質問3 研究のゴールは、どこだと思いますか?

 一番になる、つまり最も先頭に立つということは、スポーツでも、文化コンクールであっても誇らしく思えることでしょう。
しかし、一番になる、ということは違う言い方をすると、“一番にさせてもらった”ということでもあります。これは研究においても言えます。一番になるためには、先人の積み重ねてきた実績や、ライバルの存在をなくして、ありえません。先輩たちの使ってきた手法をまず試してみる、ライバルはどんなことをしているのか? では、自分はどうするか? そういうことを繰り返しながら研鑽(けんさん)し、トップに立ったはずです。

 そう考えると、一番になった人は、自分をそこまで導き、育て、それまでの研究を支えてくれたすべてに対して、そこにはライバルの存在をも含めて、一番感謝をしなければならない人、ということになります。 世界的な大会で優勝したアスリートの多くが、自分を支えてくれたスタッフへの感謝を口にします。研究開発でもそうです。それはトップに立った者の本音です。そして、自分が一番になってうれしかったのならば、その感動を他の人、次の世代の人々にも味わってもらいたい、そういう気持ちが自然にわいてくる。 自分は恩返しのために、何をしなければならないか。そういうことを、一番になった人は考えてみることが必要です。

 日本は、乳幼児の死亡率の低さについて世界規模でみるとトップクラスですが、そうであるならば、自国の死亡率の低さをさらに向上させるだけではなく、幼い子が病苦にさいなまれる国々に対して、自分ができることを進んで考えていくことです。そうでなければ、本当に一番の国にはなれません。

 そういう一番を目指そうとしているあなたの周りには、同じような志を持つ人がきっと集まってきます。さまざまな考えや経験を持つ人が集まるなかで、新たな、思いがけない発見が生まれるのです。

 研究や仕事は、皆さんの自尊心を満たすためだけのものではありません。一心に打ち込みつつも、決して自己満足に陥るのではなく、社会に役立つ成果ということを同時に考えてください。

 私たちの国は、衣食住に欠かせない品物の原料となる化石燃料や貴重な鉱物資源のほとんどを、たくさんのお金を払って他の国々から買い入れています。 その結果、私たちの生活は物質的に豊かになったかもしれないが、限りある資源は急速に減っています。一方、大気中への二酸化炭素の放出が増え、同時に、地球規模で温度上昇が起き、砂漠化が進み、食糧や飲み水が、70億ともいわれる人々に行き渡らなくなっています。 時計の針を戻すことは、どんなにお金を使っても、できません。

 しかし、環境問題の解決というのは、自然の、もともとの状態へとそっくり戻せば良いということではありません。私たち人類は、それぞれの国の中で、それぞれがより豊かな社会と生活を作り上げることを目指しています。中には、物質的豊かさ、あるいは医療や教育の水準・整備などが、日本の半分にも満たない国々はたくさんあります。「ここまでは必要だ」と、みなが考える水準にまで世界の各国が到達するにはどうすれば良いでしょうか?  これ以上、環境の破壊を進めることはできません。一方で、やはり必要な物質は作り出さなければならないのです。そして、そうした物質のすべてを自然素材で代替することはできません。

 解決方法の一つには、安全で、その製造や廃棄処理に際して環境にできる限り低負荷である物質を、科学技術で作り出すことがあります。理研でも、植物にプラスチックを作ってもらうプロジェクトに着手しました。簡単な課題ではありません。最終的には理研だけでなく、他の研究機関、あるいは企業にも協力をしてもらい、手を携えて、成果を出していくことを想定しています。

 ほか、人類が直面しているいくつもの深刻な問題<水、エネルギー、健康、食糧、生物多様性、そして貧困>に対して、まだ有効な解決方法を見出せていないものはたくさんあります。そうした問題の軽減や解決のためには、多くの分野の専門家が集わなければできません。ミクロからマクロまでの広い視点が求められてきます。

 一つの専門分野で解決できることはもちろんありますが、限定的です。諸分野が広く連携して、包括的に対応することがとても重要なのです。

 もう一つ、大事な連携があります。社会全般での連携です。「技術的に解決できた、あるいは製品化できた」、というだけではだめで、それが広く社会の中で使われなければ、環境問題の実際的な解決につながりません。研究から技術が確立し、製品が出来る。次には、その製品の意味や価値をきちんと伝え、理解してもらい、それを売ったり流通させたりする仕組みや、そこを担当する人間が必要です。

 こう考えると、環境問題を解決するのは、私たち全員の仕事であることがよくわかると思います。 科学や技術は、私たちの社会・生活を豊かにする基盤ですが、それだけでは、私たちが抱える問題すべてを解決できません。ひとりひとりが考えて、「では、自分はこの役割で社会に関わろう」、そうしていくことで、どんなに複雑に見えた問題も解決へと動き出します。

 ですから、皆さんが自分の役割や価値について考えるときに、社会とはつながって構成されているということを、ぜひ忘れないでください。無価値な人、無意味な役割などありません。社会の連環の中では、ひとりひとりの仕事を必要とするポジションが必ずあるのです。

いま、皆さんが無謀だと思うような挑戦や冒険も、皆さんが真剣に取り組んでいくならば、いつの日かそれを必要とする場所へと収まっていくでしょう。 あきらめず、気後れすることなく、あなた自身が選んだテーマを突き進んで、本当の一番になってください。

 またお会いしましょう。