広報活動

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2018年7月21日

理化学研究所
東京大学
科学技術振興機構

磁性半導体の磁気単極子による電子の伝導制御

-新たなスピントロニクス機能に道筋-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループの高橋圭上級研究員(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、東京大学大学院工学系研究科の石塚大晃助教らの共同研究グループは、「磁性半導体」チタン酸ユーロピウム(EuTiO3[1]の高品質単結晶薄膜を作製し、通常は磁化に比例する異常ホール効果[2]の値が、磁化に伴ってさまざまな値をとることを見いだしました。

本研究成果は、スピンの向きのそろった電子の運動を左右に振り分ける新たなスピントロニクス[3]機能に結びつくと期待できます。

運動量空間において「磁気単極子[4]」を創発する「ワイル・ノード[5]」と呼ばれるバンド[6]交差により、「内因性異常ホール効果」を定量的に説明できることが知られています。今回、共同研究グループは、反強磁性[7]から外部磁場により強磁性[7]にユーロピウム(Eu)の磁気モーメントがそろう過程で、異常ホール効果が磁化に比例した通常の値には縛られない振る舞いをすることを発見しました。そしてこの現象は、ゼーマン分裂[8]がわずかに変化しただけで、ワイル・ノードが創発する磁気単極子のエネルギー位置が変化して、電子の軌道を変調するためであることを解明しました。EuTiO3薄膜の高品質化により、これまでは観測できなかった新しい異常ホール効果を発見するとともに、その起源がバンド交差点のワイル・ノードであることを定量的に明らかにしました。

本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(7月20日付:日本時間7月21日)に掲載されます。

運動量空間の磁気単極子(朱色の球)によって変調を受ける電子の運動の概念図の画像

図 運動量空間の磁気単極子(朱色の球)によって変調を受ける電子の運動の概念図

※研究支援

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成(領域総括:桜井貴康)」の研究課題「高移動度二次元酸化物構造による非散逸電流デバイスの創成(研究代表者:高橋圭)」の支援を受けて行われました。

背景

磁性と伝導の電気的制御が同時に可能になる「磁性半導体」は、新たな低消費電力のスピントロニクス素子候補材料として期待されています。また、磁性体中を流れる電子のホール効果は、磁場のローレンツ力による正常ホール効果[2]と磁化による異常ホール効果の和となります。電子濃度を容易に制御できる磁性半導体は、異常ホール効果を電気的に制御できるため、例えば、異常ホール効果をホール素子として磁気センサーに利用する場合、感度を電気的に変化させられるなど応用の観点から注目されています。

異常ホール効果の起源の一つに、「内因性異常ホール効果」があり、これはブロッホ関数[9]の曲率(ベリー曲率[10])が作るゲージ場(電子が感じる磁場)の積分で表されます。電子のエネルギーと運動量の関係(バンド分散)において、二つの分散が交差する「ワイル・ノード」では、ベリー曲率の湧き出しや吸い込みが生じるため、ワイル・ノードは運動量空間における「磁気単極子(モノポール)」に相当します。異常ホール効果は、そのワイル・ノードの位置や分布によって定量的に説明できることが知られています。

2008年、高橋上級研究員、川﨑グループディレクターらは、磁性半導体チタン酸ユーロピウム(EuTiO3)の内因性異常ホール効果を詳しく調べ、薄膜の歪みによってチタンの3d電子バンドが結晶場分裂[11]してできるワイル・ノードに注目しました。そして、電子濃度を変化させてワイル・ノードとフェルミエネルギー[12]の大小関係を逆転させると、異常ホール効果の符号が反転することを明らかにしました注1)

ただし、これまでの結果は、反強磁性のユーロピウム(Eu)の磁気モーメントを磁場で強磁性にそろえた高磁場での振る舞いに限られていました。そこで、共同研究グループは、高品質で外因的な散乱の少ない磁性半導体薄膜を作製すれば、磁化過程でゼーマン分裂が変化して生じるワイル・ノードの効果を、より敏感に異常ホール効果の大きな変調として検出できると考え、研究を進めました。

