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2009年2月10日

理化学研究所

心筋梗塞の発症リスクとなる新たな遺伝的多型を発見

-ガレクチン-2結合分子のBRAPが心筋梗塞の発症に関連-

ポイント

  • 心筋梗塞感受性分子のガレクチン-2にBRAPタンパク質が結合
  • BRAP遺伝子内の一塩基多型(SNP)が、心筋梗塞の発症に強く関与
  • 心筋梗塞のリスク予測・病態解明、新たな心筋梗塞感受性分子の発見に大きな期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、乳がんの発症にかかわるタンパク質「BRCA1」に結合するタンパク質「BRCA1 Associated Protein(BRAP)※1」をコードする遺伝子が、心筋梗塞(こうそく)の発症に関連することを発見しました。理研ゲノム医科学研究センター(中村祐輔センター長)循環器疾患研究チームの田中敏博チームリーダー、尾崎浩一上級研究員、大阪大学大学院病態情報内科学の堀正二教授らと、高雄医科大学(台湾)との共同研究による成果です。

心筋梗塞とは、心臓に栄養を与えている血管(冠動脈)が、炎症などの原因によって突然閉塞する結果、心臓の組織が壊死(えし)に陥り、心不全、不整脈、さらには突然死の危険のある疾患です。研究チームはこれまでに、心筋梗塞にかかわる因子として、炎症関連分子であるリンフォトキシンα(LTA)※2ガレクチン-2※2およびプロテアソームサブユニットアルファタイプ6(PSMA6)※2を同定していました。

今回の研究では、ガレクチン-2結合分子として同定したBRAPタンパク質をコードする遺伝子が、心筋梗塞の発症にかかわっていることを発見しました。BRAP遺伝子内の心筋梗塞と関連の認められた一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)は、BRAPの発現量を変化させる働きがありました。また、BRAPの働きを抑えると、炎症作用が抑制される傾向のあることも突き止めました。

これまでに同定した心筋梗塞の遺伝的危険因子と、このBRAPを組み合わせて解析することで、心筋梗塞発症リスク予測がより高い精度で可能になると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』(3月号予定)に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月8日付け)に掲載されました。

背景

人間の外見、性格などが個人によって異なるように、体質にもまた個人差があります。同じような生活習慣であっても、生活習慣病になってしまう人もいれば、ならない人もいます。また、同じ薬を服用しても、効果のある場合もあれば、逆に副作用だけが目立つ場合もあり、個人によって反応が異なります。これらヒトの多様性は、環境要因と遺伝要因が複雑に作用し合って決められていると考えられています。近年、遺伝要因の面で注目されているのが一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)です。これを網羅的に解析することで、心筋梗塞のような比較的患者数の多い病気(Common Diseases)の遺伝的側面を知ることができます。

心筋梗塞を含む心臓の病気は、日本人の死亡原因の第2位で、一般診療医療費の20%以上を占めています。危険因子を解明し、発症あるいは再発の予防につなげることが、国民福祉の観点からも重要となります。しかし、心筋梗塞に関しては、環境要因面での危険因子はある程度明らかになっていますが、遺伝要因については未解明の部分が多く、最近まで大規模な研究は行われていませんでした。

2000年度にミレニアムゲノムプロジェクトの一環として理研内に設立した遺伝子多型研究センター(現ゲノム医科学研究センター)は、発足当初からSNPの網羅的解析による疾患関連遺伝子の発見を目標の第一番目に掲げ、研究を続けてきました。循環器疾患研究チームは、世界で初めて全ゲノム関連解析を通した手法で、リンフォトキシンα(LTA)を心筋梗塞感受性分子(心筋梗塞の発症に関与する分子)として同定しています(Nature Genetics 2002年12月号)。また、その結合分子であるガレクチン-2や、細胞内でLTAのシグナルを制御しているプロテアソームサブユニットアルファタイプ6(PSMA6)も心筋梗塞感受性分子であることを明らかにしてきました(2004年5月6日プレス発表、2006年7月17日プレス発表)。

研究手法と成果

ガレクチン-2の生体内での役割を明らかにするために、ガレクチン-2と相互作用する分子の探索を進めました。その結果、乳がんの発症にかかわるタンパク質のBRCA1に結合する「BRCA1 Associated Protein(BRAP)」が、ガレクチン-2結合分子の1つであることを発見しました。

