プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
生体内の細胞の形態変化を制御する仕組みを解明
- ニワトリ胚原腸陥入時の「上皮-間充織転換」におけるRhoAタンパク質と微小管の役割 -
平成20年6月16日
◇ポイント◇
  • 発生初期の生きたニワトリ胚を使って、細胞の形態変化を制御する分子機構を解明
  • 生物の形づくりの基本となる原腸陥入の理解に貢献
  • がんの浸潤転移機構の解明へ寄与
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生物の発生過程で器官が形成される際に起こる細胞の形態変化が、細胞内情報伝達タンパク質「RhoA」※1と細胞骨格タンパク質の微小管により制御されていることを、発生初期のニワトリ胚を使った実験で明らかにしました。理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)初期発生研究チームのゴジュン・シェン(Guojun Sheng)チームリーダーと仲矢由紀子基礎科学特別研究員を中心とした研究チームによる成果です。
 発生過程の胚には、2種類の形の細胞が存在します。1つは円柱状で細胞同士が規則的にぴったりと接着し、シート状に並んでいる細胞(上皮細胞)で、もう1つは、不規則な形態で運動性を持つ細胞(間充織細胞)です。発生過程では、細胞が2種類の形態を相互に変化させており、これが正常な器官形成に非常に重要であると考えられています。特に上皮細胞が間充織細胞へと形態を変化させる現象は「上皮−間充織転換(EMT)」と呼ばれており、例えば、原腸陥入という体の形づくりの基本となる現象において起こることが知られています。研究チームは、生体内で起こるEMTの制御機構を解明するにあたり、ニワトリ初期胚の原腸陥入に着目しました。また近年、細胞内で情報伝達に関わるRhoAタンパク質が、原腸陥入に影響することが報告されていることから、RhoAのEMTに対する役割を詳細に解析しました。
 EMTは、上皮細胞の直下に存在する基底膜※2と呼ばれる構造が分解されることから始まります。研究チームは、EMTを起こす前の上皮細胞において、RhoAが、細胞形態を支える微小管という細胞骨格タンパク質を、細胞内の基底面※3で安定させて基底膜を維持していることと、RhoAの消失が基底膜の分解に必要であることを突き止め、生体内で起こるEMTの新規制御機構を細胞レベルで明らかにしました。
 本研究成果は、形態形成の始まりである原腸陥入の理解に貢献するのみならず、3次元環境下のEMTにおける基底膜分解の分子機構を明らかにした点で非常に意義深いといえます。さらにEMTは、がん細胞の転移などの病態にも関与することから、抗がん剤の開発に役立つことも期待できます。本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Cell Biology』オンライン版(6月15日付け:日本時間6月16日)に掲載されます。


1. 背景
 生物の体は、形態学的な観点から「上皮性」と「間充織性」の2種類に大別される細胞群から構成されています。上皮性の細胞は、円柱状で細胞同士が規則的にぴったりと接着し、基底膜と呼ばれる細胞外の組織の上にシート状に並んでいます。個々の上皮細胞は、頂端面と基底面を持ち、「上皮極性」を持つ細胞として機能しています(図1)。これに対して、間充織細胞は、不規則な形態で、細胞同士が細胞の一部分で接着し、自由に移動できる運動性を有しています(図1)。初期胚の器官形成過程では、個々の細胞が増殖、遊走、凝集といった挙動を繰り返しながら位置や形態を変化させ、器官を形作っていきます。細胞がその形態を「上皮性」から「間充織性」へ変化させる現象を、「上皮−間充織転換(Epithelial to mesenchymal transition:EMT)」と呼びます。EMTは、物理的な細胞の形態変化を意味しますが、この制御機構が正常に働かないと、器官形成に不具合をもたらすことから、細胞の分化と同様に発生過程でとても重要な現象であるといえます。また、興味深いことに、EMT現象は、発生時の器官形成のみならず、上皮性がんの浸潤や転移にもかかわっており、生命に普遍的な現象であると考えられています。
 EMTは、細胞極性の崩壊や細胞間の接着の解離、基底膜の分解といった一連の細胞反応からなる複合的な現象です。このうち、特に細胞接着の制御にかかわる細胞増殖因子群や転写因子群が、2次元的な培養細胞を用いた研究で多数同定されてきました。しかし、生体内での制御機構は、十分に理解されているとはいえませんでした。EMTは前述のように複合的な現象であるため、基底膜の分解を含めた反応系全体を、3次元の環境下で解析することが必要となります。
 原腸陥入は、体の形づくりの最初に起こる極めて重要な形態形成運動であり、動物種をこえて保存されています。具体的には、外胚葉、中胚葉、内胚葉という生物の体づくりの基本となるべき胚葉を形成する現象です。例えばニワトリ胚の場合、エピブラスト(上皮性細胞)と呼ばれる細胞が原腸(体の中心にある溝)を通過して中胚葉細胞になります。この時、細胞形態が上皮性から間充織性に変化するEMTが起こります(図2)。このEMTの過程では、原腸を通過する際には基底膜の分解が非常に重要です。実際に、原腸陥入時のニワトリ胚はわずか10層程度の細胞層から構成されており、この過程でみられるEMTにおいて、細胞間の接着の解離、基底膜の分解を細胞レベルで明確に観察することができます。そこで、研究チームは、原腸陥入時にみられるEMTを制御する機構の解明に取り組みました。


