欠です。用いる外的刺激としては、試験管内の実験でよく使われる薬剤投与のような外的刺激ではなく、光照射のように定量的に制御可能な外的刺激が理想的だと考えられました。そこで研究チームは、本来光を感じることのできない哺乳類時計細胞に、メラノプシンというタンパク質を人工的に導入し、光刺激に対して応答性を示す時計細胞を創出しました。このタンパク質は光刺激により細胞内のカルシウム濃度を変化させることが知られていたものです。また、カルシウムの濃度変化は時計細胞の状態に影響を与えることも知られていました。この光を感じることができるようになった時計細胞集団に対し、タイミングや持続時間を変化させて光を照射することで、細胞の時計の位相や振幅の大きさを自在に変化させることを可能にしました。この手法と概日リズムの1細胞イメージング技術を用いて、体内時計システムの動的特性を説明可能な理論を構築し、30年以上にわたって謎とされてきたシンギュラリティ現象の解明に成功しました。
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メラノプシンを用いた光応答性細胞の確立 |
| 哺乳類の細胞の多くは単独でも体内時計システムを内在しており、研究室で何代にもわたって継代されたような培養細胞でさえもそれぞれの細胞が独立して遺伝子発現の概日リズムを示すことが報告されています。研究チームは、マウスの胎児皮膚から分離した培養細胞であるNIH3T3細胞に時間的・空間的・定量的に高い精度で制御可能な光による刺激を与えるために、光受容体であるメラノプシンを導入し、光応答性をもつ時計細胞を創出しました(図2)。 |
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光刺激に対する時計細胞集団の概日リズムの位相応答・振幅応答の測定 |
研究チームは以前に、時計遺伝子であるPer2遺伝子のプロモーターの下流に蛍の発光タンパク質であるルシフェラーゼ(発光物質が光を放つ化学反応を触媒する作用を持つ酵素)をつないだプラスミドを時計細胞に導入し、時計細胞集団の概日リズムを発光として定量的に測定することができるシステムを構築しました。また、この測定システムのハイスループット(高速処理)化にも成功しています。これらの手法を用いて、光応答性を獲得した時計細胞集団に対して様々な時間で光を照射し、時計細胞集団の概日リズムが光照射に対してどのように応答するかを測定しました。
まず、時計細胞集団の概日リズムの位相が、光照射によってどのように前進・後退するのかを定量化し、位相応答を抽出しました(図3)。その結果、メラノプシンを導入した光応答性細胞では、光照射のタイミングに依存して位相の前進・後退が誘導されることが明らかになりました。位相は、主観的昼頃(培養時計細胞にとっての真昼)と主観的真夜中頃(培養時計細胞にとっての真夜中)を境として、前進または後退することがわかりました。つまり、主観的真夜中頃から主観的昼頃の間に光を照射すると位相は前進し(細胞の時計が進む)、逆に主観的昼頃から主観的真夜中頃の間に光を照射すると位相は後退する(細胞の時計が遅れる)ことがわかりました。
また、光照射によって位相の変化だけでなく、概日リズムの振幅も変化しました。光照射前後の振幅を比較することにより、光照射のタイミングに依存的な振幅応答を定量化し、振幅応答を抽出しました(図4)。その結果、振幅は、光を主観的昼頃に照射した場合に最大化し、主観的真夜中頃にあてた場合に最小化しました。つまり、光を主観的夜中頃に照射すると、大幅に振幅を減少することになります。
研究チームは、このタイミング周辺でさらに詳細な実験を行うことにより、光によって振動が完全に止まってしまう(つまりシンギュラリティ現象を引き起こす)タイミングが存在することを明らかにしました(図5赤線)。また、この振動停止後の細胞に再び光を照射することにより振動が回復することから、時計は完全に壊れたわけではなく一時的に停止していることが明らかになりました。以上のようにして、シンギュラリティ現象を試験管の中で再現することに成功しました。
