プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
1塩基レベルのゲノム機能解明が可能に
- 点突然変異マウスライブラリーを整備、広く研究者に提供 -
平成20年9月10日
◇ポイント◇
  • 約10,000匹の変異マウスを基盤に、次世代ジーンターゲッティング法が確立
  • 第3期国際マウスミュータジェネシス実現に向け、基盤整備で世界をリード
  • 生活習慣病や精神疾患など多因子疾患の原因解明にも貢献できるリソースに
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、特定の遺伝子に点突然変異を持つモデルマウスを、研究者にいつでも提供できるバイオリソースとして「点突然変異マウスライブラリー」を、世界に先駆けて開発、整備しました。今回、この点突然変異マウスライブラリーが、これから国際的に大規模な展開が見込まれる第3期マウスミュータジェネシスプロジェクトの中核的なライブラリー※1となるとの展望を示しました。これは理研バイオリソースセンター(理研BRC。小幡裕一センター長)新規変異マウス研究開発チームの権藤洋一チームリーダーらの研究グループによる成果です。
 ゲノム機能の解明には、マウス胚性幹(ES)細胞とジーンターゲッティング法※2を駆使したノックアウトマウス法が革命をもたらし、ヒト疾患メカニズムからゲノム機能解明にいたるまで飛躍的な進歩をもたらしました。しかし、ノックアウトマウス法では、標的遺伝子が生命に必須な遺伝子の場合、遺伝子を丸ごと破壊すると個体が生存できず、詳細な機能解明が困難でした。研究グループは2000年から、ノックアウトマウス法に代わる、新しいジーンターゲッティング法として、ゲノムDNAの1文字(1塩基)をさまざまな箇所で置換させたモデルマウスを広く提供できる、点突然変異マウスライブラリーを開発してきました。これにより、これまで解析が困難だった遺伝子についても解析が可能となり、さらには、ターゲット遺伝子内部の詳細な働きを塩基レベルで解明するシステムを世界で初めて実現しました。
 点突然変異マウスライブラリーの開発整備は国際的に広がり、ライブラリーに蓄積した点突然変異の高速検出が、これから展開する第3期マウスミュータジェネシス推進の鍵になっています。特に、早ければ2009年にも完成するといわれる「1,000ドルシーケンシングテクノロジー」をいち早く利用するための開発競争がいま各国で進んでいます。1,000ドルシーケンシングが実現すると、全変異のカタログ化が可能となり、ヒト疾患解明やゲノム創薬開発を加速するゲノム機能解明が急速に進んでいくものと期待されています。
 本研究成果は、『Nature Reviews Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(9月10日付け)に掲載されます。


1. 背景
 私たちを取り巻く環境と個人が持つ遺伝子との相互作用が、どのようにして疾患や体質などに影響し、また、生物個体を成り立たせているのか、そのメカニズムの解明が21世紀ライフサイエンスの大きな課題となっています。この生命そのものの成り立ちを理解する第一歩として、全遺伝子をコードしているヒトゲノム30億塩基対の配列が、国際的な共同プロジェクト「ヒトゲノムプロジェクト」で解読されました。その解読が完了した今、それぞれの塩基配列の機能解明へと研究が展開しています。ゲノム機能解明に飛躍的な進展をもたらした技術の1つが、ジーンターゲッティング法とマウス胚性幹(ES)細胞を駆使した「ノックアウトマウス法」です。これによって、機能を知りたい遺伝子を丸ごと破壊したマウスを作製できるようになり、その表現型の違いから、生物個体レベルでの遺伝子機能を直接的に知ることができるようになりました。この革新的な功績により、2007年のノーベル生理医学賞が米国のユタ大学のマリカ・カペッキ教授、英国カーディフ大学のマーティン・エバンス教授、米国ノースカロライナ大学のオリバー・スミシーズ教授の「ES細胞を用いて、マウスにある特定の遺伝子を修正するための基本原理」、いわゆる「ノックアウトマウス法の開発」に授与されました。
 しかし、1つの遺伝子を丸ごと破壊して機能を解明するノックアウトマウス法では、標的遺伝子が生命に必須な遺伝子の場合、個体が生存できず、その遺伝子の詳細な機能解明が不可能でした。そこで、ノックアウトマウス法に代わる理想的な次世代ジーンターゲッティング法として、標的遺伝子の1塩基をいろいろな箇所で変え、より詳細な機能解析もできるモデルマウス作製法が待ち望まれ、多くの研究者が開発を試みてきました。これを実現したのが、理研が2000年から世界に先駆けて開発してきた「点突然変異マウスライブラリー」です。
 一方で、1997年から、モデルマウスを大規模に作製し、ゲノム機能を個体レベルで全遺伝子にわたって直接解明していく「大規模マウスミュータジェネシスプロジェクト※3」が国際的に進められてきました。第1期では、強力な化学変異原エチルニトロソウレア(ENU)※4でミュータジェネシスを行い、世界中で20ほどのプロジェクトが展開しています(理研も1999年から参画)。第2期では、ノックアウトマウス法によりモデルマウスを作出し、アメリカ、欧州連合、カナダを3拠点として進んでいます(日本は不参画)。この第1期、第2期それぞれの特長を生かしつつ、欠点も補える点突然変異マウスライブラリーを用いる次世代ジーンターゲッティング法が、国際的に準備が進行している第3期マウスミュータジェネシスプロジェクトの中核となりうると注目されています。


