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  3. 研究成果(プレスリリース)2015

2015年9月1日

理化学研究所

神経細胞の形態の複雑さを決める新しい因子を発見

-樹状突起の形成を抑制する因子とそのメカニズムを同定-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター神経形態遺伝学研究チームのエイドリアン・ムーア チームリーダー、カグリ・ヤルギン研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、ショウジョウバエを使い、神経細胞の形態の複雑さを決定する新しい因子「セントロソーミン(Cnn)」とその動作機構を発見しました。

脳や末梢の神経細胞は、樹状突起[1]と呼ばれる枝分かれした細長い突起を伸ばし、周囲の神経細胞とのネットワークを形成しています。樹状突起の分岐の複雑さは神経細胞のタイプによって異なります。例えば、ショウジョウバエの感覚神経であるdaニューロン[2]は、樹状突起の形態が単純なクラスIから非常に複雑なクラスIVに分類されます。これまでの研究から、クラスI daニューロンでは、Abrupt(Ab)という転写因子[3]が樹状突起の形成を抑えていることが知られています。しかし、この転写因子が実際にどのようなメカニズムで樹状突起の形態を決めるのかは分かっていませんでした。

国際共同研究グループは、細胞骨格[4]の1つである微小管[5]をAbなどの転写因子が制御することで、樹状突起の形態が決まるという仮説を立てました。まず、ショウジョウバエのdaニューロン内の微小管を遺伝学的手法により可視化して観察しました。すると、クラスIVでは樹状突起内に散らばっている微小管が、クラスIでは樹状突起内の特定の場所に集積していました。この結果は、クラスによって微小管構造に違いがあることを示しています。さらに、Abが働かない変異体のハエでは、クラスI daニューロンの微小管構造がクラスIVと同じような構造を示すことから、このクラス特異的な微小管構造の違いは転写因子Abによって制御されることが分かりました。そこで、転写因子Abによって活性化され微小管構造の調節に関わる遺伝子を系統的に調べたところ、セントロソーミン(Cnn)というタンパク質を作る遺伝子が強く活性化していることが分かりました。樹状突起が伸びていくときに、断片状のゴルジ体[6]が微小管重合[7]の核となることが知られています。Cnnはこの断片状のゴルジ体が核となるプロセスを促進し、樹状突起の先端と反対方向に微小管の重合を促すことで、樹状突起の形成を抑えていることが分かりました。

ヒトでは、Cnnの相同遺伝子であるCDK5RAP2の変異が、小頭症[8]を引き起こす要因になることが知られています。Cnn・CDK5RAP2の樹状突起の形成における働きの解明は、こうした疾患の発症メカニズムの理解につながる可能性があります。

本研究は、米国の科学雑誌『Nature Neuroscience』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月31日付け:日本時間9月1日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経形態遺伝学研究チーム
チームリーダー エイドリアン・ムーア(Adrian Moore)
研究員 カグリ・ヤルギン(Cagri Yalgin)(研究当時)
研究員 サマン・エブラヒミ(Saman Ebrahimi)(研究当時)

シカゴ大学 Institute for Genomics & Systems Biology、人類遺伝学学部
教授 ケビン・ピー・ホワイト(Kevin P White)
研究員 レベッカ・スポコニー(Rebecca Spokony)

沖縄科学技術大学院大学 計算脳科学ユニット
グループリーダー ベンジャミン・トールベン-ニールセン(Benjamin Torben-Nielsen)

背景

私たちの脳や身体にはたくさんの神経細胞があり、それらが互いにつながりあって、複雑な神経回路を形成しています。神経細胞には、核のある細胞体から多数に枝分かれした樹状突起と呼ばれる構造があります(図1)。ほかの神経細胞から送られる情報は樹状突起で受け取られ、軸索と呼ばれる長い突起を通って次の神経細胞へと伝わります。樹状突起の分岐の範囲や複雑さは神経細胞のタイプによって異なるため、樹状突起の形態がそれぞれの神経回路の特徴を決めているといえます。

一般に、細胞の形態は細胞内に張り巡らされた細胞骨格という構造が支えています。とくに神経細胞の発生の過程においては、細胞骨格の1つである線維状の微小管が細胞体から離れる方向へ伸びていくことで、樹状突起が形成されます。このため樹状突起の形態は、微小管が細胞体のどの場所でどちらの方向へ伸びていくかに大きく依存します。しかし、実際にどのようなメカニズムによって微小管構造が変化し、その神経細胞特有の樹状突起を形成するのかは分かっていません。

