プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
トリが恋歌を歌っている時、脳は幸せを感じる
- 恋を報酬と認識、ただ単なるさえずりは報酬に値しない -
平成20年10月1日
◇ポイント◇
  • オスのトリがメスに恋歌を歌うと、オスの脳で報酬系神経回路が強く活性化
  • 麻薬による脳機能への影響は、恋歌という社会性行動による影響と同じ
  • ゲームなどの習慣性や麻薬の依存性における脳機能や行動の解明の助けに
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、オスのトリがメスに求愛の歌を(恋歌)歌っている時、オスの脳内の報酬系神経回路が活性化していることを発見しました。理研脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代理)発声行動機構研究チームのへスラー・ニール(Hessler A. Neal)チームリーダーとフワァン・ヤ・チュン(Huang Ya-chun)研究員の成果です。
 コミュニケーションを含むヒトの社会性は、日常生活を快適に送るとともに、精神の健康を維持するために重要な行動です。研究チームは、社会性行動をつかさどる脳機能を研究するため、鳴き鳥(Songbird)※1の1つ、キンカチョウを研究しています。キンカチョウは、高度な社会性を有し、オスはメスへの求愛のために恋歌を歌い、この歌が、種の存続に必須となっています。
 研究チームは、オスのキンカチョウがメスに対して恋歌を歌っている時、報酬にかかわる脳部位(報酬系神経回路※2)の活動が著しく上昇することを明らかにしました。特に、ドーパミン※3という神経伝達物質を含んだ細胞(ドーパミン作動性神経細胞※3)の活動が高まることを観察しました。一方、オスが、自分だけで歌を歌っている、ただ単なるさえずりの時には、この活動上昇は観察できませんでした。このことは、従来から考えられていた、報酬系神経回路の活動はドーパミン作動性神経細胞がかかわっている、という説を実証し、キンカチョウの重要な社会性行動である恋歌が、オスのトリの脳では報酬として認識されていることを明らかにしました。
 一方、アンフェタミン※4やコカイン※4といった麻薬により、哺乳動物における脳内の報酬系神経回路のドーパミン作動性神経細胞が活発になることが知られています。今回、麻薬によって活性化される神経回路が、自然な社会性行動(恋歌)に伴った脳内報酬によっても、同様に活性化されることが明らかになりした。社会性行動によってもたらされる、脳内報酬に導かれたヒトの行動への理解や、ゲームなどによる習慣性や麻薬の依存性の脳機能および行動への影響を知る上で、このキンカチョウのオスの求愛行動と脳内の報酬系神経回路のさらなる研究がヒントを与えると期待できます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『PLosONE』(10月1日号)に掲載されます。


1. 背景
 ヒトをはじめとする動物の脳は、食物や性行動などの報酬刺激に対し、快感を得る神経回路を持っています。その神経回路の中で、脳内の報酬信号は、脳内腹側被蓋野(VTA ※5)のドーパミン作動性神経細胞の活動が増加したことによってもたらされると従来から考えられています。また、自然の報酬刺激と同様に、麻薬などの人工的な報酬刺激によっても、同じ神経回路が強く活性化されることが知られています。特に麻薬では、哺乳動物にアンフェタミンやコカインなどを投与すると、VTAのドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達が、著しく上昇し、増強される(シナプス伝達の増強※6)という報告がされています。このようなシナプス伝達の増強は、麻薬使用に伴った長期にわたる脳機能の低下や、慢性的な中毒症状に関連するとされています。しかし、シナプス伝達の増強が、人工的な薬ではなく、自然の報酬刺激によって引き起こされるかどうかを調べた研究はほとんどありません。
 一般に、人間をはじめとする動物の社会では、周囲との社会的な関係性が、健全な日常生活には欠かせず、社会的関係はヒトのみならずほかの動物にとっても報酬となり得ると考えられています。研究チームは、社会性行動の代表例として、鳴き鳥(Songbird)、特にキンカチョウ(図1)の恋歌に注目しました。キンカチョウのオスは、メスに求愛する時には恋歌(direct song)を、またメスがいない時には、自分の練習、あるいは周囲の鳥とのコミュニケーションの目的でさえずり(undirect song)を歌いつづけます。既に研究チームは、メスに対して歌っている時だけ、VTAの多くの細胞の活動が上昇することを見いだしています。この活動の上昇は、オスが一羽でただ単にさえずりを歌っている時には、まったく見られませんでした。