2. 研究手法
 研究グループが2000年に開発に着手した次世代ジーンターゲッティング法は、ゲノムDNAの1文字置換をランダムに誘発する化学変異原エチルニトロソウレア(ENU)を用い、標的遺伝子に点変異を持つマウスを系統確立するという方法です。
 ENUによる点突然変異を受け継いだ第1世代(G1)マウスを多く産出し、精子凍結により系統の半永久的保存を進め、同時にそのゲノムDNAも抽出精製してアーカイブ化しました(図1)。この凍結精子と抽出ゲノムDNAのアーカイブが、点突然変異マウスライブラリーとなります。G1マウスが2,000匹ほど蓄積した段階で、点突然変異を検出するための先行実験を開始しました。この先行実験では、利用可能な最先端の技術を随時導入しながら、新規変異発見システムを開発し、1匹のG1マウスゲノムには約3,000の点突然変異が誘発されていることを明らかにしました。この結果に基づき、数千匹規模のG1マウスからなるアーカイブを構築すれば、どの遺伝子にも1塩基の置換が複数個含まれる変異マウスライブラリーとなることを初めて示しました。この先行実験の成果は、点突然変異マウスライブラリーの開発整備が国際的に広がる契機となりました。研究グループも、大規模な点突然変異マウスライブラリーの整備を進め、現在、理研で精子凍結したG1マウスの数は、約10,000匹、そのうちの80%についてはゲノムDNAも抽出し、次世代ジーンターゲッティング法として実用レベルに達しています。


3. 研究成果
 研究グループは、この点突然変異マウスライブラリーから、統合失調症の責任遺伝子の1つといわれていたDisc1遺伝子に2つのアミノ酸置換系統を発見しました(2007年5月4日プレスリリース)。1系統は、期待通り統合失調症様の行動を呈し、さらにもう1系統は、予想を超えてうつ症状を示しました。たった1個のアミノ酸の違いが生物個体の症状に大きな違いをもたらすという発見は、遺伝子を丸ごと破壊してしまうノックアウトマウス法では決して得ることのできないものでした。さらに、精神疾患のように環境と多くの遺伝子が複雑に絡みあって発症する多因子疾患に、1塩基変異マウスがモデルとなったことも驚きでした。こういった一連の成果から、ENUで整備した点突然変異マウスライブラリーの有用性が、その後、改めて高く評価されました。また、標的遺伝子に点突然変異を持つマウス系統は、第1期、第2期マウスミュータジェネシスプロジェクトで整備された変異系統と交配することで、その欠点を補いつつ、さらに有効に活用できるリソースとなるため、点突然変異マウスライブラリーは、これから国際展開が見込まれる第3期マウスミュータジェネシスプロジェクトの中核リソースとなりえます。研究グループが開発し、実用性を実証した次世代ジーンターゲッティングシステムは、すでに世界に広まり、基盤となる点突然変異マウスライブラリーの規模は、世界全体でG1マウス総数にして40,000匹、点突然変異総数としては1億2,000万系統を超えています。ゲノムDNA配列の1〜2%が、遺伝子をコードするといわれていることから、すでに点突然変異を遺伝子上に持つマウスを、世界中で120万〜240万系統蓄積していることになります。第2期ミュータジェネシスプロジェクトがマウス遺伝子をそれぞれ丸ごとノックアウトして、最終的に、マウス全遺伝子22,000に1系統ずつ総数22,000系統をこれから整備する計画であるのと比較すると、点突然変異マウスライブラリーがいかに桁外れに大規模なバイオリソースで、しかも、すぐに利用できるものとなっているかがわかります。
 理研では、点突然変異マウスライブラリーの利用方法(図2)とともに、どういった遺伝子のスクリーンを進めているかについても、ホームページで公開しています。この点突然変異マウスライブラリーを、ユーザー主導で利用できる世界で唯一のゲノム機能解析オープンリソースとして、さらに基盤整備を進めます。また、発見した変異マウス系統は、さらなる一般利用に向けて、順次、バイオリソースセンターから公開していきます。


