プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
第1次視覚野・聴覚野の神経応答が「注意」により増幅することを発見
- 物体を認知するために重要な「注意」の有無が脳反応に大きなひらき -
平成20年6月12日
◇ポイント◇
  • 注意は、まず感覚中枢の第1次視覚野(V1)、第1次聴覚野(A1)で作用
  • 注意の神経活動への影響の従来モデルは、再検討が必要
  • 意識や認知などヒトの高次脳機能のメカニズム解明に貢献
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、刺激に対する第1次視覚野(V1)・第1次聴覚野(A1)の最初の神経応答が、注意を向けることによって増幅することを発見しました。この発見は、人が同じものを見たり聞いたりしているときでも、注意を向けるか向けないかによって脳の反応が大きく異なることを、脳磁図(MEG)※1やMFT※2という解析手法などを駆使し、時空間的にとらえたものです。本研究は理研脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代行)脳機能ダイナミクス研究チームのヴァヘ・ポゴシャン(Vahe Poghosyan)研究員、アンドレアス・イオアニデス(Andreas A. Ioannides)チームリーダーらによる研究成果です。
 私たちは、膨大で多様な感覚を目や耳などの受容器で常に受け取っています。その感覚情報は、大脳皮質※3に送られたあと、さらに大脳皮質の低次から高次領野で、階層的に処理されていることが一般的に知られています。しかし脳は、その処理容量に限界があるため、受け取った情報のすべてを均等に処理することができません。この問題を回避するために、注意を向けた情報を優先的に処理して、限りある脳の処理容量を効率的に利用していると考えられています。しかし、知覚処理のどの段階でその情報の選択が行われているのか、特に最初に注意の影響を受ける知覚領野がどこなのかということが正確にわかっていませんでした。
 研究チームは、MEGを用いて空間的注意課題遂行中の聴覚および視覚刺激に対するヒトの脳活動を計測し、その活動源をMFTを用いて数学的に推定し、空間的注意の影響を時空間的に特定しました。研究チームは、高い時間分解能を持つMEGの特性を生かしながら活動源の推定精度を向上させることにより、刺激提示から数十ミリ秒(ms)以内(聴覚:35〜45s、視覚:55〜70ms)のA1とV1における反応が、空間的注意の喚起によって10〜20%程度増幅することを明らかにしました。また、この視覚野での注意による反応の増幅はV1で始まり、第2次視覚野(V2)、第3次視覚野(V3)、そして他の高次野へとフィードフォワード的(低次から高次領野)に広がっていくことも同時に解明しました。
 神経活動を変調させるなど、注意喚起がもたらす神経機構について明らかにすることは、志向性という観点から意識や認知といったヒトの高次脳機能メカニズムを解明することに通じており、高次機能障害などをもつ患者に対する治療法の開発につながることが期待できます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』(6月12日号)に掲載されます。


1. 背景
 私たちを取り巻く環境には、脳がそのすべてを処理するには多過ぎる情報が飛び交っています。そこで脳は、必要で重要な情報を抽出するため、その一部に注意を向けることによって情報の選択を行っている可能性があります。実際に情報を選択する有名な例として、カクテルパーティ効果が挙げられます。私たちはパーティー会場など多くの話し声が錯綜している中で、特定の会話に注意を向け、他の会話を無視して正確に会話を理解することができます。この現象は、注意を向けた会話(刺激)への神経活動を増強することによって実現していると考えられます。つまり脳は、受容器で受け取った情報をすべて平等に処理しているのではなく、ある知覚処理段階で神経活動を変調させることによって情報の選択を行っているのです。この観点から、最初に注意の影響を受ける知覚領野を特定することが実験上の大きな課題でした。
 これまでの研究では、注意を喚起させて生じる最初の神経活動への影響は、視覚野ではV1以降の高次領野で起こり、大脳皮質の最初の入力領域である第1次視覚野(V1)での注意による反応の変調は、むしろ注意の影響を受けた高次領野からの下行性(高次から低次領野)の入力によるという考え方が一般的でした(図1)。しかし、これまでの研究で用いられた脳波計測(EEG)※4と機能的磁気共鳴画像法(fMRI)※5では、それぞれ測定の空間精度(数センチ〜数十センチレベル)と時間精度(数秒〜数十秒レベル)に限界があり、本当の答えはわかりませんでした。今回、研究チームは、時間精度がミリ秒(ms)レベルと優れているMEGにMFTの解析手法を適応し、時間精度の問題と空間精度の問題の両方を解決しました。MFTの空間精度は、MFTで推定した活動源と、高空間解像度を持つfMRIで計測した活動源の誤差が、わずか3〜5mmと十分高い精度であることを、2003年に理研認知機能表現研究チームと共同で証明しています(Neuroimage 18,595-609)。
 こうして、時間精度と空間精度の両方に優れた解析法を開発し、空間的注意が最初の皮質階層、つまり第1次聴覚野(A1)と第1次視覚野(V1)において聴覚、視覚刺激に対する最初の神経活動を増強することを解明しました。


