プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
カルシニューリン(酵素)の複雑な活性制御機構の謎を解く
- 酵母細胞を使い酵素活性の阻害因子が鍵を握ることを発見 -
平成19年10月23日
◇ポイント◇
  • 免疫、心臓形成など生命現象に関係するカルシニューリン活性制御機構を解明
  • 合成と分解のバランスによるフィードバック阻害因子を活性調節
  • 臓器移植、心肥大、ダウン症などへの有効な薬剤開発に新たな道を提示
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生体内のカルシウム情報伝達系で重要な働きをするカルシニューリン※1の活性が、カルシニューリンの阻害因子を合成する経路と分解する経路を適切に動かすことによって制御されていることを発見し、そのメカニズムを解明しました。これは、フロンティア研究システム(玉尾皓平システム長)岸独立主幹研究ユニットの岸 努独立主幹研究員らによる研究成果です。
 カルシニューリン・シグナリングは、カルシウムによって活性化される細胞内情報伝経路で、免疫応答に関与するT細胞の活性化、心臓の形成、細胞分裂、行動記憶などを行うのに必要な様々な遺伝子群のスイッチを押します。同時に、自身の活性を阻害する阻害因子(RCAN1※2) の合成も誘導します(フィードバック制御※3と呼ばれます)。この阻害因子RCAN1の機能については未解明のパラドックスとなっていました。それは、RCAN1がカルシニューリンの阻害因子として機能する一方、リン酸化するとカルシニューリンが逆に活性化してしまうという相反した機能を発現する二面性をもっているためです。
 研究ユニットは、ヒトと全く同様のカルシニューリン制御システムを持つ酵母細胞を用いた研究で、リン酸化したRcn1(酵母のRCAN1)が分解されることを発見しました。この分解は、Rcn1によるカルシニューリンの阻害活性を調節するのに必要であることがわかりました。実際、Rcn1の分解経路が機能しなくなった細胞は、カルシニューリン活性を適切に調節できませんでした。
 今回の発見は、酵母を用いて解析しましたが、ヒトでも阻害因子の量を適切に調節することが重要であることが示されています。たとえば、ダウン症にみられる神経疾患や心肥大が、阻害因子の過剰生産によって引き起こされることがわかっています。今回の研究成果は、阻害因子の分解がこれらの疾患に対する薬剤開発の標的となり得ることを示しており、新しい薬剤開発への応用が期待されます。
 本研究の成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America : PNAS』オンライン版(10月22日付け:日本時間10月23日)に掲載されます。


1. 背 景
 細胞内でカルシウムによって活性化するタンパク質脱リン酸化酵素の「カルシニューリン」の活性制御機構を解明することは臨床面でも重要です。例えば、臓器移植で問題となる移植後の拒絶反応は、T細胞※4の活性化により引き起こされますが、このT細胞の活性化はカルシニューリンの働きに依存します。実際の臓器移植では、カルシニューリンの活性阻害剤であるFK506※5を患者に投与し、移植拒否反応を弱めています。また、カルシニューリンの阻害因子(RCAN1)が過剰に生産されると、カルシニューリンの活性化が起こらなくなり、その結果、心肥大や、ダウン症にみられる神経疾患を引き起こすことが知られています。一方、RCAN1はリン酸化するとカルシニューリンを活性化することも知られています。このように、RCAN1は、カルシニューリンの阻害因子と活性化因子という二面性を持っています。これまでは、リン酸化がRCAN1をカルシニューリンの阻害因子から活性化因子に変換すると考えられていました。
 研究ユニットは、酵母細胞を用いてリン酸化された阻害因子Rcn1(酵母のRCAN1)が、タンパク質分解経路の一つであるSCFCdc4ユビキチンリガーゼ※6に依存して分解されることを発見し、この分解がカルシニューリンの活性調節に重要であることを明らかにしました。これをもとに、カルシニューリンの活性制御機構を解明しました。