注1) K. S. Takahashi, M. Onoda, M. Kawasaki, N. Nagaosa, and Y. Tokura, Control of the anomalous Hall effect by doping in Eu1-xLaxTiO3 thin films. Phys. Rev. Lett. 103, 057204 (2009)

研究手法と成果

共同研究グループは、これまでに「ガスソース分子線エピタキシー(MBE)[13]」を開発して酸化物薄膜の高品質化に成功し、電子の動きやすさを示す移動度[14]が極めて大きなチタン系酸化物薄膜を作製してきました。チタン金属を加熱蒸発させるのではなく、蒸気圧の高い揮発性の有機金属ガスソース(チタンイソプロポキシド[15])を用いることで、他の金属元素との組成比を自己制御的に定比にできるため、薄膜の結晶性が格段に向上し、移動度が大きくなります。

まず、EuTiO3より格子定数(結晶格子の大きさと形を決める定数)の小さなLSAT基板[16]上に、面内に圧縮歪みを加えたランタン(La)ドープ(添加)「EuTiO3薄膜」を作製しました。ガスソースMBEにより得られた薄膜の移動度は、過去の研究でのパルスレーザー堆積法[17]により作製した薄膜に比べて1桁向上しました(図1)。

次に、得られたEuTiO3薄膜の異常ホール効果の磁場依存性を測定したところ、これまでの移動度の小さな薄膜とは異なる振る舞いが見られました。図2に、二つの異なるキャリア密度[18]((a)n=1.4×1020cm-3、(b)n=2.5×1020cm-3)の薄膜の結果を示します。Euの磁気モーメントが反強磁性から強磁性の磁気秩序にそろう磁化過程(0~3T)で、通常の磁性体の異常ホール効果は右軸で示した磁化(青線)に比例するのに対して、高品質薄膜の異常ホール効果(赤線)では、水色で示したように磁化曲線から大きくずれる成分が発現しました。キャリア密度の低い(a)では異常ホール効果が増強されるのに対し、キャリア密度の高い(b)では抑制されているのが分かります。

そこで、この磁化に比例しない成分の起源を理論的に調べました。その結果、圧縮歪みによって結晶場分裂した2種類のバンドそれぞれにおいて、ゼロ磁場での反強磁性状態では上向きスピンと下向きスピンの分散関係は重なっています(図3A)。磁場を加えると、上向きスピンバンドと下向きスピンバンドがエネルギー的に上下に分裂(ゼーマン分裂)する幅が大きくなっていき、磁化が飽和する3T以上(h/hc≥1.0)では変化がなくなります。この磁化過程中のゼーマン分裂の変化により「ワイル・ノード」と呼ばれるバンド交差点が8個生じ、そのうち青点および赤点で示した最もエネルギーの低い交差点が、薄膜中の電子の最高エネルギーであるフェルミエネルギー(青点線)に近づいて、最終的にはフェルミエネルギーより下に移動します(図3B-D)。

このワイル・ノードとフェルミエネルギーの位置関係によって異常ホール効果の値と符号が変化するため、図3EのようにB、Cの状態では異常ホール効果は負の値をとりますが、そのワイル・ノードの位置がフェルミエネルギーより低くなるDでは正の値をとります。そのためこのフェルミエネルギーでは、異常ホール効果が、加えた磁場に対して非単調な図2(b)の実験結果を再現する曲線になることが分かりました。つまり、ゼーマン分裂がわずかに変化しただけで、ワイル・ノードが創発する磁気単極子のエネルギー位置が変化して、電子の軌道を変調したといえます。

また、このワイル・ノードのエネルギー位置を反映した異常ホール効果は、移動度が小さく電子が外因的な散乱を受けやすいと測定にかからなくなることも定量的に示されました。すなわち、この異常ホール効果は、今回得られた移動度の高い薄膜で初めて明らかになった現象といえます。

今後の期待

本研究では、ガスソースMBEによる酸化物薄膜の高品質化により、これまでは観測できなかった新しい異常ホール効果を発見するとともに、その起源がバンド交差点のワイル・ノードであることを定量的に明らかにしました。このように電子移動の大きな酸化物薄膜では、今後もバンド構造に由来するさまざまな新現象を発見できると期待できます。

