広報活動

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2015年5月14日

理化学研究所
大阪市立大学
ロンドン大学

熱愛中にドーパミン神経が活性化する脳領域を解明

-恋人を見てドキドキすると、前頭葉の2つの領域が活性化する-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター 健康・病態科学研究チームの渡辺恭良チームリーダー、高橋佳代研究員、水野敬上級研究員らと、ロンドン大学のセミア・ゼキ教授、および大阪市立大学との共同研究グループは、恋人の写真を見た時に活性化するドーパミン神経[1]が、前頭葉の内側眼窩前頭野(ないそくがんかぜんとうや)[2]および内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)[3]の2つの領域に局在し、特に内側眼窩前頭野のドーパミン神経がその時の気持ちの高まりの強さに関わっていることを、陽電子放射断層画像法(PET)[4]を使って明らかにしました。

熱愛中のカップルに恋人の写真を見せると、大脳の特定領域が活性化することが共同研究グループのセミア・ゼキ教授らによる機能的MRI法(fMRI)[5]を用いた先行研究で報告されています。また、一夫一婦制のモデル動物であるハタネズミを用いた実験からは、神経伝達物質ドーパミンがつがいを作る行動に重要な役割を果たすことが示されています。しかし、ヒトにおいてドーパミンと恋愛の関係を明らかにした研究はこれまでなく、恋をしているとき脳で何が起きているのかは解明されていませんでした。

共同研究グループは、異性と熱愛中である10名を対象に、恋人の写真と、恋人と同性の友人の写真を見せた時の脳内のドーパミン放出の違いをPETで測定しました。その結果、恋人の写真を見た時には、大脳皮質の内側眼窩前頭野および内側前頭前野でドーパミン神経が活性化していることを明らかにしました。また、恋人の写真を見たときの気持ちの高まりの強さと内側眼窩前頭野でのドーパミン神経の活性化レベルは正の相関がありました。これは、主観的な恋愛感情と、客観的に測定可能なドーパミン神経の活動とが相関していることを示します。内側眼窩前頭野は報酬系[1]に関わる領域であることから、ヒトの恋愛感情は報酬系と同じ神経基盤を共有している可能性を示唆します。

本研究成果はスイスのオンライン科学雑誌『Frontiers in Human Neuroscience』(4月9日付け)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門
イメージング応用研究グループ 健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)(ライフサイエンス技術基盤研究センター センター長) (大阪市立大学 健康科学イノベーションセンター 所長)
研究員 高橋 佳代(たかはし かよ)
上級研究員 水野 敬(みずの けい)(大阪市立大学大学院医学研究科疲労医学講座 特任講師)
研究員 佐々木 章宏(ささき あきひろ)
テクニカルスタッフ 田島 華奈子(たじま かなこ)
副チームリーダー 和田 康弘(わだ やすひろ)

大阪市立大学大学院
医学研究科システム神経科学
講師 田中 雅彰(たなか まさあき)(理研 健康・病態科学研究チーム 客員研究員)
病院講師 石井 聡(いしい あきら)(理研 健康・病態科学研究チーム 客員研究員)
大学院生 渡辺 恭介(わたなべ きょうすけ)(理研 健康・病態科学研究チーム 研修生)

医学研究科脳神経外科学
准教授 露口 尚弘(つゆぐち なおひろ)

ロンドン大学
Wellcome Laboratory of Neurobiology
教授 Semir Zeki(セミア・ゼキ)

背景

熱愛中は、相手に対する共感や自身の充足感、恍惚感など様々な感情に対応した脳の広い領域が活動していると考えられます。一方、共同研究グループのセミア・ゼキ教授らは、熱愛中の恋人の写真を見るという行為が大脳の限られた領域の神経活動を活発化させることを、fMRIを用いた研究で明らかにしています注)。これは、恋愛感情が脳の特定領域で発現する分子の働きで説明可能であること示唆しています。また、一夫一婦制のモデル動物であるハタネズミを使った研究では、オスとメスがつがいを形成するとき、神経伝達物質ドーパミンの放出が増大することがわかっています。しかし、ヒトにおいてドーパミンと恋愛の関係を明らかにした研究はこれまでなく、恋をしているとき脳で何が起きているのかは解明されていませんでした。本研究では、ヒトの恋愛におけるドーパミン神経の関与を明らかにするために、熱愛中の被験者の脳をPET検査し、ドーパミン神経の活性化と恋愛感情の関係を調べました。

注)Zeki, S., and Romaya, J. P. (2010). The brain reaction to viewing faces of opposite- and same-sex romantic partners. PLoS ONE 5:e15802.