2. 研究手法と成果
(1) SCFCdc4ユビキチンリガーゼによって分解されるタンパク質の同定
 細胞内で分解すべきタンパク質を識別して、分解に導く機能を持つSCFCdc4ユビキチンリガーゼに結合して分解されるタンパク質を探索しました。このような探索には、通常イースト2ハイブリッド法※7が用いられます。SCFCdc4ユビキチンリガーゼを構成しているタンパク質の中で、分解されるタンパク質と結合する性質を持つCdc4タンパク質を釣り針にして、これに結合するタンパク質を拾い上げます。本研究では、目的のタンパク質が分解しないように、遺伝学的な方法を用いてタンパク質が安定化するように改良しました。この方法を用いて拾い上げたタンパク質の中から実際にSCFCdc4ユビキチンリガーゼによって分解される新規の標的タンパク質を3種類同定しました。この中に、カルシニューリンの阻害因子Rcn1(酵母のRCAN1)が含まれていました。
(2) カルシニューリンの阻害因子Rcn1の分解機構の解明
 Rcn1のリン酸化と分解の関係について、以下のことが明らかとなりました(図1)。
01 Rcn1のリン酸化部位であるセリン残基をリン酸化されないアラニン残基に置換した変異型Rcn1は、SCFCdc4ユビキチンリガーゼにより分解されない。すなわち、リン酸化したRcn1だけが、SCFCdc4ユビキチンリガーゼにより分解される。
02 カルシウムによって活性化するタンパク質リン酸化酵素であるMck1の活性が低下した変異株では、Rcn1はリン酸化されない。すなわち、Rcn1のリン酸化はMck1によって行われている。
03 一方、カルシニューリンの活性が低下した変異株では、リン酸化したRcn1が増加する。すなわち、カルシニューリンが、リン酸化したRcn1の脱リン酸化を行っている。
 以上のことから、Rcn1の分解はSCFCdc4ユビキチンリガーゼに依存し、Mck1によるリン酸化によって促進され(阻害因子の分解経路)、カルシニューリンによる脱リン酸化によって抑制される(阻害因子の分解抑制経路)ことがわかりました。
(3) 阻害因子Rcn1の分解によるカルシニューリン活性制御機構の解明
 カルシニューリンの活性を、正常な細胞と、SCFCdc4ユビキチンリガーゼの活性が低下してRcn1を分解することができない変異細胞を用いて、比較しました。カルシニューリンに依存して転写される遺伝子のmRNAの量を継時的に測定した結果、以下のことが明らかとなりました。
01 変異細胞では、カルシニューリンの活性は低く、活性を保持している時間も短い。
02 変異細胞では、一度活性化したカルシニューリンが再活性化されない。
 以上のことから、Rcn1の分解は、カルシニューリンの活性を適切に制御するために必須であることがわかりました。
 これらの結果をもとに、研究ユニットは、カルシニューリンの活性制御機構を解明しました(図1)。カルシウムで活性化されたカルシニューリンは、自身の阻害因子Rcn1を合成します(阻害因子の合成経路)。また、カルシニューリンは、リン酸化したRcn1を脱リン酸化することによりRcn1を安定化します(阻害因子の分解抑制経路)。これら2つの経路は細胞内のRcn1の量を増加させ、その結果、カルシニューリン活性を阻害することになります。一方、カルシウムはリン酸化酵素Mck1を活性化し、Rcn1をリン酸化します。リン酸化されたRcn1はSCFCdc4ユビキチンリガーゼによって分解され(阻害因子の分解経路)、その結果、カルシニューリンは活性化することになります。今回、カルシウムが、これら3つの経路を動かしながらカルシニューリン活性を調節していることが明らかとなりました。この制御機構で重要なことは、「阻害因子の合成経路」と「阻害因子の分解抑制経路」がカルシニューリン活性に依存していることです。カルシニューリンの活性が高いときはRcn1の量を増やしてカルシニューリンの活性にブレーキをかけます。また、カルシニューリンの活性が低いときはカルシニューリンの活性に依存しない「阻害因子の分解経路」が相対的に優位となり、カルシニューリンの活性をあげます。


