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2017年10月17日

理化学研究所
東京工業大学
科学技術振興機構

スピンが偏った超伝導状態の検証に成功

-トポロジカル超伝導の実現へ向けて-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発物性計測研究チームの岩谷克也上級研究員、花栗哲郎チームリーダー、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授らの共同研究グループは、「トポロジカル超伝導体[1]」の候補物質β-PdBi2の表面において、スピン[2]が偏った(スピン偏極した)特異な状態が超伝導になっていることを明らかにしました。

トポロジカル超伝導体は、試料内部では通常の超伝導[1]を示しますが、表面や端(エッジ)にマヨラナ粒子[3]と呼ばれる特異な粒子を持つことが理論的に提案されています。マヨラナ粒子は新しい原理に基づく量子コンピュータ[4]への応用などの観点から大きな注目を集めている一方、現状ではトポロジカル超伝導の報告例が少なく、その存在を巡って論争が続いています。トポロジカル超伝導の実現には、試料表面でスピン偏極した電子状態を作り出し、そこに超伝導を誘起させることが重要です。しかしこれまで、スピン偏極と超伝導を同時に観測した例はありませんでした。

今回、共同研究グループは、トポロジカル超伝導体の候補物質として知られるβ-PdBi2(Pd:パラジウム、Bi:ビスマス)の高品質単結晶の作製に成功し、走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)[5]を用いて、表面のスピン状態および超伝導状態を同時に観察しました。その結果、β-PdBi2の表面では全ての電子状態がスピン偏極しており、トポロジカル超伝導にとって非常に有利な状況にあることが分かりました。また、同時に超伝導ギャップ[6]の観測にも成功し、スピン偏極状態が超伝導になっていることを実験的に示しました。

本研究成果は、これまで調べることが難しかったスピン構造と超伝導の関係解明に向けて突破口を開くものであり、今後、トポロジカル超伝導の完全検証やマヨラナ粒子の検出へつながることが期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Communications』(10月17日付:日本時間10月17日)に掲載されます。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(研究代表:笹川崇男)」の一環として行われました。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発物性計測研究チーム
上級研究員 岩谷 克也(いわや かつや)
上級研究員 幸坂 祐生(こうさか ゆうき)
特別研究員 町田 理(まちだ ただし)
チームリーダー 花栗 哲郎(はなぐり てつお)

創発計算物理研究ユニット
ユニットリーダー モハマド・サイード・バハラミー(Mohammad Saeed Bahramy)

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
大学院生(研究当時) 大川 顕次郎(おおかわ けんじろう)
准教授 笹川 崇男(ささがわ たかお)

背景

「トポロジカル絶縁体」は、物質中の電子状態のトポロジー(位相幾何学)を反映して、内部はエネルギーギャップ[7]を持つ絶縁体でありながら、表面では電気を通す金属となる特殊な物質で、精力的に研究されています。

このトポロジカル絶縁体との類似から、物質内部に超伝導ギャップを持ちながら、表面や端(エッジ)ではトポロジカルに保護された金属状態を示す物質が理論的に提案され、「トポロジカル超伝導体」と命名されています。トポロジカル絶縁体の表面状態は電子から構成されるのに対し、トポロジカル超伝導体のエッジにはマヨラナ粒子が現れることが予言されています。マヨラナ粒子は、量子コンピュータにおける量子ビット[8]としての利用が提案されています。従来の量子ビットでは、電磁波の刺激などによって0と1の状態変化を起こさせて量子論理計算を行います。この場合、環境からの温度や電磁ノイズの影響によって意図していない状態変化も容易に起こるため、沢山の量子ビットを連動させて必要な計算時間だけ動かすことが難しく、実用的な量子コンピュータの実現には100年以上かかると予想されています。一方でマヨラナ粒子を用いる量子ビットは、粒子を交換する順序を決めるだけで0と1の状態変化を計画通りに行うことができるため、原理的にはエラーを生じない量子コンピュータが作れると言われています。このため、マヨラナ粒子の実験的観測を数多くの研究者が目指していますが、現状ではトポロジカル超伝導の報告例が少なく、マヨラナ粒子の存在を巡った論争が続いています。

トポロジカル超伝導の実現には、スピンが偏った(スピン偏極した)電子状態を作り出し、そこに超伝導を誘起させることが重要だと知られています。なぜならこの超伝導状態においてマヨラナ粒子出現の条件が満たされるからです。通常の物質には、アップとダウンの2通りのスピンを持つ電子が同じように存在しています。超伝導は逆向きのスピンを持つ電子同士が対を組むことによって生じるため、アップ・ダウンおよびダウン・アップの2通りの組み合わせが許されます。ところが、なんらかの理由でスピン偏極した状態が超伝導になると、2つの組み合わせのうちのどちらか片方しか許されず、その状況がトポロジカル超伝導にとって有利であることが分かっています。

