独立行政法人 理化学研究所
細胞の可動性を制御する亜鉛輸送体を世界で初めて発見
- 再生医療、癌、自己免疫疾患の治療につながる大きな一歩 -
平成16年5月6日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人大阪大学(宮原秀夫総長)の共同研究チームは、ゼブラフィッシュを用いて、細胞の可動性を制御する亜鉛輸送体を発見しました。免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)・サイトカインシステム制御研究グループの平野俊夫グループディレクター(大阪大学生命機能研究科長・教授/医学系研究科教授)、山下晋(大阪大学生命機能研究科)、宮城智恵美(大阪大学医学系研究科)らの研究グループによる研究成果です。
 これまで、多くの亜鉛要求性のタンパクが生命の維持に重要な役割を果たしていながら、それを制御する遺伝子がまったく明らかにされていませんでした。今回は、ゼブラフィッシュ受精卵の初期発生時の細胞運動制御機構を解析することで、これまで謎とされてきた亜鉛要求性転写因子の活性を制御する遺伝子を同定することに成功しました。ヒトをはじめとする生物では初期発生における体の形作りや、傷口の治癒・癌の転移等の際には、通常密に結合している細胞同士が隣の細胞との接着を解除し可動性を獲得し、ほかへ移動します。この現象は上皮-間葉転換と呼ばれています。今回明らかにしたメカニズムは、「LIV1」と呼ばれる亜鉛輸送体が、体の形作りにおける上皮-間葉転換のマスターレギュレーターである亜鉛要求性転写因子「Snail」の細胞質から核への移行を制御し、その結果「Snail」の転写抑制作用を働かせて、細胞間接着分子の発現を低下させ、細胞に可動性を獲得させるというものでした。
 この成果は、世界初の亜鉛輸送体による亜鉛要求性転写因子の活性制御の解明であり、今後細胞内亜鉛輸送機構を詳細に解析することによって、人間の体の形作りのメカニズムに迫るとともに、癌転移予防薬の確立につながるものと期待されます。また、亜鉛欠乏は成長障害、免疫不全、神経系の異常などを引き起こすことから、亜鉛の体内でのホメオスターシス維持の機構は重要な役割を担っており、そのメカニズム解明にも役立ちます。さらに、亜鉛要求性の転写因子、炎症性タンパク分解酵素、シグナル伝達分子が多数関係します。今回の研究成果は、発生学や再生医学、がん研究、炎症学、免疫学など、大きな影響をもたらすことが考えられます。
 本研究は文部科学省科学研究費補助金特別推進研究によりおこなった成果の一つです。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『nature』(アドバンスト・オンライン・パブリケーション5月5日付け、日本時間5月6日付け)に掲載されました。


1. 背 景
 75年以上も前にシュぺーマン(Spemann、1869〜1941、ドイツの動物学者)により発見されたオーガナイザーは、受精卵が分化した細胞が整然と配置されて体が形成される形づくりの過程(ボディープラン)で働くことが知られている。我々は2002年に脊椎動物ゼブラフィッシュを用いてサイトカインの細胞内情報伝達因子STAT3が、オーガナイザー領域でIL-6ファミリーサイトカインを介して活性化し、原腸陥入時の細胞運動を細胞自律的にも非自律的にも統御することを見いだした。近年STATs※1の細胞運動統御能はショウジョウバエや最も原始的な多細胞体細胞性粘菌においても保存されていることが明らかとなり、また哺乳類における器官形成や創傷治癒あるいは癌転移においても重要な役割を担うことが示唆されていたが、その分子機構はこれまで全く未知であった。一方で亜鉛要求性(Zinc-finger)転写因子Snailは、E-cadherin※2などの細胞間接着分子の発現を抑制することにより、個体発生における原腸陥入や組織および器官の発生過程、正常組織や細胞が失われた際の修復過程、上皮由来の癌細胞(85%以上の癌は上皮細胞から発生する)が転移能を獲得し全身に播種する際に認められる上皮-間葉転換:Epithelial-mesenchymal transition※3 (EMT)(図1)を制御することが明らかとされていた。しかし、Zinc-finger転写因子Snail自身の活性制御についてはほとんど分かっていなかった。今回我々は、オーガナイザー細胞のEMTを制御するSTAT3の標的遺伝子「LIV1」(図2)を同定し、この亜鉛(Zn)トランスポーター「LIV1」によるZinc-finger転写因子Snailの活性制御の分子機構を明らかとした。