4. 今後の期待
 点突然変異マウスライブラリーを利用することにより、上述のDisc1遺伝子の成果のように、生活習慣病や精神疾患など多因子疾患の原因解明にいたるまで、ヒト疾患モデルマウスの開発と研究が飛躍的に進展することが期待されます。例えば、Disc1遺伝子と相互作用する遺伝子群の変異マウスの解析から、遺伝子間相互作用解明へと発展でき、また、さまざまな投薬効果を解析するなど、環境要因の解析にも大きく貢献します。こういった解析をさらに加速していくには、今後、点突然変異マウスライブラリーに集積されている点突然変異を、より高速簡便に発見できるシステムを開発することが至上課題です。中でも、技術革新が急速に進んでいる「1,000ドルシーケンシング法」とも呼ばれる次世代シーケンシング法が実用化すると、現状では数十万ドルを要するマウス1匹の全ゲノムのシーケンシングを、わずか1,000ドルで、きわめて高速に解読できるようになります。世界中の40,000匹の変異マウスライブラリーに含まれる全変異を一気に解読し、カタログ化することが実現すると、そのバイオリソースとしての利用価値が飛躍的に高まります。この1,000ドルシーケンシングは、早ければ2009年にも実用化されるといわれ、すぐに変異マウスライブラリーの解読に利用できるように、各国が準備を急いでいるところです。第3期国際マウスミュータジェネシスは、次世代シーケンサー「1,000ドルシーケンシングテクノロジー」によって本格的に展開していくことになります。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
バイオリソースセンター 新規変異マウス研究開発チーム
チームリーダー 権藤 洋一(ごんどう よういち)

Tel: 029-836-9232 / Fax: 029-836-9098
筑波研究推進部 企画課

Tel: 029-836-9142 / Fax: 029-836-9100

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ライブラリー
ランダムに集積して、必要なすべてのクローンや系統が必ず含まれているように構築した遺伝子実験解析用のバイオリソース資源。代表例として、ゲノムDNAの断片をクローン化して、すべてのゲノムDNA配列を含んでいる「ゲノムDNAライブラリー」などがある。
※2 ジーンターゲッティング法
自然に生じるDNA相同組換えを利用し、ゲノムDNA上の標的とする遺伝子配列を、人工的に導入したDNA配列と入れ換え、破壊する方法。これをマウスゲノムで成功させたのが、米国ユタ大学のマリオ・カペッキ教授、米国ノースカロライナ大学のオリバー・スミシーズ教授である。さらに、英国カーディフ大学のマーティン・エバンス教授が開発したマウス胚幹(ES)細胞にジーンターゲッティング法を用いることで、標的遺伝子を丸ごと破壊したマウスを作製し、機能解析するノックアウトマウス法が確立した。この功績により3博士に2007年のノーベル生理医学賞が授与された。
※3 大規模マウスミュータジェネシスプロジェクト
ミュータジェネシスとは、生物が持つゲノムDNA塩基に変化が生じること、すなわち、「突然変異」が生じることを指す。自然界ではまれにしか生じない突然変異を人工的に誘発し、ゲノム全体にわたって突然変異体をモデルマウスとして整備するのが大規模マウスミュータジェネシスプロジェクトである。ゲノム機能解明を目指すポストゲノムシーケンシングプロジェクトの1つとして始まった。
※4 化学変異原エチルニトロソウレア(ENU)
遺伝子上にある塩基配列のうち、1塩基の置換を高率に誘発する化学変異原。
化学式


図1 ENUを用いた点突然変異マウスライブラリーと次世代ジーンターゲッティング法
図1 ENUを用いた点突然変異マウスライブラリーと
次世代ジーンターゲッティング法
ENU投与したオスマウス(G0)から、交配によって多数のG1マウスを産出し、凍結精子として液体窒素タンクに保管する。ゲノムDNAも抽出精製し、保存しておく。この凍結精子およびゲノムDNAからなる2つのアーカイブが、点突然変異マウスライブラリーである。1匹のG1マウスは、平均3,000個の点突然変異をゲノム全体にランダムに持っている。現在、世界中で40,000匹のG1マウスがライブラリー化され、理研がその4分の1を保有している。高速変異発見システムを用いて、ゲノムDNAアーカイブから、特定の標的遺伝子に点突然変異を持つG1マウスを検出し、その系統を凍結精子アーカイブから生きたマウスとして復元できる。理研では、オープンリソースとしての利用を試験的に公開しており、研究者主導で利用できる世界で唯一の次世代ジーンターゲッティング法となっている。


図2 理研点突然変異マウスライブラリーの利用の流れ
図2 理研点突然変異マウスライブラリーの利用の流れ
利用希望者はPCRプライマーを設計するだけで、標的遺伝子に変異を持つマウスを理研から入手でき、その遺伝子の機能解明研究を主導的に行なえる。また、すべての発見変異系統は、一定期間ののち、理研バイオリソースセンターから公開し、誰でも自由に入手できる。

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