プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
Tリンパ球の兄弟はBリンパ球ではなく食細胞
- 血液/免疫細胞分化の研究にパラダイム転換を導く新学説を提唱 -
平成20年4月10日
◇ポイント◇
  • 胸腺内の前駆細胞を1個ずつ解析、Tリンパ球の前駆細胞が大食細胞をつくると証明
  • Tリンパ球とBリンパ球に共通の前駆細胞は存在しない
  • 血液細胞の分化経路図を書き換える事実を提示
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、血液細胞のつくられる過程について、従来の学説を覆し、Tリンパ球がBリンパ球よりもマクロファージ(大食細胞)※1と近縁な兄弟関係であることを見いだしました。これは、理研免疫アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫発生研究チームの河本宏チームリーダー、桂義元客員研究員、和田はるか研究員(現聖マリアンナ医科大学)らによる研究の成果です。
 リンパ球は、大きくTリンパ球とBリンパ球に分けられますが、両者は長らく特別に近縁な細胞であろうと想定されてきました。そのため、血液細胞の分化経路としては、最初にT/Bリンパ球共通前駆細胞とそれ以外の系列の共通前駆細胞に分岐するというモデルが信じられてきました。研究チームは、以前からこの従来のモデルが間違っていることを指摘し、それに代わる「ミエロイド基本型モデル」を提唱してきました。ミエロイド基本型モデルとは、Tリンパ球、Bリンパ球、赤血球への分化は、「ミエロイド系細胞」と呼ばれる異物を貪食する能力を持つ食細胞をつくる能力を保持したまま進行する、というモデルです。
 研究チームは、胸腺内の前駆細胞1個ずつの分化能力を測定することにより、Tリンパ球のもとになる前駆細胞は、Bリンパ球をつくる能力を失った後も、ミエロイド系細胞の一種であるマクロファージをつくる能力を保持していることを明らかにしました。これは、従来のモデルが間違っている決定的な証拠を提出し、ミエロイド基本型モデルが正しいことを示すものです。
 造血過程の正しい理解が、血液・免疫細胞の分化研究を発展させ、ひいては細胞分化研究全体を先導し牽引することに貢献できると期待されます。また、医学・生物学の教科書で長年使われてきた血液細胞の分化経路図は、書き換えを迫られることになります。本研究成果のように、学説といえるものを日本から発信することは、非常にまれなことです。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』(4月10日号)に掲載されます。


1. 背景
 血液系細胞の分化経路は、30年も前から、近縁な細胞が共通の分化経路を経てつくられるという想定のもとに描かれた「仮の分化経路図」を用いてきました。その中でTリンパ球とBリンパ球は、特別に近縁な細胞であろうと想定されていたので、ほとんどの医学・生物学の教科書では、造血の最初の段階で食細胞−赤血球系列に共通の前駆細胞とT−B系列に共通の前駆細胞(いわゆるリンパ系共通前駆細胞)に分岐するという分化経路図が用いられてきました(図1A)。この造血モデルを「古典的モデル」と呼びます。
 この古典的モデルに対して、10年ほど前に、2つの異なる研究結果が提出されました。1つは、本研究チームの河本チームリーダーが京都大学再生医科学研究所の桂義元教授の研究室で行なった研究によるものです。河本と桂は、Tリンパ球、Bリンパ球、ミエロイド系細胞(食細胞)をつくる能力を1個ずつの細胞について解析できる実験法(MLPアッセイ※2)を開発しました。この方法を用いて、マウス胎仔肝臓(胎生期の造血器官)の造血前駆細胞を解析した結果、新しい造血モデルとして、Tリンパ球、Bリンパ球、赤血球への分化はミエロイド系細胞をつくる能力を保持したまま進行する、という「ミエロイド基本型モデル」を提唱しました(図1B)。もう1つの研究結果は、河本らの最初の報告の直後に、米国スタンフォード大学のI.ワイスマン(I. Weissman)博士のグループによってなされた報告で、古典的モデルを支持するものでした。すなわち、成体マウスの骨髄中にリンパ系共通前駆細胞を同定したという報告でした。
 2つの異なる研究結果を受けて、多くの研究者は、「ミエロイド基本型モデルは、胎仔の造血過程にあてはまるが、成体では古典的モデルが正しい」と考えるようになりました。しかし、本研究チームは、分化経路が胎生期と成体期で全く異なるということはないと考えました。本当に成体では、古典的モデルが正しいのでしょうか?本研究では、この問題に正面から取り組みました。