2. 研究手法と成果
 我々はSTAT3による細胞運動制御の分子メカニズムを明らかにするために、STAT3ノックダウンゼブラフィッシュ胚と正常ゼブラフィッシュ胚を用いてサブトラクション法(発現遺伝子の差し引き)をおこない、オーガナイザー細胞におけるSTAT3の標的遺伝子を見つけることを試みた。その結果、単離したゼブラフィッシュ初期胚におけるSTAT3の標的遺伝子は、これまで臨床統計学的に乳癌の転移との相関が認められていた機能未知の遺伝子LIV1そのものであった。そこで我々はヒト癌細胞におけるLIV1遺伝子の発現制御におけるSTAT3の役割を明らかにするために、siRNA法※4によりSTAT3機能欠失実験をおこない、ヒト癌細胞でもゼブラフィッシュオーガナイザー細胞と同様に、STAT3がLIV1の発現を制御していることを明らかとした。
 次にSTAT3の標的遺伝子LIV1の機能解析をするために、LIV1ノックダウンゼブラフィッシュ胚を作製して解析した。その結果、LIV1はオーガナイザー細胞のEMTを制御することが明らかとなった。オーガナイザー細胞や癌細胞のEMTはZinc-finger転写因子Snailにより制御されていることが明らかにされていたが、我々が同定したEMT制御遺伝子LIV1はZnトランスポータータンパクコードしていた。そこで我々はZnトランスポーターLIV1とZinc-finger転写因子Snailの関係を明らかとするために、Green Fluorescent Protein (GFP)を用いた融合タンパクを作製し、Snailの細胞内での挙動とそれに及ぼすLIV1の影響を解析した。
 その結果、ZnトランスポーターLIV1はEMTのマスターレギュレーターであるZinc-finger転写因子Snailの細胞質から核への移行をZinc依存的に制御しその活性を調節することにより、オーガナイザー細胞にEMTを誘導し運動能を亢進させることが明らかとなった。EMTは原腸陥入のみならず、器官形成、創傷治癒、癌転移などの際にも認められる。これまでにヒトLIV1遺伝子は臨床統計学的に癌の浸潤との関連は示されていたがその機能は未知であった。今回の我の研究成果によりゼブラフィッシュ原腸陥入のみならず、癌細胞の転移能獲得機構の研究に大きく貢献すると考えられる。


3. 今後の展開
 これらの成果は、原腸陥入、器官形成、創傷治癒、癌転移における細胞の運動能獲得との関連が指摘されていた二つの遺伝子STAT3とSnailとの関係をLIV1の同定とその機能解析により解明したもので、生命維持に重要な役割を果たしている亜鉛要求性タンパクの活性制御と亜鉛輸送タンパクとの関連を明らかとした世界で初となる研究成果である。今後、細胞内亜鉛輸送機構を詳細に解析することによって、人間の体の形作りのメカニズムに迫るとともに、癌転移の遺伝子治療法の確立につながるものと期待される。また亜鉛欠乏は成長障害、免疫不全、神経系の異常などをきたすことから、亜鉛の体内でのホメオスターシス維持の機構は重要な役割を担っているがその詳細は不明である。さらに亜鉛要求性の転写因子、炎症性タンパク分解酵素、シグナル伝達分子が多数存在していることから、今回の研究成果は、発生学や再生医学のみならず、がん研究、免疫学、炎症学、血液学など、学問の領域を超えて大きな影響をもたらすと考えられる。


(問い合わせ先)

独立行政法人 理化学研究所 横浜研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  サイトカインシステム制御研究グループ
   グループディレクター          平野 俊夫

Tel: 06-6879-3880 / Fax: 06-6879-3889
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 STATs
STAT, Signal Transducers and Activators of Transcription、40以上のサイトカイン、ホルモン、増殖因子の細胞内情報伝達を担う。リガンドのレセプターへの結合を契機に、STATは細胞膜直下でリン酸化され、二量体を形成して速やかに核に移行し、標的遺伝子の発現を誘導する。脊椎動物STATファミリーは現在7種類がクローニングされている。
※2 E-cadherin
E-カドヘリンは上皮系の細胞上に発現しているカルシウム依存性の細胞間接着分子であるE-カドヘリンはそれどうしが結合するホモフィリックな接着により、上皮組織の形成、維持に重要な働きをする。
※3 Epithelial-mesenchymal transition
EMT、通常密に結合・配列している上皮細胞がその細胞間結合を解除し遊走能を持った間葉細胞に変換する現象。原腸陥入、器官形成、創傷治癒、癌転移などでみられる。
※4 siRNA法
二本鎖 RNA により、その RNA と相同配列を持つ遺伝子の発現が抑制される現象をRNA干渉(RNA interference)という。哺乳動物細胞でこの現象をみる際は、21〜23 塩基の二本鎖 RNA ( small interfering RNAs : siRNA )を用いると最も効果的であると言われている。



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