ショウジョウバエの感覚神経であるdaニューロンは、樹状突起の形態が単純なクラスIから非常に複雑なクラスIVに分類されます(図1)。これまでの研究から、クラスI daニューロンでは、Abrupt(Ab)という転写因子が樹状突起の形成を抑えていることが示されていますが、実際にAbが樹状突起の形態変化を制御するメカニズムは明らかにされていません。国際共同研究グループは、Abなどの転写因子が細胞骨格タンパク質の1つである微小管を制御することで、各クラスのdaニューロンの樹状突起の形態が決まると考え、遺伝学的手法によりdaニューロン内の微小管構造の可視化を試みました。

研究手法と成果

微小管はチューブリン[9]とよばれるタンパク質が重合・脱重合することで、伸長・退縮します。微小管には極性があり、チューブリンが活発に重合・脱重合する側をプラス端、反対側をマイナス端と呼びます。マイナス端は重合されたチューブリンが比較的安定な状態で存在するため、微小管構造の状態を反映します。そこで国際共同研究グループは、マイナス端の位置を可視化できる遺伝子改変ハエを作成し、各クラスのdaニューロン内における微小管の構造を観察しました。その結果、樹状突起の分岐が複雑で広範囲をカバーしているクラスIV daニューロンでは微小管が樹状突起内に散らばっているのに対し、樹状突起が単純で分岐の少ないクラスI daニューロンの微小管は樹状突起内の特定の場所に集積していることが分かりました(図2)。

次に、転写因子Abの働かない変異体ハエ(Ab変異体ハエ)で、同様に微小管のマイナス端の可視化を行ったところ、クラスI daニューロンにおいても散らばった微小管が見られ、クラスIVタイプの微小管構造を示していました(図2)。この結果は、daニューロンにクラス特異的な微小管構造が存在すること、またこのクラス特異的な微小管構造は転写因子Abの働きに依存していることを示しています。

さらに国際共同研究グループは、Abの下流で微小管構造の調節に関与するような因子を同定するため、daニューロン内でab遺伝子を過剰発現させ、活性化される遺伝子のうち微小管構造を調節する42個の遺伝子を調べました。すると、中心体[10]と呼ばれる構造に結合するセントロソーミン(Cnn)というタンパク質を作る遺伝子がもっとも強く活性化されることが分かりました。実際に、AbはCnn遺伝子調節領域に結合し、またAb変異体ハエのdaニューロンでは、Cnnの発現量が減少していること、さらにCnnが働かない変異体ハエ(Cnn変異体ハエ)でもAb変異体ハエと同様に、クラスIの樹状突起がクラスIVと同様の複雑な形態に変化していたことからも、実際にCnnはAbの下流で働く因子であることが分かりました。

また、神経細胞の樹状突起においては、断片状になったゴルジ体が微小管の重合の核になることが最近分かってきています。Cnnと断片状ゴルジ体のマーカーを染色したところ、これらは共局在していることが分かりました。さらに、野生型では実際に断片状のゴルジ体から微小管の重合が起こっているのに対し、AbおよびCnn変異体では断片状のゴルジ体からの微小管の重合が減少していました。これらの変異体における微小管の重合自体は減少していなかったことから、Cnnは微小管の重合がゴルジ体断片で起きるようなプラットフォームとして働いていることが示されました。さらに、微小管の重合の方向性を観察したところ、野生型では重合の方向が樹状突起の先端へ向かうものの割合が43.8%だったのに対し、AbとCnnの変異体ではそれぞれ56.9%と58.4%に増加していました。このことから、AbとCnnが微小管重合の起こる位置と方向性を調節することにより、樹状突起の先端方向への微小管重合を抑える働きをしていることが分かりました(図3)。

今後の期待

樹状突起の形成に関わる遺伝子はしばしばヒトの脳疾患と関連しています。今回国際共同研究グループが同定した因子Cnnのヒトにおける相同遺伝子であるCDK5RAP2の変異は小頭症を引き起こすことが知られています。また、精神遅滞を生じる脳疾患や自閉症などの発達障害においても、樹状突起を含めた神経細胞の形態の異常との関連が示唆されています。今後、Cnnなどの因子がどのようなメカニズムでゴルジ体断片に微小管重合を誘導し微小管重合の方向性を決めるのか、などについて解明がすすめば、こうした疾患の発症メカニズムを理解する手がかりにつながると期待されます。

原論文情報

  • Yalgin C, Ebrahimi S, Delandre C, Yoong LF, Akimoto S, Tran H, Amikura R, Spokony R, Torben-Nielsen B, White KP, and Moore AW (2015). Centrosomin represses dendrite branching by orienting microtubule nucleation. Nature Neuroscience. doi: 10.1038/nn.4099.

