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2017年12月12日

理化学研究所

放線菌を用いたボツリオコッセン生産

-テルペノイド生産プラットフォームの開発-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター天然物生合成研究ユニットの高橋俊二ユニットリーダー、ケミカルバイオロジー研究グループの室井誠専任研究員、長田裕之グループディレクターらの国際共同研究グループは、放線菌[1]を利用して、石油代替資源として期待される炭化水素ボツリオコッセン[2]を高生産することに成功しました。

自然界には植物や微生物が生産する多くのテルペノイド化合物[3]が知られており、医薬品、機能性食品素材、芳香剤、ゴムなど多岐にわたり利用されています。生理活性を持つ多くのテルペノイド化合物の構造は、立体特異的であり、化学合成が難しいため、微生物を活用した生産手法の開発が進められてきました。近年では、エネルギー資源としても注目されています。

今回、国際研究グループは、天然化合物を高生産することで知られる放線菌に着目し、テルペノイド生産プラットフォームを構築しました。さらに、一次および二次代謝生合成遺伝子群を一括制御するシステムを用いて、ボツリオコッセンを高生産させることに成功しました。

今後、本研究で構築したテルペノイド生産プラットフォームとさまざまな遺伝子資源を活用した新しい天然化合物の創出が期待できます。

本成果は、米国の科学雑誌『ACS Synthetic Biology』に(10月11日付け:日本時間10月12日)に掲載されました。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 新学術領域「生物合成系の再設計による複雑骨格機能分子の革新的創成科学(生合成リデザイン)(領域代表:阿部郁朗)」などの支援を受けて行なわれました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
天然物生合成研究ユニット
ユニットリーダー 高橋 俊二(たかはし しゅんじ)
テクニカルスタッフI 高木 海(たかぎ ひろし)

ケミカルバイオロジー研究グループ
国際プログラム・アソシエイト(研究当時)アマラ・カリド(Ammara Kharid)
専任研究員 室井 誠(むろい まこと)
グループディレクター 長田 裕之(おさだ ひろゆき)

ケンタッキー大学 薬学部
教授 ジョー・シャペル(Joe Chappell)

背景

自然界には植物や微生物が生産する多くのテルペノイド化合物が知られており、医薬品、機能性食品素材、芳香剤、ゴムなど多岐にわたり利用されています。近年では、エネルギー資源としても注目されています。

生理活性を持つ多くのテルペノイド化合物の構造は、立体特異的であり、化学合成が困難です。微生物のゲノム解析技術の進歩に伴い、放線菌や糸状菌から新しいテルペノイド化合物の生産に関わる遺伝子が発見されています。未知の遺伝子機能を解析するだけでなく、有用な生合成産物を活用するためには生産プラットフォームの開発が重要です。

これまでに大腸菌や酵母を用いたテルペノイド化合物高生産システムについては多くの報告があります。一方、放線菌は、医薬品、農薬、抗生物質など構造多様性を持った有用な二次代謝産物[4]を生産することで知られ、二次代謝産物を大量に生産する株は工業的にも利用されています。放線菌が持つ物質生産の潜在的能力は明らかですが、テルペノイド化合物生産に特化したホストとしては開発途上です。

放線菌Streptomyces reveromyceticus SN-593は、リベロマイシンA(RM-A)[5]生産菌で、ゲノム解読が完了しています。これまでに高橋ユニットリーダーらは、S. reveromyceticus SN-593を用いて二次代謝産物の高生産化を検討し、経路特異的転写因子[6]RevQを活性化することによってRM-A生産(1g/L)が可能であること注1)、別の転写因子Fur22を発現し、休眠遺伝子を覚醒することによってfuraquinocin(FQ)[7]類を高生産(0.7g/L)することを明らかにしました注2)。これらの背景から、S. reveromyceticus SN-593は、強い一次代謝系を備え、二次代謝産物の高生産プラットフォームに最適と考えられます。

注1)WO2012029811 A1
注2)Panthee S, Takahashi S,et.al. Furaquinocins I and J: Novel polyketide isoprenoid hybrid compounds from Streptomyces reveromyceticusSN-593.J. Antibiot., 64(7): 509-513, 2011.

