プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
マウスES細胞から赤血球前駆細胞株を世界で初めて樹立
- ES細胞やiPS細胞から感染症リスクのない血液を大量生産することが可能に -
平成20年2月6日
◇ポイント◇
  • 赤血球前駆細胞株を世界で初めて樹立、マウスの貧血改善効果を確認
  • ES細胞やiPS細胞を利用した赤血球の大量生産モデルを提唱
  • 感染症の危険性がない輸血用赤血球の生産に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、マウスES細胞※1から、赤血球前駆細胞株※2を樹立することに世界で初めて成功しました。さらに、樹立した細胞株から産出した赤血球が、マウスの急性貧血の治療に有効であることを確認しました。理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)細胞材料開発室の寛山隆研究員、中村幸夫室長らの研究グループによる研究成果です。
 輸血や血液製剤の原料は、献血によって確保されています。しかし、「輸血や血液製剤による肝炎やHIVなどの感染症」、「少子高齢化に伴う献血者の減少」などが社会問題となっていることから、安全な血液を人工的に大量生産する技術が熱望されています。この問題を解決するものとして、ES細胞やiPS細胞※1が注目されていますが、これらを用いた応用技術は発展途上で、目的とする種類の細胞を狙い通りに作れるとは限りません。しかし、目的細胞の「原本」とも言うべき「細胞株」を樹立できると、試験管の中で半永久的に増やすことができ、既存の培養技術で、同じ細胞を効率良く、大量に作ることが可能になります。
 研究グループは、独自に開発した培養方法を用い、マウスES細胞から赤血球前駆細胞株を樹立することに成功しました。この細胞株を、急性貧血を起こすマウスに移植すると、腫瘍※3形成などの悪影響を示すことなく貧血を改善することができました。
 ヒト赤血球前駆細胞株から輸血用の赤血球を大量生産することができると、輸血用赤血球の不足を解消し、感染症のリスク回避も可能となると期待できます。また、マウスES細胞での成功は、ヒトES細胞やヒトiPS細胞からも同様に、ヒト赤血球前駆細胞株を樹立できる可能性を強く示唆することとなりました。特に、赤血球には、核が無いので、腫瘍形成の心配もないため、ES細胞を臨床に応用することが近い成果として期待できます。今後、研究グループでは、今回の知見を活かし、ヒト赤血球前駆細胞株の樹立を目指します。
 本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(2月6日付け:日本時間2月6日)に掲載されます。


1. 背景
 赤血球は酸素を運ぶ重要な血液成分ですが、それ自身は核を持たないために増えることはできず、体内では、その前段階の赤血球前駆細胞が増殖し、核が抜け出る「脱核」を経て産み出されます。従って、大量に赤血球を作るためには、赤血球前駆細胞の大量増殖が必要で、そのためには、いわば「細胞の原本」とも言うべき「細胞株(赤血球前駆細胞株)」の樹立が有用です。その大きな理由は、ひとたび樹立した細胞株は、試験管の中で半永久的に増殖させることが可能で、試験管の中で欲しいだけ増やし、治療に役立てることができるためです。
 白血病細胞に由来するヒト赤血球前駆細胞株は、既に存在していますが、こうした細胞株には最終分化するまでの能力がなく、これらの細胞株から脱核赤血球(成熟赤血球)を生産することは不可能です。これは、白血病細胞という「がん化」した細胞に由来することが原因とも考えられています。一方、正常な血液細胞(血液幹細胞※1など)は他の体細胞と同様に分裂寿命があり、正常な血液細胞から赤血球前駆細胞株を樹立することには成功していませんでした。
 研究グループは、不死化細胞※4であるES細胞に注目し、ES細胞から脱核赤血球を生産する能力を保有した赤血球前駆細胞株を樹立できるのではないかと考えました。


2. 研究手法
 ES細胞から血液系細胞を分化誘導する研究の多くは、血液幹細胞などの前駆細胞を一時的に生産することを目指した研究が多く、「細胞株」を樹立しようという試みは、これまでほとんどありませんでした。研究グループは、既にサルのES細胞から効率よく全血液系細胞(成熟白血球、成熟赤血球、血小板前駆細胞など)を分化誘導する技術開発に成功していました(Hiroyama et al. Experimental Hematology 34: 760-769, 2006)。基本的には、その分化誘導方法を用いて、マウスES細胞から血液系細胞を分化誘導し、長期継代培養することで細胞株の樹立を試みました。
 また、ES細胞株から特定の細胞を分化誘導する研究では、多くは2〜3種類のES細胞株での試みでしたが、ES細胞株ごとの性質の違いを考慮すれば、もっと多種類のES細胞株を使用することが重要と考えられます。研究グループは、8種類ものマウスES細胞株を用いて細胞株の樹立を試みました。


