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  3. 研究成果(プレスリリース)2014

2014年2月20日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学

ディラック状態を固体と固体との「界面」でも検出

-トポロジカル絶縁体を用いた低消費電力素子への応用に期待-

ポイント

  • 既存の半導体技術との融合によって界面ディラック状態を観測
  • 量子振動の観測によりディラック状態が界面にも存在することを確認
  • トポロジカル絶縁体の組成調整で表面電子状態の制御が可能なことを実証

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、近年見いだされた新物質のトポロジカル絶縁体「(Bi1-xSbx)2Te3薄膜」とインジウムリン(InP)半導体を接合した素子を用い、トポロジカル絶縁体に特徴的な「ディラック状態[1]」を固体と固体との「界面」で検出することに初めて成功しました。これは、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程大学院生の吉見龍太郎(強相関物性研究グループ研修生)、菊竹航(強相関理論研究グループ研修生)と、東京大学大学院工学系研究科の塚﨑敦特任講師(現 東北大学金属材料研究所教授・理研客員研究員)、ジョセフチェケルスキー特任講師(現 マサチューセッツ工科大学准教授・理研客員研究員)、および理研創発物性科学研究センター(十倉好紀センター長)強相関界面研究グループの高橋圭上級研究員、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)との共同研究グループによる成果です。

トポロジカル絶縁体は、内部は電流を流さない絶縁状態であるのに対し、その表面は特殊な金属状態が現れる物質です。表面の金属状態は、グラフェンなどでも知られるディラック状態で、エネルギーをほとんど消費しない電子伝導が可能なため、低消費電力素子への応用に向け研究が活発化しています。しかし、トポロジカル絶縁体のディラック電子[1]は、これまで真空と固体との境界である「表面」で実験的に検出されたことはありましたが、固体と固体との「界面」で検出された報告はありませんでした。

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体の1つである(Bi1-xSbx)2Te3薄膜を、半導体材料のInP基板上に単結晶成長させ、界面を通したトンネル伝導測定[2]を行いました。磁場中でのトンネル電流[2]を詳細に解析した結果、界面にもディラック状態が存在することを明らかにしました。さらに、トポロジカル絶縁体の試料組成比を制御することで、界面のディラック状態を自在に制御できることを示しました。

今回、実際に固体素子へ適用するうえで必要となる固体と固体との「界面」でもディラック状態が保持されていることを実証しました。これは、既存の半導体技術とトポロジカル絶縁体のディラック状態を融合した新しい素子開発の可能性を示した結果であり、低消費電力素子の実現へ大きく前進したことになります。

本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉好紀)の事業の一環として行われ、成果は、英国の科学雑誌『Nature Materials』(3月号)のオンラインに掲載されます。

背景

近年見いだされた「トポロジカル絶縁体」は、内部が絶縁状態で、その表面が特殊な金属状態を示す新しい物質です。特に、表面の金属状態はディラック電子が存在するディラック状態で、光学特性や熱特性、力学特性などに優れたナノ炭素材料「グラフェン」にも見られるものです。ディラック電子は、固体中で質量がなく、不純物の影響も小さいため、従来の半導体よりも高速で固体内を動くことができます。この特性から、トポロジカル絶縁体は低消費電力素子としての応用が期待され、活発に研究が行われています。しかし、これまでトポロジカル絶縁体のディラック状態は、真空と固体との境界である「表面」で実験的に検出されたことはありましたが、実際に固体素子へ適用するうえで必要となる固体と固体との「界面」では、ディラック状態の検出やその性質についての報告はありませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体の1つ「(Bi1-xSbx)2Te3薄膜」(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)を既存の半導体材料の インジウムリン(InP)基板上に単結晶成長させ、両者を接合した素子を作製しました。この素子に対して、物質界面の電気的特性を評価し、界面電子の状態を調べることが可能なトンネル伝導測定を行いました(図1)。

まず、トンネル電流の大きさを磁場と電圧に対して調べました。その結果、磁場を加えるに伴い、トンネル伝導度の変化量が電圧に対して振動する様子が観測されました(図2a)。この振動は「ランダウ量子化[3]」と呼ばれる現象によるもので、電子の性質を調べる重要な手がかりとなります。さらに、この振動のピーク電圧の磁場変化を調べたところ、磁場の平方根に比例してピーク電圧が変化することが分かりました(図2b)。この振る舞いはディラック電子に特徴的な振る舞いであり、検出された界面の電子状態がディラック状態であることを示しています。

次に、界面でのディラック電子の速度(フェルミ速度)を試料組成比に対して調べました(図3)。磁場に対するピーク電圧の変化を解析することにより、このフェルミ速度を求めることができます。解析の結果、フェルミ速度は、組成に対して系統的に変化しており、その速度がこれまで報告されていた同物質における「表面」に存在するディラック電子の速度とほぼ同じであることが分かりました(図3)。これにより、「表面」のディラック状態が、固体と固体との「界面」においても保持されていることを初めて実証しました。

