プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人東京大学
生命多様化のエンジン:組み換え酵素「Spo11」の活性化機構を解明
- 有性生殖や生命多様性の起源に重要な手がかり -
平成20年2月1日
◇ポイント◇
  • 遺伝的組み換え開始の主役酵素「Spo11」の活性化メカニズムを解く
  • 「Mer2」のCdc7 キナーゼによるリン酸化でSpo11がホットスポットに結合
  • 自然本来の仕組みを用いた新世代遺伝子工学への展望を開く
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人東京大学(小宮山宏総長)らは、生命多様性の起源とされる遺伝的組み換え※1開始の鍵を握る酵素「Spo11※2」が活性化する仕組みを明らかにしました。東京大学大学院総合文化研究科の笹沼博之研究員、太田邦史教授(理研中央研究所柴田上席研究員研究室 客員主管研究員兼務)と理研中央研究所柴田上席研究員研究室の柴田武彦上席研究員、財団法人東京都医学研究機構東京都臨床医学研究所の正井久雄参事研究員らのグループによる成果です。
 ヒトのように有性生殖を行う生物では、減数分裂※3の過程において、父親由来、母親由来の染色体間でDNAの切りつなぎ(遺伝的組み換え)を実行するなどして子孫の遺伝子の多様性を増やし、外部の環境変動に耐えられる個体の集団を生みだしています。減数分裂時の遺伝的組み換えは、ホットスポットと呼ばれる染色体の特別な箇所でDNAが切断されることで始まります。この切断を触媒している酵素がSpo11タンパク質です。Spo11は、生命の設計図といわれるゲノムDNAを切断するため、減数分裂に先立って行われるDNA複製の後に起こるように厳密に制御されています。
 複製開始を制御し、DNA複製の過程をモニターすることで知られている「Cdc7キナーゼ※4」というタンパク質リン酸化酵素があります。今回、このCdc7キナーゼが、Spo11とともに働く「Mer2」という因子をリン酸化し、このリン酸化によってSpo11やその補助因子が組み換えホットスポットに誘導されることを明らかにしました。これにより、Spo11が必ずDNA複製の後に活性化される機構が解明されたことになります。
 本研究の成果は、有性生殖の基盤をなす遺伝的組み換えがどのように開始されるかを分子的に明らかにしたもので、有性生殖や生命多様性の起源について重要な手がかりが得られました。また、DNA組み換えの制御を用いた新たなバイオ技術への展開も期待されます。本研究成果は、米国の学術雑誌、『Genes and Development』(2月1日号)に掲載されます。なお、本成果は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターの「新技術・新分野創出のための基礎的研究推進事業」、文部科学省科学研究費補助金特定領域「染色体サイクルの制御ネットワーク」の援助を受けて行なわれたものです。


1. 背 景
 細胞に核を持つ生物(真核生物)の多くでは、子孫を残す際に減数分裂という特別な細胞分裂を行っています。この減数分裂の過程で、生物は父親由来、母親由来の遺伝子の交換(遺伝的組み換え)を行います。この遺伝的組み換えは、両親からの遺伝情報を混ぜ合わせ、遺伝子の新しい組み合わせを持つ染色体をつくり、続いて起こる交配により、多種類の染色体を持った子孫が生まれます。このような一連の過程を経ることは、単一の個体から子孫が生まれるクローン増殖に比べ、雌雄個体における複雑な生殖細胞分化や個体間の交配が必要となるため、生存上有利とは思えません。そのため、ダーウィンの進化論でも「なぜオスとメスが多くの生物種に存在しているのか」を説明できないと言われていました。それにも関わらず、このような過程が存在する理由の1つとしては、子孫の遺伝的多様性を高めることで、環境変動などに対する種の集団生存の適応度を高め、子孫を絶やさないことにあると考えられています。また、遺伝的組み換えによって、染色体DNAへの利己的遺伝子の侵入や、有害な遺伝的変異などを除去することも可能になります。  モーガン学派※5の遺伝的地図の発見以来、この遺伝的組み換えは染色体のどこでも起きる現象と考えられていました。ところが、酵母やヒト、イネなどを用いた研究から、「ホットスポット」と呼ばれる特定の染色体部位でのみ遺伝的組み換えが開始されることが明らかになってきました。減数分裂期には、このホットスポット部分のDNAが、Spo11というタンパク質(U型トポイソメラーゼによく似ており、古細菌や酵母からヒトに至る種で保存されている)によって切断され、これがきっかけとなって遺伝的組み換えが開始されることがわかっています。
 この切断の仕組みは、遺伝情報の記録場所を自ら破壊することになります。したがって、Spo11の活性は、非常に厳密に制御されていて、減数分裂に先立って行われるDNA複製の直後にだけ活性化することが知られていました。また、Spo11の活性化には、減数分裂期にのみ現れる数種の因子の協力が必要です(図1)。特に、Mer2と呼ばれるタンパク質は、DNA複製開始に必要とされる「S期サイクリン依存性タンパク質リン酸化酵素複合体(S-CDK)※6」によって直接リン酸化され、このリン酸化がSpo11の活性化に必須であることがわかっていました。また、S-CDKが引き起こす反応の後の過程を活性化する「Cdc7-Dbf4タンパク質リン酸化酵素複合体」も、遺伝的組み換えの開始に関わることがわかっていました。しかしながら、Cdc7がS-CDKとどのような連携をしてSpo11の活性化に関わるかは全くわかっていませんでした。


