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2015年5月7日

セシウムの除染から植物の神秘に迫る研究者

植物を使って福島県の農地から放射性セシウムを除染することを目指している研究者が、環境資源科学研究センター(CSRS)にいる。機能調節研究ユニットのアダムス英里 研究員だ。表土を剝ぎ取る除染方法では、肥沃な土壌が失われる可能性があり、除去した汚染土が大量に発生するという問題もある。植物の根から放射性セシウムを効率よく吸収・蓄積させることができれば、それらの問題を解決できると期待されている。また、農作物の安全性を高めるため、セシウムが植物に吸収されにくいようにする技術開発にも着手している。「植物がどのようにセシウムを吸収・蓄積するのか、ほとんど分かっていませんでした。新雪に踏み出す気持ちで、この研究を始めました」と語るアダムス研究員の素顔に迫る。
アダムス英里

アダムス英里 研究員

環境資源科学研究センター 機能調節研究ユニット

1980年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部理学科卒業。University of East Anglia(英国)でPh.D.取得。University of Alberta(カナダ)博士研究員を経て、2011年、理研植物科学研究センター(現 環境資源科学研究センター)特別研究員。2015年より現職。
化合物の作用例の画像

図 化合物の作用例

セシウムのみ(あるいは化合物Aのみ)では植物(シロイヌナズナ)の生長はそれほど阻害されないが、両方与えると顕著に阻害される。それは、植物体内のセシウム含有量が増加し、逆にカリウム含有量が減少したためだと考えられる(実験では放射性セシウムではなく安定なセシウムを用いている)。

「人と違っていると白い目で見られる。日本の社会に堅苦しい印象を持っていました」。そう語るアダムス研究員は高校3年生になるとき、1年間カナダに留学した。「何て自由な雰囲気なんだ! 迷惑を掛けない限り、変わっている人も許容する社会だと感じました」 帰国後、国際基督教大学(ICU)教養学部理学科へ。「ICUはとても自由な校風で、変わった人ばかり。普通だとかえって目立ちます(笑)。1年生のときに植物科学が専門の風間晴子先生の講義を受けて、生命は神秘に満ちていることを知り、もともと志していた化学を専攻するか生物を専攻するかで悩みました。先生たちに相談したところ、化学を学んだ後に生物学へ転じることはできるが逆は難しいと忠告され、化学専攻で卒業しました。その後、父の母国でもある英国の大学で植物科学を学び始めました」

カナダの大学の研究員を経て、2011年4月に理研の機能調節研究ユニットへ。そこでは、植物の三大栄養素の一つであるカリウムが欠乏したときの植物の応答などの研究が行われていた。「植物の根にあるカリウムの取り入れ口から、化学的性質が似ているセシウムも吸収されることが知られていました。私はセシウムの吸収力を高めて除染に役立てる研究を始めました。最初は、カリウムの取り入れ口を増やせば、セシウムもたくさん吸収すると予測しました。しかし、そんなに単純ではありませんでした。取り入れた後に、しかるべき場所に移動・貯蔵されなければ、たくさん蓄積できないらしいということが分かってきました。生育に不要なセシウムが植物に取り込まれた後にどうなるのか、研究例がほとんどなく、研究を始めると次々に新しい現象が見つかりました。例えば、セシウムをたくさん与えると植物の生長は阻害されますが、同時にカリウムを十分に与えると生長はあまり阻害されません。セシウムの研究からカリウムの新しい機能も見えてきました」

アダムス研究員は、セシウムの取り入れや移動・蓄積に関係していそうな60種類以上の遺伝子について、欠損させたり過剰に働かせたりしてセシウム吸収力に与える影響を調べ、吸収力向上に重要な遺伝子を絞り込んでいる。さらに、理研で始まったケミカルバイオロジーを植物科学に適用する手法も活用している。「化合物を用いて植物の仕組みを探る手法です。例えば、ある化合物Aとセシウムを両方与えると、生長が顕著に阻害されました(図)。化合物Aの作用でセシウム吸収力が高まり、含有量が増加したためだと考えられます。このような化合物の作用をCSRSの化学者たちと分析することで、セシウム吸収の仕組みの解明を進めています。ICUで化学を学んだことが役立っていますね」

アダムス研究員は海藻の研究も近々始める予定だ。「塩分が高い海水中で海藻がなぜ生育できるのか、よく分かっていません。ナトリウムもカリウムと化学的性質が似ています。海水に大量に含まれるナトリウムと比較的濃度が低く必須のカリウムをどのように仕分けているのかを調べます。その仕組みを解明できれば、陸上作物の塩害対策やカリウム肥料使用量の削減に役立てられるかもしれません。海藻の研究も未開拓の分野です。人と違った研究を行うことで、植物の新しい神秘に出会えるはずです」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2015年5月号より転載