プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
松下電工株式会社
殺菌用途に最適な深紫外光を10mWで発する高出力発光ダイオード登場
- 医療現場・家庭などで携帯が可能な、半導体紫外殺菌灯の実現に大きく前進 -
平成20年7月4日
◇ポイント◇
  • 窒化物半導体(InAlGaN 4元混晶)で高効率、深紫外の波長域の光を実現
  • 殺菌効果が高い波長280nmを室温で、連続出力10mW(世界最高)を達成
  • 殺菌、医療、生化学産業、公害物質の分解処理などの各応用分野への展開に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と松下電工株式会社(畑中浩一取締役社長)は、殺菌効果が高い波長280nm(ナノメートル:10億分の1メートル)の紫外光を、世界最高出力10mW(ミリワット:1,000分の1ワット)で発する発光ダイオードの開発に成功しました。この成果は、理研知的財産戦略センター(齋藤茂和センター長)が独自に取り組んできた、「産業界との融合的連携研究プログラム※1」の高効率LEDデバイス研究チーム(椿健治チームリーダー:松下電工兼務)の平山秀樹副チームリーダー(理研テラヘルツ量子素子研究チーム チームリーダー兼務)、藤川紗千恵らによる成果です。
 波長200nm〜350nm帯の深紫外※2光を高効率に発する発光ダイオード(LED)や半導体レーザ(LD)は、殺菌・浄水、医療分野、高演色照明、公害物質の高速分解処理、バイオ工学、化学工業、各種情報センシングなど幅広い分野での応用が期待され、大きな市場が見込まれるため、激しい国際開発競争が繰り広げられています。特に、バクテリアなどを直接殺菌する効果が最も高い波長260〜280nmの紫外光は、医療器具の滅菌用途などで活用できます。半導体の紫外光源が実現すればサイズが数mmと小型で軽量化でき、医療現場や家庭で携帯可能な小型殺菌灯などの用途が大きく広がります。深紫外領域で発光する窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系半導体※3は、深紫外LEDや深紫外LDを実現する材料として注目されています。しかし、これまでAlGaN系材料は、結晶欠陥(転位)が多いことやp型半導体のホール濃度※4が低く電気抵抗が大きい、という理由で十分な発光効率が得られず、高出力な深紫外LEDは実現できていませんでした。
 研究グループは、AlGaNにインジウム(In)を数%添加し、p型半導体のホール濃度の向上を確認するとともに、波長280nm帯の深紫外で、非常に高い内部量子効率※5(推定80%)で発光する窒化物半導体混晶(InAlGaN:窒化インジウムアルミニウムガリウム4元混晶※6)を実現し、単独素子で世界最高出力の10.6mWの室温連続出力動作に成功しました。携帯用小型殺菌灯などへの実用化が期待できます。また、今回実現した波長280nmは、殺菌のほかにも、各種医療、生化学産業、汚染物質の高速分解処理などへの応用に欠かせない重要な波長であり、今後、さらなる高出力化で応用分野への展開が期待されます。
 本研究成果は、7月6日〜9日に伊豆・修善寺で開催される第2回窒化物半導体結晶成長国際シンポジウム(ISGN-2)で発表される予定です。


1. 背景
 波長が200〜350nmの深紫外光を高効率に発する発光ダイオード(LED)や半導体レーザ(LD)は、殺菌・浄水、各種医療分野、高密度光記録、高演色LED照明、紫外硬化樹脂などの化学工業、ダイオキシンやPCB(ポリ塩化ビフェニル)、NOx(窒素酸化物ガス)など公害物質の高速分解処理、バイオ工学、各種情報センシングといった大変幅広い分野での応用が期待されています。特に、波長260〜280nm付近の紫外光は、大腸菌をはじめとするバクテリアなどを直接殺菌する効果が最も高いとされています。また、有機物、ダスト、ダイオキシンといった難分解性汚染物質の分解では、酸化チタンなどの光触媒に波長270〜320nmの紫外光を照射し、汚染物質を効率よく分解する紫外線照射システムが注目されています(図1)。これまで深紫外光源としては、ガス・固体を媒体とする紫外レーザやガスランプなどしか存在していませんでした。これらは、大型で寿命も短く、また高価なため一般への応用が難しい状況でした。しかし、半導体を使った深紫外高出力LEDや深紫外LDが実現すると、コンパクトで安価・高効率・長寿命の深紫外光源が得られることになり、応用分野が飛躍的に広がると考えられ、その開発が望まれています。
 窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系半導体材料は、1深紫外の200〜360nmに発光範囲を持つ2高効率発光の可能性がある3材料が硬く素子の寿命が長い4ひ素、水銀、鉛を含まず環境に無害である、などの特徴を持ちます。このため、実用可能な深紫外高出力LEDの最有力候補と考えられ、多くの研究グループがその実現に向け、激しい開発競争を繰り広げてきました。
 現在、日本・アメリカで開発競争が展開されており、理研とアメリカのいくつかの研究グループが300nmより短い深紫外LEDを実現しています。中でも、殺菌波長帯(260〜280nm)で1mW以上の深紫外LEDの連続動作を実現しているグループは、理研とアメリカ、サウスカロライナ大学の2つだけです。1999年、理研は材料としてInAlGaN4元混晶を深紫外LEDに用いるアイデアを提案しました。2000年〜2006年、サウスカロライナ大学は、DARPA(国防高等研究計画局)のSUVOP(Semiconductor Ultraviolet Optical Sources)プログラムの支援のもと、精力的な開発を行い、現在、製品化の状態まで最適化が終了し、波長280nmで8mW出力できる素子を報告しています。