2. 研究手法と成果
 ワイスマンらによって、すでに成体の骨髄の中にリンパ系共通前駆細胞を同定したという論文が報告されているので、例えばその同じ細胞を対象にして、ワイスマンらのいうリンパ系共通前駆細が本当に存在するのかどうかを検証するという研究も可能でした。しかし、それでは水掛け論になってしまいます。また、一般的に、「有る事」を証明するのは可能ですが、「無い事」を証明するのは極めて困難です。
 そこで、研究チームは、別なアプローチを考えました。そもそも分化経路図は、体の中で実際にそれぞれの細胞がつくられる道筋を示すものです。従って、生体中で、実際にTリンパ球がつくられる臓器である胸腺の中のTリンパ球の前駆細胞(T前駆細胞)の分化能を解析すれば、古典的モデルに合致するかどうかを検証できると考えました。
(1) 新しい分化能解析法の開発
 この研究のためには、MLPアッセイよりもさらに効率よくミエロイド系細胞の生成を検出できるアッセイ法の開発が必要でした。そこで、研究チームは、新規にストローマ細胞(支持細胞)の単層培養を用いる方法を開発しました。ストローマ細胞は、研究チームが独自に作製したものです。ミエロイド系細胞の検出感度をさらに上げるために、全身の細胞でGFPという緑色蛍光タンパク質をつくるマウス(いわゆるグリーンマウス)から採取したT前駆細胞を使いました。
(2) 培養系を用いた胸腺中の未分化前駆細胞の解析
 胸腺中の未分化なT前駆細胞は、すでにほとんどがBリンパ球への分化能を失っています。そのような胸腺中の未分化なT前駆細胞1個ずつをストローマ細胞と共培養しました(図2)。192個の細胞を調べたところ、13個のウエルでT細胞とミエロイド系細胞のマクロファージが共に生成していました。これは、T前駆細胞は、Bリンパ球への分化能を失った後もマクロファージへの分化能を保持しているということを示す確かな証拠となりました。
(3) T前駆細胞が生体内でマクロファージをつくれるかを検証
 T前駆細胞がマクロファージをつくる能力を持つことは示しましたが、では生体内で実際にマクロファージをつくっているのでしょうか。胸腺には多数のマクロファージが存在していて、それらは胸腺細胞の死骸を処理しています。この胸腺マクロファージが、胸腺T前駆細胞からつくられているかどうかがポイントになります。この点を調べるために、研究チームは3通りの実験を行ないました。1つはT前駆細胞を体外で胸腺組織に入れてから胸腺組織ごと生体内に移植する方法、もう1つはT前駆細胞を直接胸腺に注入する方法、そして最後の1つは、胸腺細胞をつくれないような遺伝子異常を持ったマウスと正常なマウスの骨髄が混在したマウスをつくって、胸腺マクロファージがどちらからできているかを調べる方法です。一連の実験から、胸腺マクロファージの約30%は、T前駆細胞からつくられているということが判明しました。