研究手法と成果

これまでに高橋ユニットリーダーらは、一次代謝産物を目的の代謝産物へ有効に変換させるために、主要な二次代謝産物であるRM-A生合成遺伝子破壊株(SR1)を構築しています。本研究では、一次代謝産物であるアセチルCoAがテルペノイド化合物生産に効率よく利用できるように、FQ生合成に関わる初発の酵素遺伝子を破壊することによって、FQ生産を消失させるとともに、同遺伝子クラスター中に含まれているメバロン酸生合成遺伝子クラスターの機能を維持した株(SR2)を構築しました。

また、テルペノイド化合物高生産の鍵となるメバロン酸生合成遺伝子クラスターの発現は、FQ生合成遺伝子クラスター制御因子であるfur22遺伝子の発現によって調節されています。すなわち、fur22遺伝子を最適なプロモーター[8]を用いて効率的に発現制御することができればテルペノイド化合物の高生産が可能になると考えられます。fur22遺伝子の発現制御には、S. reveromyceticus SN-593が持っている内在性のプロモーターの活用が最適であると考え、全RNA発現解析により、強く発現している遺伝子を探索しました。

国際共同研究グループは、各候補遺伝子のプロモーター領域をfur22遺伝子に連結したプラスミド[9]を構築し、SR1株に導入しました。次に、形質転換体を培養し、FQ生産を指標(褐色コロニーとなるため生産判断が容易)として各プロモーターの機能を検証しました。その結果、予想とは異なり、高発現プロモーターでは効率的な二次代謝物(FQ類)の生産を達成できないことが分かりました。

以上の結果から、主要な一次代謝経路からの前駆体生合成と二次代謝生合成を効率的に繋げることができるプロモーターを選択し、fur22遺伝子発現制御に活用することが重要と考えました。S. reveromyceticus SN-593を用いたRNA発現解析では、培養初期の遺伝子発現解析が可能ですが、培養後期にあたる遺伝子発現データの取得が難しいため、二次元電気泳動[10]によるプロテオーム解析[11]で、対数増殖期[12]定常期[12]で発現しているタンパク質(2~5日)の発現プロファイルを解析しました(図1)。

特徴的な発現挙動を示すタンパク質をコードする遺伝子から、推定されるプロモーター領域をPCR法[13]で増幅し、fur22遺伝子に連結したプラスミドを構築しました。次に、前述と同様にFQ類の生産を指標にプロモーター活性を検証しました。その結果、有効なプロモーターは、生育時期特異的な発現パターンを示す遺伝子というよりはむしろ、一次代謝生合成に関わる遺伝子を駆動するプロモーター領域を活用した場合に、二次代謝産物の生産が高いことが明らかになりました。

以上の情報をもとに、rvr2030プロモーターをfur22転写制御遺伝子に連結したプラスミドを構築し、SR2株に導入しました。このとき、Fur22に制御されるメバロン酸生合成遺伝子クラスターと同調した一括制御を可能にするため、同因子によって制御されるプロモーター(fur1p)の下流に放線菌に適合する遺伝子配列に改変を行った生合成遺伝子群(ニワトリ由来ファルネシル二リン酸生合成酵素遺伝子fpps、および緑藻由来C30ボツリオコッセン合成酵素遺伝子ssl-1ssl-3)を導入しました(図2)。得られた形質転換体を培養した結果、石油代替資源であるC30ボツリオコッセンを高収率(0.2g/L)で生産することに成功しました。

今後の期待

S. reveromyceticus SN-593に内在するメバロン酸生合成遺伝子クラスター、および二次代謝生合成遺伝子群を転写制御因子を活用して一括発現制御することにより、ボツリオコッセンを高生産することに成功しました。

本研究は、動物や緑藻由来の高活性の酵素遺伝子を活用し、遺伝子配列を放線菌型に調節した人工DNAを導入することによって、広くテルペノイド化合物を創出することが可能であることを示しています。今後、構築したテルペノイド生産プラットフォームとさまざまな遺伝子資源を活用した新しい天然化合物の創出が期待できます。

原論文情報

  • Ammara Khalid, Hiroshi Takagi, Suresh Panthee, Makoto Muroi, Joe Chappell, Hiroyuki Osada & Shunji Takahashi, "Development of a Terpenoid-Production Platform in Streptomyces reveromyceticus SN-593", ACS Synthetic Biology, doi: 10.1021/acssynbio.7b00249

