プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科
タンパク質に人工アミノ酸を組み込む融合酵素の開発に初めて成功
- アミノ酸を正しく識別する「校正」機能を持つチロシルtRNA合成酵素を開発 -
平成20年8月19日
◇ポイント◇
  • 2つの異なる酵素から機能部位を切り出し、融合した新規酵素の開発に成功
  • 人工アミノ酸「ヨード・チロシン」を選択的に組み込んだタンパク質を合成
  • 医薬品への応用も可能な人工アミノ酸を持つ新種タンパク質の開発に新たな道
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(小宮山宏総長)は、人工アミノ酸をタンパク質に正確に組み込む働きをする新規融合酵素の開発に成功しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)、同研究領域 拡張遺伝暗号システム研究チームの坂本健作チームリーダー、および大木健二研修生(東京大学大学院修士課程)らの成果です。
 タンパク質は、生き物の体を作るだけでなく、酵素として代謝を制御し、DNAやRNAから遺伝情報を引き出すなど多彩な機能を発揮しています。このようなタンパク質の機能をさまざまな用途に役立てるため、タンパク質を自由にデザインし、新しいタンパク質を作り出すための研究が進んでいます。特に、自然界に存在しない人工アミノ酸を組み込んだタンパク質は、人為的に多様な機能を持たせることができるため、その技術開発が注目されています。研究チームはこれまでに、人工アミノ酸「ヨード・チロシン」を組み込んだタンパク質の合成に成功しています。しかし、タンパク質合成の際に、天然アミノ酸と人工アミノ酸を正確に識別できる酵素の開発には至っていませんでした。
 タンパク質合成にかかわる酵素は、生命現象の根幹に関わる遺伝情報の発現に関与しているため、改変することがきわめて難しい酵素です。また、多くの場合、1つのまとまった構造をとっているタンパク質は、その部分を取り換えたり、ほかのタンパク質の一部を取り入れたりすると、タンパク質の立体構造が壊れてしまうことが知られています。今回、研究チームは、異なる生物種の酵素から「校正」機能部位を取り出して、人工アミノ酸を認識する酵素と融合することで、ヨード・チロシンを選択的に組み込むことが可能な新規酵素の開発を実現しました。タンパク質の結晶構造の知見を利用し、2種類のタンパク質由来の機能部位が協調して働く酵素を創り出したのは、世界で初めてのことです。
 このような融合酵素を活用すると、通常のタンパク質に人工アミノ酸を容易に組み込むことが可能になります。真核生物のタンパク質合成系に加えることで、人工アミノ酸を組み込んださまざまな新種タンパク質を大量に作り出すことができ、これら新種タンパク質は、効果の高い医薬品や、性質が飛躍的に向上した工業用酵素やバイオ素材として役立つことが期待されています。
 本研究成果は、わが国で推進している「ターゲットタンパク研究プログラム」の一環として行われたもので、米国の科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』8月18日の週にオンライン掲載されます。


1. 背景
 タンパク質は、トリプトファンやメチオニンなどの必須アミノ酸を含む20種類のアミノ酸が、どのような順番で、何個並んでいるかによって構造と機能が決まります。そのアミノ酸配列は、DNAに書き込まれた遺伝情報によって定められています。最近、タンパク質中のアミノ酸の種類を増やすことで、役立つタンパク質を人為的に作るための研究が進んでいます。このような試みは、遺伝情報で定まっている基本的な成り立ちを改変することになるため、実現にはさまざまな困難が伴います。特に、人工アミノ酸の組み込みに関与する酵素を作り出すことは、非常に困難な課題でした。
アミノ酸は、生き物に取り込まれると、リボソームという「タンパク質の合成工場」に運ばれます。このとき細胞内では、アミノ酸の種類を正しく見分け、適切なtRNA※1に結合させて、リボソームまで運搬する酵素が働きます。多くの生き物には、このような酵素が、20種類のアミノ酸1つ1つに対応して20種類存在しています。たとえば、アミノ酸の1つであるチロシンには、チロシルtRNA合成酵素(TyrRS)が働き、チロシンをチロシン専用のtRNAに結合します。そのため、人工アミノ酸を通常のタンパク質に組み込むためには、人工アミノ酸に対応したtRNA合成酵素が必要になります。これまで、天然に存在するtRNA合成酵素にわずかな改変を行うことで、人工アミノ酸に対応したtRNA合成酵素が作られてきました。
 研究チームも、大腸菌のTyrRSを改変して、ヨウ素(I)原子を含む人工アミノ酸(ヨード・チロシン)に対応するtRNA合成酵素変異体(iodoTyrRS)の作成に成功しています(図1)。しかし、このiodoTyrRSはヨウ素原子を含まない天然のチロシンもtRNAに結合させてしまい、アミノ酸の選択性が不確実でした。天然のアミノ酸に対応するtRNA合成酵素は、DNAの遺伝情報を正しく読み取るために、非常に精密にできています。したがって、TyrRSが、チロシンとヨード・チロシンの2種類のアミノ酸を識別できずに、2種類ともtRNAに結合させてしまうことはありません。ヨード・チロシンとチロシンを確実に識別できないiodoTyrRSは、天然のtRNA合成酵素の完成度に達していませんでした。


