| 2. |
研究手法と成果 |
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新規分化培養法(SFEBq法)によるES細胞からの移植可能な大脳皮質神経細胞への選択的な分化誘導 |
SFEB法は、ES細胞を単一細胞にバラバラにして浮遊培養させる培養法で、神経分化への選択性が90%以上と非常に高い優れた方法として知られていました(Watanabeら、Nature Neuroscience Vol. 8:288-96, 2005)。また、神経細胞の中でも大脳前駆細胞への分化を効率よく(〜30%)誘導できましたが、半分以上の細胞を大脳以外の細胞が占めており、技術的限界の1つとなっていました。
研究グループは、分散したマウスES細胞を小さなくぼみ(細胞が底に接着しないタイプの培養ウェル)の底へ集めて培養することで、2〜3時間以内に素早く3次元に再凝集(細胞数は約3,000個程度)させる方法「SFEBq法」を開発し(図2)、大脳前駆細胞、特に大脳皮質前駆細胞(Bf1およびEmx1陽性細胞)を70%という高い効率で分化させることに成功しました。
この分化誘導培養法 (SFEBq法)は、単に高い効率で大脳皮質前駆細胞へ分化できるだけではなく、分化させた細胞の形態に非常に特徴があります。大脳などの中枢神経系組織は、妊娠初期の胎児で一層のシート状の神経前駆細胞組織(神経上皮あるいは神経板とも呼ばれます)の形で発生します。SFEBq法でマウスES細胞から試験管内で分化誘導した神経組織(5日間分化培養後)は、この神経上皮の形態やマーカータンパク質※6の発現を示しており、胎仔の大脳発生過程によく似たものであることが分かりました。
このマウスES細胞由来の大脳皮質前駆細胞は、バラバラに分散して長期培養すると、大脳の主要な4種類のニューロンに分化する能力を持つことが分かりました。また、新生仔の大脳皮質に移植すると、皮質組織によく取り込まれ、大脳に特徴的な錐体細胞に効率よく分化しました。さらに、移植したマウスES細胞由来のニューロンからは軸索が伸展し、視床・大脳脚・橋核など(本来の大脳皮質神経の投射先)に投射することも明らかとなりました。
これらのことは、SFEBq法によりマウスES細胞から産生された大脳前駆細胞は、胎仔の大脳皮質前駆細胞とよく似た性質を持ち、効率よく大脳皮質ニューロン※3へ分化する能力を有することを示します。
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マウスES細胞からの層構造を持った大脳皮質組織の自己組織化的な形成 |
一般に、未分化ES細胞のような均一なものから自発的に構造やパターンが生み出されることを「自己組織化」と呼びます。研究グループは、マウスES細胞由来の大脳皮質前駆細胞が、さらにどのような組織形態を作り出すのかを、この自己組織化の観点から詳細に解析しました。
マウスES細胞由来の大脳皮質前駆細胞を細胞凝集塊のまま浮遊培養を続けると、分化培養延べ10日目には上記の神経上皮構造が変化し、もともと1つだった細胞層から、4つの細胞層が重層している球状の組織が生み出されていました(図3)。この重層した細胞層を詳細に解析した結果、4つの細胞層は胎仔の大脳皮質(特に新皮質)に見られる4つの細胞層(脳室帯層、前期皮質板層、後期皮質板層、カハール・レチウス細胞層)に対応していることが判明しました。
これらの結果は、マウスES細胞由来の大脳皮質前駆細胞を浮遊培養で3次元立体培養すると、自己組織化的に胎仔の大脳皮質構造を形成するという興味深いものです。
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| (3) |
ヒトES細胞からの層構造を持った大脳皮質組織の自己組織化的な形成 |
研究グループは、さらにヒトES細胞にSFEBq法を応用し、高効率で大脳皮質前駆細胞の分化誘導を可能にしました。この際には、ヒトES細胞培養で頻発する細胞死を抑制するために、これまでに研究グループが開発したROCK阻害剤※7による細胞死抑制法(Watanabeら、Nature Biotechnology, Vol. 25:681-686, 2007)を組み合わせました。そして、ヒトES細胞由来の大脳皮質前駆細胞を3次元立体培養することで、マウスES細胞由来の大脳皮質組織のような層構造が認められるかを検討しました。その結果、46日目には、ヒト初期胎児の大脳皮質でも見られる4層構造がはっきりと確認でき、胎生50日前後の胎児の大脳と形態的にもよく似ていました(図4)。しかも、マウスES細胞由来の大脳皮質構造が100〜200μm(10のマイナス6乗メートル)程度の大きさの球状であるのに対し、ヒトES細胞由来の大脳皮質組織は、径が1mm近いマッシュルーム状の比較的大きな構造を作ることも分かりました。
このようにヒトES細胞からもSFEBq法を用いて分化誘導させると、初期胎児の大脳によく似た組織構造を形成することを見いだしました。また、今回の発表論文では、ヒトES細胞と同様の性質を持つヒトiPS細胞からも、同様の方法で大脳皮質組織が形成されることも確認しました。
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ES細胞由来の大脳皮質組織は大脳に特有の神経ネットワークを形成する |