研究手法と成果

共同研究グループは、異性と熱愛中である10名(女性6 名、男性4名。平均年齢27歳。恋愛期間の中央値は17ヶ月)を対象に、恋人の写真と恋人と同性の友人の写真を見せた時の脳内のドーパミン放出の違いをPETで測定しました。被験者は熱愛尺度(Passionate Love Scale) [6]への回答から、異性の恋人に対する感情が情熱的な高揚を伴っていることを確認しました。恋人の写真と、対照となる親しい友人の写真は、被験者から提供してもらいました。

ドーパミン神経の活性化の測定には、ドーパミン受容体の拮抗阻害剤であるラクロプライド[7]に炭素の放射性同位体[11C]が組み込まれた[11C]ラクロプライド[7]PETプローブ[8]として用いました。被験者に投与された[11C]ラクロプライドは、脳のシナプスに存在するドーパミン受容体に結合し、放射線のシグナルを発します。PETはこのシグナルを定量的に検出し、ドーパミン受容体に結合した[11C]ラクロプライドの量が多いほど強いシグナルとして観察されます。ドーパミン神経が活性化して局所的にドーパミンが放出されると、その領域の受容体はドーパミンによって占有されるため[11C]ラクロプライドの結合量が減少し、放射線のシグナルが低下します。従って、友人の写真を見たときのシグナルよりも、恋人の写真を見たときのシグナルが低下している領域があれば、その領域でドーパミン神経が活性化していることを示します。

今回の実験の概要を図1に示します。実験は、午前と午後の2回に分けて行いました。午前の実験では恋人または友人の写真のみ、午後の実験では友人または恋人の写真のみを被験者に見せ、写真を15秒見て15秒休むことを30分間続けてもらいました。実験開始から15分後に[11C]ラクロプライドを投与し、投与と同時に60分間のPET検査を実施しました。恋人の写真と友人の写真の投影順序はランダムとしました。また、被験者が確実に写真を見ていることを確かめるため、写真が出たときにはボタンを押してもらいました。PET検査終了後、被験者の気持ちの高まり度合いを把握するため、「気持ちの高まり全くなし」から始まり「経験しうる最大の気持ちの高まり」で終わる100mmの線分を示し、写真を見たときの気持ちに対応する線上の位置を記してもらい、数値化しました(図2)。

PET検査の結果、恋人の写真を見たときには、大脳皮質の内側眼窩前頭野および内側前頭前野でドーパミン神経が活性化していることが分かりました(図3)。

また100mmの線分で調べた感情の高まり度合い(ドキドキ感)は被験者によって違いはあるものの、友人の写真を見たときの平均14.8mmに対して、恋人の写真を見たときの平均が55.3mmと顕著な差が確認できました。さらに、被験者ごとの[11C]ラクロプライドの結合シグナルとドキドキ感の強さをグラフにプロットしたところ、内側眼窩前頭野での[11C]ラクロプライドの結合シグナルが低いほどドキドキ感が高い、負の相関を示しました。つまり、この領域のドーパミン神経の活性化レベルはドキドキ感と正の相関があることが分かりました。これは、主観的な恋愛感情と、客観的に測定可能なドーパミン神経の活動とが相関していることを示します。内側眼窩前頭野は報酬系に関わる領域であることから、ヒトの恋愛感情には報酬系と同じ神経基盤が関与している可能性を示しています(図4)。

一方、内側前頭前野では有意な相関は見られませんでした。これは、熱烈な恋愛に関係する脳領域が役割に応じて使い分けられている可能性を示しています。

今後の期待

本研究は、ヒトの恋愛に伴う脳の活動を PETを用いて分子レベルで解析した初めての報告です。特に、報酬系に関わる領域である内側眼窩前頭野のドーパミン神経の活性化が主観的な恋愛感情の高まりと相関することを示したことにより、恋愛感情に報酬系と同じ神経基盤が関与している可能性があることを明らかにしました。内側眼窩前頭野の活動は、性的魅力のある他人の顔を見たときや、母親が我が子の顔を見たときにも活性化することが報告されています。今後は、内側眼窩前頭野のドーパミン神経の活性化が恋愛に特異的な神経活動かを検証するとともに、セロトニン[9]など他の神経伝達物質と恋愛の関係の解明を進めます。

原論文情報

  • Kayo Takahashi, Kei Mizuno, Akihiro T. Sasaki, Yasuhiro Wada, Masaaki Tanaka, Akira Ishii, Kanako Tajima, Naohiro Tsuyuguchi, Kyosuke Watanabe, Semir Zeki and Yasuyoshi Watanabe, "Imaging the passionate stage of romantic love by dopamine dynamics.", Frontiers in Human Neuroscience, doi: 10.3389/fnhum.2015.00191