今後の期待

過去のノーベル賞受賞者の言葉に、『「表面」は悪魔の仕業』(ヴォルフガング・パウリ、1945年物理学賞)と『「界面」こそがデバイス』(ヘルベルト・クローマー、2000年物理学賞)という有名なフレーズがあります。これは、「表面」の安定的な制御は大変難しいことと、大多数の半導体デバイスにおいて「界面」こそが機能を果たしていることを指摘しています。今回の成果は、既存の半導体技術とトポロジカル絶縁体特有のディラック状態を融合した新しい素子開発の可能性を示す結果であり、今後の低消費電力素子への可能性が期待できます。

ダイオードの最も基本的動作は整流作用(電流を一定方向に流す作用)ですが、今回それをトポロジカル絶縁体で初めて実証しました。今後、3端子デバイス[4]への拡張が図れればディラック状態を用いた高移動度トランジスタや低消費電力の論理回路などへの応用も期待できます。

また、従来、トポロジカル絶縁体であるかどうかの判別には表面ディラック状態の光電子分光による観察が主でしたが、今回適用した固体界面でのトンネル伝導測定は今後の物質判別手法として重要になると考えられます。

原論文情報

  • R. Yoshimi, A. Tsukazaki, K. Kikutake, J. G. Checkelsky, K. S. Takahashi, M. Kawasaki and Y. Tokura, "Dirac electron states formed at the heterointerface between a to pological-insulator and a conventional semiconductor". Nature Materials, 2014, doi:10.1038/NMAT3885

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)

お問い合わせ先

創発物性科学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9528 / Fax: 048-467-8048

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

国立大学法人東京大学大学院 工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp (※[at]は@に置き換えてください。 )

補足説明

  • 1.ディラック状態、ディラック電子
    相対論的量子力学はディラック方程式によって記述されるが、固体中の電子にもディラック方程式に従って運動する電子が存在することが分かってきた。それらの電子をディラック電子、電子状態をディラック状態と呼ぶ。ディラック状態の電子は、固体中であたかも質量を持たない電子のように振る舞い、汎用の半導体に比べて高いフェルミ速度を持つことから、トポロジカル絶縁体を用いた高速で低消費電力の素子応用が期待されている。トポロジカル絶縁体の表面金属状態のほかにも、ディラック電子はグラフェンやビスマスなどでその存在が確認されている。
  • 2.トンネル伝導測定、トンネル電流
    電子のような非常に小さい粒子は、古典力学で考えると通り抜けることができないエネルギー障壁があっても、量子力学の波動的性質によってその障壁を通り抜けることができる。この現象をトンネル効果と呼び、流れる電流をトンネル電流、トンネル電流の流れやすさを測定することをトンネル伝導測定という。トンネル効果は絶縁体薄膜を介したトンネル磁気抵抗素子や半導体接合におけるエサキトンネルダイオードとして、それぞれ磁気記録媒体や発振素子として応用されている。
  • 3.ランダウ量子化
    磁場下において電子は、磁場に垂直な面内で円運動を描く(サイクロトロン運動)が、その時垂直面内におけるエネルギーは離散的(飛び飛び)な値を取り量子化する。これをランダウ量子化と呼び、離散化した各エネルギー状態をランダウ準位と呼ぶ。このランダウ準位の形成による抵抗変化を電気的に検出することで、抵抗標準として利用されている。
  • 4.3端子デバイス
    代表的な3端子デバイスはトランジスタであり、電気伝導性を測定する2つの端子に加えて、伝導性そのものを制御するための外部信号を入力するための端子を持つ。電気的な信号によって、電気伝導性を切り替えることができ、この3端子デバイスによって論理回路を構成することが可能になる。
試料の断面図とトンネル伝導測定のイメージ図

図1 試料の断面図とトンネル伝導測定のイメージ

トポロジカル絶縁体と、真空との境界である「表面」や半導体のような固体との「界面」にはディラック状態と呼ばれる特殊な金属状態(図中赤枠)が現れる。緑色で示した電子の界面でのトンネル電流を測定することで、ディラック状態を検出した。

トンネル電流の解析データ(a)とディラック電子状態を示す磁場依存性(b)の図

図2 トンネル電流の解析データ(a)とディラック電子状態を示す磁場依存性(b)

  • (a) トンネル電流の変化量(トンネル伝導度)がランダウ量子化によって振動する様子が観測された。測定磁場を1T(テスラ)ずつ加えて測定した結果を下から順に並べている。また、図中の●は振動のピークで、その電圧ではトンネル電流が多く流れている。○は反対に、トンネル電流が減っている。
  • (b) (a)の振動が最大、最小となるピーク電圧(それぞれ●、○)が磁場の平方根に比例して変化する様子。nはランダウ量子化によって離散化したエネルギー状態をそれぞれ示す。
ディラック電子のフェルミ速度の組成依存性の図

図3 ディラック電子のフェルミ速度の組成依存性

  • :ディラック電子が「界面」で動く速度(フェルミ速度)
  • :これまで報告されていた同物質における「表面」ディラック電子の速度

トンネル伝導測定で得られた図2の振動(n=±1)の結果から、ディラック電子のフェルミ速度をそれぞれ見積もった。「界面」でも、ディラック電子が「表面」とほぼ同じ速度をもつことが分かった。

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