2. 研究手法と成果
 オスのキンカチョウ(32羽)を、数日間ほかのキンカチョウから隔離し、実験の日に、1オス1羽だけで、”undirect song”を歌わせる2オス1羽にメス(2羽)を見せ、”direct song”を歌わせる3オス1羽にメスを見せるが歌おうとすると、実験者が邪魔をして歌わせない、という3つの状況のいずれかに1時間おきました。
 それぞれの行動・歌を記録した後、VTAの神経細胞のシナプス応答を記録しました。オスがメスに恋歌を歌ったグループ2で、VTAのドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達は著しく増加しました。メス不在で”undirect song”を歌ったグループ1では、シナプス応答は変化しませんでした。メスは見たが歌は歌わなかったグループ3では、ドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達は2と同様に著しく増加しました(図2)
 これまでの研究チームの結果と合わせると、23で見られたシナプス伝達の増強は、1羽で数日隔離された後、しばらくぶりに1時間メスを見たことによる、オスの興奮由来であると考えられます。恋歌の後のVTAにおけるシナプス伝達の増強は、ドーパミン作動性神経細胞へのシナプスに限られており(図2)、ドーパミン作動性神経細胞そのものが活性化したことを意味します。
 こうした恋歌に伴って起こるシナプス伝達の増強、神経細胞の活性化など、報酬系神経回路における情報伝達の増強が、一雌一雄のつがいの維持に関係しているのかもしれません。
 本研究では、麻薬と同様に、メスへの恋歌という、自然の社会性行動によっても、VTAのドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達増強が起こることを明らかにしました。このことは、メスへの恋歌を歌うことがオスにとっては報酬になることの明らかな証拠となります。また、自然の報酬と人工的な薬という報酬が、同じように脳機能を変化させうるということを示しました。


3. 今後の期待
 今回の研究で、オスのキンカチョウがメスをひきつけるために恋歌を歌う際、ドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達の増強が著しく活性化されることが明らかとなりました。キンカチョウの歌による求愛のシステムを用いることで、キンカチョウの社会性行動がどのように脳機能に作用するかを詳細に調べることが可能になります。
 ヒトとトリは進化系統樹(図3)の上では離れていますが、報酬系神経回路については同様な脳機能を持ち、同じような社会的局面において、似たような感情を持つと予想されます。従って、キンカチョウの恋歌と同様に、ヒトにおいて必須である社会性行動と脳内報酬系神経回路の活性化をも理解できるようになると期待できます。
 さらに、本研究では、麻薬によって活性化される報酬系神経回路が、自然な社会的かかわりによっても同様に活性化されることを示しました。報酬系神経回路がどのように増強されるのか、あるいはどうやって妨げられるかというメカニズムを解明できれば、ゲームなどの習慣性や麻薬などの依存性によって引き起こされる行動を抑制・停止する方法を見いだす非常に有益な情報となります。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 発声行動機構研究チーム
チームリーダー Hessler A. Neal(へスラー・ニール)

Tel: 048-467-1390 / Fax: 048-467-2539
研究員 安島 綾子(あじま あやこ)

Tel: 048-462-1111 (内線7254) / Fax: 048-467-2539
脳科学総合研究推進部 大伴 康志(おおばん やすし)

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-467-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 鳴き鳥(Songbird)
ジュウシマツ、スズメ、鶯(ウグイス)などのようなトリ。鶏、鳩と異なり、大人の歌を模倣することによって、自分の歌を歌えるように学習するトリ。
※2 報酬系神経回路
脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることがわかったときに活性化し、その個体に快の感覚を与える神経回路。
※3 ドーパミン/ドーパミン作動性神経細胞
ドーパミンは神経伝達物質の1つ。神経細胞から放出され、ほかの神経細胞に作用する。報酬系神経回路においては、重要な情報処理を担っており、麻薬などの依存性・習慣性に密接に関連している。
ドーパミン作動性神経細胞は、神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞で、報酬系神経回路の一部の腹側被蓋野や、運動制御系回路の一部に存在する。
※4 アンフェタミン/コカイン
麻薬・覚せい剤の一種。これらは中枢神経(報酬系回路に作用することが知られている)を興奮させることで快感を与える。これら薬剤には習慣性・依存性が見られる。
※5 腹側被蓋野(VTA)
脊椎動物の中脳に存在する脳部位。終脳に投射し、活動を調節しているドーパミン作動性神経細胞を含んでいる。報酬系神経回路の一部。
※6 シナプス伝達の増強
神経細胞から次の神経細胞への結合が増強されること。


図1 キンカチョウ、オス、メスと幼鳥
図1 キンカチョウ、オス(右)、メス(左)と幼鳥(中)


図2 ドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達強度
図2 ドーパミン作動性神経細胞へのシナプス伝達強度
オスがメスに恋歌を歌っている時(中央)とメスは見たが歌は歌わなかった時(右)は、ドーパミン作動性神経細胞のシナプス強度(●)は増強されているが、オス一羽だけで歌っている時(左)は、変化しない。VTAのドーパミン作動性でない神経細胞のシナプス強度(○)は、オスがメスに恋歌を歌っても変化しない。


図3 進化系統樹
図3 進化系統樹
本研究に用いた鳴き鳥(Songbird)は、恐竜と同じ枝に位置し、ヒトはウマ・イヌなどと共に哺乳類の枝に位置する。進化上はトリとヒトは別の枝に存在する。(myは100万年。)

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