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2017年2月2日

理化学研究所
マレーシア科学大学

天然ゴム高生産株・病害抵抗株の遺伝子発現解析

-パラゴムノキの完全長cDNAの全データを公開-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター合成ゲノミクス研究グループ松井南グループディレクター、マレーシア科学大学生物学部のアフメド・ソフィマン・オスマン教授らの国際共同研究チームは、パラゴムノキ[1]の樹液(ラテックス)高生産株および病害に強い病害抵抗性株[2]の遺伝子発現解析を網羅的に行い、ラテックスで優位に高発現する遺伝子および転写因子[3]を見いだしました。また、それらの遺伝子の株による発現の差異を調べました。さらに、パラゴムノキ標準株の完全長cDNA[4]を大規模に解析し、約2万の遺伝子クローン[5]の全データを公開しました。

ラテックス(主成分はポリイソプレン[6])を固化して作られる天然ゴムは、車や飛行機のタイヤ、医療用装置の部品など、私たちの日常で広く使われ、なくてはならない物質の一つです。摩耗やショックを吸収するという、優れた特性を持つ天然ゴムの需要は、産業の発展に伴い年々高まっています。天然ゴムの増産や特性向上のためには、ラテックス生合成メカニズム、中でも、ポリイソプレンの高分子メカニズムの理解が不可欠ですが、その全容の解明にはまだ至っていません。

今回、国際共同研究チームはラテックス生合成の新しいファクターの探索、遺伝子発現制御機構の解明を試みました。まず、ラテックス高生産株と病害抵抗性株を用いて遺伝子発現量を調べました。その結果、ラテックス生合成に重要とされている既知の遺伝子であるrubber elongation factor17と同様に、国際共同研究チームが2016年のドラフトゲノム[7]解読注1)で新たに予測したrubber elongation factor8遺伝子が両株のラテックスで高発現していることが分かりました。また、ラテックス生合成遺伝子の発現を制御する転写因子については、ドラフトゲノムで同定された約3,000転写因子のうち、生体防御機構に関与するものを含む39転写因子候補を突き止めました。

さらに、パラゴムノキの完全長cDNAの大規模解析を行い、約2万個の遺伝子クローンの全データを「完全長cDNAライブラリ(Rubber Transcriptome Database(英語))」として公開しました。これらのデータとEST配列[8]とを組み合わせることで23,790遺伝子の発現を確認し、17,201遺伝子のアノテーション[9]を更新し、約9,500転写開始点を同定しました。

本成果は、ラテックス生産制御の仕組みの解明と優良株の作出につながると期待できます。
本研究は、日本の学術雑誌『DNA Research』掲載に先立ち、オンライン版(1月27日付け)に掲載されました。

注1)2016年6月24日プレスリリース「天然ゴムのドラフトゲノムを解読

※国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
テクニカルスタッフI 川島 美香(かわしま みか)

マレーシア科学大学 生物学部
教授 アフメド・ソフィマン・オスマン(Ahmad Sofiman Othman)

背景

天然ゴムは車や飛行機のタイヤ、医療用装置の部品など、私たちの日常で広く使われ、なくてはならない物質の一つです。摩耗やショックを吸収するという優れた特性を持つ天然ゴムの需要は、産業の発展に伴い現在も伸び続けています。

天然ゴムは、パラゴムノキの樹液(ラテックス)を固化して作られます。ラテックスの主成分はポリイソプレンという高分子有機化合物ですが、その生合成経路、つまりラテックスの生合成経路の全容は明らかになっていません。中でも、ポリイソプレンの高分子化メカニズムの解明が必要とされています。ラテックス生合成への理解が進むことで、天然ゴムの生産性や有用形質を改良するための研究はますます重要になります。

国際共同研究チームは2016年に、ラテックスの生合成メカニズムの解明に向け、その基礎となるパラゴムノキのドラフトゲノム解読を行いました。今回は、ラテックス生合成の新しいファクターの探索、遺伝子発現制御機構の解明を試みました。

研究手法と成果

国際共同研究チームはまず、パラゴムノキのラテックス高生産株(RRIM 901)と病害抵抗性株(PB350)を用いて遺伝子発現量をRNA-Seq法[10]で調べました。その結果、ラテックス生合成に重要とされている既知の遺伝子であるrubber elongation factor17と同様に、ドラフトゲノムで新たに予測されていたrubber elongation factor8遺伝子の発現が両株のラテックスで高発現していることが分かりました。また、ラテックス生合成遺伝子の発現を制御する転写因子については、ドラフトゲノムで同定された約3,000転写因子のうち、生体防御機構に関与するものを含む39転写因子を突き止めました。さらに、これらの遺伝子の両株における発現の差異を調べました。

続いて、パラゴムノキ標準株(RRIM 600)の完全長cDNAを大規模に解析しました。その際、多様な遺伝子を網羅するために、樹齢とさまざまな組織の7サンプルからRNAを調製しました。完全長cDNAは、ゲノムから転写されたメッセンジャーRNA(mRNA)の完全なコピーで、全長のタンパク質を合成するために必要な情報を持っているため、ゲノム決定の際に予測された遺伝子情報の修正に用いられます。また完全長cDNAからは、ゲノム配列からだけでは正確には決まらない転写開始点などの発現情報や、タンパク質構造の一部が異なるアイソフォーム[11]に関する情報を得ることができます。解析の結果、約 2万個の遺伝子クローンの全データを「完全長cDNAライブラリ(Rubber Transcriptome Database(英語))」として公開しました。これらのデータからEST配列と組み合わせることで23,790遺伝子の発現を確認し、17,201遺伝子のアノテーションを更新し、約9,500転写開始点を同定しました。

