広報活動

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2014年4月23日

独立行政法人理化学研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

円偏光したX線自由電子レーザーの生成に成功

-ピコ秒オーダーの超高速磁気現象解明に向けて-

ポイント

  • SACLAからのX線レーザー光の偏光状態を自在に制御する素子を開発
  • ダイヤモンド結晶による偏光制御技術をX線自由電子レーザーで実証
  • 電子スピンの高速な運動や生体由来のキラル物質の構造を観測する研究へ応用

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と高輝度光科学研究センター(JASRI、土肥義治理事長)は、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA[1]」に、X線レーザー光(XFEL光)の偏光[2]を自在に制御するための装置を導入しました。これにより、円偏光したXFEL光の生成に成功し、超高速な磁気現象やキラル物質[3]の研究に適したXFEL光が利用できるようになりました。これは、高輝度光科学研究センター利用研究促進部門の鈴木基寛主幹研究員(理研客員研究員)、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクターらの共同研究グループによる成果です。

XFEL光は水平方向に振動する電磁波(直線偏光[2])ですが、振動方向が螺旋(らせん)のように回転する(円偏光[2])XFEL光を発生できれば、磁性体の磁気の源である電子スピンの動きや、生体中のキラル物質の構造や動きを、1ピコ秒より速い時間スケールで測定することが可能となります。共同研究グループは、XFEL光を人工ダイヤモンド結晶の素子に透過させ、円偏光を作り出すことに成功しました。ダイヤモンド結晶の角度を変化させることで、螺旋の回転方向(右回りと左回り)を高速に切り替えることが可能です。これにより、現在の100倍もの高速で情報の読み書きが行える磁気記録メモリ開発などへの応用が期待できます。この成果により、SACLAが磁性体やキラル物質の研究分野で世界をリードしていくと期待できます。

本研究は、理研がJASRIと連携して行った「SACLA利用装置提案課題」において実施され、成果は英国の放射光科学の専門誌『Journal of Synchrotron Radiation』のオンライン版(4月3日付)に掲載されました。

背景

X線自由電子レーザー(XFEL;X-ray Free Electron Laser)は、レーザーとX線の両方の特長を兼ね備えた光です。この光を使って試料を観察すると、物質中や生体中の原子や分子の1ピコ秒(1兆分の1秒)より速い動きを見ることが可能になると期待されています。理研の「SACLA」や米国のSLAC国立加速器研究所の「LCLS[4]」から得られるXFEL光の性質は、従来もっとも強力とされてきた理研の大型放射光施設「SPring-8」の放射光より優れています。例えば、SACLAのXFEL光は波面がそろっているため、X線の干渉を使った高分解能な観察に適している、といった利点があります。また、10フェムト秒(100兆分の1秒)という非常に発光時間の短いパルス光であり、高速現象を観測することができます。

その一方で、SPring-8の光にはあって、SACLAではまだ十分に活用されていない性質があります。それが「偏光」です。X線は電磁波の一種ですが、偏光とは電磁波の振動する方向が定まっている光のことです。正確にいえば、SACLAからのXFEL光も偏光しており、その振動方向は水平面内に定まっています。これを直線偏光と呼びます。ちょうど、蛇が体をくねらせて進むときのようなイメージです(図1)。偏光の状態には、直線偏光以外に「円偏光」あります。これは、光の振動方向が螺旋を描くように回転する状態です。円偏光したX線を使うと、磁気の源である電子スピンや電子の軌道運動を観察できるため、磁石の性質をもつ物質(磁性体)の研究に役立ちます。また、キラル物質とよばれる、原子配列がらせん構造をもつ物質の研究にも適用できます。

SPring-8では直線偏光、円偏光ともに利用できますが、SACLAではこれまで、直線偏光しか利用することができませんでした。そこで共同研究グループは、SACLAのビームラインにX線の偏光状態を変換するための素子(図1図2)を導入しました。SACLAの光源から得られる直線偏光をこの素子に通すことで、円偏光したXFEL光の生成に取り組みました。

研究手法と成果

実験では、SACLAで発生したXFEL光を人工合成したダイヤモンド結晶の素子に透過させました。人工ダイヤモンド結晶やシリコン結晶は、原子の配列が非常によくそろった完全結晶[5]とみなせます。こうした結晶にX線を照射し、結晶の角度をブラッグ回折角[6]の近くで微調整すると、結晶を透過したX線の偏光状態を制御できます。この方法は、1990年代に放射光を用いて開発され、SPring-8をはじめとする放射光施設で広く使われています。共同研究グループは、このダイヤモンド結晶を使った方法がXFELに対しても適用できると考え、その実証を試みました。