3. 今後の期待
 カルシニューリンの活性は、その阻害因子によって制御されます。今回の発見は、酵母を用いて解析したものですが、ヒトでも阻害因子の量を適切に調節することが重要であることが示されています。今回の画期的な成果は、その阻害因子の活性が、合成と分解のバランス(阻害因子の合成経路、分解抑制経路と分解経路)によって、精巧に調節されていることを明らかにしたことです。これによって、今まで説明できなかったカルシニューリンの活性制御機構が判明し、新規創薬のターゲットを提供するなど、今後のダウン症、心肥大、臓器移植などに用いられる治療に新たな可能性を提示することが期待されます。この実現のため、共同研究により、発展させていくことを予定しています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 フロンティア研究システム 岸独立主幹研究ユニット
  独立主幹研究員  岸 努(きし つとむ)

Tel: 048-467-4174 / Fax: 048-462-4633

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 カルシニューリン
カルシウムによって活性化されるタンパク質脱リン酸化酵素。カルシウムによって制御されているT細胞の活性化、心臓の形成、細胞分裂、行動記憶などの現象に必要な遺伝子群の発現を活性化する。
※2 RCAN1
カルシニューリンの活性をフィードバック阻害する阻害因子。酵母からヒトまで広く保存されており、酵母ではRcn1と呼ばれている。ヒトではDSCR1(Down syndrome critical region 1)あるいはMCIP(Modulatory calcineurin-intercating protein)などと呼ばれている。
※3 フィードバック制御
酵素活性を制御するメカニズムの一つ。酵素反応によって自身の活性を阻害する因子を生産し、阻害因子の濃度が上がると自動的にその酵素活性を阻害する制御機構で、多くの生命現象に用いられている。
※4 T細胞
免疫応答に関与するリンパ球の一つ。抗体を合成する能力はないが、抗原と反応して様々な調節を行う。T細胞に障害を与えると、免疫不全、自己免疫、アレルギーなどを多発する。
※5 FK506
カルシニューリン活性を阻害する化合物。カルシニューリンの活性を阻害することによりT細胞の活性化を抑える。臓器移植時の拒絶反応抑制剤として用いられる。
※6 SCFCdc4ユビキチンリガーゼ 
もともとは細胞周期を制御するタンパク質として同定されたSkp1、Cdc53、Cdc4などからなるタンパク質複合体で、細胞内で分解すべきタンパク質を識別してユビキチンと呼ばれるタンパク質で標識するユビキチンリガーゼの一つ。特に、細胞周期や細胞内情報伝達、遺伝子の転写、発生・分化などの生命現象で分解されることが重要なタンパク質をユビキチンで標識する。ユビキチンで標識されたタンパク質は、タンパク質分解酵素複合体であるプロテアソームによって分解される。
※7 イースト2ハイブリッド法
タンパク質間相互作用を検出するための方法の一つ。対象としている2つのタンパク質の結合を酵母細胞内で検出する方法。


>>拡大図
図1 カルシニューリンの活性制御機構
上: これまで考えられていたカルシニューリンの活性制御機構
カルシウムによって活性化されたカルシニューリンは、自身の阻害因子Rcn1を合成する。一方、Rcn1はリン酸化されるとカルシニューリンを活性化する。このように、Rcn1はリン酸化されると阻害因子から活性化因子へと変換されると考えられていた。
下: 研究ユニットが解明したカルシニューリンの活性制御機構
カルシウムで活性化されたカルシニューリンは、自身の阻害因子Rcn1を合成する(阻害因子の合成経路)。カルシニューリンは、リン酸化したRcn1を脱リン酸化することによりRcn1を安定化する(分解抑制経路)。この二つの経路は細胞内のRcn1の量を増加させ、その結果、カルシニューリン活性を阻害する。一方、カルシウムはリン酸化酵素Mck1を活性化し、Rcn1をリン酸化する。リン酸化されたRcn1はSCFCdc4ユビキチンリガーゼに依存して分解され(分解経路)、その結果、カルシニューリンは活性化する。カルシウムは、これら3つの経路を動かしながらカルシニューリン活性を調節している。

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