2. 研究手法と成果
 これまで最有力候補とされていたAlGaN結晶は、結晶欠陥が多く発光効率を下げるため、発光効率は1%程度が限度で、高出力の実現は難しい状況でした。
 この課題を解決するために、研究チームでは、AlGaN結晶にInを数%添加し、結晶中のIn組成がnmオーダーで不均一に分布するゆらぎ効果(In組成変調効果※7)を利用して、高効率の発光を実現する取り組みを展開してきました。In組成変調効果によりエネルギーポテンシャルの低い領域が形成されます。電子は、エネルギーポテンシャルの低い領域に捕捉されるため、AlGaN結晶中の結晶欠陥に捕捉されることなく発光再結合※8し、飛躍的に高い発光効率を得ることが出来ます。研究チームは、この組成が不均一な混晶(InAlGaN4元混晶)を用いることにより、従来1%程度しか得られなかった内部量子効率を50%程度まで向上させ、2004年には波長340nmと目標の波長より長波長領域ですが、世界に先駆けて発光に成功しています。
 さらに波長280nmという短波長を実現するためには、結晶中のAlの組成比を従来の20%から50%以上へと高くすることが欠かせませんが、高品質な結晶を作製する条件は把握できていませんでした。今回、研究チームは、結晶が成長する際にV族材料の窒素(N)とIII族材料のGa、Al、Inの供給比(V/III比)を変化させ、結晶成長速度を従来の3分の1程度とし、Al組成比が50%以上と高いInAlGaN結晶を高品質に成長させることに初めて成功しました。また、モジュレーションドーピング※9という方法により、量子井戸発光層※10にシリコン(Si)を注入し、量子井戸内の原子層レベルの平坦性の改善と内部電界※11の抑制を実現し、さらに数倍の高効率化に成功しました。その結果、波長280nmにおいて、推定80%以上という飛躍的に高い内部量子効率(従来は10%程度)を得ることに成功しました。また、従来、AlGaN結晶では低濃度とされていたp型ホール濃度も、Inを添加したInAlGaN結晶にすることで、その増加に成功し、AlGaN結晶を用いたときに比べ5倍程度の出力を実現しました。
 この結果、殺菌に有効な波長282nmにおいて、現在報告されている中で世界最高出力となる10.6mWを室温連続動作という状態で達成しました(図2)。こうして作製した深紫外高出力LEDは、市販のイルミネーション用(青、赤、白色)LEDなどの数mW出力と比べても出力が高く、携帯用の小型殺菌灯などの分野で実用レベルの光を生み出します。


3. 今後の期待
 現在開発を進めている深紫外LEDは、今後、発光領域のさらなる高品質化、素子の実装による放熱と光取り出し効率の向上、AlN下地層結晶の転位密度の低減、素子冷却を考慮したLEDパッケージの形成など、さまざまな改善を加えることにより、さらに高効率・高出力化が可能になると考えられます。こうして深紫外LEDのワットレベルでの高出力化が実現すれば、携帯用の小型殺菌灯としてだけではなく、殺菌・浄水、各種医療、バイオ分野、情報センシングなど、多岐にわたる分野での応用が開花すると期待されます。最近、理研のテラヘルツ量子素子研究チーム(平山秀樹チームリーダー)では、さらに短波長の222 〜260nmにおいても世界最高出力を実現しています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
知的財産戦略センター・産業界との融合的連携研究プログラム・
高効率LEDデバイス研究チーム 副チームリーダー
(兼 テラヘルツ量子素子研究チーム チームリーダー)
平山 秀樹(ひらやまひでき)

