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2024年4月19日

量子コンピュータ開発に挑む若手研究者たち~書き込み、読み出しを行うマイクロ波発生装置の開発

希釈冷凍機の白い容器の中には、金色に輝く複雑な装置。超伝導量子ビット64個が配置されたチップの底部からマイクロ波の配線が無数に延び、さまざまな部品と結合しています。2023年3月にクラウド公開した量子コンピュータの本体です。実機の組み立て、デバイスの開発、回路設計など、それぞれの側面から携わった、量子コンピュータ研究センター(RQC)の研究者を取材しました。

田渕 豊の写真

田渕 豊(タブチ・ユタカ)ユニットリーダー

量子コンピュータ研究センター 超伝導量子計算システム研究ユニット

量子コンピュータを収めた希釈冷凍機と希釈冷凍機内部の64量子ビットコンピュータの写真
  • (左)量子コンピュータを収めた希釈冷凍機
  • (右)希釈冷凍機内部の64量子ビットコンピュータ

中村センター長との出会いが研究のきっかけ

超伝導量子ビットとの出会いは2011年、大阪大学の博士課程在学中に、茨城県つくば市にある日本電気 株式会社(NEC)のグリーンイノベーション研究所でインターンシップに参加したときです。同年3月に東日本大震災が起きて途中で大阪大学に戻ることになりましたが、NECでの中村 泰信 先生たちとの出会いが今に至る原点です。学位取得後はポスドクとして、東京大学の中村研究室に進みました。そしてJSTのERATO「中村巨視的量子機械プロジェクト」(2016年~2022年)に参加し、超伝導量子コンピュータの基礎的な研究に携わりました。

中村研では、マイクロ波を使ってきちんと制御できる超伝導量子ビット(超伝導量子ゲート)の原型づくりに取り組みました。そして、ERATOが始まると、今度はこれをどうやって並べていくか、いかに2次元の集積回路にするか、その検討を始めました。そのうちに、回路設計が得意な玉手 修平 さん(RQC 超伝導量子エレクトロニクス研究チーム 研究員)が加わったので、回路設計は彼に全部お任せして、私は量子コンピュータのハード回り、例えばマイクロ波の精密な制御装置などの研究開発を進めました。

超伝導量子コンピュータは、マイクロ波の周波数と照射時間を制御して、各量子ビットへの演算を行います。また、計算結果も、マイクロ波を超伝導量子ビットに当てて、その反射波の状態から読み出します。ですから正確かつ、小型化・集積化が可能なマイクロ波の発生装置の開発はとても重要です。今回の64ビットの実機は、ERATOでの研究開発の成果が土台になっていますね。

いずれは誤り訂正に取り組みたい

今回の実機にはまだ足りないものがあります。「誤り訂正」です。環境中のいろいろな雑音により、量子ビットのデータに誤りが生じます。従来のコンピュータにも誤り訂正の機能はありますが、量子コンピュータでは量子特有の性質から誤り訂正が難しいのです。

量子ビットでは0と1の間の全ての値を採れますが、誤りの有無を探ろうとそれぞれのビットを観測すると、0か1かに決まってしまいます。そこで量子もつれという現象を使います。各量子ビットのペアをつくり、ペア相手の状態から量子ビットの状態を知る手法です。さらに面白い考え方を使います。「トポロジカル量子相」という不思議な秩序を持つ安定な相を観測によって動的につくろうとするものです。量子ビットを観測してもつれをつくり、安定なトポロジカル量子相をつくっていく。するとエラーになっているところに素励起(=エラー情報)が対で生じます。これをうまくペアリングしてやると、誤りが訂正されるのです。最近の研究はこの方向で進んでいます。

誤り訂正の根本は符号理論で、情報科学です。私は、高専時代は情報工学専攻でした。大学以降は物理、電子工学が主領域ですが、いずれは情報に戻って誤り訂正に取り組めればと思います。

(取材・構成:由利 伸子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

2023年9月4日公開「クローズアップ科学道」より一部を転載

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