2. 研究手法と成果
 RhoAタンパク質は、これまでにさまざまな培養細胞で、細胞骨格タンパク質を介して細胞形態を制御することが明らかにされています。しかし、器官形成過程でRhoAが、具体的にどのような役割を果たすのかはあまりよく知られていませんでした。研究チームは、生体内で起こるEMTにおけるRhoAの機能を調べるために、エレクトロポレーション法※4により、ニワトリ初期胚のエピブラストにRhoA遺伝子を過剰発現させました。その結果、エピブラストが原腸を通過する際に、本来分解されるべき基底膜が分解されず、EMTが阻害されました(図3)。さらに、RhoAを過剰発現した細胞を詳しく観察すると、細胞の基底面で細胞形態を支える微小管というタンパク質が、正常細胞と比べて多く発現していることに気がつきました。
 一方、正常なニワトリ胚を用いて、微小管をバラバラにする薬剤で処理すると、本来は基底膜が分解されない原腸から離れた場所で、基底膜が分解していることを見いだしました。さらに、RhoAタンパク質への翻訳を阻害して、細胞内でRhoAの機能を消失させると、微小管をバラバラにした実験と同様に、原腸から離れた場所で基底膜の分解が認められました。
 これらの結果から、上皮細胞においてRhoAは、微小管を細胞内の基底面で安定させて細胞外の基底膜の維持に関与し、EMTの進行過程では、細胞の基底面におけるRhoAの機能消失が、基底膜の分解に必要であると考えられました(図4)。本研究により、器官形成過程におけるRhoAタンパク質の新しい役割が明らかになり、微小管を介したEMT制御の新規分子機構の存在が示唆されました。


3. 今後の期待
 これまでEMTをめぐる研究は、生体外の培養細胞を用いた研究で急速に拡大し、分子基盤に関する知識は複雑化の一途をたどっています。その中で、多くの研究者がEMT研究は、3次元の空間情報を持つ個体レベルでの解析が必要であることを認識してきました。
 今回、研究チームは3次元の環境下におけるEMT制御機構の研究に適した個体レベルのモデル系として、ニワトリ初期胚で起こる原腸陥入という現象に着目しました。ニワトリ胚を用いた研究は、受精卵を購入して、温度を保てる箱で胚を育てれば、誰でも容易に発生の様子を観察することができ、手間もコストもほとんどかからないという利点があります。従って、ニワトリの原腸陥入が、今後のEMT研究で、さまざまな分子の影響を調べるために有用なモデル系として広く利用されることが期待できます。
 EMTは、発生時における器官形成のみならず、がんや線維症の進行過程でも基本的なメカニズムと考えられています。実際、ニワトリ胚の原腸陥入は、上皮性のがんが基底膜に浸潤し転移していく機構と類似性があり、本研究で得られた成果は、がん転移を制御する機構の解明、ひいては再生医療や抗がん剤の開発に役立つことが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 初期発生研究チーム
チームリーダー Guojun Sheng(ごじゅん しぇん)
研究員 仲矢 由紀子(なかや ゆきこ)

Tel: 078-306-3132 / Fax: 078-306-3146
神戸研究推進部 企画課

Tel: 078-306-3008 / Fax: 078-306-3039

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 RhoAタンパク質
細胞外のシグナルを細胞内に伝える情報伝達に関わるタンパク質。培養細胞におけるこのタンパク質の機能は多岐にわたり、その中でアクチンや微小管といった細胞の形態を制御するタンパク質に作用して細胞形態や運動性を制御することが知られている。
※2 基底膜
上皮細胞の直下に存在する、ラミニンやコラーゲンといったタンパク質を含む薄い膜状の構造物。上皮細胞の極性や接着を支持している。
※3 基底面
上皮細胞の基底膜近傍の細胞表層部位を基底面と呼ぶ。おもに基底膜との接着に重要な分子が存在している。
※4 エレクトロポレーション法
電気穿孔法。細胞に電圧パルスを与えることにより、細胞膜上に一時的に孔を生じさせ、細胞外の物質を細胞内に取り込ませる方法。本研究においては、DNAを取り込ませており、生きた胚の細胞に遺伝子を取り込ませるための効果的な方法として活用した。


図1 細胞の上皮−間充織転換
上皮細胞は、シート状の細胞であり頂端面と基底面からなる極性を持つ。これに対して、間充織細胞は、散在性の細胞で運動性を持つ。細胞の上皮−間充織転換(EMT)は発生時の器官形成やがん細胞の転移の基本的な機構であると考えられている。


図2 ニワトリ初期胚 原腸陥入の模式図
原腸陥入は、体の形作りの基本となる胚葉を形成する現象である。この時、細胞の形はダイナミックに変化する。ニワトリ胚の場合、エピブラスト(ブルー)が原腸と呼ばれる溝を通過して内部に向かって潜り込み、中胚葉細胞になる。この時、細胞の形態は上皮性から間充織性(ピンク)に変化する。


図3 RhoAを過剰発現するとラミニン(基底膜)の分解が阻害される
(右図) エレクトロポレーション法により、ニワトリ胚のエピブラストでRhoAを過剰発現させた(緑)。RhoA発現細胞では、原腸において本来分解されるべき基底膜(赤:ラミニン)が分解されず(矢頭)、EMTが阻害された。
(左図) コントロール実験。マーカーとして用いた緑色の蛍光を発するGFPタンパク質だけを、同様に、過剰発現させた。原腸において、基底膜が分解され、正常なEMTが起こって運動性を持つ細胞が観察された(灰色矢印)。


図4  EMTにおけるRhoAと微小管の役割
上皮細胞においてRhoAは、微小管を細胞内の基底面で安定させて細胞外の基底膜を維持に関与する。EMTの進行過程では、細胞の基底面側でのRhoAの機能消失が、基底膜の分解に必要であると考えられた。

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