トポロジカル絶縁体の表面金属状態はスピン偏極しているため、トポロジカル絶縁体に不純物を入れて超伝導体にした物質や、トポロジカル絶縁体と超伝導体を人工的に接合したヘテロ構造などが、トポロジカル超伝導体の候補物質として主に研究されてきました。もし、トポロジカル絶縁体と同じようなスピン偏極した表面状態を持ち、固有の性質として超伝導を示す物質があれば、トポロジカル超伝導体の有力な候補になります。このような物質はいくつか知られていますが、良質な試料作製が難しく、またスピン偏極と超伝導の性質を同時に調べる手法がなかったため、トポロジカル超伝導の報告例はほとんどありませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、トポロジカル超伝導体の候補物質の一つであるβ-PdBi2(Pd:パラジウム、Bi:ビスマス)に着目しました。東京工業大学のチームが作製に成功した高品質単結晶を用いて調べたところ、バルク単結晶が5.4ケルビン(K、約-267.8℃)で超伝導転移を起こしました。β-PdBi2は、常伝導状態ではスピン偏極したトポロジカルに保護された表面状態[9]が存在することが報告されていますが、表面の超伝導状態については分かっていませんでした。

そこで、表面に敏感で、かつ高エネルギー分解能、高空間分解能を併せ持つ走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)を用いて、β-PdBi2の表面状態およびその超伝導状態を観察しました。その結果、電子の波が干渉して作る特徴的な模様[10]を観測しました(図1)。この実験結果と第一原理理論計算[11]を基にした詳細なシミュレーション結果を比較したところ、この模様は、トポロジカルな表面状態だけでなく、表面に現れている全ての電子状態がスピン偏極していなければ説明できないことが明らかになりました。また、電子の波の干渉模様から、β-PdBi2表面の電子状態がどのようにスピン偏極しているのか分かりました。

次にβ-PdBi2の超伝導の性質を調べました。超伝導転移温度より低い温度の0.4K(約-272.8℃)で、β-PdBi2表面でのエネルギーごとの電子の数(スペクトル)を測定しました(図2)。縦軸のトンネルコンダクタンスとは、横軸に示されたエネルギーを持つ電子の数に相当します。約±0.8meVに鋭いピークが観測され、その内側のエネルギーを持つ電子は全くないことが分かりました。これは、超伝導状態に特有なスペクトル(超伝導ギャップ)であり、低温でも常伝導のまま残っている状態がないことを意味しています。すなわち、スピン偏極した電子状態の全てが超伝導になっていることを示す確実な証拠です。このような表面のスピン偏極した超伝導状態は、トポロジカル超伝導にとって最適な状況です。

今後の期待

電子の波の干渉模様と超伝導ギャップの同時に観測できるSTM/STSという手法は、今後のトポロジカル超伝導の完全検証、さらにはマヨラナ粒子の直接観測に向けた強力な武器となるものと期待できます。

トポロジカル超伝導そのものの証拠を得るには、今後0.4Kよりも低温でより高エネルギー分解能の測定を行う必要があります。またマヨラナ粒子は、磁場中で形成される渦糸[12]芯に存在することが期待でき、その際、特徴あるスピン模様を作ります。電子の波の干渉模様からは、スピン偏極に関する情報が得られますが、スピンの模様そのものの情報は得られません。現在、スピンの空間分布を直接とらえることのできるSTMを開発しており、近い将来、マヨラナ粒子の直接観測を行う予定です。

原論文情報

  • K. Iwaya, Y. Kohsaka, K. Okawa, T. Machida, M. S. Bahramy, T. Hanaguri and T. Sasagawa, "Full-gap superconductivity in spin-polarised surface states of topological semimetal β-PdBi2", Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-017-01209-9

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 創発物性計測研究チーム
上級研究員 岩谷 克也(いわや かつや)
チームリーダー 花栗 哲郎(はなぐり てつお)