また、国際共同研究チームは、パラゴムノキのRNA-Seq解析結果と完全長cDNAの全データを閲覧できるデータベースを構築し、すべての研究者に利用可能な形で2016年6月30日から公開を始めました(図1)。

今後の期待

本成果は、解析によって見いだされた転写因子によるラテックス生産制御の仕組みの解明や、パラゴムノキ優良株の作出につながると考えられます。

また今後は、近年発展が目覚ましい合成生物学的な手法による天然ゴム生産や、天然ゴムの安定供給や特性のより優れた天然ゴム製品の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Yuko Makita, Kiaw Kiaw Ng, G. Veera Singham, Mika Kawashima, Hideki Hirakawa, Shusei Sato, Ahmad Sofiman Othman, Minami Matsui, "Large-scale collection of full-length cDNA and transcriptome analysis in Hevea brasiliensis", DNA Research, doi: 10.1093/dnares/dsw056

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)

マレーシア科学大学 生物学部
教授 アフメド・ソフィマン・オスマン(Ahmad Sofiman Othman)

解読を担当した蒔田由布子研究員と川島美香テクニカルスタッフの写真 左から解読を担当した蒔田由布子研究員と川島美香テクニカルスタッフ。

報道担当

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Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.パラゴムノキ
    パラゴムノキはトウダイグサ科パラゴムノキ属の常緑高木。幹を傷つけて得られる乳液(ラテックス)は天然ゴムの原料となる。「パラ」は原産地であるブラジルの北部にあるパラ州に由来する。学名は Hevea brasiliensis
  • 2.病害抵抗性株
    ラテックス採取の際に樹木の幹が傷つけられるため、ゴムノキは病気になる場合が多い。実際にパラゴムノキの原産地のブラジルではすでに絶滅に近い状態にあり、主に東南アジアで栽培されている。そのため、天然ゴムの安定供給には病害に抵抗性のある株が作りだされており、研究に用いられている。
  • 3.転写因子
    遺伝子の発現を制御する分子。多くはDNAとの結合部位を持ち、標的遺伝子のエンハンサー、サイレンサーなどの配列に結合して、標的遺伝子の発現を増強または抑制する。
  • 4.完全長cDNA
    cDNAとは、ゲノムDNAの中から不要な配列を除き、タンパク質をコードする配列のみに整理された遺伝情報物質であるmRNAを鋳型にして作られたDNAのこと。完全長cDNAは、断片cDNAと異なり、タンパク質を合成するための設計情報を全て持っているため、タンパク質を合成することができる。cDNAはcomplementary DNAの略。
  • 5.遺伝子クローン
    cDNAの形でベクターに導入された個々の遺伝子(本研究ではパラゴムノキ)。ベクターは遺伝学的実験に用いられる運搬体のことで、大腸菌プラスミドDNAが代表的。
  • 6.ポリイソプレン
    イソプレンCH2=C(CH3)CH=CH2が重合してできた高分子化合物のこと。さまざまな植物が生合成するポリイソプレンは重合の度合いが異なり、いろいろな長さのものがある。特にゴムノキが生合成するイソプレンは重合度が高く高分子化している。
  • 7.ドラフトゲノム
    ある生物の遺伝情報の1セットをゲノム(Genome)という。全ゲノムの概要のことをドラフトゲノム(Draft genome)と呼ぶ。通常、ゲノム配列中には、解読が困難な部分(例えば繰り返し配列など)が含まれ、全ゲノムの完全な配列を取得するには膨大な労力と時間がかかる。このため、ドラフトゲノムレベルでのゲノム解読が行われることが多い。
  • 8.EST配列
    ある組織で発現しているタンパク質のmRNA配列に由来するcDNA配列を部分的に決定した配列のこと。ESTは、expressed sequence tagの略。
  • 9.アノテーション
    見いだされた遺伝子配列やアミノ酸配列について、既知の遺伝子、タンパク質などの比較から機能を予測し、注釈として記述すること。
  • 10.RNA-Seq法
    組織や細胞で発現している全RNA(トランスクリプトーム)を解析する手法の一つ。mRNAやncRNA(非コードRNA)の断片的な配列情報(約50-125塩基)を網羅的に取得し、ゲノム配列と対応させることで、遺伝子発現量の定量や新たな転写配列の発見を行う。RNA sequencingの略。
  • 11.アイソフォーム
    機能はほぼ同一であるが、アミノ酸配列が異なるタンパク質分子。
パラゴムノキのトランスクリプトームデータベースのスクリーンショット

図1 パラゴムノキのトランスクリプトームデータベース

パラゴムノキのRNA-Seq解析結果と完全長cDNAの全データを閲覧できるデータベースを構築し、すべての研究者に利用可能な形で2016年6月30日から公開を始めた。

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