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研究最前線 2022年7月20日

iPS細胞から簡便に視細胞をつくる

井上治久チームリーダー(TL)はiPS細胞誕生時から、ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめ数々の神経難病の治療法開発に取り組んできました。2022年3月には、眼の網膜上にある視細胞をiPS細胞から直接誘導する新たな方法の開発に成功。従来よりはるかに短期間、ワンステップで視細胞をつくることができる本方法は、網膜変性疾患の治療法の開発や治療薬の探索に役立つことが期待されます。

井上 治久の写真

井上 治久(イノウエ・ハルヒサ)

バイオリソース研究センター
iPS創薬基盤開発チーム
チームリーダー

期待される網膜変性疾患への応用

視細胞に障害が起こると、夜盲、視野狭窄、色覚異常、視力低下などの症状が現れ、失明に至ることもある。全国で約3万人がこの難病「網膜変性疾患」に罹患されているが、失われた視細胞の機能は自然に回復することはなく、治療法が確立されていないため、治療法確立に役立つ新たな方法が求められていた。

iPS細胞から視細胞や網膜組織をつくり移植する再生医療が可能性の一つとして期待されている。一方、薬による治療も合わせることができれば、より確実に疾患の根治につながる。

患者の視細胞から網膜変性疾患のモデル細胞をつくれば、病気の理解や治療薬探しの有力な手段になるはずだ。井上TLはヒトiPS細胞から多くの神経難病を再現するモデル細胞をつくってきた。iPS細胞の重要な用途の一つがここにある。

視細胞を簡便に誘導する方法

ヒトiPS細胞から視細胞をつくる方法はこれまでにも考案されてきたが、ステップは単純ではなく、時間がかかった。研究チームは、従来のように培養によって視細胞を誘導するのではなく、視細胞で発現している二つの転写因子をiPS細胞に直接導入して分化させる方法を開発した。眼の領域では初の成果だ。この方法だとワンステップ、14日以内で視細胞ができる(図1)。

ヒトiPS細胞から誘導視細胞を作製する方法の概略図の画像

図1 ヒトiPS細胞から誘導視細胞を作製する方法の概略図

iPS細胞に二つの転写因子を導入して視細胞の誘導に成功した。

疾患モデルや創薬を目的とする視細胞は、移植用ほど純粋なものである必要はないが、同質の細胞を効率よくつくる必要がある。導入した転写因子は神経細胞での経験をもとに選択した。「多数の転写因子を導入するより少数のほうがかえって効率よくつくれる」ことは、神経細胞の研究の経験から学ぶことができていた。

視細胞ができていることは、シングルセルRNA解析などで確認した。視細胞は光を電気エネルギーに変換して視神経に伝えるが、その時に発生する活性酸素で細胞が壊れることが知られている。つくった視細胞に光を照射したところ細胞が減り、活性酸素を抑制する抗酸化剤を与えると減少が抑えられた。誘導した視細胞は確かに光を受け取る仕組みを持っていることが分かった。

神経難病の理解から眼の病気を見る

同チームは、所属するバイオリソース研究センターのリソース提供事業の一つとして、iPS細胞技術を広く還元するミッションも担う。けいはんな学研都市(関西文化学術研究都市)にラボが置かれ、京都大学iPS細胞研究所教授を併任する井上TLを中心に、大学や企業を繋ぐ研究のハブにもなっている。

井上TLは、眼の病気に関わって以来こんなことを考えている。「眼の病気と神経の病気は診療科も異なり別々の病気と思われがちだが、神経の病気の研究法を眼の病気にも適用できるかもしれない。病気の位置付けを変えてみる、マインドセットを変えてみると、見えてくる研究の仕方や治療法があるのではないか」。今、その思いを強くしている。

(取材・構成:古郡悦子/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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