プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子「THBS2」と「MMP9」を発見
- 腰痛、坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 -
平成20年5月2日
◇ポイント◇
  • 「THBS2」の遺伝子多型により、腰椎椎間板ヘルニアの発症のリスクが約1.4倍に
  • 発見した「THBS2」遺伝子多型は、細胞外基質分解酵素の「MMP」との結合に影響
  • 「THBS2」と「MMP9」の遺伝子多型を合わせ持つと、発症のリスクが約3.0倍に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、慶應義塾大学整形外科らの臨床研究機関と協力し、腰椎椎間板ヘルニアの原因の1つが、THBS2遺伝子とMMP9遺伝子の1つの塩基の変異であることをつきとめました。理研ゲノム医科学研究センター(中村祐輔センター長)骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、広瀬裕一郎研究生らの研究グループ※1による成果です。
 腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板の変性によって生じる疾患です。青壮年層の腰痛や坐骨神経痛の最大の原因で、多くの人を苦しめています。遺伝的要因が関与するとされていますが、その原因は依然として不明です。研究グループは、遺伝子多型を用いた相関解析という手法で、THBS2遺伝子の多型が腰椎椎間板ヘルニアのなりやすさを決定する遺伝子(疾患感受性遺伝子)の1つであることを発見しました。
 これまでに、THBS2遺伝子は椎間板に発現することや、THBS2タンパク質の異常が脊椎の変形をきたすことが知られていました。そこで、THBS2遺伝子の中に存在する遺伝子多型について、日本人の椎間板ヘルニア患者でケース・コントロール相関解析※2を行ったところ、ある多型に非常に強い相関が見つかりました。この多型の感受性アレル※3を持つ人は、持たない人に比べ、約1.4倍も椎間板ヘルニアになりやすいこともわかりました。そして、この感受性アレルでは、遺伝子が転写される際に異常なスプライシングが起こり、その結果、細胞外基質分解酵素であるMMPとの結合が低下することを証明しました。THBS2タンパク質はMMPと結合し、その活性を抑制するとされているため、その結合が低下するとMMPの活性が高まり、椎間板が変性して椎間板ヘルニアになりやすくなると考えられます。さらに、MMP2MMP 9遺伝子においても同様のケース・コントロール相関解析を行ったところ、MMP9遺伝子内のある多型にも強い相関が見つかりました。THBS2MMP9両遺伝子内に多型の感受性アレルを持つ人は、持たない人に比べ、約3.0倍も椎間板ヘルニアになりやすいことがわかりました。
 本研究により、椎間板を維持するメカニズムがまた1つ明らかになりました。今後、椎間板の変性による腰痛や椎間板ヘルニアの画期的な治療法、およびその治療薬の開発へと発展させていきたいと考えています。また、これまで知られている感受性遺伝子の情報を組み合わせて、椎間板ヘルニアにどの程度なりやすいかを事前に予測することが可能になると期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『American Journal of Human Genetics』(5月9日号)に掲載されます。


1. 背景
 腰椎椎間板ヘルニア(椎間板ヘルニア)は、椎間板の加齢に伴う退行変性(老化現象)を基盤として発症する疾患です(図1)。骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患の1つで、生涯罹患率80%といわれる腰痛の大きな原因の1つです。わが国では、少なく見積もっても100万人以上の人が罹患しています。厚生労働省統計情報部のデータによれば、国内における椎間板ヘルニアによる入院患者は7.4/1,000人にものぼります。椎間板ヘルニアの好発年齢は20〜40歳の青壮年期で、ついで40〜60歳と、加齢により増大します。腰痛、坐骨神経痛に加え、下肢の筋力低下、感覚障害、さらには尿閉や便失禁など重篤な症状を引き起こします。疼痛により日常生活動作が障害され、患者個人の生活の質が低下する医療上の問題のみならず、労働生産性の低下などの社会的な問題も生じます。このように、椎間板ヘルニアは、医療、医療経済上重要な問題ですが、その発症機序はよくわかっておらず、根本的な治療法の開発が期待されています。