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
准教授 笹川 崇男(ささがわ たかお)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.トポロジカル超伝導体、超伝導
    通常の超伝導は、物質が臨界温度を超えて冷却されたときに起こる、電気抵抗がゼロになる現象。超伝導状態では、電気がエネルギーを失わずに物質中を流れる。トポロジカル超伝導体では、物質内部で超伝導状態に特有の超伝導ギャップが開いているのに対し、表面や端(エッジ)にはトポロジカルに保護された金属状態が現れる。
  • 2.スピン
    粒子の持つ量子力学的な内部自由度(粒子を区別する性質)の一つ。磁性の根源でもある。電子のスピンは、アップスピン状態とダウンスピン状態と呼ばれる二つの状態の重ね合わせとして表現される。
  • 3.マヨラナ粒子
    1937年にE. Majoranaが理論的に提案した粒子で、粒子がそれ自身の反粒子になる特徴を持っている。トポロジカル超伝導に現れるマヨラナ粒子は普通の電子とは異なり、この性質を利用した量子コンピュータへの応用が提案されている。
  • 4.量子コンピュータ
    量子力学における重ね合わせを利用して、超並列計算を実現するコンピュータ。従来のコンピュータでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くことが出来る量子アルゴリズムが開発されており、超高速計算が可能になると考えられている。
  • 5.走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)
    先端を尖がらせた金属の針(探針)で物質の表面をなぞるように走査し、探針の高さをマッピングすることで、物質表面の凹凸を原子スケールで観察することができる顕微鏡。探針位置を固定し、電流-電圧特性を測定すると、その位置において、どのようなエネルギーを持った電子がどのくらい存在するかを知ることができる。
  • 6.超伝導ギャップ
    超伝導状態で電子は二つずつ対(クーパー対)になっている。電子対を安定化させているのは、電子間に働く実効的な引力であるが、そのため、電子対を破壊するには有限のエネルギーが必要である。この安定化エネルギー以下のエネルギーでは、対を組まない個々の電子を励起することはできないため、電子の励起スペクトルには低エネルギーにギャップが生じることになる。このギャップを超伝導ギャップと呼ぶ。
  • 7.エネルギーギャップ
    電子が存在できないエネルギー領域。このギャップ以上のエネルギーを与えると、電子と正孔が生まれ電気が流れる。
  • 8.量子ビット
    量子情報における最小単位。従来のコンピュータでは0か1のいずれかの状態しか持ちえないビットで情報を扱うのに対し、量子コンピュータでは量子ビットが0と1だけでなく、0と1の量子力学的重ね合わせ状態をとることができるため超高速計算が可能になる。
  • 9.トポロジカルに保護された表面状態
    トポロジカルに異なる種類の絶縁体同士が接するとき、その境界ではエネルギーギャップは必ず閉じなければならない。この要請により、境界(表面)には必ず伝導状態が現れることになり、攪乱による影響を受けないという特徴がある。
  • 10.電子の波が干渉して作る模様
    量子力学によると、電子は粒子であると同時に波としての性質を持ち、固体中の電子は、多くの場合、波となって結晶全体に広がっている。このような電子の波が散乱を受けると、波の干渉によって、散乱源の近くに定在波が形成される。本研究で観測した、低エネルギーにおける電子の模様は、渦糸に散乱された電子が形成する定在波であると考えられる。
  • 11.第一原理理論計算
    実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法。実験が困難な極限状況での物質の性質を予測することができるのが特徴。最近のコンピュータの処理能力の向上と計算科学の進展により材料研究の強力な手法になってきている。
  • 12.渦糸
    電気抵抗ゼロとならぶ超伝導体の重要な性質が完全反磁性であり、このため、超伝導体の内部には磁場が侵入しない。しかし、銅酸化物超伝導体を含むほとんど全ての化合物超伝導体は、第二種超伝導体と呼ばれるカテゴリーに属し、一定以上の磁場をかけると、その内部に磁場の侵入を許す。しかし、侵入した磁場は一様に分布するのではなく、磁束量子と呼ばれる一定の磁束を作り出すような、細長い超伝導電流の渦が多数存在する、空間的に不均一な状態が実現される。この1本1本の超伝導電流の渦を渦糸(うずいと)と呼ぶ。渦糸の中心では、超伝導は完全に抑制されている。
スピン偏極したβ-PdBi2表面状態に起因する電子干渉模様の図

図1 スピン偏極したβ-PdBi2表面状態に起因する電子干渉模様

β-PdBi2表面付近に存在する電子は、原子欠陥などによって散乱され干渉模様を形成する。散乱は、表面状態および散乱前後のスピンの相対的な向きに依存するため、干渉模様の解析からスピンを含めた表面状態の情報を得ることができる。

β-PdBi2表面で観察された超伝導ギャップの図

図2 β-PdBi2表面で観察された超伝導ギャップ

β-PdBi2の表面状態を、超伝導転移温度より低い温度の0.4K(約-272.8℃)で測定した。その結果、全てのスピン偏極表面状態において、超伝導ギャップが完全に開いていることが明らかになった。

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