広報活動

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2009年3月10日

理化学研究所

ダーウィン親子予言の植物成長ホルモン「オーキシン」の生合成経路を解く

- シロイヌナズナに存在する特別なオーキシン生合成経路を発見 -

ポイント

  • 微量なオーキシン生合成中間物質を最先端の質量分析技術で分析
  • 気温が変化した時にシロイヌナズナの成長を助けるオーキシン生合成経路を発見
  • オーキシン生合成量の調節による野菜や果物の増収研究などに貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物ホルモン※1の一種「オーキシン※2」の生合成中間物質を、最先端の質量分析計※3を用いて検出し、これまで複雑で解明できなかった植物のオーキシン生合成経路をひも解くことに成功しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)生長制御研究チーム(神谷勇治チームリーダー)の笠原博幸上級研究員らの研究グループと首都大学東京、独立行政法人森林総合研究所、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校との共同研究による成果です。

オーキシンの研究の歴史は、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンと、その息子フランシス・ダーウィンが、「植物の運動」という本(1880年)で、植物が光を感じて茎や根の成長方向を変えるのに重要な植物ホルモンが存在することを予言したことに始まります(オーキシンはギリシャ語の「成長する」という意味の言葉に由来します)。オーキシンは植物にとって不可欠な成長ホルモンですが、1946年に植物から発見されてから60年ほど経った現在も、植物がどのようにオーキシンを作っているのかは、殆ど分かっていません。これは、オーキシンが植物に極微量しか含まれていないことや、複数の経路で作られる可能性があったためです。

研究グループは、液体クロマトグラフィー・エレクトロスプレーイオン化・タンデム型質量分析装置(LC-ESI-MS/MS※4)という最先端の質量分析機器を使って、シロイヌナズナ1グラムあたりにわずか1ナノグラム※5という微量なオーキシンの生合成中間物質を分析する技術を開発しました。この技術を使い、予想されていた経路の中から、実際に存在する経路を見いだすことに成功し、モデル植物のシロイヌナズナ※6には、イネなどにはない固有のオーキシン生合成経路があることを明らかにしました。また、シロイヌナズナの生育適温は20℃強ですが、気温の高い生育に不利な環境に置かれた時には、この経路から作られるオーキシンが、シロイヌナズナの成長を助ける重要な働きをすることが分かりました。この分析技術により、オーキシンがどのように植物で作られているのかが明らかになると期待されます。その結果、受粉しなくても大きな実を結ぶトマト(単為結果※7)や、挿し木で発根しやすい植物を生み出すなどの新たな技術の開発が期待されます。本研究成果は、米科学アカデミーの学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』オンライン版に3月9日の週に掲載されます。

背景

植物は、植物ホルモンと呼ばれる化学物質を使って、その成長や環境の変化に対する応答を巧みに制御しています。オーキシン(インドール酢酸/IAA)は代表的な植物ホルモンで、その発見のきっかけになったのは、進化論で有名なチャールズ・ダーウィン親子が行った、光による植物の屈曲性に関する実験です。ダーウィン親子の実験以来、オーキシンは最も古くから研究されている植物ホルモンですが、発見から60年ほど経った今も、植物がオーキシンをどのように作っているのかは、ほとんど分かっていません。その主な原因は、例えばモデル植物のシロイヌナズナ1グラムあたりにオーキシンが10ナノグラム程度のごく微量しか存在せず、さらに複数の経路から合成されているからだと考えられています。植物がオーキシンをどのように作っているのかを解明することは、植物の成長の基本的な仕組みを理解する上で重要であり、長年にわたって生物学における中心的課題となっています。

研究手法と成果

現在予想されているオーキシンの生合成経路は、非常に複雑です。その原因として、生合成酵素遺伝子がまだすべて特定されていないことに加えて、多くの中間物質を植物から検出していないことが挙げられます。予想されている経路の中から、実際に存在する経路を絞り込むには、中間物質の安定した分析方法を確立することが重要でした。特に、生合成中間物質のインドールアセトアルドキシム(IAOx)※8は、複数のオーキシン生合成経路に含まれる予想中間物質であり(図1左)、研究グループは、その分析法の確立がオーキシンの生合成経路をひも解く鍵になると考えました。IAOxは、植物に微量しか存在しないうえ(1グラムのシロイヌナズナあたりに1ナノグラム程度含まれる)、分析の前処理過程で壊れる可能性があります。そこで、植物からIAOxを可能な限り酸やアルカリを用いない条件下で迅速に精製し、さらに、液体クロマトグラフィー・エレクトロスプレーイオン化・タンデム型質量分析装置(LC-ESI-MS/MS)を使って分析する手法を確立しました。分析する植物は、シロイヌナズナとそのオーキシン生合成変異体、イネ、トウモロコシ、タバコを選びました。

