プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
公立大学法人 横浜市立大学
国立大学法人 千葉大学
株式会社 常磐植物化学研究所
低カロリー天然甘味成分を合成する酵素遺伝子を発見
- 甘味効果が砂糖の150倍の「グリチルリチン」大量生産へ第1歩 -
平成20年9月9日
◇ポイント◇
  • CYP88D6遺伝子を導入した酵母でグリチルリチン生合成中間体の蓄積に成功
  • 乱穫による野生カンゾウ絶滅の危機防止にも貢献
  • ほかの植物や酵母で天然の甘味成分、医薬品原料の工業生産が可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、公立大学法人横浜市立大学(本多常高理事長)、株式会社常磐植物化学研究所(立崎隆社長)および国立大学法人千葉大学(齋藤康学長)は、国立大学法人京都大学(尾池和夫総長)、日本大学(酒井健夫総長)らと共同で、天然の甘味成分である「グリチルリチ※1」生合成の鍵となる酵素遺伝子を初めて明らかにしました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)多様性代謝研究チームの村中俊哉客員主管研究員(本務:横浜市立大学木原生物学研究所教授)、關光客員研究員(本務:同特任准教授)と同センター代謝機能研究グループ(斉藤和季グループディレクター、本務:千葉大学大学院薬学研究院教授)大山清リサーチアソシエイト、株式会社常磐植物化学研究所の須藤浩研究員ならびに澤井学研究員(共に千葉大学大学院薬学研究院外部機関共同研究員)らの共同研究による成果です。
 マメ科植物の甘草(カンゾウ)地下部(肥大根および地下茎)から抽出されるグリチルリチンは、天然の甘味料、医薬品として世界的に大きな需要があります。しかし、栽培されたカンゾウではグリチルリチンの蓄積量が低く、収穫までに数年を要することなどから、供給のほとんどが野生のカンゾウの採取に依存しているのが現状で、希少な有用植物の1つに数えられています。主な産地である中国では、カンゾウの輸出規制も始まっています。
 研究チームは、「オールジャパン」の研究体制※2を組織し、グリチルリチン生合成の鍵となる酵素遺伝子「CYP88D6」の同定に成功しました。さらに、この遺伝子産物が、植物二次代謝産物の生合成において重要な、チトクロームP450※3と呼ばれる一群の酸化酵素の1つであることを解明しました。この遺伝子配列情報を基に、栽培に適したカンゾウ植物の品種改良や、栽培条件の最適化研究が可能となり、ひいては野生カンゾウの乱穫防止、生態系の保全にも役立つと考えられます。さらに将来的には、ほかの植物や酵母などにこの遺伝子を導入することで、天然甘味成分の工業生産が期待できます。
 本研究成果は、理研植物科学研究センターと横浜市立大学木原生物学研究所の連携研究による初めての成果であり、成果の一部は(株)常磐植物化学研究所および千葉大学らが受託する新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の“植物の物質生産プロセス制御基盤技術開発”プロジェクトの中で行われました。研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences』9月8日の週にオンライン掲載されます。


1. 背景
 マメ科植物カンゾウ(図1)の地下部(肥大根および地下茎、図2)は「甘草根」と呼ばれ、甘味料、医薬品原料として大きな需要があり、世界市場における甘草根の年間輸出額は4,200万ドルにも上ります(Parker P-M (2006) ICON Group International Inc.)。これは、甘草根の抽出成分(カンゾウエキス)の主要成分であるトリテルペンサポニ※4の一種「グリチルリチン」が、砂糖の150〜300倍の甘さを持ち、天然甘味料として数多くの食品に添加されているためです。また非糖質系甘味料(一般にカロリーゼロと言われる)であることから、メタボリック症候群の予防に役立つ甘味料として注目されています。さらに、グリチルリチンには、肝機能補強機能、抗ウイルス作用などの薬理効果があり、甘草根は日本薬局方(医薬品に関する品質規格書)に収載されている漢方処方の70%余りに配合される重要な生薬の1つです(図3)。また、カンゾウは、米国国立がん研究所が1990年に開始した「デザイナーフーズ計画」において、ニンニクなどと並び、がん予防に最も効果的な食品の1つとして位置づけられています。
 甘草根の供給は、中国、中近東などの乾燥地域に自生する野生種に依存し、1kgのカンゾウの採取で5平方メートルの草原が破壊されるとの報告もあり、生産国では輸出規制が始まっています。主産国の中国のほかモンゴルなどにおいては、栽培化への取り組みが行われていますが、栽培品ではグリチルリチンの蓄積量が低いことが問題となっています。
 良質の甘草根およびその成分を安定かつ持続的に供給するため、栽培条件の最適化や品種改良などの生産技術の確立が必要です。将来的な、グリチルリチン高生産品種の分子育種や、発酵工業的手法によるグリチルリチン生産のためにも、生合成機構の解明と合成酵素の同定が必要不可欠になりますが、それらについての知見は、これまでほとんどありませんでした。そこで、グルチルリチン生合成分子機構の解明に向けて、生物有機化学的手法、分子生物学的手法、組織培養法など、さまざまなテクノロジーを駆使して研究を実施することが求められていました。