2. 研究手法と成果
 研究では、出芽酵母を用いてCdc7がSpo11の活性化にどのように関わるかを解析しました。Cdc7は、複製開始を制御し、DNA複製の過程をモニターすることで知られるタンパク質リン酸化酵素です。まず、Cdc7の遺伝子破壊株(必須遺伝子であるため、部分サプレッサー変異であるbob1-1を併用)を用いて、Cdc7を欠損させた場合に、減数分裂の遺伝的組み換えや細胞周期中期の遺伝子の活性化にどのような影響が起こるかを調べました。その結果、Cdc7を欠損する細胞では、全くといっていいほど遺伝的組み換えが起こらないこと、また、遺伝的組み換え後に活性化される減数分裂中期遺伝子の発現が、著しく阻害されることを確認しました。
 つぎに、Cdc7に依存してリン酸化されるSpo11関連因子を調べ、その中のMer2に注目し、微量質量分析技術を用いてMer2の減数分裂期におけるリン酸化部位を特定しました。上記と同じ変異株を用いた解析の結果、Cdc7を欠損する細胞では、Mer2のN末端部分の複数のセリン残基がリン酸化されないことがわかりました。すなわち、Cdc7に依存して、Mer2のリン酸化が起きていました。そのリン酸化部位の1つは、決定的に重要なセリン残基(S29)であり、S-CDKによるリン酸化部位(S30)に隣接していました。また、Cdc7によるリン酸化がない状態でも、S-CDKによるリン酸化が起こることも確認しました。これにより、S-CDKのリン酸化によってCdc7によるリン酸化が促進される可能性が示唆されました。
 さらに、これらのリン酸化部位全てについて、Mer2タンパク質を構成しているアミノ酸のセリンをアラニンに置換したMer2変異株を作製し、遺伝的組み換えへの影響、およびSpo11やその関連因子のホットスポットへの結合状態の変化を調べました。その結果、変異株ではDNA切断頻度や遺伝的組み換え率が下がり(図2)、Spo11やその関連因子のホットスポットへ結合する機能が低下していました。これにより、セリンのリン酸化によって、Mer2と複合体を作ることが知られているRec114やMei4、ひいてはSpo11が、染色体上のホットスポットに結合しやすくなることがわかりました。
 今回の結果から、Spo11をホットスポット領域へ導くRec114-Mer2-Mei4複合体の中核因子であるMer2が、まずS-CDKによってリン酸化され、続いてCdc7によるリン酸化を受けることで、複合体がホットスポット領域に導かれることが示唆されました(図3)。実は、これと全く同様な機構がDNA複製の開始制御にも関わっています(図4)。DNA複製は、1回の細胞周期で1度だけ起こるように制御されますが、このような仕組みをライセンシングといいます。ライセンシングに関わる因子の1つにMCMヘリカーゼ複合体というDNA二本鎖をほどく酵素があります。出芽酵母のDNA複製開始時には、S-CDKとCdc7が協調してMCM複合体の構成成分Mcm2、Mcm4、Mcm6をリン酸化し、これが1つの端緒となってDNA複製が開始します。つまり、S-CDKとCdc7という同一のキナーゼ制御系が、DNA複製の開始と組み換えの開始という、2つの同時に起こりえない反応を、同じように制御していることがわかりました。どのように制御機構が切り替わるのかは謎のままですが、減数分裂期の染色体上では、DNA複製が完了した部位から組み換えが順次開始されることが知られており、1つの可能性としては、DNA複製開始ののちに、局所的にMer2のリン酸化による活性化が生じ、その部位にSpo11を導くRec114-Mer2-Mei4複合体が順次形成されるのではないかと考えられます。これにより、DNA複製のタイミングに同期して、組み換えが実行されるわけです。つまり、Mer2はDNA複製と組み換えを共役させる「ライセンシング」を担当する因子であることが示唆されます。


3. 今後の展開
 生命の多様性獲得の原動力であるSpo11の活性化の仕組みを明らかにしたことで、今後の遺伝的組み換えの研究が発展する機会を提供しました。また、DNA複製サイクルと組み換えの密接な相互関係を明らかにし、両者の起源を考える上でも興味深い知見を与えました。さらに、得られた知見は、減数分裂期の細胞以外の体細胞におけるDNA組み換えの活性化に生かすことも可能になると考えられ、有用遺伝子の高速進化や新世代遺伝子工学など、新たなバイオ技術への展開が期待できます。


(問い合わせ先)

東京大学大学院総合文化研究科 教授
独立行政法人理化学研究所中央研究所 柴田上席研究員研究室
 客員主管研究員 太田 邦史(おおた くにひろ)

