プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
脳の神経細胞「ニューロン」の形と大きさを決める仕組みを解明
- 樹状突起の大きさや形態の形成に3つのタンパク質が作用 -
平成19年12月21日
◇ポイント◇
  • 神経細胞骨格の形成に関係するタンパク質「Cut」と「Knot」の異なる機能を発見
  • 樹状突起の成長をタンパク質「Spastin」が促進
  • ヒト遺伝性痙性対麻痺の解明に貢献
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、脳に情報を伝える重要な役割を担う樹状突起の形態形成に、神経細胞「ニューロン」の中で働くCutタンパク質、Knotタンパク質、Spastinタンパク質※1が関わっていることを発見しました。これは理研脳科学総合センター(甘利俊一センター長)病因遺伝子研究グループムーア研究ユニットのラマナサン・アルヴィンド研究員、地主(中尾)志保テクニカルスタッフ、エイドリアン・ムーアユニットリーダーらの研究成果です。
 私たちの脳は、およそ一千億ものニューロンで構成されており、これらのニューロンが複雑な回路を形成して、正常に脳を機能させています。ニューロンは、周囲のニューロンと結合して情報を受取るため、それぞれのニューロンが多数の樹状突起と呼ばれる細長い突起を伸ばし、回路を形成しています。脳のニューロン特有の機能は、その樹状突起の形態によって特徴づけられます。
 同研究ユニットは、ショウジョウバエを用いていますが、この神経系の中には、da neuron※2と呼ばれる感覚ニューロンがあり、分岐数と樹状突起を占める大きさによってクラスTからクラスIVに分類されています。これらの4つのクラスのニューロンは、同種類の親細胞を持つこと、樹状突起のある一定の領域に重なっていること、感触や熱を感じるとされる機能を持つこと、などが似ています。研究ユニットは、その中で最も大きい樹状突起を形成することから、クラスIVニューロンに注目しました。4つのクラスのニューロンの転写因子を調べたところ、クラスIVニューロンにだけ、Knotタンパク質と呼ばれる転写因子があり、その他のクラスのニューロンには、このKnotタンパク質が存在しないことがわかりました。そこで、このKnotタンパク質をさらに調べると、「微小管※3」と呼ばれる管状の構造形成を促進する機能を持つとともに、大きい微小管を細かく切り分けるハサミのような働きをするSpastinタンパク質が、このKnotタンパク質の下位で機能していることを発見しました。
 今回、情報収集に使われる大きく複雑な樹状突起の形成にもSpastinタンパク質が作用することが、世界で初めて明らかとなりました。この発見は、ハエを使った実験から得られましたが、Spastinタンパク質がヒトの体においても同じ働きを持つ可能性を示唆しています。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』12月20日号に掲載されます。


1. 背景
 私たちの脳は、およそ一千億ものニューロンと呼ばれる神経細胞から構成されています。このニューロンは、本体となる細胞部分と、そこから多数枝分かれした樹状突起、さらに、一本だけ飛び出た軸策の3つの部分から成り立っています。脳は、これらのニューロンが複雑な経路を形成することで、正常に機能します。ニューロンは、周囲のニューロンと結合して情報を受取るため、それぞれのニューロンが多数の樹状突起と呼ばれる細長い突起を伸ばしています。これらの樹状突起は次々と分岐しており、木の枝に大変良く似ています。1つのニューロンは、広範囲に分岐した樹状突起を形成しており、その樹状突起で他の多くのニューロンとつながり、それらのニューロンから情報を受取ると同時に、集結しています。
 木の種類が異なると木の形が異なるように、ニューロンの種類によりそれぞれ特色のある樹状突起の形態をとります。この樹状突起の形態によって、そのニューロン特有の機能が特徴づけられます。このため、ニューロンがどのように樹状突起の形態を制御するのかを明らかにすることにより、神経機能や神経疾患のメカニズムが解明できると期待されています。


