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2009年8月13日

独立行政法人 理化学研究所

有機モット絶縁体で不思議な電子の振る舞いを観測

-ネバネバ電子が突然サラサラ電子に-

ポイント

  • 強相関電子を持つ有機デバイスで相転移トランジスタを初めて実現
  • 電界効果でほんの少し電子を増やすと、フィリング制御型モット転移を誘起
  • 相転移トランジスタなどの革新デバイスや新物質開発に寄与

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、有機モット絶縁体※1を用いて新しいタイプの有機FET(FET=電界効果トランジスタ)を開発・解析し、有機FETとして初の相転移トランジスタ※2を実現しました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)加藤分子物性研究室の川椙義高ジュニア・リサーチ・アソシエイト(埼玉大学大学院理工学研究科)、山本浩史専任研究員、田嶋尚也専任研究員、福永武男協力研究員、加藤礼三主任研究員および塚越一仁元ユニットリーダー(現、独立行政法人物質・材料研究機構)らによる研究成果です。

金属の中には、伝導電子※3という電気を流す働きをする電子が存在しています。通常このような電子は、「波動」としての性質を発揮し、金属中を自由に動きまわっています。しかし、酸化ニッケルなどのある種の金属に含まれる伝導電子の中には、「粒子」としての性質により、非常に粘り気のある振る舞いをし、電気を流せなくなるものがあります。これらの伝導電子は「強相関電子※4」と呼ばれ、その密度に応じて敏感に性質を変えることが知られています。この強相関電子の特殊な性質を利用すると、新しい電子デバイスを作ることができると期待されていました。今回、有機伝導体の中にある強相関電子に対し、外からほんの少しだけ電子を加えると、重く粘り気のある状態から突然さらさらと動ける状態に、振る舞いを変化させる様子を観測することに成功しました。このような突然の変化を電子系の「フィリング制御型モット転移」と呼び、有機FETでこのモット転移を観測したのは、世界で初めてのことです。

この成果は、強相関電子への理解を進めるとともに、相転移トランジスタなどの革新的なデバイス開発や、物性科学における新物質開発などにも寄与するものとして期待できます。

本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金学術創成研究「電子機能物質における自己組織化の解明と応用」(研究代表者:加藤礼三理研主任研究員)などの一環として、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(8月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月14日付け:日本時間8月15日)に掲載されます。同誌が他分野の研究者に閲読を推奨するEditors' Suggestionsにも選定されました。

背景

電子には「粒子」としての性質と「波動」としての性質が混在しています。金属に電気が流れるときは、その運び手である伝導電子が「波動」としての性質を発揮し、電気伝導を担っています。しかし、酸化ニッケルなどのある種の金属に含まれる伝導電子は、お互いの間に働く反発力(クーロン反発)により動けなくなった「粒子」として振る舞い、電気を流せなくなることが知られています。このような電子は「強相関電子」と呼ばれ、いくつか不思議な性質を持ちます。例えば、元の電子の数からほんの少し増やしたり、ほんの少し減らしたりすると、それだけで電子の「波動」としての性質が復活し、突然電気が流れるようになります。このような現象を「フィリング制御型モット転移」と呼び、新しい電気・電子材料を開発する上での重要な概念として注目されています。フィリング制御型モット転移は、銅酸化物が高温超伝導を発現する際にも重要な役割を果たしています。電子間のクーロン反発によってできたモット絶縁体である銅酸化物では、化学的に電子の出し入れを行ってモット転移を起こすと、高温超伝導を発現することが分かっています。しかし、こうした強相関電子の振る舞いには、まだいくつかの謎が残されており、それらの謎を解くには自由に電子を出し入れできる物理的手法のFETを利用し、解析を行う方法が有効であるとされていました。しかし、無機強相関物質を使ったFETでは、物質の複雑さのために解析が難しく、「フィリング制御型モット転移」の直接観測は実現できていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、これまでにκ型BEDT-TTF塩と呼ばれる有機分子からなる、有機モット絶縁体の薄膜単結晶を用いてFETデバイスを作製しています(2008年6月23日プレス発表)。今回、このFETデバイスに低温状態で電界効果※5により少しずつ電子を出し入れした時の、抵抗率変化とホール効果※6を測定することによって、伝導電子の数と動きやすさ(さらさらしているか、粘り気が強いか)を観測しました。