Tel: 048-462-1247 / Fax: 048-462-1276
知的財産戦略センター 企画戦略チーム 
生越 満(おごしみつる)
今里 一之(いまざと かずゆき)

Tel: 048-462-5459 / Fax: 048-462-4718
松下電工株式会社
先行技術開発研究所 微細加工プロセス研究室
(兼 理研高効率LEDデバイス研究チーム チームリーダー)
椿 健治(つばきけんじ)

Tel: 06-6900-0521 / Fax: 06-6908-9273

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp
松下電工株式会社 広報部

大阪Tel: 06-6909-7187 / Fax: 06-6908-7127
東京Tel: 03-6128-1166 / Fax: 03-6218-1167


<補足説明>
※1 産業界との融合的連携研究プログラム
企業と理研が一体となって研究を併走させるパラレルモデルを具現化したプログラム。パラレルモデルとは、公的研究機関から生み出された有望な技術や特許を企業が実用化する「リニア(直線)モデル」に対し、研究側と企業側が基礎・応用のいずれの段階からでも、共に研究開発を進める「併走」モデル。1研究テーマ、チームリーダーとも企業が主体となり、理研の研究人材や設備などを活用する提案に基づき2研究計画を共同で作成し3理研の知的財産戦略センターに時限の研究チームを編成して、研究を実施する。
※2 深紫外
紫外波長域でも200〜350nm帯の波長を定義して呼んでいる。可視(紫、藍、青、緑、黄色、橙、赤)の波長である400〜780nmと深紫外との間の領域を近紫外(350〜400nm)という。波長が200nm以下の短波は、空気中の酸素を分解してオゾンを発生させる波長域で真空紫外という。深紫外は、“殺菌”、つまりタンパク質の分解に最も効果的な波長である260〜280nm帯や、皮膚の日焼けなどを起こすUV-B(280〜315nm)の波長を含む。深紫外はDNA、タンパク質、生物・生体への作用が大きいことから、医療、殺菌・浄水、生化学分野への応用が重要である。また、酸化チタンなどの光触媒に照射することで、ダイオキシン、PCB、有機塩素化合物、各種環境ホルモンなどの難分解性汚染物質を高速分解処理できるなど、使い道は幅広い。
※3 窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系半導体
窒化物半導体材料の1種で、最もバンドギャップの大きい半導体材料であるAlN(窒化アルミニウム)とGaN(窒化ガリウム)の混晶。混晶中のAlとGaの組成比を変化させることによって、波長200〜360nmまでの広い深紫外波長の発光を得ることができるため、深紫外半導体発光素子の構成材料として注目されている半導体材料である。窒化物半導体はGaNを中心に開拓された材料系で、InGaAlN系混晶として利用可能である。市販されている高輝度青色LED、青色半導体レーザ(LD)では、窒化インジウムガリウム(InGaN)が発光層に用いられている。深紫外発光デバイスの開発では、よりバンドギャップの大きい窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系材料が用いられる。AlGaNにInを加えると発光効率が向上するため、紫外高効率発光素子実現において有用である。
※4 p型半導体のホール濃度
半導体にごく微量の不純物をドーピングして、電荷として正孔(ホール)を運ぶ半導体がp型半導体である。窒化物半導体ではマグネシウム(Mg)をドーピングすることによりp型半導体となるが、p型AlGaN半導体材料においてはMgのエネルギー準位が深いため、ホールの活性化率が低い。特に殺菌波長で光る高Al組成のp型AlGaNでは、ホール濃度が通常のp型半導体材料に比べ、最大でも100分の1程度と極めて低い。LEDではp型半導体とn型半導体の接合部分からホールと電子が結合し発光が起こるが、p型半導体のホール濃度が低いと、電子はホールと結合することなくn型半導体側の電極に達してしまうため、発光効率が著しく低下する。さらに、ホール濃度が低いとp型半導体層が高抵抗となり、発熱することからも発光強度を低下させる。
※5 内部量子効率