2. 研究手法と成果
 同研究ユニットは、ショウジョウバエを用いて研究しました。ショウジョウバエのニューロンを利用すると、ニューロンの樹状突起の形態形成や維持を制御する遺伝子を容易に単離することができます。また、単離した遺伝子は、ニューロンの中で過剰発現させたり欠失させたりすることによって、その機能を容易にテストでき、さらに詳細に研究することができます。これらのニューロンは、緑色蛍光タンパク質(GFP)などの発光分子マーカーをつけ、蛍光顕微鏡法で簡単に見ることができます。このハエの神経系の中には、da neuronと呼ばれる感覚ニューロンがあり、分岐数と樹状突起を占める範囲の大きさによってクラスTからクラスIVに分類されています。研究ユニットは、その中で一番大きい樹状突起を形成するクラスIVニューロンに注目しました。
(1) Knotタンパク質の役割
 まず、この4つのクラスのニューロンの転写因子を調べたところ、クラスIVニューロンには、Knotタンパク質と呼ばれる転写因子があり、その他のクラスのニューロンには、このKnotタンパク質が存在しないことがわかりました。そこで、クラスIVニューロンにおいて、このKnotタンパク質を失活させてみると、クラスIVのニューロンの樹状突起は小さくなりました(図1上)。一方、その他のクラスのニューロンに、Knotタンパク質を強制発現させると、それぞれの樹状突起は大きくなりました(図1下)。この実験から、クラスWニューロンの大きな樹状突起の形成には、Knotタンパク質が作用していることがわかりました。
 なお、ほぼ同時期に、京都大学上村匡博士研究室でも、同じようにクラスIVニューロンでKnotタンパク質が作用していることを発見していました。(Genes to Cells, 12: 1011-1022
(2) Cutタンパク質の役割
 これまでに、クラスVニューロンの形態は、Cutと呼ばれる調節タンパク質の活性によって決定されることや、クラスIVニューロンにもCutタンパク質が作用していることは知られていました。そこで、Knotタンパク質とCutタンパク質の機能を理解するために、神経細胞の骨格である、樹状突起全体に見られる「アクチン」と呼ばれる繊維構造と「微小管」と呼ばれる管状の構造の形成の様子を、蛍光顕微鏡法で観察しました。da neuronにKnotタンパク質とCutタンパク質の発現量を変化させながら観察していくと、Cutタンパク質が「アクチン」を制御し、またKnotタンパク質が「微小管」を制御していることを見いだしました。すなわち、Knotタンパク質とCutタンパク質の2つの転写因子には、樹状突起形成において異なる役割を担っていました。Cutタンパク質は、アクチンが作る網状構造の形成に司令塔として働き、Knotタンパク質は、微小管の構造形成を促進していました。微小管は、樹状突起の主幹を安定させるために必要で、微小管の形成を促進させると樹状突起はより大きくなります。
 今回の発見は、職人が家を建てる時にそれぞれの職人が各自違った役目があるように、それぞれの転写因子は完成した樹状突起の内部骨格の異なる部分を形成する役目があるのではないかということを示しています。この発見により、「ニューロンがどのように樹状突起の形態を制御するのか」を解明する研究は、一歩前進したといえます。
 興味深いことに、Knotタンパク質とCutタンパク質のホモログは、哺乳類の脳のニューロンの中でも発見されています。このショウジョウバエを使った研究により、私たちの脳がどのように形成され、何が正常に機能しなくなって疾病が生じるのかを解明することが期待できます。
(3) Spastinタンパク質の役割
 さらに、その他のクラスのニューロンにKnotタンパク質を強制発現させると樹状突起が大きくなることから、Knotタンパク質を強制発現させることで、どの遺伝子が変化するか観察しました。すると、ある1つの遺伝子の発現量が、大幅に増大しました。これがSpastinタンパク質でした。
 Spastinタンパク質が大きい微小管を細かいパーツに切り分けることは知られていましたが、Knotタンパク質の発現量によってSpastinタンパク質の活性が変化していることは、今回初めて発見されました。Knotタンパク質によって樹状突起が大きく枝をはることができるのは、Knotタンパク質によって発現量が増大したSpastinタンパク質が、大きい微小管を細かいパーツに切り分け、その切り分けられた細かいパーツを材料として、樹状突起をさらに成長させるためではないかと推察できました。
 今回の発見によって、情報収集に使われる大きく複雑な樹状突起の形成にもSpastinタンパク質が作用することが明らかになりました。この発見は、ハエを使った実験で明らかとなりましたが、Spastinタンパク質がヒトの体においても同じ働きを持つ可能性を示唆しています。
 特に、神経系疾患であるヒト遺伝性痙性対麻痺の約40%は、Spastinタンパク質が破壊されることが原因で引き起こることから、Spastinタンパク質は医学分野で大変重要なタンパク質であることがすでに知られています。また、Spastinタンパク質は、ニューロンの情報伝達部分である軸策と呼ばれる一本の長い糸のような突起物を正しく形成するのに必要なことが知られています。こうしたことから、神経疾患の解明や神経回路の形成メカニズムを解明する新たな手掛かりが得られたことになりました。