2. 研究手法と成果
 グリチルリチンは、植物に共通に存在するトリテルペンであるβ-アミリンの11位、30位の炭素原子に対する酸化反応と、3位の水酸基への糖転移反応により生合成されると考えられます(図4)。酸化テルペノイドを含む植物二次代謝産物生合成において、この酸化反応にはチトクロームP450(以下P450と省略)と呼ばれる一群の酸化酵素が関与することが知られています。そこで研究チームは、ウラルカンゾウ(学名Glycyrrhiza uralensis)の地下茎から作製した完全長cDNAライブラリー※5の合計56,000 EST※5を利用し、この中からP450タンパク質に特徴的に見られるアミノ酸配列をコードする約40の遺伝子を選び出し、トリテルペン酸化酵素の候補遺伝子としました。一般に、二次代謝産物産生および蓄積パターンと、生合成遺伝子の発現パターンには正の相関性があります。すなわち、二次代謝産物を産生、蓄積する部位では、生合成遺伝子が特異的に発現していると考えられます。そこで、選び出した約40遺伝子から、グリチルリチンを産生する根および地下茎での発現が高く、グリチルリチンを産生しない地上部での発現がほとんどない遺伝子を選別し、5つにまで絞り込みました。
 これら5つの候補遺伝子の機能を解明するため、まずバキュロウイルス/昆虫細胞※6を用いて各遺伝子を発現させ、P450タンパク質を含むミクロソーム画※7を用いた試験管内での酵素反応実験を行いました。その結果、5つのうち1つのP450タンパク質が、β-アミリンの11位の2段階の水酸化反応を触媒し、β-アミリンをグリチルリチンの生合成中間体の1つである11-オキソ-β-アミリンに変換する活性を持つことが判明しました。このP450タンパク質をコードする遺伝子を「CYP88D6」と名付けました。次に、生体内でも同様の反応が起ることを確認するために、別のマメ科植物であるミヤコグサからすでに単離されていたβ-アミリン合成酵素遺伝子とCYP88D6遺伝子を酵母に導入しました。その結果、この酵母は、先の試験管内での反応実験と同じ物質である11-オキソ-β-アミリンを高蓄積することを確認しました。
 今回単離したCYP88D6は、成長に必須な植物ホルモンであるジベレリンの生合成経路において、エントカウレン酸酸化酵素として機能するCYP88Aサブファミリーと同じファミリーに属するP450です。しかし、CYP88D6タンパク質は、エントカウレン酸酸化酵素としては機能しないことも明らかになりました。興味深いことに、CYP88D6と類似性の高いP450(CYP88Dサブファミリー)は、タルウマゴヤシ、ミヤコグサなど、カンゾウと同じマメ科植物にのみ見いだされました。マメ科植物には、マメ科植物特有のトリテルペンサポニンが多く含まれていることから、CYP88Dサブファミリーはマメ科で特異的に進化したものと考えられます。


3. 今後の期待
 今回、天然の甘味成分であるグリチルリチンの生合成の鍵となる酵素遺伝子を初めて同定し、さらにグリチルリチン生合成中間体を酵母で高蓄積させることに成功しました。この遺伝子配列情報を基に、栽培に適したカンゾウの品種改良や、栽培条件の最適化研究を効率的に行うことが可能となり、野生植物の乱穫防止や乾燥地帯の環境保護にも役立つと考えられます。さらに将来的には、この遺伝子をほかの植物や酵母などに導入することにより、天然甘味成分生産の工業化も期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 植物科学研究センター
多様性代謝研究チーム 客員主管研究員
公立大学法人横浜市立大学木原生物学研究所 教授
村中 俊哉(むらなか としや)

Tel: 045-820-2445 / Fax: 045-503-9492
横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
公立大学法人横浜市立大学 研究推進センター

