プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
蛍光タンパク質「ドロンパ」のフォトクロミズムの分子機構を解明へ
- X線結晶構造解析と核磁気共鳴(NMR)を駆使し、ドロンパの動的構造を決定 -
平成20年6月24日
◇ポイント◇
  • NMRにレーザーを組み合わせ、ドロンパの暗状態を構造決定
  • 明状態でかたく暗状態でやわらかく ― 分子振動の程度を変える構造
  • タンパク質独特のフォトクロミズムのメカニズムの一端を明らかに
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、フォトクロミズム※1を示す蛍光タンパク質※2「ドロンパ(Dronpa)※3」の明(蛍光※4)状態と暗(無蛍光)状態の構造を決定し、タンパク質独特のフォトクロミズム現象のメカニズムを明らかにしました。ドロンパの構造をX線結晶構造解析※5と核磁気共鳴(NMR)解析※6で解析し、明状態では全体の構造が硬く、一方暗状態では部分的に構造が軟らかいことを見いだしました。吸収したエネルギーが、明状態では効率よく蛍光放出に使われ、一方暗状態では分子振動に費やされると説明できます。本研究は、理研脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代行)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダーと水野秀昭専門職研究員が、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)城生体金属科学研究室の城宜嗣主任研究員、菊地晶裕研究員、カナダ・トロント大学の伊倉光彦教授らとの共同研究で得た成果です。
 フォトクロミズムとは、光を吸収することで色特性が可逆的に変化する物質の性質を指します。ドロンパは、青緑色の光と紫(外)色の光を浴びて、明状態と暗状態を可逆的に切り換えるフォトクロミック蛍光タンパク質です。これまで世界のいくつかの研究室が、ドロンパのX線結晶構造解析を試みてきましたが、明状態に比べて暗状態の構造解析は困難を極め、このタンパク質のフォトクロミズムのメカニズムは謎でした。研究グループは、ドロンパのNMR解析を試み、X線結晶構造解析では実現できなかった暗状態の動的構造の決定に成功しました。ドロンパの暗状態では、βバレル構造※7の一部と発色団※8が動きやすくなっていることがわかりました。振動によってエネルギーが消費される結果、蛍光効率が下がると考察されます。蛍光タンパク質特有のβバレル構造は硬いという通説を覆す知見です。今回の成果は、タンパク質独特のフォトクロミズムを扱いながら、発色団の柔軟性・可動性の程度によって蛍光の効率が決定されるという、蛍光分子の構造・機能相関に関する一般論を提出しています。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』6月23日の週に、オンライン掲載されます。