まず、有機モット絶縁体に電子を加えた場合の、電気抵抗の変化を調べました(図1)。その結果、電子を加えるほど電気抵抗が小さくなることが分かりました。この効果は温度を下げるほど顕著でした。また、この電気抵抗の変化は、清浄なシリコンMOS-FET※7での変化と似た傾向を示しています。この結果から、今回用いた有機モット絶縁体は、電子の出し入れをしても、無機強相関物質のような複雑な挙動は示さないシンプルな物質と推定できました。

次に、ホール効果の測定結果から、電子を出し入れしたときの伝導電子の数を見積もりました(図2)。その結果、後から加えたほんの少しの電子によって、それまで「粒子」として振る舞っていた粘り気のある電子が、突然さらさらと動けるようになるフィリング制御型モット転移の様子を観測することに成功しました。これは、すべての伝導電子が突然動き出す、モット転移の特徴を良くとらえた測定結果となりました。有機モット絶縁体のFET構造を使って、このように連続的に伝導電子の波動性が変化する様子を観測したのは、世界で初めてのことです。

今後の期待

伝導電子の性質が粒子から波動へと変化する様子を連続的に観測した今回の成果は、今後モット転移の理論的理解を深めるのに重要な成果となります。また、銅酸化物の高温超伝導など、強相関電子に特徴的な物性の解明にも寄与すると考えられます。さらに、こうした相転移を利用したトランジスタは、高いスイッチング性能を持つことが期待できるため、新しい原理による革新的電子デバイスを開発できる可能性も示しています。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 加藤分子物性研究室
ジュニア・リサーチ・アソシエイト
川椙 義高(かわすぎ よしたか)
Tel: 048-467-9410 / Fax: 048-462-4661

専任研究員
山本 浩史(やまもと ひろし)
Tel: 048-467-9410 / Fax: 048-462-4661

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.モット絶縁体
    電気伝導を担う電子が多数存在するにもかかわらず、電子同士の斥力相互作用によって電子が動けなくなり、絶縁体になっている物質。
  • 2.相転移トランジスタ
    相転移を利用したトランジスタの総称。通常のトランジスタでは、伝導電子の数を徐々に変化させて信号の増幅を行うが、相転移トランジスタではすべての伝導電子の動きやすさを一気に変化させて信号増幅を行う。最近活発に研究されている相転移トランジスタの例としては、超伝導トランジスタが挙げられるが、これもまだ基礎研究が始まったばかりである。
  • 3.伝導電子
    電気伝導を担う電子。固体中には多くの電子が存在するが、そのうち最もエネルギーが高く、通常は原子と原子(あるいは分子と分子)の間を自由に飛び移って電荷を運ぶ能力を有している。
  • 4.強相関電子
    モット絶縁体中の伝導電子に代表されるような、電子間のクーロン反発により動きにくくなった電子のこと。
  • 5.電界効果
    薄膜材料に対して、絶縁体を隔てたゲート電極から静電場を加え、電子の密度を変化させることによって伝導性が制御される現象。CMOS回路などに使われている原理であり、例えばゲートに電圧をかけている間は薄膜に電気が流れ、ゲート電圧を切ると電気が流れなくなる。
  • 6.ホール効果
    伝導体に流れる電流に対して垂直な方向に磁場をかけると、ローレンツ力により電子が曲げられて横方向の電場が発生する現象。発生する電場を測定することにより電子の密度を見積もることができるが、伝導体そのものに乱れや不均一があると正確な見積もりができない。
  • 7.シリコンMOS-FET
    シリコン金属酸化膜半導体―電界効果トランジスタのこと。シリコン上に酸化絶縁膜とゲート電極を設け、ゲート電圧により電子を出し入れして伝導性を制御する素子。現在多くのデジタル回路に採用されている。伝導を担う電子の数は、ゲート電圧により注入した電子の数にほぼ一致する。
電子を加えたときの抵抗率の温度変化のグラフ図

図1 電子を加えたときの抵抗率の温度変化

ゲート電圧を0ボルトから120ボルトへ上げていくに従い、有機モット絶縁体に電子が注入される。その結果、電気が流れやすくなり抵抗が減少する。また、低温部の曲線をグラフの左側に向かって延ばして(赤線)いくと、縦軸上の一点で交わるが、これはFETそのものに極端な乱雑さがないことを示している。

電子を加えたときの伝導電子密度の変化のグラフ図

図2 電子を加えたときの伝導電子密度の変化

ゲート電圧を上げていくと、電界効果により電子が注入される。実際にFET中で動いている電子の数は、後から電界効果で加えた電子の数よりもはるかに多く、粘り気のために動けなくなっていた電子が、後から加えた電子のために、突然さらさらと動き出した様子が理解できる。

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