Tel: 045-787-2063 / Fax: 045-787-2025
国立大学法人千葉大学 大学院薬学研究院

Tel: 043-290-2972 / Fax: 043-290-2974
株式会社常磐植物化学研究所 研究開発部

Tel: 043-498-0079 / Fax: 043-498-2392

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 グリチルリチン
マメ科植物カンゾウの地下部に含まれる主活性成分(砂糖の150〜300倍の甘味を持つといわれる)。低カロリーであることから、メタボリック症候群の予防に役立つとして注目されている。肝機能補強機能、抗ウイルス作用などが知られている。化合物としてはトリテルペンサポニンに分類される。
※2 オールジャパンの研究体制
国内のカンゾウ研究者が集まり、2005年から開始した「カンゾウ勉強会」を中心に、グルチルリチン生合成分子機構の解明に向けて、生物有機化学的手法、分子生物学的手法、組織培養法などの情報交換を行って来た。本論文の共著者となった研究機関以外に、かずさDNA研究所、理研オミックス基盤研究領域、北海道医療大学、独立行政法人医薬基盤研究所薬用植物研究センター、岩手医科大学などの研究者が関わっている。
※3 チトクロームP450
タンパク質と鉄錯体のヘムからなり、鉄原子が酸素分子を結合することで、さまざまな分子に酸素を添加する働きを持つ酵素群。ヘムの鉄原子に一酸化炭素が結合すると450nmの波長の光を吸収する色素(Pigment)という意味から、P450と名前がつけられている。これまで約7,000種類近くのP450が生物界において発見されている。シロイヌナズナおよびイネのゲノム解析から、植物のゲノム遺伝子の約1%がP450の遺伝子で占められることが明らかになっており、P450が植物二次代謝産物の多様化に深く関与していることがうかがえる。P450タンパク質は、アミノ酸配列が40%以上一致すると同一ファミリーに、55%以上一致すれば同一サブファミリーに分類されるのが原則である。
※4 トリテルペンサポニン
炭素数5のイソプレン単位を6つ持ち、計30の炭素数で構成されている化合物群をトリテルペンという。トリテルペンに糖が結合した化合物群をトリテルペンサポニンと呼び、一部の双子葉植物に蓄積している。カンゾウのグリチルリチン、チョウセンニンジンのジンセノサイド類、サイコのサイコサポニン類など、重要な薬理作用を持つものが知られている。
※5 cDNAライブラリーとEST
機能のある遺伝子として発現しているmRNAを、人工的にコピーした相補的(complementary)DNAをcDNAと呼び、特定の細胞や植物のcDNAをすべて集めたライブラリーを作製し、研究で広く使われている。またcDNAライブラリーのうち末端の数百塩基程度の配列を決定したものを、EST(Expressed Sequence Tag)と呼ぶ。
ウラルカンゾウのcDNAライブラリーおよびESTは、かずさDNA研究所と理研ゲノム科学総合研究センター遺伝子構造・機能研究グループ(2008年4月より理研オミックス基盤研究領域に改組)との協同研究の中で整備した。
※6 バキュロウイルス/昆虫細胞系
バキュロウイルスは、昆虫細胞に感染する2本鎖DNAウイルスで、核多角体病ウイルスとも呼ばれる。感染細胞内でポリヘドリンと呼ばれるタンパク質を大量に合成し、感染後期には全細胞タンパク質の約半分近くにも達する。ポリヘドリン遺伝子の強力なプロモーターの下流に外来遺伝子を連結し、昆虫細胞に感染させることで、昆虫細胞内で組み換えタンパク質の合成を行うことができる。
※7 ミクロソーム画分
細胞を破砕した後に遠心分離して得られる、小胞体、細胞膜、ゴルジ体膜などを含む画分。高等植物では、ほとんどのP450タンパク質は小胞体膜上に局在するため、ミクロソーム画分に含まれる。


図1 カンゾウ植物
図1 カンゾウ植物
写真提供:須藤浩博士(株式会社常磐植物化学研究所)


図2 カンゾウ植物を掘り起こしたもの
図2 カンゾウ植物を掘り起こしたもの
写真提供:須藤浩博士(株式会社常磐植物化学研究所)


図3 生薬として用いられる甘草根ときざみ(甘草根を刻んだもの)
図3 生薬として用いられる甘草根ときざみ(甘草根を刻んだもの)
写真提供:豊岡公徳研究員(理研植物科学研究センター機能開発研究グループ)
カンゾウの甘味成分グリチルリチンは砂糖の150〜300倍の甘さがある。


図4 グリチルリチンの予想生合成経路
図4 グリチルリチンの予想生合成経路
β-アミリン以降がカンゾウに特異的な代謝経路と考えられる。CYP88D6が触媒する反応を赤い矢印で示した。

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