Tel: 048-467-9538 / Fax: 048-462-4671(理化学研究所)
Tel&Fax : 03-5465-8834(東京大学)

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp

東京大学教養学部等総務課広報・情報企画係

Tel: 03-5454-4920 / Fax: 03-5454-4319


<補足説明>
※1 遺伝的組み換え
広義ではDNA間で起きるDNA切断・再結合反応。本研究では減数分裂期に活性化される配列の類似した2つの染色体DNAの配列の間で起きる組み換え(減数分裂期相同組み換え)を指す。有性生殖を行う真核生物では、配偶子形成や子孫の遺伝的多様性確保に主要な役割を果たす。
※2 Spo11
古細菌や真核生物に広く保存されるDNA切断酵素。真核生物では、減数分裂期の遺伝的組み換えの開始を行うため、遺伝情報多様化のエンジンの役割を果たすと思われる。この酵素は、U型トポイソメラーゼに似た1次構造を取り、活性中心部位のチロシン残基においてエステル転移反応を起こしてDNA鎖を切断すると考えられている。切断後は、DNA末端に共有結合する状態で残存することが知られている。また、出芽酵母のSpo11の場合、活性化には9種類もの補助因子が必要である。Spo11は、減数分裂期の前に起こるDNA複製直後にだけ活性化を受けることが知られているが、これまでに活性型のタンパク質の精製が成功した例が無く、本当の反応機構は謎のままである。
※3 減数分裂
真核生物の生殖器官(精巣や卵巣)などに見られる特有の分裂様式で、配偶子(精子や卵、胞子など)で染色体セットの数が半分に減少するために、減数分裂と呼ぶ。減数分裂の特徴は、相同染色体間の対合や組み換え頻度の上昇、その結果生じるシナプトネマ複合体やキアズマ構造の形成などがあげられる。減数分裂は、有性生殖に必須な仕組みであり、その異常はダウン症などの染色体異常や、不妊などと関連すると推測されている。減数分裂は、非常に複雑なプロセスを含んでおり、依然として謎の部分が多い。
※4 Cdc7キナーゼ
Cell division cycle mutantとして同定されたcdc7変異の責任遺伝子。遺伝子産物Cdc7は真核生物に普遍的に存在するタンパク質リン酸化酵素で、Dbf4という調節サブユニットと結合し、セリン・スレオニンキナーゼ活性を有する複合体を構成する。DNA複製の開始に決定的な役割を持つほか、減数分裂期においては遺伝的組み換えに関わることが知られている。DNA合成の開始制御においては、MCMヘリカーゼなどのターゲット分子のS-CDKによるリン酸化を受けて、Cdc7によるリン酸化が起こり、これにより複製反応が開始される可能性が示されている。
※5 モーガン学派
1933年にノーベル医学・生理学賞を受賞した米国の遺伝学者、トーマス・モーガン博士を中心とする学派。遺伝子が染色体上に直線的に一定の順序に並んでいることを明らかにした。
※6 S期サイクリン依存性タンパク質リン酸化酵素複合体(S-CDK)
サイクリン依存性キナーゼ複合体(CDK)は、細胞周期のエンジンの役割を果たすセリン・スレオニンリン酸化酵素(キナーゼ)である。細胞周期過程で合成・分解によって量的な変動をするサイクリンというタンパク質と、Cdc28/Cdk1/Cdc2などのキナーゼサブユニットの複合体である。S期のDNA合成の開始制御に関わるS-CDKや、分裂(M)期の進行に関わるM-CDKが良く知られている。


図1 出芽酵母の減数分裂期組み換えの開始に関わるDNA切断因子群
減数分裂期にホットスポットで生じるDNA2本鎖切断は、Spo11という酵素と、その活性化に関わるその他9種のタンパク質が実行する。


図2 Cdc7依存性リン酸化部位の変異体におけるホットスポットでの減数分裂期DNA切断
Mer2のCdc7依存性リン酸化部位(N末端部の複数のセリン残基)をアラニンに置換すると、ホットスポット部分での組み換え開始のためのDNA切断が著しく減少する。特にS-CDKのリン酸化部位に隣接するN端から29番目のセリン残基のアラニン置換体では、全くDNA切断が見られなくなる。


図3 S-CDKとCdc7によるMer2の協調的リン酸化モデル
S-CDKによりまずN端から30番目に位置するセリン(Ser30)を含む2カ所のリン酸化が起こる(プライミング・リン酸化反応)。これにより、Ser30に隣接する29番目のセリン(Ser29)や、N末端部の複数のセリン残基がCdc7によってリン酸化され、Rec114やMei4、ひいては Spo11のホットスポット部位への導入が引き起こされる。


図4 S-CDK、Cdc7によるMcm2とMer2の共通の制御様式
Mcm2は、DNA複製の開始制御に関わるMcmヘリカーゼ複合体の一員である。この因子も、Mer2同様にS-CDKとCdc7による協調的なリン酸化の制御を受ける。おそらく、DNA複製と組み換えの制御が共通のキナーゼ制御ユニットによって連携的に制御されていると考えられる。

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