1. 背景
 サンゴやイソギンチャクの仲間には蛍光タンパク質を産生するものがあります。サンゴ礁の色彩を豊かにするのに貢献しています。細胞機能探索技術開発チームは、これら海洋動物から蛍光タンパク質の遺伝子を取り出してさまざまな応用技術を開発してきました。沖縄の海で採集したアナキッカサンゴに由来する蛍光タンパク質をもとに開発したのが、「ドロンパ」です。緑色の蛍光を発するタンパク質ですが、青緑色の光を当てると無蛍光の暗状態になり、紫(外)光を当てると再び蛍光を取り戻して明状態になるというフォトクロミズムの性質を持っています(図1)。開発チームは、このドロンパを用いて、細胞内情報伝達物質の拡散や運搬などを繰り返し観察する技術を開発してきました(図2)。しかしさまざまなフォトクロミズムを発揮するドロンパ変異体を作製することが求められています。変異体をデザインするためには、ドロンパのフォトクロミズムのメカニズムを解明しなければなりません。メカニズムを解明するためには、ドロンパの構造を明状態と暗状態とで決定することが必要です。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、まず大型放射光施設SPring-8の放射光(ビームラインBL44B2、BL26B1)を用いてX線結晶構造解析を行い、明状態および暗状態の構造を明らかにすることを試みました。これまでにさまざまな蛍光タンパク質の結晶構造が報告されていますが、いずれにおいても、頑丈な樽状構造であるβバレル構造の中に固定された発色団が観察されています。ドロンパを明状態にして結晶化したところ、やはり頑丈なβバレル構造とその中に固定された発色団が確認できました(図3)。一方、X線結晶構造解析で設定する極低温(80K)という実験条件では、ドロンパを暗状態にすることができないという問題に直面しました(図4)。そこで、ドロンパ暗状態のタンパク質溶液をサンプルとして、室温(28℃)での実験が可能な核磁気共鳴(NMR)解析を適用しました。質の高いデータを得るためにはNMR解析を長時間にわたって行うことが必要です。ドロンパの暗状態を保つために、NMR装置内を青緑色光で照射し続けることを試みました。高出力のアルゴンレーザーから発振される波長514.5nmの光を、光ファイバーを通してNMR装置内に導くことで、ドロンパ暗状態のNMRの記録に成功しました(図5)。
 驚いたことに、暗状態のドロンパは、明状態の構造の硬さとは対照的に、構造が軟らかくなっていることが明かになりました。βバレルの一部がゆらゆらと動き、βバレルによる発色団の固定がはずれ、発色団部分が振動することがわかりました。一般的に、分子がさかんに動く状態では、振動することによってエネルギーが熱として失われ、蛍光を放出しない過程が優位になると考えられています。暗状態では分子が動きやすくなったことにより、分子振動でエネルギーが失われ、蛍光を放出しなくなったと考えられます(図6)。
 ドロンパの発色団が青緑色光を吸収することで、βバレルの一部とともに自らの可動性を劇的に変化させる仕組みは何なのか。研究グループは、この問題に対する答えを、ドロンパの明状態の結晶構造および明・暗両状態のNMRの情報をもとに引き出しました。その結果、明状態では発色団がβバレルの壁に水素結合※9で固定されており、暗状態では発色団にプロトン(水素イオン)が付加するため水素結合が切れることを発見しました。また、プロトンがβバレルの外から発色団に至る移動経路も同定しました。発色団は光を吸収すると一時的に酸性度が変化します。研究グループは、この酸性度の変化によるプロトンの付加・脱離が重要だと考えています。発色団へのプロトン付加・脱離によって水素結合が切れたりつながったりしてタンパク質の可動性が制御される仕組みが、蛍光タンパク質ドロンパのフォトクロミズムの根源なのです。


3. 今後の期待
 ドロンパを使うことで、従来の光学顕微鏡の空間分解能を超える観察が実現します。また、ドロンパは生物由来の材料であり、生分解性の書き換え可能な記録媒体としての活用も考案されています。生物学や材料科学の分野で、発光の明暗切り換えのスピードが速く、明暗のコントラストが強く、褪色の少ないドロンパ変異体が強く求められています。今回の成果によって、ドロンパのフォトクロミズム特性を改良・改善する際の理論的基盤が確立でき、超分解能顕微鏡観察やタンパク質性記録媒体の実現が期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
チームリーダー 宮脇 敦史(みやわき あつし)

Fax: 048-467-5924
脳科学研究推進部 大伴 康志(おおばん やすし)

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 フォトクロミズム
光を当てることによって物質の色や透明度が可逆的に変化する現象。明るさに応じて色が変わるサングラスや、光による記憶媒体などへの応用が期待されている。フォトクロミックな有機化合物に関しては、入江正浩教授(現 立教大学)らがジアリルエテンなどを中心に世界をリードしている。