3. 研究成果
 8種類のマウスES細胞株を使用して、合計63回の分化誘導実験を行い、5種類の血液前駆細胞株を樹立しました。このうち2種類は肥満細胞系、他の3種類は赤血球系の細胞株(赤血球前駆細胞株)でした。3種類の赤血球前駆細胞株はすべて、試験管の中での分化能力を持ち、分化後にはヘモグロビンを合成して細胞が赤く変化しました(図1)。また、脱核赤血球を産み出す能力も持っていました(図2)。
 さらに、樹立した赤血球前駆細胞株がマウス生体内でも分化でき、脱核赤血球を産み生す能力があるのか否かを調べるため、急性貧血を誘発したマウスへ赤血球前駆細胞株を移植することを試みました。赤血球前駆細胞株を移植したマウス群では、比較対象となる細胞(肥満細胞系細胞株)を移植した群より、有意に貧血が改善していました。さらに、より強度な貧血を誘導したマウスでは、赤血球前駆細胞株を移植したマウス群は8匹中7匹が生き残りましたが、比較対象群では、8匹中1匹しか生き残りませんでした(図3)。これは、樹立した赤血球前駆細胞株からできた脱核赤血球が、生体内で機能を発揮することを実証したことになりました。また、赤血球前駆細胞株を移植したマウスでは、腫瘍形成が全く認められませんでした。


4. 今後の期待
 マウスES細胞を用いて赤血球前駆細胞株の樹立に成功したことは、ヒトのES細胞やiPS細胞からも同様に、ヒト赤血球前駆細胞株が樹立できることを強く示唆するものです。今回、マウスES細胞から赤血球前駆細胞株の樹立を試みましたが、樹立に成功したのは8種類中3種類でした。このように、万能細胞株は細胞株ごとに性格が異なるので、赤血球前駆細胞株を樹立するためには、より多くの種類の万能細胞株を用いて樹立を試みることが重要です。今後は、ヒトES細胞のみならず、より多くの種類のヒトiPS細胞も利用できるようになるため、ヒト赤血球前駆細胞株の樹立にいっそう近づいたと考えられます。
 また、試験管の中でヒト赤血球前駆細胞株から脱核赤血球の大量生産ができると、赤血球には核がないので腫瘍形成の心配もなく、臨床への応用が可能な細胞となります。遺伝子操作をしたヒトiPS細胞由来の細胞株でも同様です。研究グループは、臍帯血中に存在する血液幹細胞から効率良く脱核赤血球を生産する分化誘導技術を開発しており(Miharada et al. Nature Biotechnology 24: 1255-1256, 2006)、ヒト赤血球前駆細胞株を樹立することができた場合には、その分化誘導技術を応用して、ヒト赤血球前駆細胞株から効率良く輸血可能な脱核赤血球を生産することを目指しています。
 血液製剤を原因とする肝炎やHIVなどの感染症は、現在も大きな社会問題となっていますが、献血に依存した輸血及び血液製剤は、「感染初期の検査陰性」や「未知なる感染症」などのリスクを完全には払拭できません。一方、品質管理が万全なヒト赤血球前駆細胞株から、輸血用赤血球を大量に生産できると、少なくとも赤血球輸血に関しては上記の感染症のリスクは回避できます。また、O型Rh(−)の血液型※5の脱核赤血球は、理論的にはすべての患者に輸血が可能です。従って、O型Rh(−)のヒト赤血球前駆細胞株を樹立し、そこから脱核赤血球を大量生産することができれば、輸血用血液不足を安全に解決できる糸口となります。研究グループは、現在、こうしたヒト赤血球前駆細胞株の樹立をめざした研究を実施しています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 バイオリソースセンター 細胞材料開発室
  室長  中村 幸夫(なかむら ゆきお)

Tel: 029-836-9139 / Fax: 029-836-9049
 筑波研究推進部  猿木 重文(さるき しげふみ)

Tel: 029-836-9136 / Fax: 029-836-9100

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ES細胞、iPS細胞、幹細胞
他の細胞のもとになる細胞を幹細胞と呼び、自分自身が増える複製能力と、多能性分化能、すなわち、1つの細胞が体を構成するあらゆる種類の細胞を作り出す(これを分化という)能力を持っている。ES細胞は初期胚から得られる幹細胞、iPS細胞は体細胞から人工的に作られた幹細胞のことで、どちらも多能性分化能を備えていることから万能細胞と呼ぶ。
※2 細胞株
元の性質を保ったまま、培地で半永久的に培養することができる細胞。
※3 腫瘍
細胞が異常増殖してできる細胞の塊。がんや肉腫、白血病は、悪性腫瘍と呼ぶ。
※4 不死化細胞
一般に細胞は、細胞分裂する回数がある程度決まっているが、無制限に分裂し、増え続ける細胞を不死化細胞と言う。
※5 血液型
血液の因子の違いをもとに決められた分類分けを血液型と言う。赤血球膜に存在しているA及びB抗原、それらに対する抗A及び抗B抗体の存在から、A型・B型・O型・AB型、また、同様に赤血球膜に存在しているRh因子からRh(+)とRh(−)に分けられる。異なる血液型の血液を混ぜると血液が凝固するため、輸血において血液型は重要である。


図1 樹立した赤血球前駆細胞株
各細胞株において、分化誘導後に、細胞内でのヘモグロビン合成によって細胞が赤く変化している。


図2 赤血球前駆細胞株から産生した成熟脱核赤血球(矢印)


図3 貧血誘発マウスへの赤血球前駆細胞株移植の影響
赤血球前駆細胞株を移植したマウスは、2回目に貧血を誘発しても8匹中、7匹が生き残ったが、比較対照マウスは8匹中、7匹が死亡した。

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