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 天然物生合成研究ユニット
ユニットリーダー 高橋 俊二(たかはし しゅんじ)

環境資源科学研究センター ケミカルバイオロジー研究グループ
専任研究員 室井 誠(むろい まこと)
グループディレクター 長田 裕之(おさだ ひろゆき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.放線菌
    土壌中など自然界に広く存在するグラム陽性の真正細菌であり、複雑な構造を持つ二次代謝産物を生産する。人類は、それらの中から、医薬、農薬、動物薬などの生理活性を持つ物質を利用してきた。医薬探索源として重要視されている。
  • 2.ボツリオコッセン
    代替石油資源として期待されるトリテルペン系炭化水素。トリテルペンは、イソプレンが6個つながった炭素30個の骨格を有する化合物。緑藻 Botryococcus brauniiB品種により生産され、イソプレンが3個つながった炭素15個のファルネシル二リン酸からSSL-1およびSSL-3の二つの酵素により生成する。
  • 3.テルペノイド化合物
    炭素5個のイソプレンを構成単位とする天然有機化合物の総称。
  • 4.二次代謝産物
    生物体を構成、維持する上で重要な物質を一次代謝産物、生育に必ずしも必須ではない物質を二次代謝産物と呼ぶ。微生物において、二次代謝産物の生合成に関わる酵素遺伝子はゲノム中のある特定の領域に並んで存在している。
  • 5.リベロマイシン A(RM-A)
    放線菌 Streptomyces reveromyceticusSN-593から単離されたポリケチド化合物。破骨細胞に選択的に取り込まれ、標的分子のイソロイシルtRNA合成酵素の活性を阻害し、タンパク質合成を阻害することで、アポトーシスを誘導する。構造的特徴として、多くの不斉炭素中心を持つスピロアセタール環、トリカルボン酸を有している。
  • 6.転写因子
    特定のDNA配列に結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。
  • 7.furaquinocin(FQ)
    Streptomycessp. KO-3988から単離された抗腫瘍活性を持つポリケチド-テルペノイド融合化合物。放線菌 S. reveromyceticus SN-593ゲノム中にも生合成遺伝子が存在するが、通常の培養条件では遺伝子が発現していない(休眠遺伝子)。
  • 8.プロモーター
    mRNA合成の開始に関与するDNA上の特定領域の短い塩基配列のこと。プロモーター領域にRNA合成酵素のRNAポリメラーゼが結合し、転写が開始される。
  • 9.プラスミド
    細胞が持つゲノムDNAとは別に、外から細胞へ遺伝子導入する際に用いるDNAの一種。
  • 10.二次元電気泳動
    タンパク質を分離する技術の一つ。電気泳動によりタンパク質を等電点と分子量の差を利用して二次元で分離する手法。
  • 11.プロテオーム解析
    ある生物の系(組織、生物体、細胞など)において存在しているタンパク質を網羅的に解析すること。
  • 12.対数増殖期、定常期
    培養初期は増殖が遅いが、徐々に速まり指数関数的に増殖する時期を対数増殖期と呼ぶ。菌体が一定数に増えると増殖が止まり定常期に入る。
  • 13.PCR法
    ポリメラーゼ連鎖反応によるDNA増幅法。わずかな量の既知配列を持つDNAから、数十万倍に増幅できる。
二次元電気泳動によるタンパク質発現プロファイルの解析の図

図1 二次元電気泳動によるタンパク質発現プロファイルの解析

放線菌S. reveromyceticus SN-593の培養開始後、2日目から5日目の菌体からタンパク質を抽出し、二次元電気泳動上により各スポットを解析した。培養2日目をコントロールとして、発現の上昇を赤、発現の減少は緑で示している。

ボツリオコッセン生産プラットフォームの図

図2 ボツリオコッセン生産プラットフォーム

転写因子Fur22によるメバロン酸生合成遺伝子クラスター(青)およびテルペノイド二次代謝生合成遺伝子群(fpps, ssl-1, ssl-3、茶)の一括発現。転写因子fur22遺伝子は、内生のrvr2030プロモーターにより制御される。

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