  1. IAOx分析法の確立に成功した結果
    IAOxは、シロイヌナズナには存在しますが、イネ、トウモロコシ、タバコには存在しないことが分かりました(図1右)。IAOxを合成する酵素遺伝子は、シロイヌナズナなどアブラナ科だけでしかこれまでに見つかっていないことから、このIAOxを経由するオーキシン生合成経路は、植物に一般的に存在するものではなく、アブラナ科などに固有の経路だと予想されます。植物に一般的に含まれるオーキシンのようなホルモンの生合成経路が、植物によって異なる可能性があることを初めて明らかにしました。
  2. IAOxの下流の中間物質(IAM)を投与した結果
    平均気温を26℃とした高い気温の条件では、IAOxを作ることができないシロイヌナズナのオーキシン生合成変異体は、野生型のシロイヌナズナよりも生育の悪化が進みます。今回、新たに同定したIAOxの下流の中間物質(IAM)を、気温の高い条件でこの変異体に与えると、成長が野生型と同じレベルまで回復しました(図2)。従って、このIAOxを介する経路から作られるオーキシンは、植物が気温の高い不利な環境に置かれた時にシロイヌナズナの成長を助ける働きをすることが分かりました。

今後の期待

この分析技術をほかのオーキシン生合成中間物質にも応用することにより、植物の成長に不可欠なオーキシンの生合成経路の全貌解明が大きく進展すると期待されます。また、オーキシンの生合成経路の解明により、将来、植物のオーキシン量の人為的な調節が可能になると、例えばオーキシンが重要な役割を果たすと考えられている単為結果(受粉しなくても大きな実を結ぶこと)を促進させて、野菜や果物の収量を増やしたり、現在、挿し木の際にはオーキシンを発根促進剤として切り口に塗っていますが、その手間を省く技術を開発できると期待されます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 生長制御研究チーム
チームリーダー 神谷 勇治(かみや ゆうじ)
上級研究員 笠原 博幸(かさはら ひろゆき)
Tel : 045-503-9660 / Fax : 045-503-9662

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 植物ホルモン
    植物の成長を制御する化学物質の総称。一般的に植物ホルモンは、植物でごくわずかしか作られない。現在までに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、ジャスモン酸、アブシジン酸、ブラシノステロイドの7種類が認定されている。
  2. オーキシン
    植物の成長や形態形成などで中心的な役割を果たす植物ホルモン。サイトカイニンと共に植物細胞分裂や細胞分化を制御したり、光や重力による植物の屈曲に関与することで有名。
  3. 質量分析計
    物質の正確な分子量を測定する機器。試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)から物質を同定・定量する。高感度で物質を検出できるため、植物ホルモンのような微量物質の分析に有用。
  4. LC-ESI-MS/MS
    液体クロマトグラフィー(LC)とは、化合物を分離する技術の1つ。エレクトロスプレーイオン化 (ESI)とは、溶液として流れ出てくる個々の植物成分を穏やかな条件でイオン化する方法。タンデム型質量分析装置 (MS/MS)とは、目的の化合物に由来するイオンをさらに分解して得られるイオン(フラグメントイオン)から物質を同定・定量する装置。LC-ESI-MS/MSはこれらを組み合わせた質量分析装置で、オーキシンの生合成中間体のようなイオン化しやすい化合物の分析において威力を発揮する。
  5. ナノグラム
    重さの単位のひとつで、10億分の1グラムを表す。
  6. シロイヌナズナ
    学名はArabidopsis thaliana (L.) Heynh. アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草。モデル植物として植物で初めてゲノム解読が行われ、全遺伝子数は約30,000個である。
  7. 単為結果
    植物で受精が行われずに子房壁や花床が肥大して果実を形成すること。人為的に子房にオーキシンを与えて単為結果させることができるが、手間がかかるという問題点がある。
  8. インドールアセトアルドキシム(IAOx)
    1980年代から分析が試みられていたが、植物からは未だ確実に検出されていなかったオーキシン(IAA)の生合成中間物質。IAOxは2つの経路から合成されると予想されていた。また、IAOxからIAAが作られる経路も3つ以上提唱されており、オーキシン生合成経路を複雑にしている原因物質の1つ。今回、IAOxがシロイヌナズナには存在するものの、イネなどには存在しないことが明らかになり、これまでの複雑な生合成経路がひも解かれた。植物に一般的に存在する可能性の高いオーキシン生合成経路が絞られたことから、今後、オーキシンの生合成経路の解析が急速に進むと期待される。

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植物の複雑なオーキシン生合成経路

図1 植物の複雑なオーキシン生合成経路

これまでの70年に及ぶ研究により、オーキシン(IAA)の生合成経路は少なくとも①-④の4経路があると予想されている。ベージュ色の部分がインドールアセトアルドキシム(IAOx)を介するオーキシン生合成経路で、①と②の2つの経路がIAOx の合成に関与していると予想されていた(左図)。また、IAOxからIAAが作られる経路も少なくとも3つ可能性があると考えられていた(左図)。本研究で、このIAOxを介した経路はシロイヌナズナに存在するが、イネやトウモロコシ、タバコには存在しないことが明らかになった(右図)。
IAOxを介するオーキシン生合成経路の高温状態における役割

図2 IAOxを介するオーキシン生合成経路の高温状態における役割

IAOxを介するオーキシン生合成経路を失ったシロイヌナズナのオーキシン生合成変異体(cyp79b2-2cyp79b2-2という2つの遺伝子を欠損した変異体)を高い気温(26℃)で生育させる(B)と、野生型のシロイヌナズナ(A)よりも生育が悪い。しかし、IAOxの下流の生合成中間物質であるIAMを与えるとオーキシンが作れるようになるため、生育状態が回復する(C)。

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