また、ワイル・ノードに対するフェルミエネルギーの位置を電気的に制御できれば、スピンの向きのそろった電子の運動を左右に振り分ける新しいスピントロニクス機能のデバイス実証が可能になると期待できます。

原論文情報

  • K. S. Takahashi, H. Ishizuka, T. Murata, Q. Y. Wang, Y. Tokura, N. Nagaosa, and M. Kawasaki, "Anomalous Hall effect derived from multiple Weyl nodes in high mobility EuTiO3 films", Science Advances, 10.1126/sciadv.aar7880

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ
上級研究員 高橋 圭(たかはし けい)
(JSTさきがけ研究者)
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻
助教 石塚 大晃(いしづか ひろあき)

高橋 圭上級研究員の写真

高橋 圭

川﨑 雅司グループディレクターの写真

川﨑 雅司

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永長 直人

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十倉 好紀

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石塚 大晃

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補足説明

  1. チタン酸ユーロピウム(EuTiO3
    代表的なペロブスカイト酸化物の一つであるSrTiO3と同じ結晶構造で、Sr(ストロンチウム)を全てEuで置き換えた物質。ネール温度(反強磁性から常磁性に転移する温度)約5.5K(ケルビン。5.5Kは、-267.65℃)の反強磁性体で、Euの局在スピンが反強磁性転移しそろう。SrTiO3と同じように、La(ランタン)などのドナーを添加することで電子が添加(ドープ)され金属状態を発現する。その伝導電子は、Euの局在スピンと相互作用しスピン偏極することが知られている。
  2. 正常ホール効果、異常ホール効果
    正常ホール効果とは、磁場中を流れる電流がローレンツ力を受けて横に曲げられる現象。異常ホール効果は、磁性体の磁化を起源とする力をうけて余分に電流が曲げられる現象。
  3. スピントロニクス
    電子は電荷と磁石の性質の両方を持つ。このうち電荷のみの性質が利用されてきた通常のエレクトロニクスと異なり、電荷と磁石の性質の両方を利用、応用する分野をスピントロニクスという。磁化の向きや磁区を利用することで、大容量かつ省電力なハードディスクドライブや不揮発性(電源を切ってもデータを保持できる)メモリが実現されている。
  4. 磁気単極子
    モノポールともいう。磁場の湧き出しとなる素粒子で、まだ実験的には発見されていない。ワイル・ノードは、波数空間におけるベリー曲率の湧き出しまたは吸い込みの点になり、運動量空間における磁気単極子に対応する。
  5. ワイル・ノード
    二つの縮退のないバンドが運動量空間の1点で交差するバンドの構造。バンドのベリー曲率の特異点となっているため、ワイル・ノードの位置が異常ホール効果などのベリー曲率で与えられる物理量に反映される。
  6. バンド(バンド構造)
    固体中の電子のエネルギーと運動量の関係をバンド構造と呼び、電子の性質ならびに物性を特徴づける物理量。周期的な構造を持つ結晶性物質の場合、固体中の電子のエネルギー状態と運動量の関係は、原子間の相互作用のためにエネルギー状態は帯状(バンド状)に広がることから、バンド構造と呼ばれる。
  7. 強磁性、反強磁性
    電子のスピンが全て同じ向きにそろっている場合を強磁性、隣り合うスピンがそれぞれ反対方向を向いて整列し、全体として磁気モーメントを持たない場合を反強磁性という。
  8. ゼーマン分裂
    固体中の電子は、磁化した磁性体では上向きスピンと下向きスピンは異なった磁気エネルギーを獲得し、エネルギー差が生じる。このエネルギー差による上向きスピンと下向きスピンのエネルギー分裂をゼーマン分裂という。
  9. ブロッホ関数
    結晶中の電子の波動関数。波数の関数で表すことができる。
  10. ベリー曲率
    運動量空間における、ブロッホ関数の幾何学的構造を表す量の一つ。電子の運動に影響を及ぼし、磁場と似て電子の軌道を曲げる効果を生じる。
  11. 結晶場分裂
    固体中の電子の取り巻く結晶場の環境によって、電子のエネルギー準位が分裂することをいう。
  12. フェルミエネルギー
    固体中には多数の電子が含まれるが、その中の電子が持つ最高エネルギー。電気伝導や磁性、化学反応など物質の性質は、このフェルミエネルギー付近の電子の状態によって左右される。
  13. 分子線エピタキシー(MBE)
    半導体の薄膜結晶成長に使われる手法。超高真空内で高純度元素を加熱蒸発させると、蒸発分子が高真空のために他の気体分子に衝突することなく、ビーム状の分子線として基板に到達する。いくつかの原料の分子線を同時供給することによって、組成制御された化合物薄膜を基板上に成長できる。原料の高純度化や結晶の高品質化が可能である。その原料の一つに蒸気圧の高い有機金属のガスを用いる方法をガスソースMBEという。MBEはMolecular Beam Epitaxy 略。
  14. 移動度
    単位電界(V/cm)の中に置かれた電子の秒速(cm/s)として定義される電子の動きやすさを示す値。本来は材料固有の物性値であるが、材料中の欠陥や不純物の影響を受けて、本来の値よりも小さくなる。移動度の向上には、半導体結晶の品質を高めて欠陥や不純物を極力減らすことが不可欠である。
  15. チタンイソプロポキシド
    化学式Ti{OCH(CH3)2}4の化合物。有機合成や材料科学の分野で利用され、特に有機金属気相成長法(MOCVD)のチタン化合物薄膜合成の原材料として広く使われる。
  16. LSAT基板
    (LaAlO3)0.3-(SrAl0.5Ta0.5O3)0.7基板の略。この物質の格子定数は0.3868nm(1nmは10億分の1m)であり、EuTiO3の格子定数0.3905nmより小さい。そのため、LSAT基板上に結晶を成長させた薄膜試料の面内格子定数は、圧縮歪みによりバルク結晶よりも小さくなり、一方で面直方向には少し伸びる。
  17. パルスレーザー堆積法
    高真空中でターゲット(原料)にパルス状の高強度レーザーを照射することで、原料をプラズマ化し昇華させ、基板上に堆積する成膜手法。
  18. キャリア密度
    固体において電荷を運ぶ担体をキャリアと呼び、負の電荷の担体は電子であり、正の電荷の担体を正孔と呼ぶ。そのキャリアの単位体積当たりの密度。