3. 今後の期待
 Spastinタンパク質がヒトの体においても同じ働きを持つことが確認できると、今回の発見は、ヒト遺伝性痙性対麻痺の解明に役立つことが期待されます。研究ユニットは、Spastinタンパク質が大きい微小管を細かいパーツに切り分けることが、大きい樹状突起の形成にどのようにつながるのか、これからさらに研究を進めていきます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 病因遺伝子研究グループ
  ムーア研究ユニット
   ユニットリーダー Adrian Moore(エイドリアン・ムーア)

Tel: 048-467-7278 / Fax: 048-467-7274
 脳科学研究推進部 企画課  嶋田庸嗣(しまだ ようじ)

Tel: 048-467-9654 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 Cutタンパク質、Knotタンパク質、Spastinタンパク質
cut遺伝子とknot遺伝子は、ショウジョウバエを用いた研究者がおよそ100年前に発見した遺伝子。Knot(結び目)とCut(切れ目)の名前は、これらの遺伝子の突然変異によりショウジョウバエの羽に異変が生じ、その特徴に由来する。knotの場合は羽の翅脈に結び目ができ、cutの場合は羽の縁に切れ目が入る。(図2)
Cutタンパク質はショウジョウバエ末梢神経系の核に局在し、DNAに結合して、発生、形態形成過程において遺伝子発現を調節している。
Knotタンパク質はショウジョウバエ末梢神経系に存在し、転写活性を調節するDNA結合タンパク質である。
Spastinタンパク質は細胞骨格の微小管に結合する非運動性タンパク質で、このタンパク質を欠いたハエでは歩行や飛翔が異常になる。
※2 da neuron
dendritic arborization neuron。ショウジョウバエの樹状突起を発達させる感覚ニューロン。このニューロンは、分岐数と樹状突起の占める大きさによって、クラスTからクラスIVに分類されている。これらの4つのクラスのニューロンは、同種類の親細胞を持つこと、樹状突起のある一定の領域に重なっていること、感触や熱を感じるとされる機能を持つこと、などが似ている。
※3 微小管
細胞の骨格構造の1つで、チューブリンと呼ばれるタンパク質が重合して管状構造を形成している。


図1 knot遺伝子の有無によるクラスW、クラスVニューロンの形態変化

クラスW(野生型)

クラスW(knot遺伝子を欠失させた場合)

クラスV(野生型) 

クラスV(knot遺伝子を過剰発現させた場合)


図2 knotcutの遺伝子が欠失したショウジョウバエの羽
正常な羽
knot遺伝子が欠失した羽
cut遺伝子が欠失した羽

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