使用したダイヤモンド結晶の厚さは1.5 mm、結晶方位は(100)です。220回折条件の近くで使用しました。X線の光子エネルギーを11.562 keV(キロエレクトロンボルト)としました。図3に示すのは、円偏光の純度を示す円偏光度[7]の測定結果です。磁性体試料であるCoPt3合金箔の磁気円二色性信号を測定し、その強度から円偏光度を見積もりました。ダイヤモンド結晶の角度を、220面からのブラッグ回折が起こる角度を中心に、±150秒(1秒は1/3,600度)の範囲で変化させました。すると、回折角から+31秒の角度で、円偏光度 Pc = -0.97 が得られました。これは、ほぼ純粋な左回りの円偏光が得られたことを示しています。また、回折角から逆方向に結晶を傾けた-31秒では、円偏光度 Pc = +0.82の右回り円偏光が得られました。このように、ダイヤモンド結晶の角度をわずか60秒ほど(1/60度)変化させることで、円偏光の回転方向を右回りと左回りに切り替えることができました。今回用いた装置では、結晶の角度を最大100 Hz で振動させることが可能です。つまり、円偏光の回転方向も100 Hzという高速で反転させることができることになります。SACLAからは最大60 HzでXFEL光のパルスが生成されますが、パルスごとに偏光状態を選ぶことが可能となります。

円偏光したXFEL光の発生は、海外の他のXFEL施設ではまだ行われていません。XFEL光の発生源であるアンジュレータを改造することで円偏光を発生する方式が提案されていますが、本研究ではダイヤモンド結晶素子というコンパクトで比較的安価な装置によって、高い純度の円偏光X線を効率よく発生させたことが大きな特色です。

今後の期待

円偏光したXFEL光は、磁性体中の電子スピンの高速な運動や、生体由来のキラル物質の構造や動きを観測する研究への応用が可能で、XFELの利用範囲が格段に広がると期待できます。近年、磁性体に可視光レーザーパルスを照射することによって、電子スピンの向きが高速に反転する現象が発見され、盛んに研究されています。円偏光したXFEL光を用いることで、このスピン反転現象のメカニズムをより詳細に調べることが可能になります。また、電子スピンの配列と結晶構造の関係を同時に調べたり、ある特定の磁性元素のスピン状態を測定したりできます。この研究を発展させることで、現在より100倍も高速に情報の読み書きが行える磁気記録メモリ開発などへの応用が期待できます。

原論文情報

  • Motohiro Suzuki, Yuichi Inubushi, Makina Yabashi, Tetsuya Ishikawa.“Polarization control of an X-ray free-electron laser with a diamond phase retarder”.Journal of Synchrotron Radiation, 2014 (in press), doi: 10.1107/S1600577514004780

発表者

公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用研究促進部門 分光物性Iグループ MCDチーム
チームリーダー 鈴木 基寛 (すずき もとひろ)
(理研客員研究員)

独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター 矢橋 牧名 (やばし まきな)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課
Tel: 0791-58-2785 / Fax: 0791-58-2786

産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. SACLA
    理研と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
  2. 偏光、直線偏光、円偏光
    光やX線において電磁波の振動方向が定まった状態を偏光という。直線偏光は水平方向に振動する波、円偏光は振動方向が螺旋のように回転する波である(図1参照)。
  3. キラル物質
    原子分子の配列が螺旋構造をもつ物質のこと。アミノ酸、糖類、アドレナリンなどの有機分子や、水晶やテルルなどの無機質結晶が代表的なキラル物質である。次世代エレクトロニクスデバイス材料においてはキラル物質を応用した複合機能材料の研究も行われている。
  4. LCLS
    米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。
  5. 完全結晶
    結晶中の欠陥や転位がない理想的な原子配列をもつ結晶。X線の波が結晶内部で多数回の反射を起こすことによる「動力学的回折」に起因する光学的な効果が起こる。X線の偏光制御はこの効果を利用している。
  6. ブラッグ回折角
    結晶にある角度でX線を入射すると、X線の波長と原子配列の間隔が一致し、X線が強め合って反射する。このときX線と物質の原子配列面とのなす角θをブラッグ回折角と呼ぶ。X線の波長をλ、原子配列面の間隔をdとすると、λ= 2dsinθ という関係(ブラッグの法則)が成り立つ。
  7. 円偏光度
    円偏光の純度を表す数値。通常PCという記号を使って表す。PC = +1.0と-1.0の間の値をとり、絶対値が1に近いほど純度が高いことを示す。正負の符号は偏光の回転方向を表し、完全な右周り円偏光では、PC=+1.0、完全な左回り円偏光ではPC = -1.0である。

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ダイヤモンド結晶による偏光状態変換の模式図

図1 ダイヤモンド結晶による偏光状態変換の模式図

SACLAからのX線は水平方向に電磁波が振動する「直線偏光」。この直線偏光したX線をダイヤモンド結晶素子に透過させると、螺旋状に回転する「円偏光」に変換される。

SACLAビームラインに導入された装置

図2 SACLAビームラインに導入された装置

真空槽の中にダイヤモンド結晶素子が収められている。

円偏光度測定の結果

図3 円偏光度測定の結果

赤い丸は実験結果、青線は理論計算の結果を示す。結晶の角度(ブラッグ回折角をゼロとする)を徐々に変化させると、円偏光度と偏光の回転方向の変化が観測された。角度が+31秒では左回り円偏光が、-31秒では右回りの円偏光が生成された。

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