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング応用研究グループ 健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良 (わたなべ やすよし)(センター長)
研究員 高橋 佳代 (たかはし かよ)
上級研究員 水野 敬 (みずの けい)

ロンドン大学 Wellcome Laboratory of Neurobiology
教授 Semir Zeki(セミア・ゼキ)

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
チーフ・サイエンスコミュニケーター 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. ドーパミン神経、報酬系
    中枢神経に存在する神経伝達物質の一つドーパミンを放出する神経細胞。ドーパミン受容体を持つ神経細胞に作用する。運動制御に関わるほか、欲求が満たされることや、他者にほめられることを行動・学習の動機につなげる報酬系に関わっている。
  2. 内側眼窩前頭野(ないそくがんかぜんとうや)
    前頭葉(大脳の前側領域)の中で、眼の裏側に位置する部分。
  3. 内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)
    前頭葉の最前部(額の裏側)である前頭前野の中で、眼の上側に位置する部分。
  4. 陽電子放射断層画像法(PET)
    PETはPositron Emission Tomographyの略。陽電子を放出する放射性同位体を薬などの分子に組み込んで個体に投与し、体内で崩壊して放出されるγ線を測定してその分子の体内分布を見る方法。PETで投与する分子をPETプローブ、あるいはPET分子プローブと呼ぶ。
  5. 機能的MRI法(fMRI)
    MRI(磁気共鳴画像法)の一種で、脳内の酸素濃度に依存して変化する信号(BOLD信号)を捉え画像化することで、脳血流や脳神経活動の変化を同定する手法。1990年代初頭に日本の小川誠二博士がBOLD信号変化の現象を発見して以来、非侵襲的にヒトの脳機能を解明するツールとして利用が拡大した。
  6. 熱愛尺度(Passionate Love Scale)
    恋愛に関する心理尺度の中でも、恋愛の情熱的な高揚に焦点をあてた尺度。原典は英語であるが、本研究では椙山女学園大学の羽成隆司と東海学園大学の川野和明によって翻訳・作成された日本語版熱愛尺度を用いた。「もし、○○さんが私から離れていったら、私は絶望するだろう。」など30項目の質問で構成され、9段階(9;強い肯定~1;強い否定)で回答を求める調査法である。
  7. ラクロプライド、[11C]ラクロプライド
    ラクロプライドは抗精神薬の一つで、5種類存在するドーパミン受容体のうち、D2受容体とD3受容体に結合する。ラクロプライド分子の炭素原子の1つを陽電子放出核種である11Cに置換することで、ドーパミンD2/D3受容体を検出するPETプローブとして利用できる。
  8. PETプローブ
    PETで用いる陽電子を放出する11Cや18Fなどを組み込んだ薬剤をPETプローブという。生体内に投与して生じる消滅ガンマ線を計測することで、PETプローブの分布や動きを外から捉えることができる。
  9. セロトニン
    神経伝達物質の一つで、本能行動、情動、認知機能に深く関連することが知られている。

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概要図

図1 実験の概要

上:写真を見せてからPET検査を終了するまでのスケジュール。

下:写真の見せ方。アングルの異なる恋人の写真、もしくは複数の友人の写真を、15秒の間隔をあけてランダムな順番で15秒間見せる。恋人の写真は様々なアングルで撮影された複数枚を、また友人の写真は恋人と同性であるが特別な感情は抱いていない複数の友人を撮影したものを用いた。なお恋人の写真と友人の写真は、全体的な印象が可能な限り似ているものを選んだ。

質問票

図2 PET検査後に行った質問票

被験者の気持ちの高まり度合いを把握するため、「気持ちの高まり全くなし」から始まり「経験しうる最大の気持ちの高まり」で終わる100mmの線分を示した

恋人の写真を見たときに活性化するドーパミン神経の図

図3 恋人の写真を見たときに活性化するドーパミン神経

恋人の写真を見たときにドーパミン神経が活性化した2つの領域を、MRIで撮像した脳の断層画像上に表示した。図の右側が鼻側。

図4 ドキドキ感とドーパミン神経の活性化レベルとの関係

縦軸は内側眼窩前頭野での[11C]ラクロプライドの結合シグナルの強さを表し、数値が低いほどドーパミン神経が活性化していることを意味する。横軸は図1下に示した質問票の回答(左端からの距離mm)を表し、数値が大きいほど主観的な気持ちの高まりが大きいことを意味する。従って、内側眼窩前頭野のドーパミン神経が活性化するほど主観的な気持ちが大きくなるという正の相関があることが分かる。

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