2. 研究手法と成果
 人工アミノ酸であるヨード・チロシンと天然のチロシンとの違いは、わずかヨウ素原子1つ分だけです(図1)。この2つのアミノ酸を正確に見分ける酵素を作るために、研究チームは、天然の酵素が持っている仕組みを借りてくることにしました。天然の酵素であるフェニルアラニルtRNA合成酵素(PheRS)※2は、ときどきチロシンをフェニルアラニンと間違えてtRNAに結合してしまいますが、すぐに間違いに気づいてtRNAからチロシンを取り外す「校正」機能を内部に持っています。一方、チロシルtRNA合成酵素には、このような校正機能を持つ領域が存在しません。そこで、研究チームは、ヨード・チロシンとチロシンを識別できないiodoTyrRSに、PheRSの校正機能領域を「移植」すると、間違ってチロシンを結合したtRNAを校正領域がすぐに分解し、ヨード・チロシンを結合したtRNAだけをリボソームまで運搬すると考えました。
(1) PheRSの校正領域の切り出し
 実験には、校正領域が比較的安定で、それだけを切り出しても正しい立体構造をとると考えられる大腸菌PheRS、好熱性細菌PheRS、および好熱性古細菌※3PheRSの3種類のPheRSを用いました。大腸菌、好熱性細菌、好熱性古細菌のPheRSのβサブユニットから、それぞれ3〜4通りの切り出し方で校正領域を含む断片を切り出し、それらの活性を調べました。このうち、好熱性古細菌から、ほかに比べて小さな断片(200個のアミノ酸を含む)を、活性断片として取り出すことができました。この好熱性古細菌の酵素のβサブユニットの立体構造は、すでに理研と東京大学で決定しており、その知見が領域の切り出し方を決めるために役立ちました。
(2) iodoTyrRSへの校正領域の移植
 次に、この校正領域をチロシルtRNA合成酵素変異体(iodoTyrRS)に移植することを試みました。一般に、1つのまとまった構造をとっているタンパク質に、ほかのタンパク質から取り出した大きな断片を挿入することは困難です。今回の研究では、移植断片の大きさはアミノ酸200個分に相当し、移植されるiodoTyrRSの大きさはアミノ酸450個程度でした。校正領域をiodoTyrRSのN末端(タンパク質の窒素原子側の末端)に結合し、融合酵素を作成することは容易です。しかし、この融合酵素では校正機能と酵素の機能がうまく協調して働かないことが、実際のタンパク質合成の生化学的実験で判明しました。
 そこで、研究チームは、iodoTyrRSの内部のさまざまな位置に、片っ端から校正領域を移植することを試みました。この移植位置の選定には、理研と東大の共同研究で決定したiodoTyrRSの立体構造が役立ちました。(2005年1月25日プレス発表
 また、校正領域とiodoTyrRSをつなぐ結合部分のアミノ酸配列についても検討を行いました。その結果、iodoTyrRSの166番目と167番目のアミノ酸の間に校正領域を挿入すればよいことがわかりました(図2)。この位置に校正領域を導入したチロシルtRNA合成酵素の新たな変異体(iodoTyrRS-ed)は、間違ってチロシンをtRNAに結合するとすぐに分解しました。この活性によって、ヨード・チロシンだけをtRNAに結合してリボソームまで運搬することができました。実際に、この新たに開発した融合酵素iodoTyrRS-edを、小麦胚芽の無細胞タンパク質合成システムと動物細胞で用いたところ、それぞれの真核生物のシステムでヨード・チロシンだけが、タンパク質の狙った部位に組み込まれることを確認できました(図3)


3. 今後の期待
 人工アミノ酸をタンパク質に組み込むことで、タンパク質に新規な性質を与えたり、人為的な修飾を施したりすることが可能になります。人工アミノ酸を組み込んで修飾を施した抗体は、血液中で安定化し、高い効果を示すとされ、抗体医薬※4への応用が可能です。また、蛍光を持つ人工アミノ酸を組み込むことで、蛍光を発するタンパク質を作り出し、別のタンパク質に光に反応する官能基を持つアミノ酸を組み込んで、それらのタンパク質同士が細胞内で安定に連結し、相互作用する様子を捉えることもできます。今回開発した酵素に対応するヨード・チロシンをタンパク質に組み込むと、生命分子の立体構造解析に役立てることができます。このように、人工アミノ酸は、さまざまな用途と可能性を秘めています。さらに、本研究成果は、校正領域の移植によって人工アミノ酸だけに対応する酵素を作り出せることを示しており、チロシンtRNA合成酵素以外にも応用が可能で、今後、大腸菌や動物細胞で組み込み可能な人工アミノ酸のレパートリーを、一気に拡大させることが期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
生命分子システム基盤研究領域 領域長
東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授
横山 茂之(よこやま しげゆき)

Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195
横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
横山 広美

Tel: 03-5841-8856 / Fax: 03-5841-1035


<補足説明>
※1 tRNA
転移リボ核酸の略号。1つの生物種には、各アミノ酸の種類ごとに1〜数種類のtRNAが存在する。tRNAはそれぞれ対応するアミノ酸を末端に結合し、リボソームまで運搬する。リボソームにアミノ酸を受け渡すと、再びアミノ酸を結合して、リボソームまで運搬する働きを繰り返す。
※2 フェニルアラニルtRNA合成酵素(PheRS)
フェニルアラニンは20種類のアミノ酸のうちの1つ。フェニルアラニンのメチルエステルと別のアミノ酸であるアスパラギン酸が結合したアスパルテームは合成甘味料として有名である。フェニルアラニルtRNA合成酵素は、フェニルアラニンを対応するtRNAに結合させる働きを持つ。フェニルアラニンとチロシンの違いは、水酸基1つ分なので、間違えてチロシンをtRNAに結合させてしまうことがあるが、校正機能によってチロシンをtRNAから外す機能を有している。
※3 古細菌
すべての生物を3つのグループに分けると、真核生物と真正細菌と古細菌に分けられる。古細菌は、温泉や海底などの極端な条件下で増殖しているものが多い。高い温度で増殖するグループは、好熱性古細菌と呼ばれ、含まれるタンパク質も安定性の高いものが多い。
※4 抗体医薬
抗体は生物が外部からの侵入物に対して作り出す免疫系のタンパク質であり、侵入物の一部を認識して結合する。このような抗体は人工的に生産することができ、がん化などにかかわる特定のタンパク質に結合して効果を中和する抗体が医薬品として多数開発されている。


図1 結合ポケットに入ったヨード・チロシンとチロシン
図1 結合ポケットに入ったヨード・チロシンとチロシン
(A) チロシンとPheRSの校正領域のチロシン結合ポケット。
(B) ヨード・チロシンとiodoTyrRSの結合ポケット。iodoTyrRSの結合ポケットは、TyrRSのチロシン結合ポケットが左側に広がった形をしており、ヨード原子がぴったりと収まっている。しかし、チロシンもこのiodoTyrRSのポケットに入り込むことができるため、iodoTyrRSはヨード・チロシンとチロシンの両方に対応した酵素になってしまっている。


図2 iodoTyrRS-edとほかの酵素との比較
図2 iodoTyrRS-edとほかの酵素との比較
開発したiodoTyrRS-edと別の位置に校正領域を導入した酵素(Ped-N-IYRS、Ped-AC-IYRS)の立体構造モデルと、校正領域を持つ天然の酵素(ThrRS、LeuRS)の結晶構造。水色、青色は酵素本体、赤色、えんじ色は校正領域を示す。いずれもtRNA(草色)が結合している。iodoTyrRS-edは2つの酵素分子、2つの校正領域および1つのtRNA分子が結合した状態のモデルを示した。興味深いことに、iodoTyrRS-edは遠縁の酵素であるThrRSと、校正領域・tRNA・酵素本体の相対的な配置がよく似ている。Ped-N-IYRSは2通りの状態を示したが、校正領域の校正反応部位と酵素本体のアミノ酸活性化部位が遠く離れることがあり、実際に校正領域と酵素本体との協調した働きが見られなかった。Ped-AC-IYRSは、校正反応部位とアミノ酸活性化部位が、iodoTyrRS-edよりも遠く離れており、Ped-N-IYRSと同様に、校正領域と酵素本体との協調した働きが見られなかった。


図3 iodoTyrRS-edを用いて動物細胞で人工アミノ酸をタンパク質に組み込む仕組み
図3 iodoTyrRS-edを用いて動物細胞で人工アミノ酸を
タンパク質に組み込む仕組み
開発したiodoTyrRS-edとtRNAを動物細胞で発現させる。人工アミノ酸(ヨード・チロシン:黄緑ひし形)は細胞内に取り込まれて、iodoTyrRS-edの働きでtRNAに結合して、リボソーム上でタンパク質に組み込まれる(図の左半分)。この仕組みは、天然のアミノ酸(白丸)がタンパク質に組み込まれる仕組み(図の右半分)とまったく同じである。つまり、iodoTyrRS-edは、動物細胞内で天然の酵素とほとんど同じ働き方をしている。

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