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移動度のキャリア密度依存性の図

図1 移動度のキャリア密度依存性

今回の研究で得られたガスソースMBE薄膜(LaドープEuTiO3)の移動度(赤色)は、過去の報告のPLD(パルスレーザー堆積法)薄膜(青色)より1桁向上した。

EuTiO3薄膜の異常ホール効果の磁場依存性の図

図2 EuTiO3薄膜の異常ホール効果の磁場依存性

(a)キャリア密度n=1.4×1020cm-3と(b)n=2.5×1020cm-3のEuTiO3薄膜について、異常ホール効果の磁場の関係を測定した結果。左軸赤色曲線は異常ホール効果、右軸青色曲線は磁化曲線を示す。通常は、磁場が0~3Tの磁化過程では、異常ホール効果は青で示した磁化に比例するが、EuTiO3薄膜では、水色で示した非単調な成分が加わっていることが分かる。(a)では異常ホール効果が増強されるのに対し、(b)では抑制された。

あるキャリア密度における典型的な異常ホール効果の振る舞い(E)とバンド構造の関係の図

図3 あるキャリア密度における典型的な異常ホール効果の振る舞い(E)とバンド構造[6]の関係

A~Dは磁化過程におけるバンド構造の変化。青の横点線はフェルミエネルギーを示す。結晶場分裂した2種類のバンド(A)は、磁化の増加によってそれぞれがゼーマン分裂してB、C、Dと上下に分裂して、片側で四つずつのワイル・ノード(バンド交差点)を形成する。その際に発生する異常ホール効果をベリー曲率が作るゲージ場の積分を計算して見積もると、Eの異常ホール効果の磁場依存性が算出でき、図2(b)の実験結果と一致することが分かる。

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