ガレクチン-2が心筋梗塞感受性分子であることから、BRAPもまた疾患感受性である可能性を考えました。この遺伝子の全ゲノム領域のSNPを探索して、この遺伝子領域中タグSNP※3を選択し、患者対照関連解析※4を行いました。その結果、あるタグSNPと連鎖不平衡※3にある2つのSNP(エクソン5※5およびイントロン3※5)が、心筋梗塞と非常に強い関連を示すことを発見しました。

さらに、イントロン3のSNPには、BRAPの発現量を上昇する働きがあることも証明しました。また、BRAPに特異的な抗体を用いた、培養冠動脈血管平滑筋細胞や冠動脈硬化病変の免疫染色でも、BRAPの発現を確認し、ガレクチン-2と共に局在することも分かりました。BRAPの働きをRNA干渉(siRNA)※6で抑えると、炎症作用の中心的なメディエーター(仲介分子)として働くNFκB※7の活性が抑制されることも突き止めました。

今後の期待

今回の研究では、ガレクチン-2結合タンパク質をコードするBRAP遺伝子の多型が、心筋梗塞の発症、進展に強く関連することを示しました。研究チームでは、BRAPの機能を修飾する分子を解析し、新たな心筋梗塞感受性分子の発見を進めています。また、これまでに同定した心筋梗塞の遺伝的危険因子とBRAPを組み合わせて、より高い精度の疾患発症リスク予測の実現に取り組んでいきます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 循環器疾患研究チーム
チームリーダー 田中 敏博(たなか としひろ)
Tel : 045-503-9290 / Fax : 045-503-9289

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.BRCA1 associated protein(BRAP)
    遺伝性乳がんの原因遺伝子であるBRCA1(Breast Cancer 1, early onset)に結合する分子として同定された。また、がん原遺伝子であるRASタンパク質にも結合し、そのシグナルを修飾することが知られており、細胞の増殖、分化や炎症反応に関連すると考えられる。
  • 2.リンフォトキシンα(LTA)、ガレクチン-2、プロテアソームサブユニットアルファタイプ6(PSMA6)
    LTAタンパク質は、炎症早期にマクロファージや炎症性T細胞から分泌されるサイトカインで、炎症反応において中心的な役割を果たすと考えられている。また、この分子を欠落したマウスでは動脈硬化が起こりにくいことが報告されている。
    ガレクチン-2は、ガラクトースに結合する糖結合タンパクファミリーの1つで、ほかのファミリーは細胞死や細胞のがん化などにかかわることが知られているが、この分子の詳細な機能はいまだ解明されていない。しかし、LTAやBRAPタンパク質に結合することから、やはり炎症系で重要な機能を持っていると考えられる。
    PSMA6タンパク質は、炎症性の刺激が血管などの細胞に伝わった時に働くタンパク分解系酵素複合体「プロテアソーム」を構成する1分子。プロテアソームは、分解の目印としてポリユビキチンが付加された細胞内タンパク質を選択的に分解する酵素として、炎症性分子などを制御するタンパク質分解において中心的な役割を果たしている。
  • 3.タグSNP、連鎖不平衡
    比較的近接したゲノム領域上にSNP X(多型はC/G)、SNP Y(多型はA/T)およびSNP Z(多型はC/A)があるとする。ある集団についてこれらのSNPを調べるとSNP XがCの時は必ずSNP YはT、SNP ZはCという現象がある。これを連鎖不平衡の関係にあるといい、これらのSNPのどれか1つを調べれば、ほかの2つのSNPについてもどちらの多型であるかが分かることになる。この代表SNPをタグSNPと呼ぶ。
  • 4.患者対照関連解析
    疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。疾患を持つ群と疾患を持たない群とで塩基多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法。
  • 5.エクソン5とイントロン3
    遺伝子は、複数のエクソンとその間にはさまれるイントロンとからなる。遺伝子のエクソン部分はRNAに転写されるが、イントロンの部分は転写されない。エクソン5とは、先頭のエクソンから数えて5番目のエクソンをさす。また、イントロンには転写因子などが結合することによって、RNAの転写を修飾していることが知られている。
  • 6.RNA干渉(siRNA)
    2本鎖RNAにより、そのRNAと相同配列を持つ遺伝子の発現が抑制される現象をRNA干渉(RNA interference)という。哺乳動物細胞でこの現象を見る際は、21~23塩基の2本鎖RNA(small interfering RNAs; siRNA)を用いると最も効果的であるといわれている。
  • 7.NFκB
    Nuclear factor kappa Bの略。通常は細胞質に存在するが、炎症のシグナルが細胞内に伝えられると即座に細胞核に移行し、さまざまな炎症性分子の発現を促すタンパク質。炎症の中心的なメディエーター(仲介分子)。

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