こうして形成した大脳皮質組織が、大脳に特有の神経活動の一部を示すかどうかをカルシウム・イメージング法※8で詳細に解析しました。培養24日目のマウスES細胞由来の大脳皮質組織の神経活動を観察すると、神経細胞が単にランダムに発火(神経細胞の興奮性活動)をするのではなく、ネットワークを形成して、同期した発火パターンを示すことが判明しました(図5)。特に、新生仔の大脳皮質では、1mm以上も離れた神経細胞が一斉に同期して発火する特有の現象(長距離同期性カルシウム波)が知られていますが、ES細胞由来の大脳皮質組織でも、この長距離同期性カルシウム波が明確に観察できました。
このことは、ES細胞由来の神経組織は形態的な自己組織化をするだけでなく、神経ネットワークもある程度自己組織化することを示しました。 |
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シグナル因子の添加による領域特異的な大脳皮質細胞の分化 |
大脳皮質は、大きく新皮質(大脳皮質の大半を占める哺乳類に特有の新しい皮質)、旧皮質(海馬などの記憶や情動に関係する進化的に古い皮質)および古皮質(嗅覚に関係する古い皮質)に分かれます。また、古皮質の延長には鼻での嗅覚刺激を古皮質に伝搬する嗅球があり、これも発生学的には大脳皮質の一部と考えられています。
研究グループは、これらのうち、どの領域※9がマウスES細胞から分化するのかを詳細に解析しました。その結果、ES細胞から分化した大脳皮質組織のほとんどが、新皮質の性質を持っていることが分かりました。
さらに、新皮質には運動野などがある前方新皮質と、視覚野などの感覚系をつかさどる後方新皮質があります。研究グループは、FGFというタンパク性のシグナル因子を培養過程の後期に培養液に添加することで、運動野などがある前方新皮質タイプの組織を分化誘導でき、FGFの阻害剤を作用させると、視覚野などがある後方新皮質タイプの組織を選択的に分化誘導できることを明らかにしました(図6)。また、FGFシグナルとNotch阻害剤を組み合わせることで、嗅球に特有のニューロンを分化させることができることも見いだしました。
一方、Wntというタンパク性のシグナル因子を培養液に添加することで、海馬周辺の旧皮質タイプの神経組織を選択的に分化誘導できることも明らかにしました。
このように、試験管の中でES細胞から大脳皮質組織を領域ごとに選択的に分化誘導した成果は世界で初めてです。 |
| ※1 |
ES細胞(胚性幹細胞) |
| 哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から作成した細胞株で、身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を有するもの。マウス、サル、ヒトなどから樹立されており、マウスのES細胞を初めて樹立したマーチン・エバンス卿(英国)は昨年のノーベル賞医学・生理学賞を受賞した。また、多能性を持つ細胞にはES細胞のほかに、皮膚細胞などの体細胞をOct3、Sox2、Klf4などの遺伝子を導入して初期化し、人工的に多能性を持たせたiPS細胞もある。 |
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| ※2 |
大脳皮質 |
大脳は、大きく分けると、その表面の大半を占める大脳皮質とその深部に存在する大脳基底部に分けられる。大脳基底部は、運動制御などに関係する大脳基底核(スムーズな動きなどに関係)が主たる構成要素である。一方、大脳皮質は、詳細な運動、知覚(視覚、触覚、聴覚、嗅覚など)、判断、思考、言語、人格、感情などをつかさどる高次の脳機能の最高中枢であり、哺乳類で特に発達している。ヒトなどの高等な哺乳類動物では、しわ(脳回)が多く存在することでも知られる。
なお、大脳前駆細胞という場合は、大脳皮質前駆細胞と大脳基底部前駆細胞をあわせたものをいう。 |
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| ※3 |
大脳皮質前駆細胞と大脳皮質ニューロン |
| 発生過程では、大脳皮質を生み出す前駆細胞(大脳皮質前駆細胞;マーカーとしてはBf1陽性、Emx1陽性、Pax6陽性)がシート上の神経上皮を形成する。それらは盛んに分裂を繰り返し、左右の大脳半球の基となる袋状の大脳皮質原基を形成する。さらに発生が進むと、分裂が盛んな大脳皮質前駆細胞は、主として袋の内腔(脳室)に接する脳室帯を形成する。脳室帯では、分裂が終わった大脳皮質前駆細胞が、各種の大脳皮質ニューロン(マーカーとしてはBf1陽性、Emx1陽性、TuJ1陽性)を生み出す。生み出されたニューロンは、大脳皮質のより表層へ移動し、カハール・レチウス細胞層(Reelin陽性)、前期皮質板層(Tbr1陽性、Ctip2陽性)、後期皮質層(Brn2陽性)をまず形成する。その後、それらから第1〜6層のニューロンが順次分かれてゆく。発生過程では、各層のニューロンが第1、6、5、4、3、2層の順に生み出されるが、SFEBq法で産生した大脳皮質ニューロンもおおむねその順番で生み出される(今回の研究では、第2〜4層の順は未確定)。なお、大脳皮質細胞は大脳皮質前駆細胞(分裂能を持つ)と大脳ニューロン(分裂能を失った、より分化した神経細胞)を合わせたものを意味する用語である。 |
