2013年9月20日
独立行政法人理化学研究所
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
「京」を利用した世界初の超高解像度全球大気シミュレーションで積乱雲をリアルに表現
~台風や集中豪雨などの発生メカニズムの解明に寄与~
理化学研究所計算科学研究機構、海洋研究開発機構、東京大学大気海洋研究所の共同研究チームは、スーパーコンピュータ「京」を使って水平格子間隔1km未満の超高解像度の全球大気シミュレーションを行うことに世界で初めて成功し、この結果から水平格子2km未満の解像度にすることでこれまでは詳細に表現することが難しかった積乱雲を非常に良く表現できることを明らかにしました。本研究により、一つ一つの積乱雲から全球規模の積乱雲群との相互の関係をより正確に調べることが可能となり、甚大な被害をもたらす積乱雲群である台風や、集中豪雨などの発生メカニズムの解明、雲の気候への影響の研究などに寄与することが期待できます。
天気予報は現在、地球全体を細かな水平格子に切り分け、その格子ごとの大気の状態(風速・風向・気温、気圧、湿度など)を予測する方法が取られており、各格子を小さく、数多くすることで予報精度を上げてきました。しかしながら、これまでの全球大気のシミュレーションでは水平格子間隔3.5kmが最高解像度であり、より高い解像度で正確に大気の状態を分析できる手法の開発が待たれていました。理化学研究所計算科学研究機構、海洋研究開発機構、東京大学大気海洋研究所の共同研究チームは、全球雲解像モデルNICAM[1]と呼ばれるシミュレーションプログラムをスーパーコンピュータ「京」[2]上で実行し、世界で初めて水平格子間隔1km未満の大気シミュレーションに成功しました。この研究は、文部科学省の補助金事業「HPCI戦略プログラム分野3 防災・減災に資する地球変動予測」のひとつである「地球規模の気候・環境変動予測に関する研究」(課題番号hp130010, 課題代表者:東京大学大気海洋研究所 教授 木本昌秀)に参加している海洋研究開発機構、東京大学大気海洋研究所が、重点課題追加配分枠で配分された計算資源を利用して、理化学研究所計算科学研究機構と共同で実施したものです。
水平格子間隔1km未満の超高解像度でシミュレートした2012年8月25日12時(世界標準時)の全球の雲分布では、日本付近の台風(2012年台風15号)や、中緯度の温帯低気圧、赤道上の雲システムなど大きなスケールの現象(水平スケール1000km以上)から個々の積乱雲(水平スケール数km)まで非常に精緻に表現できています。
さらに今回の研究では、スーパーコンピュータ「京」の能力を生かして、これまでの地球シミュレータ[3]での最高解像度である水平格子間隔3.5kmを含む、複数の解像度でのシミュレーションを行いました。その結果、水平格子間隔2kmを境に、モデルの中で表現できる積乱雲がより現実のものに近づくことを明らかにしました。全球での積乱雲の個数と複数のモデルの解像度の関係性に着目すると、水平格子間隔3.5kmから1.7kmにおいて収束する傾向を見せ始めています。また、全球でシミュレートされた積乱雲を一つ一つ取り出し、全て平均した上昇流の強さを表してみると、格子間隔2km以上の解像度では、積乱雲中心の上昇流の強い領域が中心の一格子で表されているのに対し、格子間隔2km未満の解像度では、積乱雲の個数に呼応して、積乱雲中心の上昇流の強い領域が複数個の格子で表現され始めていることを表しています。これらは、この解像度(格子間隔2km)を境に全球での積乱雲の表現がより正確になったことを示しています。また、シミュレートした日本付近の台風を拡大して従来と比較すると、今回行った1km未満格子間隔でのシミュレーションでは、一つ一つの積乱雲の表現が格段に精細になることが分かりました。
共同研究チームの研究者らは、2005年の地球シミュレータ上で行われた世界初の全球雲解像実験以降、さらなる精度向上を目指して台風や集中豪雨のもととなる積乱雲に着目し、本格的な熱帯雲擾乱の研究[4]を世界に先駆けて行ってきました。スーパーコンピュータ「京」上での本シミュレーション結果は、全球において水平格子間隔1km未満というかつてない領域に到達したという意味で、気象気候科学の未来を切り開くものです。これまでは詳細に表現することが難しかった積乱雲が劇的に良く表現されたことによって、今後の当該研究分野の進展に大きく寄与することが期待できます。さらに今後、計算手法の改良や、シミュレーション時間の延長、事例の積み重ねによって、一つ一つの積乱雲と全球規模の組織的な積乱雲群との相互関係を精密に調べることが可能になります。また、積乱雲が現実に近いかたちでシミュレートできることで、甚大な被害をもたらす積乱雲群である台風や集中豪雨などの発生・発達過程の解明や、雲の気候への影響を詳細に調べる研究に大きな進歩が期待できます。
この結果は、気象・気候に関する最先端の研究成果として、共同研究チームの研究者により9月2日から実施されたヨーロッパ中期予報センターでのアニュアルセミナーで紹介されました。詳細な内容については、近々、米国地球物理学専門誌Geophysical Research Lettersにおいてオンライン掲載される予定です。
本実験でシミュレートされた雲分布図。
2012年8月25日12時(世界標準時)の全球の雲分布。
従来と今回行ったシミュレートの比較
従来の最高解像度(水平格子3.5km)での台風(左)。今回行った1km未満の格子間隔のシミュレートされた台風(右)。
補足説明
- 1.