3. 今後の期待
 本研究で、成体の胸腺中でTリンパ球をつくる前駆細胞は、Bリンパ球への分化能を失っている一方で、マクロファージへの分化能を保持していることがわかりました(図3)。これは、古典的モデルでは説明できない現象です。さらに、この結果は、研究チームが以前から提唱しているミエロイド基本型モデルを支持するものでした。この発見により、医学・生物学の教科書に使われている血液細胞の分化経路図は、書き換えを迫られることになります。生物学分野に限らず、基本概念が日本から世界へ発信されるのは非常にまれなことです。
 種々の細胞の分化経路は、それぞれの細胞種間の類縁関係を示すだけでなく、細胞種の起源、すなわちそれらの細胞種が派生して生じてきた進化の過程を映しだしています。従って、血液細胞の分化経路は、血液学や免疫学の分野の基本的な概念を構築する重要な情報です。造血モデルが、古典的モデルからミエロイド基本型モデルに入れ替わるとすれば、それは血液細胞や免疫細胞の「種」の起源についてのパラダイムの転換を意味します。造血過程の正しい理解が、血液学・免疫学の研究におけるデータの解釈、研究の構成を正しい方向へ導き、他の分野も含めた細胞分化研究全体を先導し牽引していくことに貢献できると期待されます。
 本研究の成果は、細胞分化研究だけでなく、比較免疫学や血液/免疫細胞の進化の研究にも大きく影響をもたらします。さらに、上記のような基礎科学研究だけでなく、応用科学の発展にも貢献できます。例えば、白血病の病態生理学的な理解、すなわち、あるタイプの白血病がどの分化段階の細胞に由来するかを解明するのに役立ちます。さらに、本研究で得られたT前駆細胞の持つ分化能に関する情報や、1個の細胞からいろいろな細胞を分化誘導する培養技術は、Tリンパ球を体外でつくって体に戻すという再生医療の研究に不可欠です。実際に、研究チームは、これらの技術を利用して臨床応用に向けた血液細胞再生医療の研究を開始しています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  免疫発生研究チーム
   チームリーダー 河本 宏(かわもと ひろし)

Tel: 045-503-7010/7011 / Fax: 045-503-7009
 横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 マクロファージ(大食細胞)
体内に侵入した異物を取り込み消化すること(食作用)を主な役割とする免疫細胞。ミエロイド系細胞(食細胞)に属す。
※2 MLPアッセイ(multilineage-progenitor assay)
Tリンパ球、Bリンパ球、ミエロイド系細胞をつくる能力を1個ずつの細胞について解析できる実験法。マウス胎仔胸腺組織培養をベースにしている。ウエルに胎仔胸腺組織をひとつずつ入れる。胸腺組織はTリンパ球の分化・増殖を支持する役割を果たす。培地中には、Bリンパ球、ミエロイド系細胞の分化・増殖を支持する液性因子(サイトカイン)を添加する。このような培養環境で前駆細胞1個を培養して、生成した細胞をフローサイトメーターで解析するという方法である。例えばある前駆細胞がTリンパ球、Bリンパ球、ミエロイド系細胞の全てをつくったときには、その前駆細胞は多能前駆細胞であると判定できる。


従来のモデル(古典的モデル)と新しいモデル(ミエロイド基本形モデル)の図
図1 造血過程の基本モデル
A. 古典的モデル。教科書などで広く使われている。1997年に、ワイスマンらのグループがこのモデルを支持する論文を出してからは、その論文がこのモデルの論拠となった。
B. ミエロイド基本型モデル。研究チームが提唱するモデル。赤血球、Tリンパ球、Bリンパ球へ向かう分化の途中まで、それぞれにミエロイド系細胞(食細胞)をつくる能力が付随するというもの。古典モデルではミエロイド系列を他の系列と平行に独立した系列として扱うが、本モデルではミエロイド系列は全ての系列のプロトタイプ(原型)であると捉えているという点で、決定的に異なっている。


図2 T前駆細胞がマクロファージもつくるという証拠
図2 T前駆細胞がマクロファージもつくるという証拠
胸腺前駆細胞を1個ずつ、合計192個を支持細胞(ストローマ細胞:TSt-4/DLL1)と共培養した。すると、そのうち13個のウエルで、Tリンパ球とマクロファージが共につくられていた。右側の顕微鏡写真は、1個の前駆細胞からつくられた細胞。明るい緑色をした大きい細胞がマクロファージで、暗い緑色の小さい細胞がTリンパ球。


図3 Tリンパ球とマクロファージは近縁
図3 Tリンパ球とマクロファージは近縁
T前駆細胞はBリンパ球をつくる能力を失った後もマクロファージをつくる能力を有する。この知見は、Tリンパ球とBリンパ球がT-B共通前駆細胞からつくられるとする古典的モデルでは説明できない。一方で、ミエロイド基本型モデルを支持する知見である。

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