2. 研究手法と成果
 椎間板ヘルニアの発症には、遺伝的な要因が関与することが示唆されています。これまでに、いくつかの原因遺伝子(疾患感受性遺伝子)が報告されてきましたが、その機能がはっきりと証明されているものはほとんどありませんでした。研究グループでは、この椎間板ヘルニアの遺伝的因子、すなわち椎間板ヘルニアの感受性遺伝子を特定し、その働きを解明しようと研究を続けてきました。感受性遺伝子としては、すでに、「CILP」や「COL11A1」を世界に先駆けて発見しています。(2005年5月2日プレスリリース2007年10月2日プレスリリース)。しかし、複数の遺伝子が関与するとされる多因子遺伝病である椎間板ヘルニアには、さらに多くの遺伝子が関与しており、それらの遺伝子を見つけ出すことが大きな課題となっています。
 研究グループは、椎間板ヘルニアの感受性遺伝子をみつけるために、遺伝子多型研究センター(2008年4月、ゲノム医科学研究センターへ改称)で収集した遺伝子多型データと高速度大量タイピングシステム※4を用いて、患者847人、疾患にかかっていない被験者896人を対象に大規模な相関解析を行いました。候補となる遺伝子として、トロンボスポンジン(THBS)1、2を規定する遺伝子に着目しました。THBS1、THBS 2は細胞外基質タンパク質で、椎間板に発現しており、その異常は脊椎の変形をきたすことが知られていました。研究グループでも、ヒトのさまざまな組織でTHBS1THBS 2遺伝子の発現を調べた結果、椎間板に著しく強く発現していることがわかりました(図2)。
 そこで、THBS1THBS 2遺伝子の遺伝子多型を用いたケース・コントロール相関解析を行ったところ、THBS2遺伝子の中のある多型が椎間板ヘルニアと最も強く相関することがわかりました。そして、この相関は、別個の独立した集団でも再現性を確認しました(表1)。この多型は、IVS10-8C>T(遺伝子の10番目のイントロンの後ろから8番目の塩基がシトシン(C)からチミン(T)に変わる多型)で、椎間板ヘルニアの患者に多いアレル(疾患感受性アレル)を持つと、椎間板ヘルニアの発症リスクが、約1.4倍となりました。
 さらに、研究グループは、細胞株から抽出したRNAを用いて、THBS2遺伝子の転写産物を調べ、疾患感受性アレルを持つ細胞株の転写産物には、エクソン11がスキップしたものが多く含まれていることを突き止めました(図3)。そして、エクソン11がスキップしたTHBS2タンパク質は、細胞外基質分解酵素であるMMP (matrix metaloprotease:マトリックスメタロプロテアーゼ)との結合が低下するということを、実験的に証明しました(図4)。正常にみえる遺伝子において、遺伝子多型によるスプライシングの効率の違いが多因子疾患の発症に関与することを証明したのは、今回が世界で初めてです。THBS2タンパク質は、MMP2、MMP9タンパク質と結合し、その活性を抑制するとされているので、感受性アレルを持つと、THBS2はMMPとの結合が低下し、MMPの酵素活性が高まり、椎間板ヘルニアになりやすくなると考えられます。
 さらに、MMP2、MMP 9遺伝子においても同様のケース・コントロール相関解析を行ったところ、MMP9遺伝子内のある多型にも強い相関が見つかりました(表2)。THBS2MMP9両遺伝子内の多型を合わせて解析したところ、両遺伝子に感受性アレルを持つ人は、持たない人に比べ、約3.0倍も椎間板ヘルニアになりやすいことがわかりました。


3. 今後の展開
 今回の結果から、THBS2とMMP9は日本人において椎間板ヘルニアになりやすい体質を規定する因子である可能性が示唆されました。今後、国際協力研究を展開し、これらの遺伝子の相関を検討することで、世界中の多くの椎間板ヘルニアの患者にとって、両遺伝子がどのような意義を持つのかが明らかになります。
 研究グループは、今後、THBS2とMMP9の椎間板における機能や発現調節機構などを解明することにより椎間板ヘルニアの分子病態を明らかにし、椎間板ヘルニアの新規の治療法、画期的な治療薬の開発へと発展させていきたいと考えています。また、これまで知られている感受性遺伝子の情報を組み合わせて、椎間板ヘルニアにどの程度なりやすいかを事前に予測することが可能になると期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
ゲノム医科学研究センター
骨関節疾患研究チーム
チームリーダー  池川 志郎(いけがわ しろう)

Tel: 03-5449-5393 / Fax: 03-5449-5393
横浜研究所 研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 今回の研究グループ
慶應義塾大学整形外科(千葉一裕准教授、戸山芳昭教授)、富山大学整形外科(川口善治講師、木村友厚教授)、京都府立医科大学整形外科(三上靖夫講師、久保俊一教授)、熊本大学整形外科(水田博志教授)、ゲノム医科学研究センター情報解析研究チームの共同研究による。
※2 ケース・コントロール相関解析
遺伝子多型を用いて疾患感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール)の間で多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。検定の結果得られたP値(偶然にそのような事が起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
※3 感受性アレル
SNPには通常2つのアレル(対立遺伝子)が存在する。正常人と比べてある疾患の患者が持っていることが多いアレルを、疾患感受性アレルという。このアレルを持っていると疾患にかかり易くなる(疾患になるリスクが高くなる)と考えられる。
※4 高速度大量タイピングシステム
遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を高速、大量に行うシステム。


図1 腰椎椎間板ヘルニア
図1 腰椎椎間板ヘルニア
  • 腰の椎間板の模式図
  • 正常な腰の椎間板のMRI写真
  • 腰の椎間板ヘルニアの患者MRI写真
    椎間板の一部が脱出し後方の神経を圧迫し、腰痛や坐骨神経痛を引き起こす。
    椎間板が後方に脱出している(矢印)。


図2 ACTB遺伝子を基準とするTHBS遺伝子の相対的発現量
図2 ACTB遺伝子を基準とするTHBS遺伝子の相対的発現量
THBS1THBS2両遺伝子とも椎間板に著しく高く発現している。


図3 THBS2遺伝子の疾患感受性アレルがエクソン11のスプライシングに与える影響
図3 THBS2遺伝子の疾患感受性アレルが
エクソン11のスプライシングに与える影響
疾患感受性アレル(IVS10 -8T)を持つと、より多くエクソン11のスキップが起こる。


図4 エクソン11のスキップがTHBS2タンパクとMMP2/9タンパクの結合に与える影響
図4 エクソン11のスキップがTHBS2タンパクと
MMP2/9タンパクの結合に与える影響
GSTタグで標識したTHBS2タンパク(GST-THBS2)は、野生型(WT)、スキップ(Skip)ともMMP2/9タンパクと結合し、スキップではその結合が有意に低下している。


表1 THBS2遺伝子内の多型(IVS10-8C>T)における椎間板ヘルニアのケースコントロール相関解析


表2 MMP9遺伝子内の多型(Q279R)における椎間板ヘルニアのケースコントロール相関解析

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