LEDやレーザダイオード(LD)に電流を流すことによって発生する電子とホールの対は、光を放射して発光再結合するか、結晶中に存在する欠陥などを介在して非発光再結合光する。内部量子効率とは、電子とホールの対がどれだけ、そのエネルギーに対応した光(光子)として放射されるか、その割合を示す。内部量子効率は、結晶中の欠陥の密度や発光機構などによって左右される。窒化物材料系でも、青色発光するInGaN材料ではすでに80%以上の内部量子効率が得られている。一方、紫外発光するAlGaN材料では、通常の結晶の転位密度(貫通転位密度が1010cm-2程度)において内部量子効率は1%程度と低いため、LED素子への応用を考えた場合大きな問題であった。Inを混入したInAlGaN4元混晶では、同様のレベルの貫通転位密度の場合でも50%程度の内部量子効率が得られるため、紫外LEDの発光層として有用であると考えられる。
※6 InAlGaN(窒化インジウムアルミニウムガリウム4元混晶)
紫外発光するAlGaN材料にInを添加した4つの原子からなる混晶(4元混晶)である。AlGaNに数%程度Inを混入すると、結晶中のInの組成変調効果により、発光効率が高くなるため、深紫外発光素子の発光領域として有用であると考えられている。
※7 In組成変調効果
InGaNあるいはInAlGaN4元混晶を結晶成長すると、結晶成長の行程でIn組成がnmオーダーで不均一に分布する組成のゆらぎが起こる。AlGaN結晶ではInを数%添加することにより、Inの不均一分布が起こり、キャリア(電子・ホール)を捕獲しやすいエネルギーポテンシャルの低い領域が形成される。AlGaN結晶は転位などの結晶欠陥が多く、キャリアが欠陥に捕捉され発光に至らない(非発光再結合)ため発光効率が低いが、InAlGaN4元混晶では、Inの偏析した領域に捕獲されたキャリアが、結晶欠陥の影響を受けることなく発光に至る(発光再結合)ため、高い発光効率が得られると考えられている。
※8 発光再結合
半導体媒質中で、電子と正孔(ホール)が再結合して、そのエネルギーに対応した波長で発光すること。LEDやレーザダイオード(LD)では、電子はn型半導体を伝導し、ホールはp型半導体を伝導し、その接合付近で発光再結合し発光する。それに対し、非発光再結合とは、電子が不純物準位や結晶中に存在する転位(欠陥)などで発生した欠陥準位を介して、電子とホールが光を放射せずに再結合する現象。
※9 モジュレーションドーピング
量子井戸発光層のバリア層のみにドーピングし、発生するキャリアによる電界スクリーニング効果を用いて、量子井戸内の内部電界を緩和させる方法。
※10 量子井戸発光層
半導体材料の組成の違う井戸層とバリア層を、半導体中の電子の波長程度(層厚3〜5nm)の層厚で数段積層した構造。電子とホールを量子井戸に注入すると、電子の閉じ込め効果で、発光スペクトルがシャープになり、高効率発光する。LEDやレーザダイオード(LD)の発光領域として一般的に用いられる。
※11 内部電界
6方晶系の窒化物半導体では、結晶中に自発分極(イオン性結晶などで結晶中に自然に発生する分極)や、結晶の歪に起因して発生するピエゾ電界が結晶中に自発的に発生する。量子井戸の井戸領域内部に発生するこれらの電界の和を内部電界と呼んでいる。量子井戸に内部電界が発生すると電子・ホールの波動関数に空間的な偏りが生じ発光効率を著しく低下させる。したがって、量子井戸の内部電界は本来十分低いことが望ましい。本研究では、内部電界を緩和するため、モジュレーションドーピングを用いている。窒化物半導体発光素子では、内部電界がかからない結晶軸を持つ基板上に発光領域を形成し、発光効率を向上させる方法が、最近大きな注目を集めている。


< 参考 >

1) 独立行政法人理化学研究所
独立行政法人理化学研究所は、科学技術(人文科学のみに係るものを除く)に関する試験及び研究などの業務を総合的に行うことにより、科学技術の水準の向上を図ることを目的とし、日本で唯一の自然科学の総合研究所として物理学、工学、化学、生物学、医科学などにおよぶ広い分野で研究を進めている。研究成果を社会に普及させるため、大学や企業との連携による共同研究、受託研究などを実施しているほか、知的財産権の産業界への技術移転を積極的に行っている。
2) 松下電工株式会社
松下電工株式会社は、照明、情報機器、電器、住宅建材、電子材料、制御機器などの製造、販売、施工および各種のサービス活動を行っている。
本研究においては、2004年度より理研知的財産戦略センターの「産業界との融合連携研究プログラム」に参画し、共同研究を通して深紫外LEDの殺菌灯への応用に取り組んでいる。



図1 半導体深紫外光源の応用分野


図2 実現した高出力280nm帯深紫外LED(InAlGaN4元混晶)と出力特性

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