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 神経形態遺伝学研究チーム
チームリーダー エイドリアン・ムーア(Adrian Moore)
研究員 カグリ・ヤルギン(Cagri Yalgin)(研究当時)

国際共同研究グループのメンバーの集合写真 国際共同研究グループのメンバー
一列目 右から2番目がエイドリアン・ムーア、右から3番目がカグリ・ヤルギン

お問い合わせ先

理化学研究所 脳科学総合研究センター 脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-467-4914
pr [at] brain.riken.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.樹状突起
    神経細胞の細胞体から伸びた細長い分岐。ここにスパインという構造ができ、シナプスが形成される。その形態は細胞のタイプによって異なり、ほとんど樹状突起が発達しないものから、全方向へ樹状突起が伸びて広範囲にわたるものなど、さまざまである。
  • 2.daニューロン
    ショウジョウバエの感覚神経細胞の1つで、観察が容易なこと、特徴的な樹状突起の形態を示す4つのクラスに分類されること、などから非常に活発に研究が進んでいる。daは、dendritic arborizationの略。
  • 3.転写因子
    標的となる遺伝子の調節領域に結合して、その遺伝子の転写を活性化したり抑制したりするタンパク質。
  • 4.細胞骨格
    細胞の形態を維持するために細胞内に張りめぐらされている、主に線維状の構造。形態を決めるだけなく、細胞内物質輸送などにも関わる。
  • 5.微小管
    主にチューブリンタンパク質が重合して形成される細胞骨格。チューブリンが追加されたり除去されたりして、伸張したり退縮したりする。微小管の動態は細胞の運動や形態変化に影響を与える。
  • 6.ゴルジ体
    細胞小器官の1つ。扁平な袋状の膜構造を持ち、タンパク質の糖鎖修飾や、プロセシングなどを行う。
  • 7.重合
    1つの化合物が2つ以上結合すること。
  • 8.小頭症
    頭蓋骨の縫合が早く完成してしまい脳が小さくなるものと、脳の発達不良のため脳が小さくなるものがある。樹状突起形成に関連する遺伝子の変異が引き起こすのは後者に当てはまる。
  • 9.チューブリン
    分子量約5万のαチューブリンとβチューブリンがあり、これらが1つずつ結合した二量体が重合して微小管構造を形成している。
  • 10.中心体
    細胞小器官の1つで、ごく短い微小管から形成され、通常は核の近辺に配置されている。
ショウジョウバエdaニューロンの樹状突起の図

図1 ショウジョウバエdaニューロンの樹状突起

感覚神経であるdaニューロンの樹状突起の形態はニューロンのタイプによって異なっており、クラスIは分岐の少ない樹状突起を示すのに対し、クラスIVは分岐が複雑で樹状突起が占める範囲も広い。

daニューロンクラス特異的な微小管構造の図

図2 daニューロンクラス特異的な微小管構造

微小管のマイナス端を可視化できる遺伝子改変ハエの幼虫のdaニューロンを観察した。h,j,bは細胞全体を可視化した画像。I,k,cは微小管のみを可視化した画像。細胞全体のどこに微小管があるか確認できる。野生型(WT)を調べると、iのとおりクラスIニューロンでは蛍光シグナルが断片状に観察された。クラスIVニューロンでは、cのとおり樹状突起全体に連続した蛍光シグナルが見られた。これらの結果から、図中③のように、クラスIニューロンの微小管は樹状突起内の特定の場所に集積し、クラスIVニューロンの微小管は樹状突起内に散らばっていることが推察された。また、Abが働かない変異体では、kのとおりクラスIニューロンがクラスIVニューロンと同じタイプに変化していた。

クラス特異的な樹状突起形成のメカニズムの図

図3 クラス特異的な樹状突起形成のメカニズム

daニューロンのクラスI特異的な形態は、転写因子AbとAbによって活性化されるセントロソーミンの働きによって、微小管がゴルジ体断片に集積し、微小管の重合する方向を調節することで決まる。

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