ジアリルエテンの構造式
※2 蛍光タンパク質
オワンクラゲで最初に発見された、それ自身が蛍光を持つタンパク質。珊瑚やイソギンチャクなどの海洋生物も蛍光タンパク質を持っており、遺伝子工学の技術を駆使して、いろいろな色や性質の蛍光タンパク質が開発されている。今では医学・生物学をはじめとする、さまざまな分野の研究・開発に利用されている。
※3 ドロンパ(Dronpa)
アナキッカサンゴから単離・改変した蛍光タンパク質。青緑色の光を当てると蛍光が消え、紫(外)光を当てると再び蛍光を発するフォトクロミックな性質を持つ。忍者のように、ドロンと消えてパッと現れることからドロンパと名づけた。
※4 蛍光
光を吸収することによって高いエネルギー状態(励起状態と呼ぶ)となった物質が、光を放出することによってエネルギーを失い、元の状態(基底状態)に戻る現象、または放出される光。
※5 X線結晶構造解析
物質の結晶にX線を照射し、回折パターンから物質の構造を解析する技術。タンパク質の構造解析にも広く応用されている。
※6 核磁気共鳴 (NMR)解析
原子の中には磁石としての性質を示すものがあり、分子に磁場をかけると共鳴を示すことがある。共鳴条件は原子の周囲の環境を鋭敏に反映することから、共鳴条件を解析することによって分子の構造や動態などの情報を引き出すことができる。
※7 βバレル構造
タンパク質の特徴的な構造の1つ。タンパク質はたくさんのアミノ酸がつながった1本の鎖が決まった形に折り畳まれている。鎖の一部が平行または逆平行に並ぶとシート状の構造(βシート)が作られる。βシートが筒状につながり、樽状の構造となったものがβバレル。βバレル構造は蛍光タンパク質で共通に見られる。
※8 発色団
光を吸収する分子の中で、主に光の吸収に関わる部分。蛍光タンパク質ではβバレルの中に自分自身のアミノ酸鎖から自分自身の触媒作用によって発色団が形成される。
※9 水素結合
電気陰性度が高い原子と結合している水素原子と近傍の非共有電子対との相互作用。


図1 フォトクロミック蛍光タンパク質ドロンパ
図1 フォトクロミック蛍光タンパク質ドロンパ
ドロンパは緑色の蛍光を発するが、青緑の光を当てると無蛍光になり、紫(外)光を当てると再び緑色に蛍光を発するようになる。この蛍光の on/off は何度も繰り返すことができる。


図2 ドロンパを利用したタンパク質動態解析の例
図2 ドロンパを利用したタンパク質動態解析の例
観察目的のタンパク質をドロンパと融合させて培養細胞に発現させた。あらかじめ細胞全体で暗状態にしておき、細胞質部分または核部分だけで蛍光性に変換することによって核への移行、核からの排出の有無が観察できる。上皮成長因子の刺激によって核移行・核排出ともに活性化されていることが観察できる。


図3 蛍光状態のドロンパの結晶構造
図3 蛍光状態のドロンパの結晶構造
ドロンパは、11本の帯(βストランド)から樽状構造(βバレル)を形成し、その中に蛍光に必須の発色団が配置していた。この構造の大まかな部分はほかの蛍光タンパク質と共通である。


図4 SPring-8のビームライン上で光る蛍光状態のドロンパ
図4 SPring-8のビームライン上で光る蛍光状態のドロンパ
SPring-8のビームラインで明状態の結晶構造を解析した。その後、結晶にレーザー光を照射したが、極低温に冷やされた結晶状のドロンパは暗状態に切り換わらなかった。


図5 NMR装置内にあるサンプルにレーザー光を照射する装置
図5 NMR装置内にあるサンプルにレーザー光を照射する装置
NMRの装置内にある試料に、光ファイバーを利用してレーザー光を照射する装置を開発した。この装置によって光照射しながら長時間のNMR記録が可能となった。


図6 ドロンパのフォトクロミズムの分子機構
図6 ドロンパのフォトクロミズムの分子機構
蛍光状態のドロンパは安定した構造をしているが、暗状態では樽状構造と発色団をつなぎとめる水素結合が切れ、βバレルの一部と発色団が可動性になっていることがわかった。暗状態では、発色団の振動によって、蛍光を発する前にエネルギーを消費していると考えられる。

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