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| ※4 |
浮遊培養による3次元培養 |
| 細胞の集合塊を培養する場合、通常の細胞培養で行うような「細胞を培養シャーレに接着」させて培養する接着培養を行うと、一般に立体的な組織形成が損なわれて、きれいな構造体を作ることができない。そのため、培養容器を「細胞非接着性ポリマー」でコーティングし、細胞や組織が容器にくっつかないようにすることで、細胞塊を培養液の中で浮遊させる浮遊培養が有効である。今回のSFEBq法では、ES細胞の凝集塊を大脳前駆細胞へ分化させる過程で、この浮遊培養を続けることで、発生過程の大脳皮質に特有の層構造を自己形成させることに成功した。 |
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| ※5 |
大脳皮質の層構造 |
| 哺乳類の大脳皮質のうち、その大半を占める新皮質は、生後には6層の層状組織の構築を示す(表面から深部へ向けて、第1層〜第6層と呼ばれる)。発生過程に見られる初期胎児の大脳皮質では、6層に分かれる前に、まず4層の細胞層を認める。それらは、カハール・レチウス細胞層(生体では第1層になる)、前期皮質板層(生体の5、6層)、後期皮質層(生体の2〜4層)、脳室帯層(生体の2〜3層の一部やグリア細胞を生み出す)からなる。今回の研究成果では、こうした胎児型の大脳皮質組織の層構造とそれを構成する大脳細胞が、ES細胞から自己組織化的に産生できたことがその骨子である。 |
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| ※6 |
マーカータンパク質 |
| 細胞の分化状態や分裂能などの性格を解析するための指標・目印(マーカー)となる細胞内あるいは細胞表面のタンパク質。例えば、大脳前駆細胞が発現するBf1という核タンパク質を、今回の研究では大脳前駆細胞にES細胞が分化した指標として使っている。一般に、そのタンパク質に対する抗体をウサギなどで作成し、その抗体に蛍光色素標識したものを用いて、該当するマーカータンパク質の発現の有無を解析する。 |
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| ※7 |
ROCK阻害剤 |
| Rhoキナーゼ(ROCK)は、細胞質に存在し、細胞の形や運動などさまざまな制御を行う重要なリン酸化酵素で、京都大学医学部成宮教授や名古屋大学医学部貝渕教授によって90年代に発見された。Rhoなどいくつかの細胞内因子によって活性化される。ROCK阻害剤のY-27632やFasudilは、それぞれ、日本の企業である三菱ウェルファーマ、旭化成で開発された。さらに、成宮教授らはROCKの阻害が血管拡張をひき起こすことを発見し、血管拡張剤などとして循環器・脳外科領域での臨床ですでに利用されている。2005年に、当研究グループの渡辺毅一らは、ROCK阻害剤のY-27632がヒトES細胞やiPS細胞の培養過程で高頻度に起こる細胞死を抑制すると報告した。 |
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| ※8 |
カルシウム・イメージング法 |
| 神経細胞の活動を顕微鏡下で蛍光シグナルを利用して観察する方法。神経細胞の活動により細胞質のカルシウムの濃度が増加することを利用し、カルシウム濃度で蛍光強度の変化する蛍光色素(Fluo4など)を用いて行う。 |
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| ※9 |
大脳皮質の領域の分類 |
大脳皮質は大きく分けると、新皮質(高次機能中枢;哺乳類に特有で、哺乳類の大脳皮質の大半を占める)、旧皮質(記憶において重要な海馬とその関連組織)、古皮質(主に嗅覚の情報処理を行う進化的に最も古い組織)に分かれ、古皮質は新皮質の前方から、旧皮質は新皮質の後方から主に発生する。古皮質と連続した部位からは、嗅覚の中継組織である嗅球(鼻腔にある嗅覚上皮と嗅覚中枢をつなぐ。発生学的には古皮質の一部であると考えられる。)も発生する。
大脳新皮質はさらに、おおむね前後軸に沿って、前頭葉(運動野と人格を司る前頭前野など)、頭頂葉(触覚の知覚野と連合野など)、側頭葉(聴覚野など)、後頭葉(視覚野など)に分かれる。これらのうち、部位的に前方に位置する前頭葉は大脳の運動・行動出力の制御系であり、後方に位置する頭頂・側頭・後頭葉は知覚の処理・統合系である。このように、大脳皮質は前後軸に沿って大きく役割分担をしている。 |
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| ※10 |
ALS(筋萎縮性側索硬化症) |
| 高度の運動障害を引き起こす神経変性疾患。筋肉を直接制御する脊髄・脳幹の運動ニューロンと、運動ニューロンを上位で制御する大脳皮質運動野の第5層ニューロンの両者が同時に変性し、細胞がなくなることで起こる。末期にはすべての全身筋肉をほとんど動かすことができなくなる(眼を動かす筋肉は例外)。 |