2. 研究手法と成果
 文字画像による指示で右か左に空間的注意をうながした状態で、聴覚または視覚刺激した時に対するヒトの脳活動を、被験者5人からMEGで記録しました。聴覚刺激として低/高周波数トーン、視覚刺激としてチェッカーボードと顔の画像を使用しました(図2)。聴覚刺激は右耳または左耳に、視覚刺激は視野の右下または左下に600ms〜1200ms間隔で、ランダムに350ms間提示し、1回の計測となる「試行」は、合計で144回の刺激提示で構成しました。実験は、例えば「左側から音(または画像)を出します」と文字画像で指示を出し、被験者に注意を喚起させることからはじめます。そして、潜在的に注意している左耳に聴覚刺激を、あるいはスクリーンの中心を注視しながら左側に視覚刺激を提示されたときはボタンを押し、右側から刺激を提示されたときは無視するように指示しました。 次の試行では、今度は逆に右側に注意を向けさせ、注意している側の刺激に対してボタン押しをする同様の課題を行いました(図2)。そのときの脳活動をMEGで記録し、それを8試行繰り返しました。
 各試行毎に刺激の種類で平均したMEG信号からMFTを使用して全脳領域に対する電流密度分布を3次元的に推定しました。脳神経の活動は、神経細胞内外での電流発生(電流源)に起因するため、刺激によって生じた脳内での電流密度分布を求めることにより脳活動の部位を特定することができます。MFTは、一般的に使用されているECD※6法では難しい、複数の電流源が存在する場合の電流源推定を高精度で行うことができます。そして注意している刺激に対する脳内の電流分布と、そうでない刺激に対する分布をボクセル(脳を約7mm四方で分割した領域)毎、時間(5ms)毎に比較しました。その結果、神経活動の注意による変化を時空間的に捉えることが出来ました。
 ヒトの第1次聴覚野(A1)は、大脳皮質側頭葉のヘシュル回に位置し、第1次視覚野(V1)は、後頭葉の鳥距溝と呼ばれる溝に沿って広がっています(図3A、4A)。今回の実験では、刺激に対する聴覚野、視覚野の最初の反応(聴覚:35〜45ms、視覚:55〜70ms)は、外部からの左右の刺激に対して、その反対側に位置している脳(左の刺激に対して右脳、右の刺激に対して左脳)のA1とV1で、トノトピー※7(音の周波数ごとに配列された位置関係)とレチノトピー※8(視野に対して左右上下が逆転した位置関係)を再現した形で推定しました。図3Aと図4Aは、注意が有る場合と無い場合の刺激に対する脳活動を比較し、統計的に有意に活動があった場所を黄色で囲んでいます。この図より、A1とV1の反応が注意によって増幅していることを示しています。さらに図4Aでは、視覚野における注意の影響が数ミリ秒(ms)の間にフィードフォワード的(低次から高次領野)に広がっていることも同時にわかりました。そして、注意が有る場合と無い場合の刺激に対するA1とV1の反応をそれぞれプロットした結果、それぞれの領野で2つのピーク(聴覚では〜40ms・〜85ms、視覚では〜70 ms・〜130ms)があり、この両方の反応が注意によって10〜20%程度増幅していることがわかりました(図3B、図4B)。
 聴覚野における先行研究では、ヘシュル回近傍に位置する側頭上部の聴覚野(A1)の最初の反応に、潜時 (刺激を加えてから活動電位が発生するまでの時間)20〜50msにおいて、注意の影響が出ることを報告しています。研究チームの結果は、それを裏付けるものとなりました。一方、視覚野における先行研究は、注意の影響はV1以降で出るとされていましたが、今回の研究結果は明らかにそれとは異なる結果となり、注意はまず V1で作用し、その後高次視覚領野へフィードフォワード的(低次から高次領野)に伝わることを示しました(図5)。このような結果の不一致は、実験状況や解析処理を行うときのパラメーターの違いなどさまざまな要因がありますが、第1には活動源の推定方法の特性の違いによるものと考えられます。