- 全球雲解像モデルNICAM
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全球での大気現象をコンピュータでシミュレーションするプログラムを大気大循環モデル(Atmospheric General Circulation Model:AGCM)と呼ぶ。従来のAGCMの格子間隔は、長期の気候計算で100km程度、短期の天気予報でも数10kmだが、実際には一つ一つの雲の水平サイズは約10km、細かい雲では数100m程度です。そのためモデル内で何らかの形で雲の効果を取り入れる工夫がされている。しかし、この雲の扱いが気候変動予測に不確実性をもたらす源であることが指摘されてきた。より信頼できる気候変動予測を行うためには、モデル内の雲の表現方法を見直す必要がある。
このような背景から、本研究チームの研究者は、全球で一つ一つの積乱雲を直接表現できるような超高解像度のAGCMの開発に取り組んできた。開発当初から並列計算機での使用を念頭に従来の計算手法を見直し、2005年、世界で初めて全球で雲を露わに表現するモデル(モデル名称:NICAM)の開発に成功した。このモデルはスーパーコンピュータ「京」のような超並列計算機の特性を生かした大規模なシミュレーションを可能にする。
- 2.
- スーパーコンピュータ「京」での計算
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このシミュレーションでは、最大で地球の大気を630億個の格子(水平870mメッシュ、鉛直94層)で表現し、スーパーコンピュータ「京」システム全体のおよそ1/4である20,480ノード(16万3840コア)を使って、1秒間におよそ230兆回の浮動小数点計算を行った。このとき使用したメモリ量はトータルで約250テラバイト(テラバイトは2の40乗バイト)、ある時刻のデータをファイルに出力する際には1回に6~7テラバイトが必要だった。
- 3.
- 地球シミュレータ
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2002年に運用が開始されたスーパーコンピュータ。海洋研究開発機構横浜研究所に設置されている。
- 4.
- 熱帯気象の研究
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熱帯地域は地球上の全面積のおよそ半分を占め、大気大循環を駆動する熱源の役割を果たしている。特に熱帯で発生する雲の活動は、日本を含む中緯度の天気にも大きな影響を与える。また、深い(背の高い)雲の発達は太陽の光を反射するとともに雲頂の低い温度から赤外線を放出するため、気候学的な放射・エネルギーバランスを考える上で、重要な要素となる。経験的なパラメータを用いずに、雲(積雲対流)一つ一つを現実に近いかたちで再現できるモデルの登場で、台風や季節内変動に代表される熱帯の雲擾乱の発生・発達するプロセスをシミュレーションする際の不確実性を減らすことが可能となり、災害対策を含めた天気予報の精度向上に大きな影響を与えると期待されている。
問い合わせ先
独立行政法人理化学研究所
計算科学研究機構 広報国際室
担当 岡田 昭彦
Tel: 078-940-5625 / Fax: 078-304-4964
aics-koho [at] riken.jp ([at]は@にしてください)
報道責任者
独立行政法人理化学研究所計算科学研究機構
複合系気候科学研究チーム
チームリーダー 富田 浩文
Tel: 078-940-5690
独立行政法人海洋研究開発機構
地球環境変動領域地球温暖化予測研究プログラム
気候モデリング研究チーム
チームリーダー 時岡 達志
Tel: 045-778-5560
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
附属地球表層圏変動研究センター
教授 佐藤 正樹
Tel: 04-7136-4399