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2018年1月12日

理化学研究所
大阪大学
名古屋大学

タイコグラフィ-X線吸収微細構造法の開発

-酸素吸蔵・放出材料の酸素拡散分布を可視化-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター構造可視化研究チームの高橋幸生チームリーダー(大阪大学大学院工学研究科准教授)、広瀬真研修生(大阪大学大学院工学研究科大学院生)と元素可視化研究チームの唯美津木チームリーダー(名古屋大学物質科学国際研究センター教授)、石黒志特別研究員らの共同研究チームは、X線タイコグラフィ[1]を用いて試料のX線吸収微細構造(XAFS)[2]を取得する「タイコグラフィ-XAFS法」を開発し、酸素吸蔵・放出材料[3]の酸素拡散分布を可視化することに成功しました。

X線タイコグラフィはX線の可干渉性(コヒーレンス)[4]を利用したイメージング技術であり、高い空間分解能を持っています。一方、XAFS法は、試料の電子状態や局所構造を解析する方法として、放射光の主要分析ツールとなっています。近年、放射光X線ビームを集光して、試料の微視的なXAFSを取得する顕微XAFS法が盛んに研究されています。しかし、集光素子の性能によって実用的な空間分解能が制限されるため、空間分解能の向上が課題となっていました。

今回、共同研究チームは、X線タイコグラフィを用いてXAFSを取得する「タイコグラフィ-XAFS法」を新たに開発しました。実際に大型放射光施設「SPring-8[5]で測定したところ、従来の顕微XAFS法を超える空間分解能で酸素吸蔵・放出材料のXAFSを取得することに成功しました。XAFSを解析することで密度と価数の分布を2次元的にマッピングし、それらの相関を解析することで、酸素拡散の様子を可視化することにも成功しました。

今後、タイコグラフィ-XAFS法はさまざまな先端機能性材料のナノ構造・化学状態分析へ応用されると期待できます。

本研究結果は、ドイツ化学会誌インターナショナル版『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月2日付け)に掲載されました。また、今号の主要論文として本掲載誌の口絵のデザインにも採用されました。

本研究は、理研放射光科学総合研究センター主催の放射光連携研究「可視化物質科学」(H26-H30)の一環として行われ、科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラム「暗視野X線タイコグラフィ法の開発」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金および特別研究員奨励費などの支援を受けて行われました。

※共同研究チーム

理化学研究所 放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門
可視化物質科学研究グループ
構造可視化研究チーム
研修生 広瀬 真(ひろせ まこと)(大阪大学 大学院工学研究科 大学院生)
研修生 下村 啓(しもむら けい)(大阪大学 大学院工学研究科 大学院生)
特別研究員(研究当時) ニコラス・バーデット(Nicolas Burdet)
チームリーダー 高橋 幸生(たかはし ゆきお)(大阪大学 大学院工学研究科 准教授)

元素可視化研究チーム
特別研究員 石黒 志(いしぐろ のぞむ)
客員研究員 松井 公佑(まつい ひろすけ)(名古屋大学 大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)助教)
チームリーダー 唯 美津木(ただ みづき)(名古屋大学 物質科学国際研究センター 教授)

背景

X線の可干渉性(コヒーレンス)を利用したイメージング技術であるX線タイコグラフィは、非常に高い空間分解能と感度を実現できるX線顕微法であり、放射光施設を中心に利用法の研究が進められています。X線タイコグラフィは従来のレンズを用いて試料像を結像するX線顕微法とは異なり、試料の回折強度パターンに「位相回復計算」を実行して試料像を再構成します。そのため、これまでレンズ性能によって制限されてきたX線顕微法の空間分解能を飛躍的に向上させることができます。

一方、X線吸収微細構造(XAFS)法は、X線吸収原子の局所的な電子状態(価数、対称性)と局所構造を得る手法であり、放射光で最もよく用いられる分析法の一つです。また、近年、放射光集光ビームを用いた顕微XAFS法の研究が盛んに行われており、不均一な試料中の微小領域の電子状態や動的構造が調べられています。しかし、集光素子の性能によって実用的な空間分解能が100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度しかなく、空間分解能の向上が課題となっていました。

研究手法と成果

共同研究チームは、X線タイコグラフィによってXAFSを高い空間分解能で取得する「タイコグラフィ-XAFS法」を新たに開発しました。タイコグラフィ-XAFS法では、試料によるX線の位相シフト量を反映した「位相像」に加えて、X線の吸収量を反映した「振幅像」を再構成する必要があります。高橋チームリーダーらは、従来の位相回復アルゴリズムを改良することで、振幅像を定量的に再構成することを可能にしました。

今回は「白金を担持したセリウム-ジルコニウム複合酸化物(Pt/Ce2Zr2Ox:以下Pt/CZ-Xと略)」を試料として用いました。CZは非常に優れた酸素吸蔵・放出能を持っており、自動車排ガス浄化触媒システムにおいて、主触媒である白金を担持して、触媒系中の酸素量を制御する役割を果たします。

タイコグラフィ-XAFS法によるPt/CZ-X粒子の観察は、大型放射光施設SPring-8の理研専用ビームラインBL29XULで行いました。入射X線エネルギーをセリウム元素のL3吸収端近傍で変化させ、29点の入射X線エネルギーで、酸素吸蔵量の異なる3種類の試料Pt/CZ-7、Pt/CZ-8、Pt/CZ-7.6それぞれについて回折強度パターンを取得しました。そして、位相回復計算を実行し、位相像と振幅像を再構成したところ(図1)、空間分解能は50nm以下であり、従来の顕微XAFS法による空間分解能に比べ優れていることが分かりました。