3. 今後の期待
 注意を向けた刺激の神経活動を増強することにより、その情報は優先的に処理され意識化されている可能性があります。ヒトの第1次視覚野(V1)での神経活動が注意によって増幅されるという今回の発見は、最初の神経応答の情報の選択がまずV1ではじめに行われていることを示唆しています。この結果は、注意がV1以降の知覚処理に作用するというこれまでの見解とはかなり異なるもので、注意の神経機構モデルについて再検討することを要求するものです。さらに注意が知覚処理に作用するのであれば、その起源はどこなのでしょうか?注意の神経機構について明らかにすることは志向性という観点から意識や認知といったヒトの高次脳機能メカニズムを解明することに通じています。さらに、高次機能障害が見られる認知症や統合失調症などの精神疾患に対する新たな治療法の開発にも貢献できると期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター脳機能ダイナミクス研究チーム
チームリーダー  アンドレアス イオアニデス

Tel: 048-467-9730 / Fax: 048-467-9731
脳科学研究推進部 大伴 康志(おおばん やすし)

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 脳磁図(MEG:Magnetoencephalography)
神経細胞は、情報を伝達するために細胞膜内外の電位差を変化させる。これによって細胞内外で電流が発生する。このうち電流が細胞内の軸索や樹状突起のような線状の構造をとった部分で生じると、その周囲に磁場が形成される。数千万から数十万個に及ぶ神経集団の協調的な活動によって生じる磁場を頭部外から非侵襲的に計測するのがMEGである。
※2 MFT(Magnetic Field Tomography)
MFTは測定した磁場を手がかりとして脳内の磁場発生源を推定する問題(生体磁場逆問題)を解くための非線形的方法である。MFTは全脳領域にわたって3次元に磁場発生源である電流密度分布を提供する。
※3 大脳皮質
大脳の表面に広がる神経細胞の灰白質(かいはくしつ)の層。大脳基底核と呼ばれる白質のまわりを覆っている。知覚、思考、記憶など脳の高次機能をつかさどっている。
※4 脳波計測(EEG:Electroencephalography.)
神経細胞の活動によって発生した電流の電位を頭皮上に設置した電極から計測する方法。EEGとMEGで計測される成因は類似しているが、EEGでは大脳皮質で発生した電位を、電気伝導度の異なる脳脊髄液や頭蓋骨などを経て、頭皮上の電極で記録する。そのため脳局所の電気活動が拡散、歪曲されて頭皮上に現れ、活動源を決定するのは困難である。
※5 機能的磁気共鳴画像法 (fMRI)
神経細胞の活動が局所的に高まると、反射によって局所的に血流量が増え、毛細血管中の還元ヘモグロビンの量が減少する。還元状態のヘモグロビンは、磁化してまわりの水分子の水素原子核(プロトン)の磁気共鳴の減衰を早める作用を持つので、還元ヘモグロビン量の減少は、プロトンの磁気共鳴信号の減衰を遅らせて、磁気共鳴信号を増加させる。このように神経細胞活動の高まりを局所血流量の増加を通じて、最終的にはプロトンの磁気共鳴信号の増加で測定するのが機能的磁気共鳴イメージング法である。
※6 ECD(Equivalent Current Dipole)
ECDもMFTと同様、生体磁場逆問題を解くための方法である。ECDは活動源の数をあらかじめ仮定し、いくつかの領域の活動をいくつかの等価電流双極子(ECD)で代表し、そのほかの領域には活動源がないとして解析する方法である。
※7 トノトピー
第1次聴覚野(A1)では、内耳の聴覚を司る感覚器官である蝸牛(かぎゅう)の基底膜における周波数配列に対応した相対的位置関係を再現しており、トノトピーと呼ばれる。低周波数は外側に高周波数は内側に配列されている。
※8 レチノトピー
第1次視覚野(V1)では、網膜における相対的位置関係を再現しており、レチノトピーと呼ばれる。視野上の左右上下は反転して配列されている。