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1細胞イメージング技術による解析 |
| シンギュラリティ現象の根底にあるメカニズムが、細胞集団を構成する各細胞の時計の停止なのか、それとも各細胞間の脱同調なのかを直接的に証明するために、メラノプシンを導入した光応答性細胞を用いて1細胞レベルでの概日リズムの測定を行いました。図6左上に示すように、通常の細胞集団の場合、それぞれの細胞の位相は時間とともに徐々に分散していきます。これは、細胞集団全体での振幅の低下として表れます(図6黒線)。そこで、(2)で明らかにした集団レベルでシンギュラリティ現象が生じるタイミング(主観的真夜中付近)で光を照射したところ、メラノプシンを導入した光応答性細胞では、それぞれの細胞の位相のばらつきが急激に増幅し、完全に脱同調してしまうことが明らかとなりました(図6左下)。この脱同調が、光を照射して、反応した細胞の異常振動によるものではないことを確認するために、位相が分散した光照射後の細胞の位相を1細胞単位で確認し、光照射後も各細胞においては概日リズムが続いていることを証明しました(図6右下)。 |
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| (4) |
シミュレーション上および個体レベルでも立証 |
これらの結果から、光照射によって誘導された培養細胞におけるシンギュラリティ現象は、1細胞レベルでの振動の停止ではなく、細胞集団内の細胞の脱同調がもたらす全体としての振幅の低下であることが明らかとなりました。
なぜ主観的真夜中付近に限ってシンギュラリティ現象が起こるのか、については、次の仮説を立てました。細胞集団の中の各細胞の位相は、厳密にそろっているわけではなく、一定のゆらぎがあります。主観的真夜中付近は、位相のずれが後退から前進へ変わる時点であり、このタイミングに差し掛かった細胞集団の中には、変換点より先行した位相を持つ細胞と変換点より遅れた位相を持つ細胞が混在していることになります。したがって、このタイミングで光を照射することにより、位相が先行している細胞の位相はより前進し、位相が遅れている細胞はより遅れるため、細胞集団の持つ位相の幅は、より広がるのだろうと考えられます。逆に主観的真昼付近での光照射後の振幅の増加は、細胞集団の同調により説明可能です。実際に、メラノプシンを導入した光応答性細胞に主観的真昼付近で光を照射した場合の1細胞測定を行ったところ、それぞれの細胞の位相の同調が起こりました。このタイミング付近は、位相応答曲線において位相前進から位相後退への変換点であることからも、この周辺に存在する細胞集団の各細胞は、光照射により変換点付近に収束してくることが想像されます。
これらを証明するために、光による同調・脱同調の機構を数理モデル化し、実験データと比較することにより、コンピューター上でそれを証明することにしました。図7に示されているように、この数理モデル(赤線)は、実験的に求められたすべての位相・振幅応答(点)を非常によい精度で再現することが明らかになり、同調・脱同調の機構が一般的なものであることがコンピューター上での解析結果からも立証できました。
試験管の中では、シンギュラリティ現象は時計細胞の状態がバラバラになることによって起こりましたが、生体内でも同様の現象が起こっているのでしょうか?研究チームは、ラットに主観的真夜中付近で光を照射し、その視交叉上核の切片を用いて、時計遺伝子のひとつであり朝に発現するPer1遺伝子の発現量を解析しました。この結果、主観的真夜中付近で光を照射されたラットでは、視交叉上核全体で見ると光照射後のPer1遺伝子の発現が時間に関わらず発現している一方で、視交叉上核の各部位を詳細に観察するとそれぞれの部位では明確なリズムを維持していることがわかりました(図8)。また、主観的真夜中付近で光を照射したラットでは、昼夜の行動量の差が低くなることについても確認しました。これにより、生体(個体)レベルでも、培養細胞や数理モデルによるシミュレーションと同様に脱同調現象が起こっていることが明らかになりました。
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