研究紹介

脳科学総合研究センター

記憶メカニズム研究チーム

チームリーダー 林 康紀 (M.D., Ph.D.)
林 康紀 (M.D., Ph.D.)

私たちは日々新しい事を記憶していきます。しかも一旦記憶されたことは何十年にもわたって思い出すことが出来ます。このような記憶を脳の中に保持し続けるメカニズムは何でしょうか。私たちの研究室では、どのような分子が記憶を担っているのかを研究しています。私たちは特に、海馬という部分に着目し、研究を進めています。海馬が障害されたヒトや動物では新しい記憶が形成されない事からこの領域は新しい記憶の形成に必要ではないかと考えられています。
1973年にBlissとLømoは、ウサギ海馬で面白い現象を見つけました。彼らは、海馬のシナプス入力にごく短時間の高頻度刺激を与えると、それ以降のシナプス伝達が、長期的に増強されること(長期増強現象、long-term potentiation、以下LTP)に気づきました。この様にシナプス反応の大きさが変化する現象をシナプス可塑性といいます。それから40年近くの年月が経ち、様々な証拠からLTPは記憶学習の細胞レベルの現象であると考えられる様になってきました。例えば、LTPを抑制する薬物を与えたり、遺伝子の操作をすると記憶を阻害する事、動物個体にLTPを起こしてこれ以上、LTPが起きない様にすると、そして記憶の成立に伴いLTP様のシナプス反応の増強が起こる事が見いだされていることから、記憶とLTPはかなりの分子メカニズムを共通するものと考えられています。
歴史を辿ると、1980年代にはシナプス伝達にどのような分子が関わるかが研究の中心でした。グルタミン酸が伝達の主体となっていることが判り、NMDA型グルタミン酸受容体、細胞内カルシウム、CaMKIIなどの主役となる分子が見いだされてきました。全細胞記録、阻害剤、遺伝子破壊によるLTP研究へのアプローチが確立したのもこの頃です。 ところが、1990年代にはLTPがシナプス前性に起こるか、後性に起こるかで多くの混迷を来しました。これらの研究は、電気生理学記録に統計的な解析を組み合わせたものでした。これらの研究では、前提となるシナプス伝達の基本的な性質として神経筋接合部で得られたものをそのまま当てはめていましたが、中枢神経系ではそれが成り立たないことが示唆され、統計的な手法に頼るアプローチの危険性と限界が示され、そして一時は”Can molecules explain long-term potentiation?” (Sanes and Lichtman, 2000)ともいわれた程、閉塞感が蔓延していました。
このような状況のもと、私達は電気生理学に依存する旧来の方法では、これ以上の展開は難しいと考えました。そこで、分子生物学ならびに二光子顕微鏡によるイメージングを積極的にLTP研究に取り入れ、LTPの過程を「見る」という事を主眼に、新たな展開をもたらしてきました。
私たちは、実際にシナプス可塑性を起こしているシナプスを観察する事で、シナプスそのものがLTP誘導によって構造的、また物質的な再構成が起こっている事に気づきました。LTPを起こしたシナプスを含む樹状突起棘を観察すると、LTP誘導に伴い、大きくなります。また、シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体もシナプスに移行してきます。現在は特にアクチン情報伝達の上流のシグナル伝達の解析を押し進めています。そのため、FRET、二光子顕微鏡イメージング、分子生物学などの方法を組み合わせた実験を行なっています。その結果、アクチンを中心としたLTP誘導後の分子動態を明らかにする事に成功してきました。現在、特にLTP誘導に伴い早期にシナプスに流入してくるコフィリンというタンパク質に関心を持っています。今後数年で、LTPに伴うシナプスの構造変化のより詳細なメカニズムが明らかになる事でしょう。

研究主分野

神経科学 & 行動科学

研究関連分野

生物学 & 生化学 / 分子生物 & 遺伝学 / 心理学 & 精神医学

研究テーマ

  • 海馬依存性学習の分子メカニズム

主要論文

  1. Hosokawa T, Mitsushima D, Kaneko R, Hayashi Y.:
    "Stoichiometry and Phosphoisotypes of Hippocampal AMPA-Type Glutamate Receptor Phosphorylation."
    Neuron. 7;85(1):60-7 (2015)
  2. Bosch M, Castro J, Saneyoshi T, Matsuno H, Sur M, Hayashi Y.:
    "Structural and molecular remodeling of dendritic spine substructures during long-term potentiation."
    Neuron. 16;82(2):444-59 (2014)
  3. Mower, A. F., Kwok, S. M., Yu, H., Majewska, A. K., Okamoto, K.-I., Hayashi, Y.*, Sur, M.* (*: co-corresponding authors):
    "Experience-dependent regulation of CaMKII activity within single visual cortex synapses in vivo."
    Proc. Natl. Acad. Sci. 108:21241-21246 (2011)
  4. Hayashi, M.K., Tang, C., Verpelli, C., Narayanan, R., Stearns, M.H., Xu, R.-M., Li, H., Sala, C., Hayashi, Y.:
    "The postsynaptic density proteins Homer and Shank form a polymeric network structure."
    Cell 137:159-171 (2009)
  5. Okamoto, K.-I., Narayanan, R., Lee, S.-H., Murata, K., Hayashi, Y.:
    "The role of CaMKII as an F-actin bundling protein crucial for maintenance of dendritic spine structure."
    Proc. Natl. Acad. Sci. 104:6418-6423 (2007)
  6. Futai, K., Kim, KJ., Hashikawa, T., Scheiffele, M., Sheng, M., Hayashi, Y.:
    "Retrograde modulation of presynaptic release probability through PSD-95-neuroligin mediated signaling."
    Nat. Neurosci. 10:186-195 (2007)
  7. Kim, M. J., Futai, K., Jo, J., Hayashi, Y., Cho, K., and Sheng, M.:
    "Synaptic accumulation of PSD-95 and synaptic function regulated by phosphorylation of serine-295 of PSD-95."
    Neuron 56:488-502 (2007)
  8. Takao, K., Okamoto, K., Nakagawa, T., Neve, R. L., Nagai, T., Miyawaki, A., Hashikawa, T., Kobayashi, S., and Hayashi, Y.:
    "Visualization of synaptic Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II activity in living neurons."
    J. Neurosci. 25:3107-3112 (2005)
  9. Li, Z., Okamoto, K., Hayashi, Y., and Sheng, M.:
    "The importance of dendritic mitochondria in the morphogenesis and plasticity of spines and synapses."
    Cell 119:873-887 (2004)
  10. Okamoto, K., Nagai, T., Miyawaki, A. & Hayashi, Y.:
    "Rapid and persistent modulation of actin dynamics regulates postsynaptic reorganization underlying bidirectional plasticity"
    Nat. Neurosci. 7:1104-1112 (2004)

メンバーリスト

主宰者

林 康紀
チームリーダー

メンバー

實吉 岳郎
研究員
細川 智永
研究員
増本 年男
研究員
水田 恒太郎
基礎科学特別研究員
後藤 明弘
基礎科学特別研究員
LUCHETTI Alessandro
訪問研究員
関根 友紀子
テクニカルスタッフⅠ
鈴木 昭夫
テクニカルスタッフⅠ
イスラム タンビル
テクニカルスタッフⅠ
古屋 友恵
アシスタント