図1 視覚野の階層的構造と一般的な注意のモデル
図1 視覚野の階層的構造と一般的な注意のモデル
網膜で受け取った大部分の情報は、脳中央部の視床を経由し、後頭部に位置する第1次視覚野(V1)へ送られ処理される。その後第2次(V2)、第3次(V3)などの高次視覚領野へ送られて処理される(緑の矢印)。これまでは、注意の影響はまず高次視覚領野で現れ、V1には高次視覚領野からV1へのフィードバック結合(高次から低次領野)によって伝わる (青い矢印)と考えられてきた。注意の影響がまず V1で現れるとの今回の発見により、従来のモデルを再検討する必要が生まれた。


図3 聴覚刺激に対する空間的注意に関する活動
図2 視覚(上図)、聴覚(下図)刺激に対する空間的注意の例
被験者に標的刺激が左右どちらかに出ることを画像であらかじめ知らせ、その指示と同じ側に刺激が提示されたときボタンを押し(注意有り)、異なる側に提示されたときは無視する(注意無し)。図上と図下は、それぞれ視覚または聴覚刺激が左側に提示されたときの注意の有無を示す。


図3 聴覚刺激に対する空間的注意に関する活動
図3 聴覚刺激に対する空間的注意に関する活動
図A: 脳を上から見た横断面画像。黄色で囲まれた領域は、刺激に対して注意有りのときと無しのときの脳活動を比べ、注意有りで統計的に有意に活動が増加した部位。刺激が高周波数トーン(高周波数トーンの記号)の場合(上)と低周波数トーン(低周波数トーンの記号)の場合(下)。最初の反応増加は潜時35〜45msで第一次聴覚野に現れた。低周波トーンに対する活動部位は高周波トーンに対する活動部位よりも約6〜7センチほど脳の外側前方に位置した。
図B: 注意有り(青)と無し(赤)のときの刺激に対するA1の活動の時間的推移 (上図:高周波、下図:低周波)。刺激提示後に現れる下向きと上向きの2つのピークの両方が注意によって増幅された。矢印で示す最初のピークが図Aに対応する。


図4 視覚刺激に対する空間的注意に関する活動
図4 視覚刺激に対する空間的注意に関する活動
図A上: 脳を上から見た横断面画像。黄色で囲まれた領域は、刺激に対する反応が注意なしのときに比べて注意ありで統計的に有意に増加した部位。顔とチェッカーボード刺激への最初の反応増加は潜時55〜70msで第一次視覚野に現れた。
図A下: 脳を内側から見た矢状断面画像。緑色の線は、V1とV2の境界線。
図B: 注意有り(青)と無し(赤)のときの刺激に対するV1での活動の時間的推移(上図:チェッカーボード、下図:顔)。刺激提示後に現れる2つのピークの両方が注意によって増幅された。矢印で示す最初のピークが図Aに対応する。


図5 今回の結果が支持する注意のモデル
図5 今回の結果が支持する注意のモデル
これまでは、注意の影響はまず高次視覚領野で現れ、V1には高次視覚領野からV1へのフィードバック結合(高次から低次領野)によって伝わる (図1を参照)と考えられてきた。今回の研究結果から、注意はまず V1で作用し、その後高次視覚領野へフィードフォワード的(低次から高次領野)に伝わると考えられる(赤い矢印)。

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