さらに、振幅像のエネルギー依存性からXAFSスペクトルを抽出し、解析することで、セリウムの密度分布像、価数分布像を導出しました(図2)。その結果、Pt/CZ-7とPt/CZ-8の粒子については、それぞれ3価と4価のセリウムがほぼ均一に分布しているのに対し、Pt/CZ-7.6の粒子については、粒子内部に価数の違いが存在し、粒子表面からバルク(表面に接しない物質内部)の中心に向かうにつれて4価から3価に変化する傾向がある様子を明瞭に観察できました。

さらに、セリウムの密度と価数の相関を調べたところ、セリウム量が多い所と少ない所でセリウム価数の分布の仕方に違いがみられ、酸素拡散の過程に少なくとも四つの傾向が存在することが分かりました(図3)。

今後の期待

本研究成果により、従来の顕微XAFS法を超える空間分解能で酸素吸蔵・放出材料のXAFSを取得することに成功しました。今後、タイコグラフィ-XAFS法はさまざまな先端機能性材料のナノ構造・化学状態分析への応用が期待できます。現状では、一つの試料に数時間の測定時間を要しており、空間分解能も数十nmですが、SPring-8よりX線の輝度が10~100倍大きな次世代放射光施設では、数分の測定時間で、数nmの空間分解能が実現され、先端機能性材料の設計・開発が促進すると期待できます。

原論文情報

  • Makoto Hirose, Nozomu Ishiguro, Kei Shimomura, Nicolas Burdet, Hirosuke Matsui, Mizuki Tada*, and Yukio Takahashi*, "Visualization of Heterogeneous Oxygen Storage Behavior in Platinum-Supported Cerium-Zirconium Oxide Three-Way Catalyst Particles by Hard X-ray Spectro-Ptychography", Angewandte Chemie International Edition, doi: 10.1002/anie.201710798

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 可視化物質科学研究グループ 構造可視化研究チーム
研修生 広瀬 真(ひろせ まこと)
(大阪大学 大学院工学研究科 大学院生)
チームリーダー 髙橋 幸生(たかはし ゆきお)
(大阪大学 大学院工学研究科 准教授)

放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 可視化物質科学研究グループ 元素可視化研究チーム
特別研究員 石黒 志(いしぐろ のぞむ)
チームリーダー 唯 美津木(ただ みづき)
(名古屋大学 物質科学国際研究センター 教授)

広瀬真研修生の写真 広瀬真研修生
高橋幸生チームリーダーの写真 高橋幸生チームリーダー
石黒志特別研究員の写真 石黒志特別研究員
唯美津木チームリーダーの写真 唯美津木チームリーダー

報道担当

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補足説明

  • 1.X線タイコグラフィ
    コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。
  • 2.X線吸収微細構造(XAFS)
    X線吸収スペクトルの吸収端付近にみられる固有の構造。XAFSの解析によって、X線吸収原子の電子状態やその周辺構造などの情報を得ることができる。XAFSは、X-ray Absorption Fine Structureの略。
  • 3.酸素吸蔵・放出材料
    条件によって酸素を吸蔵・放出する材料。自動車排ガス浄化などでは、系中の酸素量の制御が必須であり、用いられる。
  • 4.可干渉性(コヒーレンス)
    波と波が重なり合うとき、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質。
  • 5.大型放射光施設SPring-8
    理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
タイコグラフィ-XAFS法の概念図の画像

図1 タイコグラフィ-XAFS法の概念図

まず、全反射集光鏡によって、セリウムL3吸収端近傍のエネルギーの放射光X線を500nmのスポットに集光する。次に、集光点に配置された試料を2次元走査(ラスタースキャン)し、走査点ごとに試料のX線回折強度パターンを2次元X線検出器で計測する。そして、回折強度パターンに位相回復計算を実行することで、各入射X線エネルギーで「位相像」と「振幅像」を再構成する。最後に、振幅像のエネルギー依存性から空間分解された「XAFSスペクトル」を導出する。

タイコグラフィ-XAFS法による3種類の試料Pt/CZ-X(X=7, 8, 7.6)の観察結果の図

図2 タイコグラフィ-XAFS法による3種類の試料Pt/CZ-X(X=7, 8, 7.6)の観察結果

左から、位相像(5.732keV)、振幅像(5.732keV)、セリウム密度分布像、セリウム価数分布像を示す。X線回折強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する。再構成像のピクセルサイズは13nmであり、位相回復伝達関数によって空間分解能を評価すると、50nm以下であり、従来の顕微XAFS法に比べ優れていた。セリウム価数分布像を見ると、Pt/CZ-7とPt/CZ-8の粒子については、それぞれ3価と4価のセリウムがほぼ均一に分布しているのに対し、Pt/CZ-7.6の粒子については、粒子表面から中心に向かうにつれて4価から3価に変化する様子が明瞭に観察されたことが分かる。

Pt/CZ-7.6のセリウムの密度と価数の相関解析の結果の図

図3 Pt/CZ-7.6のセリウムの密度と価数の相関解析の結果

  • 左) セリウムの密度と価数によって分類されたグループの空間分布。Pt/CZ-7.6のセリウム密度像と価数像を5×5ピクセル領域に区切り、各領域での相関を調べると次の五つのグループに分類される。(i) 正の相関:バルク内部が表面より酸化(赤)、(ii) 負の相関:表面がバルク内部より酸化(青)、(iii) 縦方向の相関:厚さ一定でセリウム価数にゆらぎ(緑)、(iv) 横方向の相関:領域全体でセリウム価数が均一(黄)、(v) 相関なし。
  • 右) 有意な相関の密度-価数分布。(i)を赤、(ii)を青、(iii)を緑、(iv)を黄で示している。

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